闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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38話 擦違天使

「……動くものですね」

「そりゃそうジャン、あんなに天使っぽく行動してムリだったらもう二度と動かなかったと思うし」

 

 未だにリッカたんとの会話の余韻で胸がバクバクしていて天の箱舟が動かなかった動いているとか、それどころじゃねぇんだけど、まぁ喜ばしいことか。……ん?

 

 ってことは、俺は着実に天使の力を取り戻しているってことになるよな。それは喜ばしくないことだぜ。いや待てよ、下手にリッカたんの成長観察日記を誰かに読まれるよりはマシか。天使の力を失う方法はもう割れているし、少しくらいは仕方ねぇかもな。

 

 失う方法はもちろん、超上空からのダイブだ。誰も試していない上に誰にも知られていない。ハイリスク、しかしハイリターン。

 

 リッカたんを狙う天使は俺だけで十分だろうが。敵になりうる存在に塩なんて送ってやるかよ。リッカたんの幼い頃の可愛さを知ってるのは俺と師匠だけでいいし、師匠は……まぁあの師匠ならだれか一人に入れこんだりはしないだろ。師匠は長老の次ぐらいにすごい天使だからな。師匠が気にするのはどちらかというと天使の方で、エルギオス様とかラフェット様とか……あと俺だろう。

 

 そりゃあ何度も何度も耳にタコ出来るぐらい一人にばっかり気をかけるなと言われまくったもんだしな。あとは自分で考えて行動する前に確認入れろとかな。この辺りは幼い頃のやらかしのせいだからもうどうにもならねぇ。俺は優等生だが問題児なのは間違いねぇな。これだけ見られてりゃ気にかけられているのは理解出来るさ。

 

 それで気づいちまったんだが……もしも、これから天使界で翼を生やす技術があるとか言われたら、俺は即刻紐なしバンジーを図るに違いねぇ。頼むから、そんな前例を聞いたこともない事態に対しての対処法なんて編み出さないでいてくれ。俺はリッカたんと一緒にいたい。できれば一緒に老いたい。無理なのはよくよく、分かっているが。

 

 今はぎりぎりリッカたんと同世代の外見だが、もう一年もすれば俺は間違いなく年下にしか見えなくなるだろう。そうなったら、もう、終わりだな。俺は心の中でむせび泣きながら自動的に見送りモードになり、そして、変わらずぺろぺろする。

 

 そしてニードに嫌がらせすることもなくなり、リッカたんを守りながら次の世代にターゲットを向ける。ロリコンのようだが、……否定はできないが、これは直面する時間の流れの違いに俺が耐えきれないだけのことだ。

 

 俺が強ければ、それでもリッカたんにいつか恋できるように頑張っただろうに、俺は弱い。

 

「それにしてもアンタ本当にあの子のこと気に入ってるからビックリだわ。あんまり贔屓しちゃいけないとか、案外ない感じ?」

「贔屓、ですか。いけませんね。よく師匠から注意を受けたものです。彼女の系譜にはどうにも入れ込んでしまうようでして」

「先祖代々見守ってたとかマジ? 一途にもほどがあるし」

 

 一途、ね。言葉としての耳触りはいいが。

 

 箱舟の、良いとは言い難い乗り心地に揺さぶられる。頭の中は目の前のサンディとの会話よりリッカたんの言葉で占領されていてやばい。

 

 そういう目で見るはず、ないものね。

 

 そういう。つまり、恋愛的な意味で。

 

 てか、当然っちゃあ当然だが……俺がリッカたんに恋愛的な目で見ることがないって、深く深く信じられていてショックがデカすぎる。事実なんだが……確かに、事実なんだが!それでも突きつけられるとショックすぎるだろ。

 

 それにしてもリッカたんのさっきの赤面ぺろすぎて天使界に着くまでに星になっちまうかもしれねぇな……。しかも赤面の原因俺だし。俺が認識されていると言うだけで鼻血が出そうだというのに優しいリッカたんは会話もしてくれる……。

 

 ぺろい。やさしさがぺろい。あの笑顔が最早ぺろいを通り越して神々しい……いや、それだとおかしいな。正確にはなんというべきだろうか。言葉が見つからねぇ。やっぱぺろいだな。

 

 それにしても、師匠に会いてぇ。ハゲでも頭硬くても師匠が俺のことをツンデレ気味に褒めてくれる瞬間は好きだ。師匠なら、きっと俺が地上でのことを語ればもっとよく行動する方法を教えてくれる。

 

 そうすれば俺はより良い天使になれる。それに褒められる瞬間は結構報われた感じがするもんだ。その辺りの感性は、どうやら神様は人間と天使を同じように創られたらしいな。

 

 テンションが高くなりすぎて一周回り、最早落ち着きを取り戻している俺はこのあと長老にあんなことを言われるとは露にも思わず呑気なものだった。

 

 

 

 

「……ウォルロ村の守護天使アーミアス、ただいま帰還いたしました」

 

 金色に輝く天の箱舟から降り立った、行方知らずとなっていた見習い天使……いいえ、一人前の天使になったばかりの幼子の一人。

 

 アーミアスくん。生きていてくれた。

 

 かつてのように頬はバラ色ではないけれど、血色はよく、血の匂いもしない。でもその背にああ、あの純白の翼はない。頭の上の光輪も見当たらない。

 

「おお、アーミアス!」

 

 長老がいの一番にアーミアスに駆け寄られ、その細い体を抱きしめた。彼の世代の中では最も真面目で健気な彼だけど、何分翼をもごうとするなんてことや、外見詐欺の変態に目をつけられたり、妬みの末に一人ぼっちだったりしてそりゃあもう、上級天使の中ではアーミアスくんは心配されているんだもの。

 

 ただ、その空気はだんだんなくなってきているんだけどね。アーミアスくんはそんなことを歯牙にもかけなかった。そして、一番優秀であり続けた。師の期待に応え続け、守護天使となり、星のオーラをかつてのエルギオス様のようにたくさん持ち帰り続けた。

 

 人を愛した。誰よりも、地上を愛した。

 

 そんな相手をいつまでも妬んでばかりもいられないわよね。こっちも負けずに頑張らなきゃ。私たちが何度説教しても聞かなかったような天使だって、天使であることには変わらなかったのだから、そういう風にちょっとは悔い改めたみたい。

 

 でも、ちょっと懸念もあって。翼も光輪も失ってしまったアーミアスくんが、またかつてのような目に遭わなければいいけれど。きっとまた、気にもかけないんでしょうけれど、それでも、ね。

 

「ところで、オムイ様。この様子は一体……」

「あぁ、荒れ果てているじゃろう。あの日、天使界を地上からの黒い雷が貫き、このようになってしまった。その上アーミアス以外はまだ誰も戻らぬ……」

「……この身以外にも地上へ天使が……」

 

 誰にも、会わなかったみたいね。アーミアスくんはゆるゆると首を振ると、あぁ、流石に冷静ではいられなかったみたい。

 

「申し訳ございません、オムイ様。少し、お時間をいただけませんか。師匠と話をして、落ち着きたいのです」

「時間は構わん。しかし、イザヤールは……女神の果実を探して今は地上におる」

「……女神の果実」

「あの日、あの場にいたお主は見たじゃろう。果実が地上に散り散りになるのを。女神の果実には今まで何千年ものあいだ、天使が捧げた星のオーラの力が凝縮されておる。それが、七つじゃ。人間界で何者が手にしても良からぬ事が起きる……」

 

 長老は、アーミアスくんの肩をそっと叩くと周りの者たちにも下がるように仰られた。

 

 アーミアスくんを、今すぐ私も抱きしめたい。もう外見は幼くはないけれど、もう、危うくはないけれど、きっと一人で心細かった幼い天使の心は不安や寂しさでいっぱいだろうから。

 

 その上、自分を一番守ってくれるはずの師匠が地上にいる理由が自分を探している訳じゃないと知ったから。

 

 でも、私は彼の師匠じゃない。真っ先にかわいいかわいい幼いアーミアスくんを案外抜け目のないイザヤールがかっさらっていったから。

 

 しばらく、私はアーミアスくんを見つめていた。お守りのように彼の抜け落ちた羽根を握りしめて。

 

 私は天使の理に従うために体が勝手に動くより前に、そっとその場を立ち去った。

 

 それにしても、あんなに天使の象徴を失い、力をあんなに無くしても、あの星を宿したような黒い瞳の真っ直ぐさはちっとも変わらない。あの日のように、絶望していない。イザヤールのことを知っても、失望のような色は見えたけれど、光は失わなかった。

 

 あぁ、強くなったんだ。彼は、強くなったの。

 

 私の中にはいつまでも小さくって可愛いアーミアスくんがいたけれど、それは改めなきゃいけないようね。

 

「ししょー……」

 

 立ち去る間際に、かつてのように、ちょっと舌っ足らずにイザヤールを呼ぶあの声が、風にさらわれたように微かに、でも、確かに聞こえたのだけど、それは。聞こえなかったのよ、私には。聞いていない。それだけは否定しなくちゃ。

 

 でも、いくら任務とはいえ長老の前で思いっ切りアーミアスくんの捜索はしないと言い切ったイザヤールは私の手でちょっとどうにかする必要があるわね。アーミアスくんは理に縛られてイザヤールにぽかぽか殴りかかることすらできないし。

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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