闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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39話 涙天使

「ししょー……」

 

 ちっさいガキみてぇに、なっさけねぇの、俺。師匠はすごい天使なんだ。優秀で、何を優先すべきかきっちり分かってる天使なんだぜ?俺よりも優先するべきことが見定められる、冷静なハゲなんだ。

 

 女神の果実が人間界に悪影響を及ぼすのがはっきり分かっていて、天使界がこんなに荒れ果てていて、天使が何人も戻らない。

 

 そういう状況で俺みたいな連れ帰ってもなんの役にも立たない奴を探すより、女神の果実を一つでも捜索した方がいいに決まってる。

 

 なのになんで俺はこんなに、悲しいんだろうか。人間が俺たちの力不足で死んでしまった時のような悲しみとは違った、処理しきれないやるせないような気持ち。

 

 感情を処理しきれないのはいつもの事だが、……いいや。俺はリッカの前だって、見てわかるような動揺したのは昨日くらいだ。顔に出て、口に出て、目からも出る。そんなことは今まで無かった。

 

 ……思うに、俺は、師匠のことを思った以上に好いているらしい。そして、あの時手を伸ばしてくれた師匠なら俺を探しているに違いないと心の奥底では信じきっていたらしい。

 

 俺は酷い弟子だ。なんの相談もなく突然ナイフを持ち出したかと思えば失血死しかけて師匠の心臓を止めにかかったり、地上に落ちても喜んだり、今までの生活を心底……そうだ、悲しいことがあっても基本的には楽しんで、満喫して、人間達たちと話すことが出来て良かったと思ってきたのに、師匠はその間も俺を探してくれていて、師匠はきっと俺の帰還を歓迎してくれると、そう思っていたんだな。

 

 俺はすぐに地上に戻る気で、天使界に戻れなくていいとまで思っているのに。なのに、勝手に、そんなことを考えていた。

 

 あぁ自分勝手で酷い奴だ。俺は図体ばっかりでかくなっただけのガキに違いない。考えが幼稚で、周りのことを客観視もできなかった。人間ならば、もう俺は百三十と五つの爺さんだが、天使としての俺はまだまだ幼過ぎたらしい。この分だと外見年齢ほども周りが見れているかどうかだって怪しい。

 

「ししょー……ししょー……どこですか……」

 

 サンディが後ろにいるのは分かっている。そして何も言わないでいてくれることがただただありがたい。オムイ様の計らいで近くにはたったの一人も天使がいないこともだ。こんな、樹の近くの良い場所なのに、俺のような考えなしのために時間も、尊厳も、与えられた。

 

 それにガキの俺は甘えた。

 

 ショックな気持ちを今だけは少しも取り繕わずに、乾燥した地面を濡らした。嗚咽はそれでも噛み殺し、目からぱたぱたと涙が落ちるに任せた。顔が歪む。きっとすさまじく醜い顔をしているだろう。視界もぐにゃぐにゃに歪み、乱れ、また一滴、また一滴と目から液体がこぼれ落ちた。

 

 だが、それでも俺は合理的で冷静で、今やるべき事が分かっている師匠の弟子だ。情けない風体を晒していても、次にやるべき事を考える。今度こそは考えなくてはならないだろう。

 

 師匠がここにいない今、ぺーぺーの俺はオムイ様のところへ赴き、指示を仰ぐのみだがな。それでも、それ以外を考え、より良い方法を教えてもらわなくとも見つけ、行動しなくてはならない。

 

 やるべき事。……そうだ。女神の果実だ。

 

 人間を脅かすかもしれない高エネルギー体。もし人間にも可視であるならば、そして食べてしまったならば。絶対無事ではいられるものか。あんなもの、人間でない俺だって食べたら人間になれるかもしれないような代物だ。

 

 ……ちょっと欲しいなんて思ってないからな。

 

 つまり、人間が天使になることも可能なわけだ。天使になれるならばどんな魔物にも、どんな怪物にでもなれるだろう。こんな未熟者がいても天使というのはなかなかどうしてスペックが高いからな。

 

 落ち着いて来た。

 

 泣くのはもうこれまでにしよう。ガキの俺とは決別しなくては。師匠は俺をウォルロ村の守護天使として認めた。一人前として認めたようなもんだ。それは俺が一人でも天使としてやっていけるという証明だろう。

 

 だから、師匠は俺を探さない。そもそも俺よりも優先するべき事象があるのだし、迷う必要は無い。師匠のことだからきっと迷わなかったと思うが。……やべ、そう思うとまだ涙がちょちょぎれそうだわ。

 

 師匠のように俺はなりたい。天使として、人間を護り、そして見守り、その健やかな命が次へ渡され、紡がれていくのを永遠と喜びとして続けていくように。

 

 女神の果実が実る時、俺たち天使は救われる。

 

 神の国より来たる天の箱舟がそれを知らせる鍵となる。

 

 そんなことを言われてきたが、知るものか。俺は天使で、救われる側ではないからな。モチベーションの低い天使に喝入れするための文言だろう。

 

 実際果実は実り、それが集った時にどうなるかまでは考えないでおく。きっと、果実が揃った時こそ師匠は俺と話してくれる。その時こそ、師匠の言葉に従えばいいだけなんだからな。

 

 そして師匠が自分で考えるべきだと言った時、俺は今度はまっすぐ前を見ているはずだ。……多分な。

 

 

 

 

 

「目が赤いね、アーミィ」

「その呼び方はもうおやめください」

「えー、アーミアスってまさに神の兵士って感じだからとっても似合ってると思うなっ」

「……」

 

 変態は相手にしないに限るな。スルーしようにも相手の方が上の天使だ。動けずにいると、エレッタ様がさっと現れて不届き者を連れていった。いつ見ても彼女は笑顔が眩しい。にこやかに首根っこを掴み引きずる姿はまさに上級天使の鏡だな。

 

 俺は人間などの地上の世界の生き物には優しいつもりだが、天使にはちっとも優しくないんでな。

 

 ちなみに、不届き者というのは、なんでも幼気なぴよぴよした天使をこのロリコンだかショタコンだか知らないが、その系統の特殊性癖で付き纏い、未遂で済んだがいろいろとやばかったという話を持っている見た目だけは若い天使のことだ。被害者のことは知らないし、その未遂の内容も知らされなかったが、俺もそんなこと聞きたかねぇから置いといて。

 

 幼い時はよく遊んでもらったような記憶があるが、天使も上っ面だけじゃわからないところがあるってことだろうな。俺もそうだろ、多分。こんなに口が悪いのはリッカたんにだけはばらさないでいたいからな。

 

 ともかく、それを聞かされてからこいつに対する反応は俺も適当だ。被害者はいい天使になることで忘れてほしいもんだよな。

 

 イエスぺろぺろノータッチも守れない野郎なんて擁護のしようがないしな。

 

 あいつとエレッタ様以外のすれ違う見習いや上級天使たちは俺を見るとさっと目をそらす。そのくせ、すぐに俺をチラチラと伺い始めて正直、少しばかり鬱陶しい。

 

 そんなに天使界に羽根なし輪なし天使が珍しいか。……珍しいわ。

 

 あぁもう、その痛ましそうな視線、あの哀れむような目!

 

 実は俺はこの状況を嘆くどころか超、超! 喜んでいるんだって知ったらどんな顔をするんだろうな?愛しのリッカたんと会話できてそれだけで空が飛べるほど舞い上がっているんだぜ?

 

 ラフェット様は俺の手をそっと握って生きてたことを喜んでくれたのに、他の奴らは聞きたいことや言いたいことがあるならはっきり言えってんだ。

 

 はっきり言ってくれさえすればはっきりと心情を語れるというのに、俺は自分から用もないのに話しかけるほど社交的じゃない。

 

 さて、そんなことよりも。長老の間だ。きっと俺に指針を与えてくださるはず。

 

「おぉ、よく来た」

 

 オムイ様が俺を迎え入れくださった。護衛の天使たちも無感情って訳じゃないが職務に忠実で、やっかみのない態度で安心した。

 

「少しは落ち着いたようじゃな」

「はい。……お気遣いありがとうございます」

「うむ。さて……アーミアス、お主の翼と光輪を失い、ここに戻ってきた経緯について話してくれるかの」

「はい、オムイ様」

 

 経緯ってもなぁ?ご覧の通り天使界のてっぺんから地上に墜落、ウォルロ村の滝壺に運良く落下。善良な村人、特にハイパー優しくて可愛くてぺろいリッカたんが俺を自宅で療養させてくれたり、神父が傷を魔法で治療しようとしてくれたりした。

 

 そんでもってすったもんだの末、天の箱舟のバイトの妖精サンディの助言に従って星のオーラが出そうな行動を取り続けることによって天使の力? が少し復活。天の箱舟がなんか修復され、俺は帰還、師匠に関しては遺憾。俺の考えが甘いという意味でな。

 

「オムイ様、ウォルロ村では自然と、この姿でも守護天使として認められました。以前と変わらずに職務を全うすればよろしいのでしょうか?」

「その必要はあるまい。もう星のオーラを集める必要がなければ、お主は星のオーラを見ることも出来ないようじゃからな」

 

 俺は別に星のオーラを集めるために人間たちを守護してた訳じゃねーけど。まぁ、長老が言いたいのはそれより優先事項があるってことなんだが。

 

「ともかく、その翼と光輪を失った姿ではこれからに差し障る。まずは世界樹に祈りを捧げるのじゃ。奇跡が起こるかもしれん」

「……世界樹に祈りを、ですか?」

「そうじゃ。神は再び翼をさずけてくださるかもしれん。行ってみなさい」

 

 ウッソだろ、ここまで完璧に人間に擬態できているのにまた生えるのかもしれないかよ! うわ……バンジーしたい。バンジーしたいのに天使の力を失っているくせに天使の理だけはきっちり作用している体が反発できねぇ。

 

「わかりました、オムイ様……」

 

 ……クソ……奇跡なんて、人間たちが死ぬ間際にだって起きちゃくれないんだ。俺みたいな灰色の天使に起きないことを祈りてぇ……。

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