闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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ダーマ編
37話 帰郷前


 アーミアスたちが関所の向こうのベクセリアから帰ってきた昨日のことを思いだしながら、私は宿のロビーの清掃をしていた。

 

 思えば、ウォルロ村にいた頃はいつだって白い翼と輪っかを持っていたアーミアスが見守っていてくれたってことだし、この前の黒騎士騒動だって数日しか離れていることはなかった。

 

 でも関所の向こうの町に行っている期間はそれよりずっと長くて、あぁいつもそばで見守っていてくれたんだなぁって本当に思ったんだ。

 

 帰ってきた彼らは疲れた顔をしていたけれど、アーミアスは私を見るとすぐに疲れを感じさせないで笑って、ただいま帰りました……敬語なのは相変わらずみたいで……って言ってくれた。それから間髪入れずになにか困ったことがなかったかって聞くからちょっとこっちも笑っちゃった。

 

 本当に、彼は仕事人だなぁって。それは、彼からすれば当たり前のことかもしれない。もともとの生まれが違うからで、そもそも私たち人間とは違うからかもしれない。

 

 だけど、それでも、神様が心を込めて大切につくったような綺麗な外見をしているけれど、私と同じように手があって、足があって、息をして、食べ物を食べて、寝て起きるアーミアスが、だんだん言ってて失礼だけど、身近に思えてきて。

 

 身近に感じるからこそ、アーミアスの仲間の人たちと同じように疲れ果ててくたくたなんだろうなぁ、早く部屋に案内しなきゃなって思っているのにいつもと変わらずに人の心配をして聞くんだもの。おかしくって。そして……この優しい天使様に私はずっと守られていたんだなぁってしみじみ感じて。

 

 もちろん何も困ったことなんてないよって言って部屋の鍵を渡したんだけど、それはよかったと言いながら、アーミアスは、今度は少しだけ空振りしたみたいな顔をするんだもの。

 

 本当に、芯から守護天使様なんだなぁ。アーミアスって。そんな神聖な存在なのに私はいつの間にかおじいちゃんやニードみたいな村で過ごしてきた昔から知っている相手のように感じちゃう。アーミアスから見ればある意味ではそうなんだろうけど、私はあの姿を見れていなかったのに、不思議。

 

 それくらいずっと身近にいてくれてたってことなのかな。嬉しいな。

 

「おはようございます、リッカ」

「あ、おはよう! よく眠れた?」

「ええそれはもう、普段ならもっと早く目覚めるところですがこの時間までぐっすりですよ。温かいベッドをありがとうございます」

「いいえ、それは良かった!」

 

 集中していたからいつの間にか一階に来ていたアーミアスに気づかなかったけど、彼はそれに気にせずにテーブルに向かった。

 

 この前、掃除をしている私の手伝いをご飯も食べずにしようとしてたから、それは流石に断ったのを覚えていてくれたみたい。従業員価格とはいえ、今のアーミアスはお金を払って宿に泊まっているお客様なんだから、そんなことしなくていいのにね。

 

「あれ、仲間さんたちは?」

「彼らですか?実はこれから帰れるかもしれないので、ちょっとお暇を。駄目ならまた考えますが、今度こそなんとか一度戻りたいものです」

「え、だから、その服なんだね」

「はい。肩書きは旅芸人ですのでこれでもそこまで違和感もない……ですよね? 人の感性にはあまり、自信が無いので」

「全然、変とかじゃないよ! 一番その格好が似合ってるから!」

 

 天使様の服を着たアーミアスはそれを聞いてちょっとびっくりしたようだけど、すぐに微笑んだ。もしかしたら、あの服は自分で選んだんじゃないのかも。守護天使様の制服なのかな?

 

「それは嬉しい限りです。えっと……リッカ」

「どうしたの?」

 

 アーミアスがちょっと口ごもった珍しい姿に、思わず手が止まっちゃった。

 

「あ、いえ……すぐに戻ってくるつもりなのですが、それでも、少し寂しくて……」

 

 ……今私はとてもすごい光景を見ているのかもしれない。恥ずかしそうに目をそらしているアーミアスなんて絶対ほかじゃ見れないと思う。だって、いつも、冷静か穏やかかのどっちかで、よく笑うけれど、動揺なんてめったにないじゃない。

 

 正確な年齢を聞いたことはないけれど、外見こそ同じくらいの年に見えるとはいえものすごく年上の天使様なのに何故か、ちょっと、かわいい。

 

「私も寂しいよ。でもまた来てくれるなら、待ってるから」

「……!」

 

 まだ給仕の人がご飯を並べる前のテーブルにアーミアスはびたんと突っ伏しちゃった。その、えっと、感極まっているように見える。

 

 私の言葉一つでここまで感動しちゃうなんて、お人好しにも程があるよ!

 

「……すみません、リッカ。今までそう言ってくださる相手にであったことがなかったもので。つい……」

「え!」

「……驚かれますか」

「ううん、きっと、口に出していないだけでアーミアスの帰りを待ってると思うから」

「えぇ、それは、そうでしょうとも。少なくとも俺ならそうですからね」

 

 アーミアスはそうは言いつつも、あまり、天界におわす天使様たちに良い感情を抱いていないみたいだった。決して険悪な感じではないのだけど、なんだろう。

 

 どんな相手にだって、それこそ信仰する気のないニードにだってあんなに優しく接して怪我までして帰ってくるような彼にしては珍しい。同じ天使様だから、なにかあるのかもしれない。

 

「ちょっと忘れ物があるだけですからね、強いていえば師と少し話をしたいくらいで大した用はないのです。引き止められても困りますから、実のところ会いたくないのはこちらなのでしょう」

「……故郷、なのに?」

「俺は地上の方をより愛している、それだけのことですよ。特にリッカ、貴女と話している時間は至福ですから」

 

 恥ずかしげもなくそんなことを言って、アーミアスはまた、にっこり笑った。ここまで言われてしまうと、天使様であるアーミアスにそんな俗な意図はないと分かっているのに頬が熱くなってしまったけれど、アーミアスも言葉の意味に気づいて頬を紅潮させてしまったから同じだった。

 

「リッカ、すみません、失言でした」

「だ、大丈夫、アーミアスがそういう意味で言うはず、ないものね」

「う、そう、だと思います」

 

 ぽっと頬を染めていると、ルイーダさんが私の仕事の止まった手を見とがめてこっちにやって来てしまった。アーミアスは明らかに慌てて、荷物をまとめて立ち上がる。

 

 やっぱり、こんなアーミアスってレアだよね。疲れてたみたいだし、本調子じゃないんだよね?

 

「パン、ひとつ貰っていっていいですか?」

「いいけど……」

「本当にご迷惑をお掛けしました……失言は、忘れてください。では、また」

 

 明るい陽の光の下に駆け出して行った背中を見送る。あの背に翼があるのを見たことはないのに、あぁ、飛び立ってしまうなんて、思って。やっぱり寂しかった。

 

「……あら、行っちゃった」

「故郷に一度帰るそうです」

「そう。あの坊や……と言っていいかは分からないけれど。彼、ほんと不思議な人ね」

 

 そりゃあうちの村の天使様なんだから人間と同じ枠に当てはめることなんて出来ない、なんて、言いたかったけど言わなかった。アーミアスは事実でも自分の正体を公言するのは嫌みたいだから。

 

 ルイーダさんなら気づいていると思うけれど。私だって一目でわかったんだから。

 

 そのあと、疲れ果てて昼まで眠っていたらしいアーミアスの仲間たちが見送れなかったことをとても嘆いていて、特に兄妹……なのかな、の二人が悔し泣きに泣いて、でも真面目なのかやけになることもなくひたすら悔しがっていて、ちょっとそれが人目を引いていた。

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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