「……」
サンディもどっか行っちまったし、完全にぼっちだぜ。
ここにそよぐ風には慣れたもの。巨木の葉を揺らす風は、上空なんだから酷く冷たいはずだが、どうにも天使界は居住に適さないほど低温でもない。少し冷たくて身震いする程度だ。なんらかの護りがそこにあるんだろう。おそらく、目の前の木こそがその護りだろう。
片膝をつく。指を組む。そして目を閉じる。神を信じるまでもなく、神の奇跡を体現したこの身の存在こそが神の存在を意味している。
そして与えられた力を失って喜ぶこの愚かな神の子が、今一度奇跡がもたらされることを祈るのだ。正直両親を介さず生まれた奇跡への感謝が、これ以上何かを望んでいいのかという気持ちへ変わっているが。あぁ愚か、あぁ滑稽。
しかも天使としてまっとうと言い難い願いを持つ俺には祈りの内容への疑問の余地は沢山存在しているし、奇跡なんて起きなければ良いと本当は切に願っていても、理には従うしかないのだ。俺が天使である限り。
あぁ思考が溶けるようだ。ほかのことを考えられなくなっていく。体は当然言うことを聞かないし、今俺の後ろに師匠が立っていたとしても身動きひとつ取れないだろう。
……、……奇跡が起きますように。この身に今一度翼と光輪を宿してくださいますように。
反発する意思がますます削がれていく。それ以外考えなくなっていく。祈りなさい、というオムイ様の言葉が頭の中に木霊して、俺はそれ以外できなくなる。
きっとオムイ様はそこまで理の力が働くなんて考えてもいないはずだ。だが誰よりも長く生き、最も天使としての力を持つ長老が、生まれてわずかな時間のみ天使で、今はほぼ力を無くしている俺に命令をすればどうなると思われていたのか。
今俺の意思は関係ないし、挟み込む余地はなくなっている。俺は完全なあやつり人形にもなれる気がする。いや、きっとなれるはずだ。外見の上では完璧に。
しかし、反発する意思のみ持ちあわせている俺は、それ以外を考えないことによって命令を遂行する。内面まではそうそう変えれるものではないからだ。俺はなんとしてでも人間と過ごしたいように、俺はなんとしてでも理に従わなければならないからだ。
傷跡こそあっても、痛みも違和感もない平坦な背中に翼が生える奇跡が宿りますように、なんて、本当に思ってもないことだが、それでも祈り続ける。ひたすら、奇跡が起こるまで。奇跡が起きて、なお、翼が戻らなければ、……いいえ、それは、考えてはならないこと。
神に祈りを捧げよ。その命令に私は従います。
我が身に再び天使の力が宿りますように。
翼をさずけて下さい。光輪をさずけて下さい。再び空を飛び、人間に姿を見られないようになれますように。
人間に気づかれぬよう、守護するのが我が使命。遂行できるように、お力をお授けください。
神の僕たる私が、その手足となって今一度働けるようにどうか奇跡を。
奇跡を。奇跡を。お授けください。
私の願いは、人間を守護し、見守り、慈しむこと。燦然と輝く魂を救済し、安らかなる果てへと導くこと。憂いを断ち、穏やかな生命を歩めるように手助けすること。
お授けください。私に力を。
「……うぅ、頭が……」
アッタマいってぇ! ガンガンする! 何でだ! そりゃあ、こんな固いところで爆睡してたからだ! 体もあちこちガチガチ! しぶとい体を持つ天使といえどこれはきつい! ちょっと身動きしただけであちらそちらがバキバキするわ!
ん? 爆睡? ……え? ……寝てた? 世界樹の下で? マジ? 嘘だろ?
あんなに思考が完全に乗っ取られていたってのに?つーか、あれは完全に俺じゃなくなっていたというか。いやまぁもちろん全てに嘘はついてないし、最後の方は思ってもないことを考えていたわけじゃあねぇよ。
だがそれでも前半は翼なんていらねーし輪っかなんて邪魔だし俺じゃないって言っても間違ってはいないだろ。あんなこと考えたこともねーわ。理こえーわ。
天使ってなんなの?完全に組織として動くことしかできねぇだろ。柔軟な考えも必要だと思わねぇの?物理的に反対意見を封じられるのって、怖くね?
てかよ、あんなに真剣に祈っていたのに途中で寝るとか幼いとかいうなまやさしい表現じゃダメだろ。もはや乳幼児か何かなのか、俺は。
あー、本当に体痛いわ。……バッキバキになっちまった背中に翼はないな、よし。頭痛オンパレードな頭の上に輪っかもねぇな。完璧。俺はこれで傍目には神にも見放された天使だな。なんて悲惨なんだ! 誰も俺が翼を失いたくてたまらなかったなんて気づかねぇだろ。俺にとっては願いがかなったことこそが奇跡! 神に感謝!
そして理に従い、世界樹の下で真摯に祈りを捧げた上にいつの間にか爆睡するなんていう奇跡を体験したからもういいよな。追加で祈ってもまた寝る気がするわ。
夢の中か起き抜けか、夢うつつなふわふわした状態でなんか声を聞いたような気がするが。……なんか女性の声だったか。世界樹の下で眠っていた俺に……声?
……いや、それ、夢じゃねえわ。ガチなやつ。啓示だわ。
確か、えーっと。女神の果実を七つ回収しろってことだっけか。あと、翼も輪っかも戻すのは無理だと。その代わりにルーラっていう呪文をさずけて下さったような……。
効果は、単純にキメラの翼だが。とても便利だと思うが翼の代わりかっつーと……。
まぁいい。報告に行かないとな。それからさくっと日記を回収して地上に帰ろう。
……。女神の果実か。探していれば、地上に混沌が起きるのを防げる。ひいては人間たちを守ることにも繋がる。願ってもないことだ。なにより地上に行けるしな。
地上に行くように啓示があった俺を天使界に留め置くことは誰にもできないはずだ。俺はここから合法的に出ていける。そしてあの仲間たちとまた少々旅ができるし、リッカたんに会いに行ける。
そして、その上で……師匠にも会えるだろうか。捜索の途中で師匠と鉢合わせしたり、師匠が会いに来てくれたり、するだろうか? ハゲ師匠に弟子への余分な愛情がないのは分かっているが、本当にすぐそばまで来ているのであれば、流石に会ってくれるんじゃないだろうか。
師匠は、俺に厳しかったが、欠片も甘やかされているなんて思った日はなかったが、俺に隣人を愛することも、人間の死の受け入れ方も教わった。世界樹の下に遣わされる天使にとって、師匠とは親みたいなものだろう?
これが恋しいという感情だろうか。ホームシックにはならなかったが、ファーザーシックならぬ、ティーチャーシックってやつには間違いなくなっている。あの俺まで頭髪の未来が不安になるほどツルッツルな師匠の厳格な眉毛が懐かしい。
あの顔にも相見えたい……ってか、師匠ってそういえばイケメンだよな……羨ましくなってきたぜ。俺もあれくらいはっきりした顔立ちならちょっとは天使補正込みでもリッカたんに意識されるようになってたりしたんだろうか?なんかムカついてきたぜ。
師匠は仕事が恋人だろうし、まぁ会いに来てくれないことに賭けておく。良くても集め終わったあとにひょっこり来そうじゃね?
それか、俺が行く先々で先回りして回収してるとかな。師匠って真面目だからな、俺に妨害はなくとも回収することに専念して俺に伝えるのはうっかりか確信犯か、忘れてそうなイメージだぜ。
どの閑話が読みたいですか?
-
幼少期、天使(異変前)時代
-
旅の途中(仲間中心)
-
旅の途中(主リツ)
-
if(「素直になる呪い」系統の与太話)
-
その他(メッセージとか活動報告コメントとかください)