太陽が出る少し前。つまりは人間たちにとってはどうかは知らないが俺にとってはいつも起きる時間。で、今日は目覚めたら真っ先に家から出る。勿論リッカたんとじーさんを起こさないように静かにな。それから傷が治りかけで痒いのを我慢しながらこそこそ歩いていき、滝壷で水をすくい、一口水を飲む。よし、チャージ完了。
天使っていうのはすごいんだぜ? 人間は毎日食って飲んで温かくして寝なきゃ死ぬだろ? 天使っていうのはメチャクチャ燃費が良くてな、大して飲み食いする必要は無い。
全くなしだと場合にもよるが半月ぐらいで
あー、でも汚い水、特に悪意に汚染されたものにはある意味人間より弱いから、ウォルロ村の水が世界でも稀に見る名水でホント良かった。怪我してる時に瘴気に耐えろってのは勘弁して欲しいしな。髪の毛が真っ黒に染まっちまう。
いろいろと悪意の溜まりやすい人間界で、人里で、天使界並みの清らかさ、天使に対する明らかな癒し効果ってすごくね? さすがはウォルロ村。俺の愛する土地。
で、昨日リッカたんに教会裏の掃除道具は没収されてしまったからなーー……うーん、今はこっそり家宅侵入からの肩出して寝てる人間にババッと布団をかけるとかもできないし、何しようか。
俺の像の前に行ってみるかな。あそこ、たまにお供え物があるんだぜ? 食い物とか花とか酒とか。まだ師匠が守護天使だった頃、まだ
前はよくまんじゅうとか菓子とか拝借して食べてたけど今はダメだろう。
つかお供え泥棒みたいじゃねぇか、ビジュアル的に。供えられた本人だが。直接渡してくれるなら今でも歓迎したいけどなぁ。
つってもリッカたんのご飯が彩り素晴らしく栄養バランスバッチリの上にほっぺたが天界にブッ飛びそうなほど美味しくて腹が減ることすらめったにないが。悔しいが天使は小食だから、リッカたんのご飯もあまり食べられないのである。無念。
ちなみに天使的にはこっそり食べるのは食べるところを見られなきゃセーフだがお裾分けとかのつもりで持ち帰りはNGらしいぜ。食べ物が空に上がっていくのは見られたら確かにヤベェもんな……。
食べてるのが見られるのは年間二人ぐらい目撃されててな、毎回長老にクソほど怒られてるの見るな。俺はその程度のことでミスるわけねぇのでリッカたんのお供えは皆勤で食ってた。
でもな、持ち帰りNGに反発してリッカたんのお供え物の花を前に一つぐらいは押し花にしても……って師匠にごねたら許されたけどな! これが日頃の態度の成果じゃね? そのために素で喋ったら不敬どころじゃねーから誰にでも敬語とか俺まじ頑張ってるぜ。
……あーーっ! その押し花の栞、天使界に置きっぱなしじゃねーか! それだけ取りに帰りてぇ……。あとは……まあ他の天使もいるし俺ひとりぐらい抜けたっていいだろ、もう星のオーラ集めなくてよさそうだしよ。くっそ。本物のリッカたんがいなかったら脚力だけで天使界に帰還するところだったぜ。
……うおーー……この像何度見ても似てねぇー。萎えた。俺こんな顔じゃねぇし。ついでに言うなら師匠も似てねぇわ。すべての天使がこんな優しそうな慈愛に満ちた顔立ちな訳がないだろ! 師匠を見ろよ、武道家だろあれは! 俺はリッカたんの前なら優しそうな顔ぐらいいくらでもやるけどな! ほーらにっこりにっこり。うげ、滝壷に映った自分がキモすぎる。やめとこ。
「おっ、アーミアスじゃねぇか」
「……ニード」
……こんな朝っぱらからニート参上か。今日も暇してんのか? 早起きは結構なことだが、相変わらずニードはニートだなぁ、せめて魔物退治でもしたらどうだ。馬小屋を所持してるオッサンの手伝いはどうだ? 掃除でもいいぞ? やってみると体を動かすのは楽しいし、誰かがこれで少しでもいい気分になると思ったらな、ますますやる気が出るぞ。
「ほんと、アーミアスってその守護天使像に似てねぇよなぁ?」
「そう、ですね。ほかの場所の天使像も天使に、恐らくは似てないんでしょう」
「お、おう」
マジで何しに来たニート? 俺はお前と違って朝っぱらから勤勉意欲のある天使に絡むほど暇じゃないんだが。もしかして像に似てないっていうことだけ言いに来たのか?
馬鹿め、それは名前は守護天使に合わせられるが像の造形は初期から一緒だぜ? 多分似てるとしたら最初のウォルロ村の守護天使に似てるんだろ。ま、ニートなんかにわざわざ言ってやるまでもない。せめて働け若者。労働力は大事だぞ。財産だぞ。
にしても……昨日掃除したし、流石に綺麗だし……うーー、これはどうしようもないな。外に出て魔物を狩ってくるか? でも村から離れることで心優しいリッカたんが心配するのは困るしな……。
実のところ大体の傷自体は結構治ってきてるんだが、背中のはちっとも治ってなくてな、あんまり激しい運動はしたくねぇ。
元々あるべき器官が丸々ないのは、天使のちょっと強い回復力でも塞がりにくいか。毟りかけの傷が百年消えないぐらいだしな。あと足もなかなか治んねぇな。毎日歩く度傷が開いて治りそうもねぇから自力でホイミ覚えたら一気に直してやろうと思ってる。
つか聞いて驚け。俺、旅芸人扱いらしいぜ。人間には誰しも「職業」が設定されてるだろ? リッカたんは魔法使いだろ?俺が人間ならこの衣装、ほかの街でなら旅芸人としてなら誤魔化せっかなーとか考えてたら俺、職業「天使」から「旅芸人」になってたわ。
訳が分からん。天使やめたんじゃね、これ? つーても他にいい服があるなら着替えたいんだが。守備力低いし、目立つ。
「……」
「……おい、アーミアス」
「なんでしょう?」
考え込んでいたのに邪魔すんな。ってかまだいたのかニート。取り巻きが後ろでまごまごしてんぞ気を使ってやれや。そいつ、実は構ってちゃん気質なの知ってたか?
だがわざわざてめぇに話すことは無いぞ、このリッカたんを好きなくせに好きな女の子をいじめたくなって意地悪して反発した挙句ニートなニート野郎が。俺はテメーがカーチャンのおっぱい吸ってるときから知ってんだぞ、やんのかコラ。
なんて言わないがな、話すのがめんどくさくなってきた。あー、太陽が出てきて眩しいな。目がしばしばする。天使界から見る日の出もいいが、人間界からの日の出も良いもんだな。こっちの方が世界が始まる感じがして好きだ。
「……ッ、昼になったら俺の家の裏に来い、分かったな!」
「……はぁ」
なんか言い捨てて去っていったんだが! なんだあいつ! しかもその尻拭いは取り巻きにさせんのかよ! クズか!
「ど、どうもすみませんアーミアス様。ですが行ってやってく、くださいっス」
「わかりました。それから……俺に敬語なんていりませんよ」
「まさか、守護天使様に、そんな……」
「みんなリッカみたいにしてくれたらいいんです。様付けなんて、俺には合いませんから」
まじ、これ!
リッカたんとニード以外総敬語ってなんだよ。だいたい俺は守護天使ではあるが、敬われたって仕方ないだろ? こそこそプライバシーを覗き見してたんだしよ。あとここの人たち少しは疑え。見た目は天使じゃなくて人間と一緒だろ?服装が人間らしくないのは認めるが。しかも俺さ……。
「俺は、灰色ですからね」
「っ、いえ、アーミアス様は天使様ですよ」
「…………、もう、俺は翼も光輪もないので」
この色、ホコリみたいでコンプレックスなんだよ! 俺も金髪とか栗毛が良かったー! いっそ黒なら汚れないし、天使の力を隠しているみたいでかっこよかったのによ、覚醒した時にぶわわわって金髪になりそうじゃね? ホント灰色ってなんだ、中途半端一番良くねぇわ!
てかなんなのこれ、女神の力って何なの、それとも神の力なのか? 自分の下僕であろうと人間に見下されては……みたいなやつなのか? そんなプライドよりも魔物をなんとかしてやれよ! ずっと死傷者出るんだぞ!
やってらんねーからちょっと睨んでプイ、だ。あ、道具屋が開店してる。ちょっくら手伝ってくるか。
……だがその後、思いの外怪我で体力が落ちているのに気づかなかったマヌケな俺は足の怪我も相まってぶっ倒れてリッカたんの家に
・・・・
何故か、胸騒ぎがした。ガバッと起き上がり、時計を見れば……なんだ、まだ朝の四時だ。もう一度寝るには目が冴えすぎていて仕方なく俺は着替える。ついでにあいつも誘っておくか。村の入口の番もそろそろ交代のはずだから。
そして特に考えることなく……なんとなく滝壷の方へくだらねぇ事喋りながら、歩いていた。朝っていうのは清々しいな、たまには早起きもいいかもななんて思いながら。
だが、日が出る前の薄暗い世界には既に
自らと同じ名前の像の前で深刻そうな顔をして立っているのは……この前の地震でこの滝壷に落ちてきた男、アーミアスだ。うちの村の守護天使サマと同じ名前っていうのは如何にもお人好しなリッカを騙したんじゃないのかと密かに疑っている。
だが俺は何も言えない。というかそもそも彼をアーミアスだと言ったのはリッカだったからだ。寝ている間に勝手に天使扱いされ、あのキラキラした押しの強い目で名前を問われてアーミアスだと答えるしかなかったのかもしれない。そうだとしたら哀れすぎて何も言えるわけがない。
……それから、俺は……これは誰にも言っていないことだが、ヤツが本物の守護天使アーミアスだとしてもおかしくない、と密かに思っているからだ。
あの日、ヤツは死んでいてもおかしくないほどの大怪我をして滝壷に落ちてきた。
この村でいろいろやって生まれ育った俺にはわかる。あの滝の上から落ちたぐらいじゃできる怪我ではないってことぐらいはな。リッカを手伝ってあいつを運び、濡れた服を脱がせた時にもいろいろ考えさせられることがあった。
あいつの着ている変な服には、背中に最初から作られた裂け目がある。それもちょうど翼の位置に、だ。服を脱がせ始めたら男とわかり、そこから俺が着替えさせたんだが、……神父様すら顔を顰めた背中の傷は翼を無理やりそげ落とした傷だと言われれば納得の傷だったし、なによりも、……あの顔は人間のものじゃないだろう。それを疑う事は俺にもできなかった。
人間にも綺麗な人がいくらでもいるだろうが、正しくあいつの顔は人外の美。睨まれればどんな人でも竦み、ひれ伏すしかないようなものだ。心から無意識に畏怖しつつ、慕ってしまう……魔性ではないが、どうも惹き付けられる、そんな美だ。リッカに笑いかける時の
だからあいつが魔物だとしても、天使だとしても驚かない。とりあえず人間ではないだろうとは思ってる。だからこそ怪しいからいろいろ探りを入れているんだがな。
「おっ、アーミアスじゃねぇか」
「……ニード」
とりあえず話しかけなきゃいけねぇな。声を聞いただけで振り返るまでもなく俺の名前がわかるっていうのは……客商売の旅芸人ならまぁ出来ると思うが、普通の人間が出来るか、と言われば相当記憶力がないと無理、だな。って、わざわざ証拠見つけてどうするんだ。怪しいところを探さねぇといけない。
アーミアスはこっちを向くと、訝しげに首をかしげた。人外の美をモロにくらって声が震えそうになるのを必死に抑えた。圧倒される雰囲気。なのに、母親のように安心して、どこか懐かしくて……幼い時に頭を優しく撫でた風のよう、なんて思ってしまうのは、何故なんだ。
会ったこともない、見覚えもない、そんなアーミアスの真っ黒の目にいつも見守られていたように錯覚するのは、何故だ。俺がバカやってる時に頭をぽかぽか殴っていったのはこいつじゃないのか。
「ほんと、アーミアスってその守護天使像に似てねぇよなぁ?」
「そう、ですね。ほかの場所の天使像も天使に、恐らくは似てないんでしょう」
「お、おう」
カマをかければ少し目を伏せられ、ようやく俺は息をつけるようになる。だが声色に変化はなく……だぁぁあっ! 認めるのは尺に触るが、とりあえずこいつは守護天使サマだとしてだ! 仮定だ、仮定!
コッチを見たままぼんやりとしているように見えるアーミアスに、俺の計画を手伝って貰わなきゃならないんだ! それが先決、コイツの正体はあとだ、とりあえず少し戦えればそれでいいからな。
「……」
「……おい、アーミアス」
「なんでしょう?」
考えを見透かされていたのか。アーミアスは目を細めた。キラキラとヤツの背の滝が朝日に照らされて煌めき、神々しいまでの雰囲気はさらに増していく。
――俺に何をさせるつもりですか?
そう、問われたように錯覚する。否、これは聞かれたんだろう。そしてヤツは拒否しない。俺のことをそんな目で見ながらも、親が子供を見るような目を、している。慈しんで、いとおしそうに。俺なんていっつも天使を否定することばっかり言っていたし、当然聞いていたはずなのにだ。
「……ッ、昼になったら俺の家の裏に来い、分かったな!」
「……はぁ」
ため息だ。ため息を吐かれた。……耐えきれずにその場から走り去り、家に駆け戻る。
……自室の扉を閉めれば頭の中には慈しみを込められたようなあの目が浮かんでくる。きっと、来るだろう。多分、来るだろう。
自信はない。だがなんとなく、来てくれる気がした。
・・・・
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幼少期、天使(異変前)時代
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旅の途中(仲間中心)
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旅の途中(主リツ)
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if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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