闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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45話 叱

 人間は弱いのではないが、我が身に比べると脆弱である……ってのは、後半だけほかの天使に同意される。俺はこれからも前半も主張していきたいが。

 

 とはいえ体の頑丈さは正直そこまで変わらないと思うが。

 

 ただ、その寿命の短さが、総じて痛みなどの苦痛に慣れる前に死ぬ原因となってあまり耐えられないんじゃねえかって俺は勝手に思ってる。

 

 だからよ。

 

 人は強いだろ。天使も案外強いぞ。しぶとさにかけてはそこまでやすやすと死ねる体じゃない。だから、庇ったからってそこまで危険じゃない。一度や二度はな。

 

 気を遣うんじゃない。別に死にやしない。

 

「アーミアスさん!」

「俺はいいですから、前を見て!」

 

 こんな重い攻撃、誰が食らっても危険すぎる。それならまだ俺が受けた方がマシってわけだ。一撃がひどく重いが、比較的打たれ弱い職業の三人に当たると思えば百年は後悔するに違いねえ。天使として庇ってるわけじゃねぇ、単にもうこれは年上の個人として幼き隣人には受けさせるわけにはいかねぇ。

 

 優しそうなおじいさんの姿はどこへ消えたのか、女神の果実の力によって変貌した大神官は凶悪な攻撃を存分にふるいやがる。表情からも善良さはなりを潜め、完全に欲望にのまれている。誰しも……人間も、魔物も、天使も持つであろう程度の傲慢な欲望に。だがそれは、人はきっと願いというのだろう。その程度の、想いにその人そのものがのまれていやがる。

 

 危険だ、想定していたよりもはるかに。女神の果実は七つあったという。つまり蓄えられたうちの七分の一の力が大神官を暴走させた。俺たちは何千年、いや何万年?星のオーラを集めてきただろう。俺が遣わされる前に、どれだけの星のオーラが集められただろう?

 

 俺は長い天使の歴史の最大の功労者である、ハゲ師匠の師匠のエルギオスとかいう天使がどんなペースで星のオーラを集めたのかを知らない。俺は、幼い天使であり、故に浅はかで、理解が及ばない。

 

 わからない、もう何もわからない、ただ、途方でもない星のオーラが集まって……人々の、涙が出そうになるくらい尊い日々を、影から守護する天使が、集めたかけらが、こんな使い方をされるなんて神も想定していないだろうし、もっと、そうだ、誰も苦しまない方法で俺たちを救ってくださるものだったはずだ。

 

 俺は星のオーラによる、救済を、そこまで快く思っちゃいない。俺たちが神のもとへゆき、救済を受けたあと、守護天使を突然預かり知らぬところで失った人間たちが、不慮の事故で不幸になったら?

 

 俺はナツミたんの系譜がどんなことになっているのか気になって仕方なくなり、いまに流れ星になり、きっとウォルロに落下するだろう。リッカたんが恋しくて、恋しくて、人間になりたい俺は選べるものならそんな方法で天使をやめたくねぇ。あ? リッカたんは今、セントシュタイン在住?いや、天使界より空の星は上じゃねぇか。滝つぼダイブじゃなきゃ流石に死ねるからな。

 

 大神官の一撃を割り込んで受ける。盾を持つ手はとうに痺れていて感覚も曖昧だ。目の前で鮮血を散らしながら攻防を続ける俺を見るだけで精神衛生上よろしくねぇだろうが、そうも言っていられねぇし。

 

 一撃。俺は盾で凌ぎきれない。視界が点滅する。だが立っている。

 

 一撃。俺は凌ぐ。だが腕をやられたような気がする。まだ腕が上がる。やれる。

 

 豪速球の魔法が後ろから「ジャダーマ」を襲う。俺の影から飛び出してきたマティカが頭を狙う。確実に削っている。だが削られてもいる。魔力の残量的には明らかにこちらの方が分が悪いのははっきりしてやがる。

 

 だがまだ、遅くはねぇ。まだのみこまれきってはいない。まだ救える。まだ間に合う。目の前で変貌したばかりの人間なら、何とか叩きのめしてどうにか女神の果実を奪い取ればまだ戻れる。そう俺は信じる。

 

 幼き人間。お前は何も悪いことをしちゃいない。何も知らずに、無邪気に美味しそうな果物にかぶりついただけだ。だから罪はない。たまたまそれは、人間に、いや、ほとんど全ての生物にとって、過ぎたるものであり、過ぎたるものはもはや毒であるというだけだ。

 

 誤飲したなら下を向かせて背中を思いっきり叩いてやらなきゃな。天使として隠れているなら推奨されないが、俺は姿が見えている天使だしな。

 

 あぁナツミたん、ナツミたんの子どものげっぷを助けたあの一撃! もう一回俺にあの一撃をやらせてくれ!

 

「吐き出しなさい!」

 

 俺はジャダーマを子どもだと思い込む。本当はじいさんだが、そう思えば背中の骨が心配になってくる。だが幸い、体は頑強そうだ。

 

 バシン、と背中を叩いた。剣の一撃すら効いているようには思えないのに、平手打ちが何になるだろうか。だがみんながやってくれた。十分に動きが鈍くなっている。もう一発。

 

「ぺっしなさい!」

 

 メルティーの炎がジャダーマを焼く。とうとう膝をついたドジっ子を俯かせて、俺は背中を叩く。何度も見てきた誰かの母親の動きを真似して、もちろん幼き者には愛をこめて。

 

 ジャダーマの体から邪悪な力が抜けていく。一際力強く背中を叩くと、すっかり姿は元に戻っていた上に、地面には女神の果実が鎮座していた。

 

 メルティーはぺっしなさい! を復唱すると何故か崩れ落ちた。

 

「……?」

「大丈夫ですか?」

 

 俺は女神の果実を後回しにして、ご老人をいたわる。血塗れの手は行儀が悪いが服で拭いて、手を差し出す。いい歳だから真似して教育上悪いなんてことはないだろ。

 

「あぁ……なにがあったというのかね。ただ私が、私でないものになり、世界を滅ぼしてしまおうとしていたことが朧気ながら思い出される……」

「いえ、誤飲事故です」

「誤飲?」

「はい。それだけですよ。あなたはなにも邪悪ではありません。何も落ち度はないのですよ。

さて、神殿までお供しましょう」

 

 俺は大神官が肩で息をする仲間たちを訝しげに見たあいだにさっと女神の果実を回収した。甘い匂いが鼻をくすぐる。これがあれば願いが叶う、というわけではなさそうだ。これは小さな隣人にも、幼い俺にも、毒に過ぎない過ぎたるもの。

 

 さっさと残りも集めてオムイ様に渡した方が良さそうだ。

 

 他でもこんな騒ぎになってなきゃいいが……。

 

「アーミアスさん、その、回復させてください」

「はい、もちろんです。ありがとう、ガトゥーザ」

「いえ」

 

 リレミトを唱える。途端に周囲は石と水の匂いから草と土の匂いに変わり、石と水だけの方が俺に親しみ深いはずだが、やっぱり俺は人間と魔物たちが闊歩するこっちの方が好きだとしみじみ思う。

 

「アーミアスさん! これで転職、できるようになる?」

「えぇ、そうですよね?」

「うむ。たくさんの人々を待たせてしまったが、職務はすぐにでも再開することになろう」

「わーい!ありがとうおじいちゃん! おれ、バトルマスターになりたいんだ、もっと、もっと、強くなって、おれが全部倒すんだ、先に! そしたらきっと前に進める!」

 

 俺の怪我を気にして言ってくれているんだろうか。なんていい子なんだ。嫉妬を隠そうともしない兄妹は少しは無邪気さを身につけてくれた方がわかりやすく可愛い気がするぜ。余計なお世話か。

 

「バトルマスターになるためには、少々試練を受ける必要がある。しかしその熱意ならばきっと乗り切ることが出来るはず。精進なされよ」

 

 明るい笑顔のまま頷いたマティカ。俺は人間のその、まばゆい生命の光を見ていると、こっちが幸せにさせてもらっているに違いないと心の中で頷いていた。

 

 神殿に向かう中にも魔物たちは懲りずに襲ってくる。俺は神殿の前ですら元気よく突撃して来たスライムナイトを撃退したその手で弔う。

 

 あぁ願わくば、すべての生命が同じ道を歩めますように。旅芸人が僧侶より祈りを捧げているのは目立つのか、大神官のじいさんは少し考え込んでいるようだった。もちろんガトゥーザが神に対してはできた坊主ではないだけだろう。

 

 天使には敬虔がすぎる。加減を考えろ、リアリストめ。神が降臨される日があれば、きっと俺はその手足となる以外のことを考えられなくなるくらい弱い天使なんだぜ?

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  • 旅の途中(仲間中心)
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