「そういえば、アーミアスさんは転職をなさるおつもりなのですか?」
「ええ、旅芸人は攻守のバランスに優れていますが、旅の先はこれから長くなりそうです。なので少しでも耐久力がある方がいいので……戦士になろうと思っています」
「戦士……」
ゆくゆくは俺はパラディンになりたい。博愛はあまりガラじゃねぇが。俺の得意技はどうやら贔屓らしい。聖騎士とか……かっこいい、いや、守れるだろ。身をもって守るなんてモテたり……いやモテるのはないか……モテる必要もないか……。ちょっと、ちょっとだけリッカたんにかっこよく思われたい気持ちがあるのは事実だ。
分かってたがもともと俺にそこまでの戦闘能力はないし、ひよっこ故に天使らしい特殊能力もない。上級天使なら天の雷を操れるらしいが、俺には静電気すら無理だしな。
職業の能力はダーマの神が与えたもうたものだから、神の下にある天使にも有効らしい。ならば存分にその力をお借りしたい。
「ご使命のために選ばれるのですか?」
「大きく見ればそうでしょうね」
「なんとご立派な……」
「いいえ、私情と使命が偶然一致しているだけですよ」
結構天使って奴は保身しか考えてないやつも多いしな。だが俺みたいに地上にずっと留まっていたい上に人間になれたら、と思うようなやつは間違いなく少ないのも確かだ。
で、俺はリッカたんのほのぼのハッピーライフをなんとしてでも守りたい。つまり私情。それを達成するためには人間たちには平穏に過ごしてもらうことが一番だ。だろ?
リッカたんが俺を認識してくれるなんていう、今までの人間たちにはありえない奇跡が起きている以上、俺もそれに報いなきゃな。
しかし俺たち天使は上の命令には逆らえねぇ。何としてでも、俺は地上で動けるように今回の女神の果実回収は成功させて実績を作らねぇとな。俺は守護天使だし、早々天使界に引きこもることはなさそうだが。
下手に失敗して某天使のように軟禁処分とか俺は嫌だからな。
「あっ……待ってください」
「……何か?」
塔の前で「お辞儀」をしようとすりゃ、ガトゥーザに縋るように止められた。なんだって言うんだ。
「私に、やらせて、くださいませんか!」
「このメルティーでも構いませんよ!」
「はぁ」
そんなに塔に頭下げたいわけなのか。人間、つか子供ってそういうとこあるよな。微笑ましい。
「いえ、私に!」
「兄さん大人気ないですよ!」
「おれは誰でもいいと思うけど……」
一番年下のかわいい素直な子に言われてちゃ世話ねぇな。
結局、私は兄さんに負けました。子どもっぽい小競り合いにアーミアスさんは疑問の様子。ですが天使様が頭を下げるのはしなくてもよいなら、しない方がいいのではという勝手な考えの結果ですから解決の方向でなくても良いでしょう。
ええ、アーミアスさんにそんな気持ちがないのでエゴですとも! お話を伺っているだけでも立場が上の方がいらっしゃる様子ですがそんなこと関係はありません。実際、地上で私たちを救ってくださる天使様と見たこともない天使様。どちらを敬うかは、私が判断することです。
礼儀正しくないと開かない扉、だなんて魔物でも開けられる適当なセキュリティ、罠かもしれないんですよ! 頭を下げる以外にもアーミアスさんにはして欲しくないことです、罠だったら! そう思われた瞬間にアーミアスさんは絶対に譲って下さらないような気がしたのでとっとと頭を下げた兄さんはある意味正しかったですが。
あぁ、微笑ましい子供を見るような慈愛に満ちた穏やかな表情に心が洗われるようです……もう子供だなんて歳じゃないですが、子供でいいです……。
「昔はこちらで転職の儀式を行っていたそうですが……こうも魔物の巣窟となっていては、聖なる息吹も形無しですね……急ぎましょう。大神官が危険な目に遭っているかもしれません」
「うん!」
私たちを気遣ってくださいながらも、アーミアスさんは駆け出しました。ええ、気遣いを感じます。振り返ってもくださいますし、そこまで速度もあげられません。
……やっぱり子供扱いなんでしょうか。人よりも永く生きる天使様。きっと老人ですら赤子と同じような心境なのでしょうね。そうならば私のような新参者は赤子ですか……。
先頭に立って勇ましく剣を振るわれる姿には見蕩れますが、見蕩れてばかりもいられません。私も、賢者になるまでの修行としてより素晴らしい魔法使いとして精進しなくては!
ええ、ゆくゆくはアーミアスさんがその素晴らしく気高い志をもって剣を構えた瞬間にはすべてを燃やし尽くせるように! アーミアスさんが剣を振るうその美しき姿を見ることが叶わなくなる、その世界の損失を受けても彼の身の安全には叶いませんとも。
気合を入れて燃やしていましたら、兄さんは消費を抑えろと言います。確かに、この先大神官様が危険な目にでも遭われていましたら、たくさん燃やさないといけませんね。戦闘の後、毎回剣をおさめて魔物の魂が今度は我らと歩めるように祈りをささげる慈悲深きアーミアス様を見習って私も祈りを込めて、杖で攻撃をすることにいたしましょう。
ええ、神はいつも私たちを見守ってくださっていますから。祈りを欠かしてはなりません。兄さんのように信仰を捨ててはなりません。しかし、兄さんに信仰を持たせるのもまた困難でしょうからそちらこそ神の御心に任せましょう。
塔に差し込む陽光が、アーミアスさんの髪を銀色の光に変えるのをうっとりと見つめて、私はそちらに向かいます。
その御髪を、そしてそのお顔ばかり見ていたら、階段から滑り落ちそうになりましたが、その救いのために差し伸べる手を私のために伸ばされて、安心させるように微笑まれるものですから、私は一層天使様への信仰心を深めるのです。ねーちゃんどんくさいな、だなんてデリカシーのないことを言う少年に魔力がごく少ないことがとても悔やまれることでしたが。
いえ、いえ、いけません。無垢なるものを愛してこそではありませんか。どうやらお優しいアーミアスさんはマティカ少年を無垢の塊のように思われているようですが。実際のところ年相応に無垢で、強かで。少々気が弱いだけ。ええ、ちょっと自分の意に沿わないからといっていちいち目くじらを立ててはいけませんね。
私たちは、それからほどなくして塔の一番上で神聖な空気を放つ部屋へ踏み込みました。ここで転職の儀式を行っていたのでしょう。流石に塔に巣食う魔物たちもここにはいません。静かに先頭を行くアーミアスさんはその部屋の中央に背を向けて立っているご老人、もとい大神官様に近づき、いえ、足を止められました。
前、というよりもアーミアスさんしか見ていない兄さんも止まります。足元しか見ていなかった少年はぶつかったようですがぶつかったのは子供には優しい兄さんなので大丈夫でしょう。
「ダーマより来た旅の者です。貴殿、ダーマ大神官とお見受けいたしますが」
アーミアスさんは、何かに気づかれたようなご様子で、ゆっくりと剣に手をかけました。声は困惑しているようで、清浄な空気の部屋の中、同じく清浄な魔力を持つ大神官様に、どうして警戒されるのでしょう? しかし、ぶつぶつと独り言を言っていた大神官様のお姿に異変が生じると私たちはみな武器を構えました。
なにしろ……大神官様はもとの人の好さそうなご老人の姿から、魔物と形容するしかない邪悪な姿へ変貌したのですから。
「……あなたが口にしたという果実は、人の身では耐えきれないものです。お覚悟を!」
邪悪そのものの「ジャダーマ」の発言をお聞きになって戸惑いを捨てたアーミアスさんがいの一番に狙われた私をかばって、剣でその魔物の一撃を受け止め……戦闘は始まったのです。
人が、魔物になる。それをこの目で目撃して……私は、アーミアスさんの使命とその重みにやっと気づき……おそれと同時にそれを正す手伝いができることに震え、歓喜したのです。
ええ、神がもし見とがめられるならば、神罰も致し方ないかもしれません。しかしどうやら信じる神は寛容であらせられた。もしかしたら私が僧侶ではないので想いが届いていないのかもしれませんが、すくなくとも私は思い切り喜んで、忌み嫌っていたはずの魔法の力を存分に行使したのです。
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幼少期、天使(異変前)時代
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旅の途中(仲間中心)
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旅の途中(主リツ)
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if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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その他(メッセージとか活動報告コメントとかください)