闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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31話 考察

 すっかり翼移動慣れから脱し、地面で駆け回るのが当たり前になっていてだな、すっかり地上の生物の一員みたいにおこがましくも思ってたもんだから特に気にしていなかったんだが、やっぱ俺って天使だわと認識する。人間ではないな、この能力を練習も修行もなしで出来るのはよ。

 

 ひたすら濁ったような空気が気色悪いし、長くいたら精神的な意味で気分が悪くなりそうだが、肉体的にはなんともねぇんだもんなぁ。人間ならこうはいかない、そして他のやつを加護よろしく護れるのも、な。これが守護天使(ゆえ)にこうなのかは知らねぇ。だって俺最近独り立ちしたばっかりなんだぜ?

 

 そしてまだ見習いからは脱していないっていうな。師匠からこんなに離れて行動するのも初めてなのに知るわけねぇよ。……知ってたら良かったのになぁ。

 

 妖女イシュダルの呪いが効かなかったようにこういう呪いに似た澱みもこうして()()()効果がない。とはいえ俺は平気でも仲間たちがダウンしたら困る、ということで意識すれば呪いの余波ぐらいは三人分くらいは防げるんだな。どうやってか? やり方に関してはなんとなくだから分かんねぇって!

 

 これ以上はどう頑張っても無理だがな……。例えばこれは本気で三人のうち誰かが元凶のクソ野郎に全力をもって呪われていたら大した効果はないはずだ。街全体を覆うレベルの、一人あたりには少ししか効果を及ばさないタイプだから俺の殆ど失われた、天使としてカスみたいな力でもなんとかなっているだけだ。

 

 ……もし、力を失わずして……つまりリッカたんと話せずして、光輪を失わずしてここにいたら何か変わっただろうか?それでこの街の人間を護れたなら。魔物が増えている中ニードは一人で峠の道に向かっただろう。ひょっとしたら黒騎士の騒動で誰かが怪我をしたかもしれない。あぁ、考えるだけ無駄なんだがなぁ。つい「もし」を考えてしまう。

 

 つっても人間でもこれぐらいは高僧か賢者ならできそうなものだが、俺なんてまだまだただの見習いのひよっこ天使。まだ五百年も生きていない若輩者。それでこれぐらいできるなら師匠とかならこの街にいながらにして街まるごと浄化できたんだろうな。

 

 師匠! 可愛くないが弟子、ここで困ってんぞ! ヘルプ! 人間たちに救いを!

 

 ……こりゃあ聞いちゃあくれてねぇな。少しは弟子を可愛く思ってくれてもいいじゃねぇか、ていうか黒騎士と違って俺には手に負えねぇだろ。

 

 さて……うざいほどに鼻につく悪臭は病気の原因、つうか災厄そのもの。収穫の季節である秋に感じるはずの生命の息吹たる爽やかさや躍動なんかは可哀想に抑え込められ、その上人々の絶望が澱みを手伝ってしまっている。最悪に近いぜ。

 

 だが幸いにも人々はまだ諦めきっているわけでもないし、街の人間全員がこのどっから来てるかもわかんねぇ厄災にやられているわけでもないらしい。入り口に絶望しきった顔の青年が立っていて俺たちに帰るように促したが、そいつの体は健康そのものだったからな。気をしっかり持ってほしい、病気は気から、だからな?!

 

 そこで俺が大丈夫だと示すように微笑むとか気の利いた言葉を言うとかそういうことが出来たらいいんだがそこはリッカたん以外には全然できない俺。原因を祓ってやるとかそういうのもこんな初見段階で約束することも出来ないしな……ぬか喜びとかさせるわけにはいかないだろ?

 

「この街で何が起きているのでしょう……」

「……」

 

 メルティーの暗い声にも俺は答えることが出来ない。入口から階段を上った先にあった教会の前には灰色の墓石が立ち並び、墓に向かって祈りを捧げるシスターの頬は青白い。ウォルロ村のシスターの、バラ色の頬とは雲泥の差だ。

 

 ああ……彼女はいつでも幸せそうで。とても敬虔に慕ってくれるものだから俺……村の守護天使の、守護天使になる予定だった俺は絶対にウォルロ村もシスターも、そしてもちろん本命のリッカたんも全部全部幸せにしようと思ったもんなんだがなぁ?

 

 何故、何故だろう。どうしてここの守護天使はこんなに苦しむ人間たちを救おうとしていないんだ? セントシュタインの騒ぎは、ここまで直接的に不幸になっていなかったからまだ来てなくてもマシだったかもしれないが……。イシュダルの対処が人間に出来たかはともあれだ。

 

 明らかにベクセリアは「違う」だろう! それともなんだ、応援を呼ぶために一旦天使界に戻ってんのか? そうだとしてもおかしいだろう、この人間たちの絶望は一日や二日で膨らんだものじゃねぇだろ!

 

 この状況はそもそも人間界に来てねぇっていうのか?! 守護天使が、人間たちを幸せにするために生まれ、星のオーラを貰って世界樹に捧げ、人間たちに感謝してもらうことによって自分たちの安寧を得ようとして……はっきり言うと見え透いた見返り求めて行動しているくせに、か?!

 

 俺たちは天使、たとえ俺みたいに俗っぽくて人間が大好きで、好きすぎて頭の中で大変なことになっていても、人間と見た目は区別の付かない翼と光輪を失った姿になっても、人間として暮らしても多分バレねぇ姿になっても……ここはオート天使バレのせいで怪しいもんだが……生まれ持った使命まで放棄するつもりはない。

 

 つーか放棄したらお天道様に見せる顔がねぇ。てか好きでやってんだし。俺が本物の人間になれる未来があったとしても変わることは無いことだしな!

 

 よーし決めた。天使界に戻ったら俺の大切なリッカたんから貰ったものを回収するのと同時にベクセリアの守護天使を探す。天使像にしっかり「現行の守護天使」の名前が書いてあるなんて個人情報もあったもんじゃねぇよなぁ? 乗り込める人間がいないってことさえ考えなければ。

 

 守護天使が何たるものであるかをしっかり教えてやらねぇとな! 俺より上位の天使だったらどうするかって? ハン、天使の任務を放棄してるやつが俺より上位? 天使の理を天使の使命すら守れずに行使できるもんならやってみろってんだ、千歳ぐらいの年齢差は埋めれる気がするくらいだ。

 

 ……実際そうだったら慇懃無礼に言葉を選ぶしかないんだがな。てかそうだろ、他の場所の守護天使は申告してきた奴しか俺は知らねぇ。守護天使一覧の帳簿を一度見せてもらおうと思ったんだが頭のかたい規則のせいで見せてもらえなかったからな。

 

 こういう時のために品行方正を心掛けてきた俺が断られるってことはオムイ様ならともあれ誰も見れねぇって訳だ。だがそれでも知ってることもある。最年少の守護天使が俺ってことぐらいはな。それから見習いの、つまり子供の姿をした天使で守護天使なのも俺一人ってことは。

 

 ま、年齢イコール見た目でもないが。一応千歳か二千歳の子供の見た目ってのもあるからなぁ。

 

 普通は……三百か、四百か?それくらいで大人の見た目になるはずなんだが、例外はあるものらしい。ある程度の年齢と力に比例するからその天使ってよっぽど天使らしくねぇんだなぁ。俗に塗れて堕天の方向にいってるようにしか思えねぇんだが。俗の方はちっとも他人事じゃないな、やべぇ。

 

 怒り、いやそうじゃないか。呆れだ。渦巻き湧き上がる感情のせいで俺はぐるぐる、ぐるぐると考え込む。

 

「旅人の方ですか……?」

「えぇ」

「そうですか……。この街に降り掛かった災厄は旅の方にも影響があったそうです。早く立ち去られた方が……ケホッケホッ」

「……!」

 

 咳き込むシスターの背をさする。その体は熱っぽく、彼女も当事者のひとりなんだろうな……。俺もガトゥーザも、ホイミを使えても病気は治せない。天使の力はもとより人間に直接なんかをしてやるレベルで関与できるものはなく、せいぜい病気に効く薬草を探し出して持ってくるぐらいの知識と行動力ぐらいしか持ち合わせていねぇんだ。

 

 僧侶も同様、傷や毒、呪い、麻痺、魔法的な睡眠。そういうものは治せるが病気はそのどれでもない。たとえ賢者だとしてもそれは変わらない。

 

 魔法的な力では直接的なものは治せても複雑に絡み合った害を正せはしない。自分で作り上げた魔法ではなく先人の知恵を借りて、つまり道具を使っているだけに過ぎないからだ。特定の病気を治すという直接的な魔法を作り出しでもしない限り……治せない。薬だって病気を治すというよりは症状を抑えて自分の力で治させるものばかりだろう?

 

 彼女に肩を貸し、教会の中にゆっくりと移動させ、寝不足か疲労か、顔色の悪い神父を呼ぶ。慌ただしくシスターを診る神父にもこの病に打つ手がないらしく、教会の奥の部屋に彼女を寝かせることぐらいしかできない。それ以外に出来るのは温かくして水分や栄養をたっぷり摂らせて休ませること、だが……。

 

 この街の様子を見る限りなんとか歩けるシスターは病人の中ではまだましな方だろう。後からかかったか、はたまたたまたまか。そして彼女に回復の兆しがもし、ないなら。……嫌な予想はしたくねぇなぁ。

 

 病に滅びる街。病に滅びる国。そういうものは天使の文献にあるのだから。長い長い間人間を見守り、できる限り幸せに生きる手助けをする中……力及ばずその場の人間が滅んでいくのを止められなかったというのは。

 

 しかしどれにも原因はある。治らない病でないならば治療を続ければいい、諦めずに俺が何人でも看病すればいい。そして治らない病ならば外的要因だ。それを俺が潰せばいい。

 

 そうだな、例えば……呪いによる病、とか。

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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