すんげー俺の部屋の扉がガタガタしている。向こうから犯人の声が聞こえるような気もするが、扉のがたつきがうるさ過ぎて何言ってるんだか全くわからん。
……現状?オムイ様に報告し、俺も女神の果実の捜索が命じられたってところだ。そんで自室で日記を抱えて壊れるんじゃないかと思うほど揺さぶられる扉に正直怯えている。いや、そんな可愛いもんじゃねーな。ビビって、正直リッカたんの日記が手元になきゃ恐怖のあまり壁をどうにか破って逃げ出してたわ。得体がしれねぇよ。
にしても、誰だよ。
日記回収したら少なくとも、セントシュタインとベクセリアの守護天使には文句を言いに行かなきゃならねぇのに。エラフィタはいいだろ、まだ、文句を言うほど何かがあったわけじゃねぇから。比較的だがな。
守護天使として人間の健やかな生を、外部からの邪悪なる意志によって阻害されている状況を放置して自分はのうのうと安全な天使界に引きこもってるとか、許されていいわけあるかよ。
考えてみろ、行方不明者が出ていたって別に、関係ねぇだろ。帰還者ゼロ? 異変で魔物が凶暴化した?
俺からすれば、帰還者ゼロに関しては多少ビビっても仕方ねぇと思うが、魔物が凶暴化したから危ない、だから天使界にいて人間界には行かない、それは自分の身を守るだけじゃなく、星のオーラはもう集める必要は無いからだって言うならそいつは守護天使としての資格はねぇと思うぜ。
俺達がその魔物から人間を守れた可能性は? 星のオーラが欲しくて俺たちは本当にやっていたのか? 俺たちは救われるために善行を重ねていたのか? そうだって言うなら、おかしくねぇ? 俺たちは人間の守護のために神が創り、天から遣わされる生命と言っていいのかもわからない存在、「機構」だぜ?
天使が天使としてその体が動くなら人間を慈しみ、魔物を救いへと導き、世界の均衡を保ち、植物と戯れ、そんでたまに好きな子の幸せな顔を覗き見して俺も少し幸せになる……くらいが生きている意味、だろ?
俺たち天使が自分たちのことばっかり考えて保身に走っちゃあおしまいだろうが。俺たちは、そんなことが許される存在か?俺たちは守るために取り残されているだろ、愛する人間たちの生きる時間から。
自分のためだけに生きるなんて、おこがましい。神の僕の中でも明確に使命がわかっている上に、その能力も寿命も、救う対象すら明確な俺たちなのに!
ウォルロで、俺を歓迎してくれた村人たちの目にはあの異変での恐怖があった。セントシュタインで黒騎士騒ぎがあった時、人々には底知れぬ不安があった。ベクセリアでは涙を流す人たちも、救いを求めて苦しむ人々も……愛する者を失った人もいたっていうのに!
それを取り除くために、実際出来るかどうかは俺たちの実力次第だろうが、奔走するのが天使だろうが! 基本上級天使の守護天使だぜ? 俺なんかより絶対救えたはずだろうが!
なんで来なかったんだ! なんでだよ! 俺じゃあ救えなかった!
でもって、早くそれを言って、現状をどうにかしたくてもだ、扉を壊れんばかりにガタつかせている相手に対して鍵を開けて招き入れるのは明らかにアウトだろ。
まぁ、天使界に抜きん出て悪意を持つ奴なんて居ねぇはず……いや、いたわ。危ねぇ、あいつの守備範囲、可愛い天使たちから……ただまだ年齢的にも子供で見習いってだけで俺まで入るってか?無節操なところが恐ろしすぎるだろ。貞操は無事でも大切なものを失うところだった。
扉越しにもチリチリこっちまで焼かれるような悪意。ただでさえ灰色の髪の毛が、せっかくベクセリアで染まった分を世界樹の力で浄化できたのにまた戻っちまう。今度は真っ黒になるかもな。そしたら煤天使を名乗るとして、だ。
扉の向こうに声を掛けて、お引き取り願おう。やべーわ。長老にチクっておこうか。こいつ、反省せずに俺まで狙ってくる変態だと。
てか天使なのに人間やほかの生き物を救うことに執着を向けるよりも同じ天使に対して何らかの感情を抱いているところ、バグじゃね? せめて俺みたいに特定の人間が好きで好きで仕方ないから守護りまくるぐらいにしろよ。たぶん……害はねぇし。
「お引き取り下さい」
扉の揺れがぴたっと止まって、……こえぇわ。こんな激しい音をたててたってのに俺の声は聞こえてるとかやべーわ。
「いるじゃんアーミィ……やだよ、せっかく戻ってきたんだし、僕になら君の翼を戻せるかもしれないし。ほら、開けて」
「……」
なんでこいつを俺は自分より上の天使と認めてんだろうな?年齢か?体はもちろん勝手に動いて解錠。飛び込んでくるのはあの子どもの姿の天使。俺を動けないようにして命令でベッドに放り込まれる。壁際に追い詰められたわけになるが……これだと退路は。ねぇな。
日記はその途中で手から落ち、幸いにも滑ってベッドの下に転がり込んだ。セーフだ、セーフ。これで中身は無事だろう。
……いや、今に限ってはそれよりも、状況だ。すげぇまずい気がする。
上から啓示を受けても翼を戻せねぇっていうのに、謹慎処分を食らってるような天使に戻せるわけがねぇだろ。何をやらかす気だ?
前の被害者は未遂ですんでたから目的がわからねぇ……。未遂でよかったな。
うわ笑ってる。こえぇよ。ストーカー行為をはたらいていたペロリストもびっくりだわ。
……助けて師匠。いや、師匠は来てくれねぇんだったわ。しかし、これは地上に墜落した時よりもダイレクトにやべぇ気がする。すげぇ嫌な予感がするんだが。師匠以外に誰が助けてくれるんだ?ていうか、師匠以外に頼るなんてしちゃ迷惑じゃねぇ?
だが今は迷惑どころじゃねぇ!誰でもいいから、この天使回収してくれ! 俺には逆らえねぇよ!
このまま、いきなり背後から心臓に一撃、俺死亡とかねぇよな? な? 流石にねぇよな? 俺を星にしないでくれ、まだ未練が!
「動かないで、すぐに終わらせるから」
いや待て、本当に待て。今、何出した。気のせいじゃなきゃ、それ、刃物だよな。うつ伏せに寝かされた俺にははっきりとは見えねぇんだが、それをどうする気なんだ。
つまりそれで俺を切る、んだよな? 状況的に。まずくね? どこを切られても痛いだろ。え、そうだよな?
マジで? ここで俺、星になるのか? 加工肉ごとく切り分けられてしまうとかねぇよな? せめてちょっと刺すぐらいにしてくれ、頼むから! 殺さないようにしてほしいんだが!
……それすら望みが薄い気がする。誰だよこいつを放ったのは。俺がもし、ミンチになって死んだら手厚く弔ってほしい。墓はウォルロがいいが、セントシュタインも捨てがたい。いや待て、天使の死体ってどうなるんだ? 死んだ天使の亡骸を見たことがねぇんだが。天使は基本寿命ねぇし。
死体も残らず天へ登って星になるとか、ねぇよな? 跡形も残らないとかねぇよなぁ?!
てかここまで危険を感じても、天使の理を破れねぇんだな?! 神は俺たちの設計を適当にしたに違いねぇ! そのミスのせいで俺は死ぬ!
天使に来世はあるのだろうか……。あったらリッカたんの身近なところがいい……。
「アーミアス、君は僕の完璧な天使だよ。幼い時も、成長した今も。その姿は似合ってるけど、完璧な天使に翼がないのはおかしいよ。背中を切ったら、きっと出てくるさ。そうしたら元通りだ。自分で傷つけてしまった翼もきっと綺麗になる。僕の気持ちで染まった髪の毛も、きっともっと染まる」
なんか、語り始めた。そんで俺も思い出してきた。こいつの被害者って……まだ幼気な天使で、その天使は、何も知らなくて。小さくて、弱くて、そんで、たしか……真っ白い髪の、子供だった。つまり、それは。
……白い髪の?
そんなやついたか? ラヴィエル様? いや、俺が生まれてからの時期だから年齢が合わねぇし、あれは白というよりも銀色の御髪だろ。
見当たらないのは、もしや、こいつが罪を犯して百年経っても許されないのはそいつを殺した、から……なら。
俺も殺される……。なにが? 何がこいつの琴線に触れている! 俺なんて取るに足らない灰色の天使だろうが! いや他のやつに手を出すのもやめろ!
それに俺を狙った理由は何だ? もしや俺の天使として模範的な行動が逆に嫌だったとかいう、人間っぽい感情なのか? 俺にはそういうのはわからねぇが! 個人差があって人間の感情を理解できる部分が違うのか? こいつは仲間への情や愛は持たねぇっていうのか?!
どっちにしろがっしり押さえつけられ、理で縛られてちゃ逃げようもねぇ。刺される覚悟が決まった頃、見計らわれていたのか、背中に容赦のない激痛が走る。翼をもごうとした時の比じゃねぇ痛みだった。背中を切り開くのが単純に二回、だぜ? 正気の沙汰じゃねぇ。流石に痛みで意識が遠のいた。
声すらまともにあげられねぇ。痛みは延々と続くかのようだ。傷は熱い。だが、まぁ、痛いなりに冷静だった。これくらいの怪我では死ねない、と。更に切り込まれなければ生き残れると。
ま、体がずたずたになるような落下をしても死なねぇんだぜ、天使って。背中刺されても失血死以外じゃ死なねぇだろう。それがやべぇんだがな。だが刃物の切れ味がよかったのかあばらを伝って腹側に流れてくる血の量はそこまで多くない。希望が見えてきた。
あとは発見だが……俺の部屋、わりと辺鄙なところにあるんだよなぁ。俺の次に隣の部屋の見習い天使が狙われてもまずい。俺がここでこいつが去るまで待った方がいいかもしれない、かもな。
そんで、こいつもう天使名乗らせるのやめさせろよな。俺以外に刺されるやつでたらどうするんだよ。繭にでもして封印しとけよ。俺で物証できただろ。幼気な可愛い天使が今度こそ被害にあってからじゃ遅いからな?
サンディが俺のところに戻ってきたような気がして、すぐさまどっかにすっ飛んでいってくれたような気がした。助けを呼んでくれたらしい。多分、それで俺は助かったのだと思う。
曖昧なのはその時には、命に別状はなくとも、血の失いすぎで気絶した俺にはもうその先の記憶はなかったからだ。
なぜ、俺がねらわれたのか。それは知りたくもなかったが、再犯はないと上級天使に断言されれば俺は逆らえねぇ。
背中には元々翼が燃え尽きた痕跡と、落ちた時に出来た傷があったがこれで翼のあった位置に素晴らしくわかりやすい跡が出来上がったことになったが、まぁ俺の背中なんて誰も見ねぇし。
これで変態は今度こそ外に出れねぇし、次の被害者もない。俺の部屋のシーツやマットレスがお釈迦になって、俺がちょっと痛い目にあったくらいで済んだ。
そういうふうに考えれば、別に大したことは無かったんだ。そう、言い聞かせる、自分に。
何故だろうか、あいつの前の被害者……白い髪の毛の、小さい天使。俺が知っている相手だった気がする。顔が出てこない、名前も出てこない、ただあの白だけが妙にはっきりと思い出せる。
そいつはその白が好きで、自分の白い髪を子供らしく誇りに思って、嬉しがっていたんだっけ? 死んでしまったんだろうか、もう外に出たくもなくて会えないのか、思い出さないその相手に祈りを捧げる。
うーん、俺も天使らしく潔白そうな純白の髪をしていれば少しは自信が持てたかもしれねぇ。金髪に緑の目もいいと思うが、汚れなき白っていうのもいい。
俺なんてこの事件でさらに髪の毛が埃色っていうか……もはやダークグレーだな。髪の毛染めた? ってリッカたんに聞かれてそこから会話ができるかもしれないと思えば特に大したことはねぇか!
「僕の天使をものにして何が悪いの」
「強いていうならウォルロ村の天使ね」
「人間ごときにくれてやるものか」
「あの子の心は常に天使界ではなく、人間界にあるけどね」
睨みつける翼を拘束された天使。堕天していないのが不思議なくらい悪意に満ち溢れ、そしてそんな自分を疑いもしない天使。
どこかの天使は自分が人間を守り、慈しみ、見送ることこそを至上として行動するらしいけれど、あの子と同じでこいつもどこか普通ではなかった。
天使って、人間とは違うし、寿命も生まれも何もかも違うけれど、そんなに高尚な者じゃないの。
サボるやつもいる、適当なやつもいる、人間のことを軽視する天使は多い、使命について曖昧な事しか考えていないやつも、使命に徹するものも、使命とはまったく関係ないことに情熱を注ぐやつもいる。
あの子が使命に情熱を注ぐとしたらこいつは正反対。なるほど、生まれた時期こそまったく違うけれど、二人を足して割れば普通の天使に中和されるかもしれない。
普通の天使はそれなりに人間のことをどこか軽視して、それなりに守り、それなりに理に従って、そして天使界に住んでいる。地上は嫌いじゃないけれど、決して好きじゃない。危険だと思っているもの。
天から遣わされる私たちには、たまに変な個体がいるといえばいいのかしら。
変な個体。基本的には優秀な個体を指すけれど。逆もいる。悪意に振り切る天使が。もういっそ堕天してしまえば討伐できるのに。自分のことを正しいと思って、背いていないと思っていたら案外平気なのね。
いくらアーミアスくんが天使で天使に天使なかわいい幼少期の天使で、成長した今も天使で天使に天使すぎる天使な容姿の上に天使行動に振り切って翼も輪っかも失ってなお、天使であろうとする天使の中の天使でも、自分のためにただそこで微笑んでいるだけの可愛いお人形してくれるなんて思いこむかな、普通。
普通じゃないんだろうけれど。翼は世界樹の力を持ってしても治せなかったのに運命の片割れである自分ならあの背中を切り裂けば内側から翼を取り出せる、とか考えつくのは本当に危険ね。
傷、私じゃ治せなかった。傷が深すぎて、塞ぐことしか出来なかった。いつかのように、傷を塞いだあとの私は青白い彼の頬を見つめて、目覚めるように祈ることしかできなかった。
少し、思うのは、彼がもし、女神から使命を承るために生まれたように天使すぎなかったら、こんな目に遭わなかったんじゃないかって。
彼には、冒涜のようだけど。
天使すぎる天使になった理由とコンプレックスの原因
どの閑話が読みたいですか?
-
幼少期、天使(異変前)時代
-
旅の途中(仲間中心)
-
旅の途中(主リツ)
-
if(「素直になる呪い」系統の与太話)
-
その他(メッセージとか活動報告コメントとかください)