闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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36話 帰還

「……もう、十分です。こんなに幼い子供まで病にかかっていたのですね……」

 

 すやすやと眠る子供。健やかに眠る、子供。この子も、僕が町の惨状を見ようとしていない間、苦しんでいた。この子の母親も病気にかかっていたという。病魔の恐怖に怯えながら一人家族を支え、今は眠る父親の顔は安堵と疲労の両方を見せていた。

 

 彼らの家を出ると、もうすっかり日は暮れていて、街には明かりがともっていた。平和で、平穏な、普段通りの街並みがそこにあった。

 

 そしてこれまで何とも思っていなかったはずなのに……エリザが好きだったこの町が、どうにも愛おしく見えてしょうがなかった。エリザは、病に侵されながら、それを僕に隠して……そして送り出してくれた。この町を救ってくれると信じて。

 

 それに、どうしても、僕を信じ、今、あんなに他人と距離を置いていた僕を気遣ってくれる町の人達に報いなければならないと、切に思う。

 

 無言の決意をアーミアスさんはなにも言わずに、ただそこに立って、いてくれた。何も言わなかったのが救いのようだった。

 

「僕は、エリザの愛したこの町で……生きていこうと思います。今度は外に出て、そして、町の人たちを僕の目で見て、共に過ごします」

「……」

「ありがとうございました。……ここから連れ出してくれて」

「それは、……俺のしたことではありません。でも、立ち直れたようならいいのです」

 

 ちらりと虚空に目やったアーミアスさんはすぐに僕のほうに向きなおった。そして少しもの言いたげではあったけれど、そのまま何も言わずに微笑んだ。

 

 僕はその気遣いに感謝してこんなことが二度と起こらないように再び古文書の解読に戻る。封印があったということは、かつてこの町で同じことがあったということだから。そして滅したのではなく、封印したあの病魔を次の時代までには消し去る方法を見つけなければならないと決意して。

 

 アーミアスさんたちはその後も少しだけここにいたようだったが、静かに出ていった。出ていく少し前にエリザが笑っていたような、そんな温かい気配が頬を撫でていった。

 

 きっと彼女は、今の僕を見れば……情けない時ですら微笑んでくれたのだ、きっと満面の笑みを浮かべてくれる。そんな確信と、ぽっかりと胸に空いた寂しい穴。

 

 その二つを僕はこれから抱えていく。

 

・・・・

 

「これは……なんでしょう」

「羽根飾りバンド、ですかね、アーミアスさん」

「そのままじゃないですか兄さん。もらった時はそれどころじゃなかったですが、改めてみると……これって使えるんですか?」

 

 セントヘイブンに戻る道すがら、町長に貰ったお礼とやらをせっつかれて開封してみると中にはいかにも旅芸人が身に着けていそうなシロモノが。

 

 ま、別にそもそも礼が欲しかったわけじゃねえし、いいんじゃね?結構な戦闘があったからか、仲間たちは不満そうだし、サンディもしょぼい呼ばわりだったが。

 

 仲間の賃金はきっちり払えているし、問題ないと思うんだがな?一番の報酬は人間たちの幸せ、あわよくば笑顔。それから安寧、安全、平和。そうだろ? ……って、人間のこいつらには伝わりづらいよな。

 

 刹那を生き、眩しい命を燃やす人間たちに俺たちの考えを理解してもらう必要はねぇ。そういうことは俺たちがやるからな。まぁ、俺はこれが満足なのさ。俺にとっての幸せとはこのことに違いねぇ。

 

 にしても使い道か。羽根飾りバンドっていうくらいなんだから頭につければいいんじゃね? 試しにマティカの頭につけようとするとぶんぶんと首を振られた。……そこまでパーティの癒しに拒否されると傷つくぜ。

 

 メルティーはこういう羽根飾りは好きじゃねぇの? 好みはそれぞれだろうが、経験上こういうやつは女の子が好きなものだろ? ほら、バンドも可愛らしい色合いだしな。えーっと、ぱっしょん、ぴんく? 俺には最近の人間の流行りなんて分からんが。

 

 メルティーまで拒否するのかよ……。なに、俺がつけろ?

 

 ……、……。まぁいいか。物は悪くはなさそうだ。

 

「どうですか?」

「う、うーん、変じゃないよ!」

「何を言っているのですか。アーミアスさんにはもともとこんなどこの鳥の羽ともしれないものではなく本物の麗しき翼を持っていらっしゃったのです、霞むに決まってるでしょう!」

「……これは、ちょっと保護の魔法でもかかっているみたいですね。装備としては悪くないですよ」

 

 似合わねぇならはっきり言えよ! 余計傷つくわ! 男どもの下手くそなフォロー、ありがとよ!

 

 そっと、いたたまれなくなって外そうとすると、その俺の腕をメルティーががしっと掴む。

 

「ベリー・ベリー・キュート!」

「……?」

「素晴らしく、最高に、可愛らしく、お似合いでございますアーミアスさん! 久しい陽光にきらめく御髪に生える可憐な花! 雪のごとく白い肌がバンドの原色によって映えております! あぁ奇跡! これぞ神のみわざ! 世界にありがとうございます!」

「……あ、この装備品は旅芸人の専用の装備なのですね。ですから皆さん俺に装備させたということですか?」

 

 何も聞こえなかった。聞こえなかったぞ、目の前で目をキラキラさせているメルティーは、何も聞こえなかったと思えば可愛いものだ。

 

「目をギラギラさせてアーミアスさんに迫るのはやめなさい、メルティー」

 

 ガトゥーザが見かねてメルティーを回収した。天使への盲信ぶりが激しいこの二人だが、今回は幸い……かどうかはわからねぇが見解の相違があったらしい。おかげで興奮気味のメルティーが、珍しくどちらかというと暴走しがちなガトゥーザに抑えられるなんていうことになっている。

 

 ……どっちも似たようなものだが。俺をこんなに近くで見てりゃこの灰色髪の毛ののカラーリング、美男とは言い難い顔、見習い故に小さい体、持ち合わせていないあらゆる力に幻滅してくれても構わないんだが、二人の信仰心は生半可なものじゃないらしいな。未だ俺に夢を見ているらしい。

 

 俺は人間たちには……命に関わらず、後悔しないことまでには手を出さないようにしているが、例え二人の目が覚めて後悔する未来が分かっていても目を覚まさせるのはやめておくことにした。

 

 ……何言ってもそんなことはねぇ、天使様は以下略。いやはや、重症すぎるな。

 

 現実は無慈悲だろ。見ようによって俺は翼がないからここにいるだけで、ほかの天使は誰一人自分の守護地域を見にも来ないように見えねぇか?まあ、純粋なやつは好きだが。

 

「えーと、えーと、アーミアスさん、似合ってるよ、似合ってるけど、あの、体の装備が戦闘向けだからちょっとちぐはぐかなって」

「あぁ、なるほど! そういう事でしたか。ありがとうございます、マティカ。このような格好をしたことは初めてで、勝手がわからずにいました」

「ううん、でもね、服を変えたらとっても似合うと思う」

「ありがとうございます、入手できれば旅芸人らしい格好もたまにはいいかもしれませんね」

 

 名乗っている以上はたまにはそれらしく振る舞わねぇと「しがない旅芸人だ」って言い張っても嘘だろ! って言われて終わりだろうしな。このメンバーでダーマに行ったらさすがに今のままじゃ誤魔化し効かねぇだろ。職業を変える神殿はな。

 

 さぁ、城が見えてきた。リッカたんのところに向かうか。

 

 いやはや、ベクセリアでは事件以外のことを考える余裕が無かったが、今からはリッカたん補給タイムに充てることができる。

 

 こんなに長い間リッカたんに会えないなんてめったにないことだしな、ここは会えなかった悲しみに浸るよりは長いこと会えなかったゆえに楽しめる変化ってやつを体感して、ぺろろう。

 

 心のアルバムが火を噴くぜ!

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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