4話 序
あの大地震の直後のこと。ウォルロの滝壷に「誰か」が落ちてきたのを私は目撃した。盛大な水しぶきのあと、荒れ狂った水が落ち着いてくる時、岸になんとか流れ着いてぐったりとした人影が私には見えたんだ。それを見て近づくな、なんて誰かが言う。関係ない、あの人、怪我してるみたいじゃない!
止めるニードを振り切り近寄れば、その顔は髪の毛に隠れて見えなかったけれど、かすかに肩が上下しているのを見て生きてるって確信した。
なんとかその腕をつかみ、水から引き上げて、その華奢な人の顔を、確認する……と。
「……天使様……?」
痛みで苦悶に満ちた表情。ずたずたに裂けた肌。それでもその人……ううん、その天使様の美しさは少しも損なわれていなくて。その呼吸が早く浅いと気づいた時にはもう、周りの人達は天使様に釘付けだった。誰も動けないくらい魅了されていた、みたいで。
「なにみんな突っ立ってるの! 天使様、怪我してるんだよ! 誰か手伝ってッ!」
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あの大地震ではこの村も結構酷い被害を受けたんだよ。あちこちいろんなものが落ちてきて瓦礫が崩れ落ちたり、セントシュタイン城へ向かう道は瓦礫によって塞がれてしまったり。村の入口のアーチだって傾いていたらしいし。雷の音もすごかった。
でも私たちの村で起こった一番大きい事はそんな、なんとかなる事じゃないと思う。あの日、地震と同時に滝壷に落ちてきた、灰色の髪の天使様。神父様によると見た目以上に酷い怪我を負っていて、背中は傷がないところを探す方が難しかったし、全身くまなく傷だらけだし、手足も、骨が折れていないのが不思議だったほどのダメージだったらしい。
何よりも私たちは、滝壷で倒れていた彼……だよね……を見た時、本当に、本当にびっくりしたんだ。私たち、天使様だってすぐ分かったから。その顔は想像よりもさらに整っていて、性別なんて見ただけじゃ分からなくて……怪我を確かめる時に男の人だってわかった……肌は白くて、消えてしまいそうなぐらい儚い。
天使様だと知らせるみたいにキラキラと、彼の周りには光の粒子が集まっていたけどそれはすぐに消えてしまったっけ。神父様は怪我が酷いからだろうって仰っていたけれど。
あぁ、彼はどんな方なんだろう。私は彼を家で介抱することにしたんだけど、村人がみんな彼を見ようと押し寄せるのを止めるのに大変。あのニードですらあの時、彼を見て押し黙ってたぐらいだもの。それから一度も守護天使アーミアス様の存在を馬鹿にしたりなんてしなくなった。
彼はあれから一週間も目覚めていないのだけど、いつも天使様がいらっしゃって頭を撫でてくれるって言ってた子が悲しそうに今日も来ないって言っているし、村のおじいさんもおばあさんもなんとなく幼い時から見守って下さってる存在がいないって寂しそう。
私だって薄々分かるんだよ、ほとんど毎日感じていた懐かしい雰囲気がないって。ニードは天使様を馬鹿にする度原因不明の痛みに襲われてたらしいけど……ねぇそれ天罰じゃない?今は馬鹿にしないから分からないらしいけれど。
みんな分かってる。目覚めない彼こそウォルロ村の守護天使アーミアス様だってこと。アーミアス様はあの地震できっと天の世界から落ちてしまって、こんな怪我を負ったからなんだって。大地震のせいで天界にも影響があった……ってことは相当酷かったよね、本当に。
いつもなら守護天使アーミアス様にお祈りするのだけど、お祈りしたいことがアーミアス様についてだから……神様にお祈りしようかな。
神様、アーミアス様の怪我が早く治って、お目覚めになるように、お力を貸してください。アーミアス様の怪我は深くて、神父様のホイミもあんまり効かないんです。お願いします。
目の前で深い眠りについているアーミアス様は、まだ目覚めそうになかった。包帯やガーゼをたくさんあてがわれた痛々しい姿で、静かに眠っていた。
・・・・
目覚めたら目の前にリッカたんがいて口から心臓が飛び出すかと思ったし、うっかりお星様になるところだったぜ危ない危ない。知ってるか? 天使って死んだらマジで星になるらしいぜ! やっべぇ。
ていうか全身激痛! つか痛いなんてもんじゃないわ! でも俺ってば好きな子には一途だからリッカたんの前で無様に痛がってたら格好がつかないだろ? ふっふっふ、普段無表情な俺はやれば出来る子、やってやった! これで平気そうだろ! 痛みに耐えてしぜーんに無造作に起き上がれたぜ、誰か褒めてくれ!
……なんで人間界にいるんだ? とは思ったけどな。そういや突風で天使界から落ちたんだった。やっべぇ。不幸中の幸いは勝手知ったるウォルロ村に落ちたことだよな、師匠! 弟子はここです! タクシープリーズ! ちょっと飛べそうにないから恥ずいけど抱っこで! 当たり前だがおんぶは勘弁!
「気がついた?」
待って。待て、まぁ待て、俺。リッカたんの手前表情に痛みを出さず、黙って起き上がったのはいい。ダサいところを見せずに済んだ。リッカたんが目の前にいるのもいい。それはわかった。わかったぜ、目覚めにリッカたん癖になりそうってのもわかったぺろぺろぺろりん。
なんでリッカたん俺のこと見えてんの? 起き上がっちゃダメじゃないって優しく俺のことベッドに寝かしてくれてんの? やっぱりお星様になるしかないわ、俺の天使生最高だったぜ……。
「……ありがとう、ございます……」
でもな、でもなリッカたん! めっちゃ全身痛いんだわ、どこ触られても幸せだけど激痛なんだわ! くっそ痛い! やばい! リッカたんタッチの幸せの前にショック死しそう! 痛みによるショック死で死ぬ天使って何だ、クッソダセェ! 絶対死ぬか!
てか……天使なのになんで見えてんの? これ俺の願い叶っちゃってるくない? もしかして、悲願叶った? ヒューッ! 女神様サイコー! 俺の願いを叶えてくれたのか、神様ありがとう! もう少し穏便に叶えて欲しかったけど目の前にリッカたんがいるしこの際生きてるからいいぜ! ヒューッ! マイゴッドは天使かよ!
……天使は俺だった!
「今神父様を呼んでくるわ、待っててアーミアス様!」
リッカたんが俺に話しかけてるなんてサイコーッ! って、……ん? なんかおかしくね? 体に違和感があるんだが。
「おぉ、アーミアス様が目覚められたとは本当なのかリッカ!」
「えぇ、でもまだ……おじいちゃん! 神父様以外通しちゃだめよ!」
「分かっておる」
……なーんで俺、リッカたんに姿見えてるんだろうって思ったら光輪なくなってるからなのか。どうやっても触れもしないし握り潰せなかったブツだけども、なるほどなー……あれだけの衝撃を受ければ光輪もパーンと壊れるよな、早く試せばよかったかもな。
ついでに人外認定の翼もパラシュートなし無抵抗落下で燃え尽きたみたいで背中が痛すぎるけど大成功だな! 翼を毟るどころか、切り取るどころか、空気の摩擦で抉りとったんだからな! これで残ってたら切り落とすところだった! 見られたら引かれてただろ、セーフセーフ。
これでしがない旅人として事故ったんです! って主張して、からのチマチマとわかりやすいお手伝いやアピールして仲を深めて……告白ッ! ってのが流れじゃないのか?! リッカたん今日も愛してる! 一番好きだ! 人間愛してるけどリッカたんぺろぺろして今を生きてるぐらい好き! ぺろぺろする舌が足りない! 俺はリッカたんのエプロンになりたい!
ていうのが今一瞬で考えた我ながら天才的なプランなのによ……俺、身バレしてるくないか! 起き抜けだぞ、アーミアスって名乗った覚えないぞ、やばい! 計画台無し!
なのに、なんでリッカたんのおじいちゃん感極まって泣いてんの、今の俺天使には見えないよな、翼も光輪もなければ力もなさげ! つまりはただのホコリ男だし! なんでだ! スペックに顔面蒼白を足すぐらいしか出来んのによっ!
「おぉ、大丈夫ですかアーミアス様。今すぐリッカが回復魔法の使い手をお呼びしますからな」
「ありがとうございます。……どうして、俺がアーミアスだと分かったんですか……?」
これ。これが一番聞きたい。この二人は好意的でよかったけどさっきリッカたんが神父様以外通すなって言ってたよな、それって俺……もしかして狩られる対象?! 天使は殺すって? 高く売れそうってか?! 翼ねぇぞ! 証拠ねぇぞ!
やばくね、オシメしてるときから、というか結構前の先祖から知ってる可愛く愛しい人間たちに殺されてしまうのか? それはやめて欲しいぞ。まだリッカたん成分が足りてない。死にきれないから!
「そのお顔を見ればすぐに分かりますじゃ。元気になられたらぜひ村人たちにお姿を見せてくだされ。皆、アーミアス様のことを心配して押しかけようとしているんですぞ」
……普通人間に天使ってバレたらやばいよな。異物は排除が人間の生態だしな。でもバレてるならもうどうしようもないよな。天使に見えないブサイクでもバレるって事は……俺がもっとイケメン天使なハゲ師匠髪の毛アリバージョンならリッカたんから熱烈な告白をもらえたかもしれないってことだよな。
くっそ! 俺がブサイクなばっかりに! ホコリ男で天使バレって、もっと天使天使してるやつならもっと! くそ! くそ! 俺の顔をアップグレードすることはどこでできるんだ! 教えろ! 教えろ下さい!
「……えぇ、帰ることが出来るようになるまでは……そうですね、動けるようになればまた、この姿でも守護天使の役割を果たさないといけませんね」
「おぉ……ありがたいお言葉」
なにが?! 守護天使なら当たり前のことじゃね?! まじでなんなの? 天使同士じゃわからないけど天使ってオート天使ありがた公言機能でもついてんの?天使の言葉って翻訳されて全部ありがたくなんの?! やばい、神の世界に行って神様か女神様に会える日が来たらこれはやばいぞ! って苦言を申し立てる必要があるな! よし! 覚えておこう! すぐ忘れるかもだが!
まずは異変で村がどうなってるからパトロールと掃除だ! 俺愛用の掃除道具は教会の裏手に隠してあるからさっさと行きたい! フンッ! 痛みに負けずに起き上がるッ!
「う、動いてはなりません、そのお怪我では……ッ」
「この村……を、守る、のが、俺の……使命です……」
ええい! 俺はリッカたんとおしゃべりするためならこの世界を平和にするって決めてるんだ村の慈善活動は俺の仕事! あの木の下とかそろそろ枯葉まみれだろ俺に掃除をさせてくれ! じーさん、頼む!
「おじいちゃん、どうしたのっ!」
「アーミアス様が、」
「……リッカ」
あ、やばい。リッカたんのキュートすぎる顔とごしゃっと無様に床に伏してる姿勢だとスカートの中身が見えそうで見えなくて下からのアングルも可愛くてもう、やばい、昇天する。
やっぱりちょっと休憩してからでいいっすかね、ヘヘ。ヘタレでごめんねリッカたん……俺やっぱ無理、四肢がもげそうなぐらい痛いのはちょっと無理。
「アーミアス様ッ」
ありがとうリッカたん。いい夢見れそう。ぱんつは見えなかったけど、いいアングルだった。
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幼少期、天使(異変前)時代
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旅の途中(仲間中心)
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旅の途中(主リツ)
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if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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