闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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42話 不願

「あぁいうのに狙われているって早く言えし」

 

 いやまさか、外見がそれなりに幼かったら全部範囲に入るなんて思わねぇから。

 

「本当に助かりました……」

「さすがに目の前でリューケツ沙汰を放置できるほど冷たくナイシ! てか天使ってみんなアーミアスみたいな真面目ばっかりだと思ってたケド? 案外そうじゃないカンジ? 揃いも揃って個性強すぎジャン?」

 

 命の恩人であるサンディに頭は上がらないが、個性に関しては彼女には言われたくねぇよ! てか俺みたいなペロリストまみれの天使界とかやばいからな。人間界は平和かもしれねぇが天使界のこの荘厳かつどこか物寂しいような独特の静かな雰囲気が消し飛ぶわ!

 

 セントシュタインの守護天使に文句を言おうと探し回っていると見習い天使の中でもさらに小さい天使に怯えられて話しかけることすらできない俺。俺が話しかけるコミュ力すらないんじゃなくて、向こうに思いっきり避けられたってことだからな!

 

 まさかその理由が純粋無垢たちに俺の内面を見透かされてドン引きされたわけじゃなく、返り血ならぬ俺の血が、野蛮な趣味を持ってそうなやべーやつを演出していたってことには言われるまで気づかなかった。あまりの無神経さに引かれても仕方ねぇ気がしてきたわ。

 

 だが勘弁してくれ、さっきのはあまりにも動揺した。あまりにも普通じゃなかった。冷静じゃいられないのも無理はないだろ、流石に! 鎖帷子に着替えて胸元に日記をインして落ち着こうと思う。リッカたんとの思い出が染みる。最高。多分俺の顔だいぶ気持ち悪いことになってるな。

 

 引き締めとくか。

 

 もう事件なんて流石にないだろうが、前の装備品なら汚しても壊しても大して問題もねぇし。

 

 それから自力で守護天使を探して少しお話したが、あれは理解してもなんとかはしないタイプのヤツらだった。天使界の未来は暗いかもしれねぇ。何せ世代交代が数百年単位だから改善が人間達にとっては遥かな未来になる。

 

 それじゃ手遅れだろうが。今を生きる人間に対して行動しろってんだよ。

 

「さっきのセントシュタインの守護天使? 自分より小さいアーミアスに一言も言い返せないのダッサ。あれはGJってカンジ。アーミアス奔走してたし」

「……自分の行動について、俺の被ったことに関して物申した訳ではありません」

「かったいヨネ!」

 

 自分がなぜ生まれたのか胸に手を当てて考えろってだけの話だろうが。痛いのも怖いのも嫌なのはわかるが、それらを人間たちがこうむるほうが最悪だって話だ。簡単なことだ。

 

 まさか、()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()思っちゃいなかったが。冗談だろ、今ならまだ冗談だと信じるぜ?

 

 だがあっちが普通の認識で、本気で星のオーラを集めていたのも自分たちの安寧が欲しかったからなら……俺の方が普通でないなら、俺は、天使じゃなくても構わないぜ。

 

 ただ、俺は自分の頭がおかしいとは思いたくねぇからたまたまあの天使がそういう奴なんだと思うことにしておくが。

 

 さてと、用は済んだし地上に戻るか。

 

「少々時間を取られてしまいましたね」

「二日くらいは大したことないんじゃない?」

「それならいいのですが」

「てか、向かってる先、逆だケド」

 

 え?

 

 逆って、俺普通に地上に行くための穴に足かけてるだけなんだが。

 

「飛び降りる気とか?」

 

 ……あ。

 

 そういえば俺に翼はないんだった。会うやつすれ違うやつ、そして例のあいつまで俺が真っ当な天使であるかのように扱うから俺も普通に天使としてスタンダードな装備を持ってるものかと勝手に、な。百年近くの習慣って怖いぜ。またバンジーするところだった。

 

 道理で視線が背中に突き刺さってたわけだ。俺が足を下ろした瞬間にそれも散ったが。

 

 いやこれは、ほんと、心配というか、迷惑かけてすまねえ……。

 

 サンディも呆れてものがいえないと言わんばかりの顔をしているが、俺はちょっと笑って流すことにした。自分がアホ過ぎて笑うしかねぇ。

 

 これ以上エレッタ様を泣かせたらもう干からびてしまわれる可能性がある。ラフェット様に心労をかける訳にもいかない。師匠の耳に入っても……いやこれはいいわ。ど、ど、どうせ俺のことなんてもう気にしちゃいねぇだろ。いや俺の方こそ、気にしてねぇし。

 

 

 

 

 

「おかえりなさいっ!」

「……っ、はい、ただいまもどりましたよ、マティカ」

 

 泣き虫を克服しかけている現職武闘家に思いっきりタックルをかけられたらアーミアスさんといえど声が詰まりますよ。べりっと不敬者を引き剥がし、少々疲れた顔のアーミアスさんの私も努めて丁寧におかえりなさいを言いました。

 

 賢者になるという私の選んだ道は例え職業の神がお力を貸してくださるダーマ神殿へ行ったとしても開かれる道ではなく、ほかの賢者の力を借りて修行を積まなければならないもの。

 

 そう考えていると、私にはだんだんと冷静さが戻ってきてこのような状況なのです。この期に及んでまだどうすればアーミアスさんのお役に立てるかどうかをきちんと図りきれていないガトゥーザなど、いけませんね。話し相手になっていたマティカが可哀想なくらい同じ話がループして、いかにアーミアスさんが美しく素晴らしいか、それしか話さないのです。

 

 そんなことは分かっていますから。それを踏まえてどう行動するか、それが大切なのでは? 燃やしてしまいますか? いえ、流石に兄のような存在を燃やす賢人はいませんからしませんけど。

 

 そういう訳で、限界を迎えていたマティカがアーミアスさんを見た瞬間に飛びつくのは仕方が無いことだったのです。それが認められるかは別の話ですが。

 

「ダーマ神殿へは一足先に行ってまいりました。皆さんの準備が出来ましたら出発できますから」

「私たちはいつでも大丈夫です! ……が、少々顔色が悪いのでは? 今日はお休みになった方がよろしいのでは?」

「向こうでは一日などあってないようなもの。私事で余計に時間の流れというものが曖昧になっていました。俺が帰ってから少々日がたっているようですから、これ以上お待たせするわけには」

 

 そういえばアーミアスさんが帰られてから一週間前ほど経ちますが。しかし私たちにそこまでのお気遣いをしていただく必要はないと思うのですけれど。

 

 アーミアスさんの言葉に感動し、涙を流さんばかりの兄さん、いえガトゥーザが、僅かに残った理性をかき集めてまともな事を進言しました。

 

「それでは、向こうについてすぐ向こうで宿をとるというのはどうでしょうか。いろいろ目新しいものもあるでしょうし」

「……妙案ですね」

 

 何故か宿と聞いた瞬間に表情を微かに曇らせたアーミアスさん。しかし反対をなさることはなく。

 

「駄目だよ兄ちゃん、そういうんだったら宿屋はセントシュタインで取らなきゃ」

「何故?」

「リッカの宿屋は最高の宿屋だからだよ! ねぇアーミアスさ」

「ええそうですね! そうですとも、とても良いことを仰りました、マティカ。あなたの積んだ徳は見習いの身ではありますがしかと聞き届けましたとも。必ずその善行に対して良い報いがあることでしょう!」

 

 大輪の花が咲き誇るが如く、素晴らしい笑顔を浮かべたアーミアスさんがマティカに熱烈な抱擁という最高の慈悲に嫉妬したわけではありませんとも。ええ、ありませんとも。

 

 あんなに天国が見えることってあるのでしょうか。室内故に、どこか灰色のアーミアスさんの髪が黒っぽく見えているというのに太陽の光にすかされて輝くのを幻視し、その上白く眩い翼まであるかのように感じるのです。もちろん、尊い輪も。

 

 あぁ天使様の抱擁。ご利益に与りたいとかいう話ではなく、いえ、ありがたい光景を目に出来ただけでも素晴らしいことなのですが。十分に私は幸福であるのですけれど。

 

 あぁあのかんばせに、笑顔を浮かべるような言葉を私も言いたい。彼にもし、微笑んで頂けるならば、それが最上の幸せ。なぜなら天使様が微笑むということは救いの道が開かれたも同然。

 

 そして何よりも、この自己犠牲の天使様に、少し表情が硬い天使様に、微笑んでいただきたい、なんていう少しのエゴ。そして、あわよくば向けて頂きたいわけです。えぇ、私は、そんな人間ですとも。美しいものをこの目で見て、そしてそれを自分に向けられたい。

 

 そうマティカに全力の嫉妬を送っていましたら、宿の主のリッカさんがこちらにいらっしゃいました。

 

 すると守護天使をなさっていた時からの馴染みらしいアーミアスさんは、今度こそ彼女を見ただけで素晴らしく美しい笑顔を浮かべましたので、私は静かに敗北したのでございます。

 

 えぇ、えぇ。天使様のご慈悲を人間がはかるなんてきっといけないことなのですが。

 

 私だって、あの顔を見たら、天使様が誰を一番に想っていらっしゃるのかくらいわかります。でも、でも、それでも私は安心しました。

 

 彼の目に温かな光こそあれ、欲望に燃え上がるものはありません。あれは熱いものではなく、やわらかなもの。天使様はやはり天使様なのです。私の見る目に、そういう意味では狂いはございません。

 

 天使様はやはり穢れなきもの。天使様は美しく、慈悲深く、尊く。しかし生命の営みの輪の中にはきっとないのです。だからこそあんなにも美しい。手が届かないものだから美しい。別次元の存在であるからこそ、あんなにも慈悲深い。

 

 私の中の、きっと悪。それが笑います。嫉妬とともに、膨らみます。あんなに彼女は想われているのに、天使様は決して自分のものにしようとしたりしないという確信。そして生きとし生けるものに対しての慈悲深さは、アーミアスさん自身を誰か一人のものにしないという確信も生みます。

 

 アーミアスさんに幻滅したことなんてありません、これからもきっとないでしょう。

 

 そんな日はこないのです。だって彼は天使様! 私たちの天使様! あぁ……あぁ、あの背中に! 再び翼が宿る日が来ることを願います!

 

 だってそうでしょう、あんなに綺麗な天使様に欠けなんて世界の損失に違いないのです。




背の順
ガトゥーザ>メルティー>アーミアス>マティカ

年齢に関して
リッカちゃんと同世代くらいですが、兄妹が少し年上(の外見) アーミアスは一応成長していますがほぼ止まっているも同然 世間的には大人 アーミアスとマティカがギリギリ子供扱いの時も 相手によりけり

どの閑話が読みたいですか?

  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
  • その他(メッセージとか活動報告コメントとかください)

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