闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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ベクセリア編
30話 澱


 やばい、関所が、もとい橋を渡るとそこは雪国……じゃねぇわ。秋だった。セントシュタインでは青々としていた草もすっかり茶色や黄色に染まり、そこらで遊んでるのかこっちを付け狙っているのかそんな魔物たちもなんとなく秋っぽい配色の奴らに変わった。木ももちろん黄色や赤色に変わってるし物寂しさがあるな……。

 

 これ、やべえな、やべぇよ! 知識の上では分かってたが人間界って場所によって季節があるんだよな! 動いたら変わるとかやべぇ! 天使界は季節のかけらもねぇから珍しくてやべぇな、待ってなくても良いんだな! これだから人間界は最高だぜ。

 

 もちろん普通にただ待ってりゃウォルロ村にも冬も春も来たが、さっきまで夏の場所にいたのに移動することで秋の場所にいるってのは経験ないんだぜ!

 

 こころなしか気温も少しばかり低……やっべ、俺は天使だから気温の変化なんて大したことねぇが人間にはやばくね?季節の変わり目には風邪でバタバタ人がベッドの住人になるもんな、ガトゥーザとかメルティーとか大丈夫か? マティカみたいに元気少年なら大丈夫そうだが……。

 

 ……うーん、別段変化はなさそうだから心配いらないか? なんとなくさっきより元気そうにすら見える。人間ってどれぐらいの「変化」に耐えられねぇんだろう?

 

「目的地のベクセリアに誰か行ったこと、ありますか?」

「おれ! おれある!」

 

 巨大な()()()みてぇなもみじこぞうを興味深げに突っついていたマティカが手を挙げて笑顔。いい笑顔、いい返事だ。

 

「小さいときに行ったっきりだけど! 高い壁の上にあって、レンガだらけで、セントシュタインよりもどこか茶色っぽくて、それで」

「具体的にはどうなんです……」

 

 おいおいガトゥーザ、人の話は最後まで聞けよ。具体的とかどうせ十分も歩いたら着くんだから二の次だろ。ていうかリッカたんロスで少しずつ不足ダメージを食らってるんだから癒やさせてくれ。

 

「え?! えっと……一番町で高いところに大きなお屋敷があって、セントシュタインみたいに王様がいるわけじゃないけどどこでも偉い人はいるもんだなって」

「ありがとうございます、それだけ分かれば充分ですよ」

 

 なるほどね、町の長なのか単なる金持ちかは分からないがその「大きなお屋敷」の住人には良くも悪くも注意した方が良さそうだな。人間って権威とか気にするだろう。郷に入ったら従わないとな。今まではそんなことなかったが物理的に追い出されないとも限らないし……。

 

 俺にとってはかわいいかわいい人間たち、時には何でそんなことに執着するんだということもあるがそこもちょいとばかり愚かしく健気なところかもしれねぇよな。

 

 にしてもだ……セントシュタインのリッカたんにはなんにも悪いことが起きていないって俺のリッカたんセンサーが言っているから大丈夫なんだが、俺の嫌な予感が鳴り響いているんだが……。ベクセリアに。

 

 なーんか……愛する人間たちにとんでもないことが起きているような、まだ何も見ていないのに胸が締め付けられるような? 気のせいだろうか、気のせいだったらいいんだがなぁ。

 

 どうも、ウォルロ村で流行り病でも魔物の襲来でもない、たまたまにすぎないのに人が連続でバタバタと死んでいった大昔が思い返される……。

 

 人が死ぬってことは慣れねぇよ。特にまだ若い人間が病にやられるっていうのはな。そんなことにならなきゃいいんだが。

 

・・・・

 

 空気がよどみ、さっきまで自然から感じられていた正気が弱々しく変わりました。体にまとわりつく()()()はねっとりと重苦しく、絡み付いて内部に侵入しようとしてくるかのようで……そうです、例えるならば何かを吸い込んでしまい咳き込みたいような、異物を感じています。

 

 ただ僧侶故にこういったものに過敏になっているのか、と思えばそのようではありません。皆不快そうに眉をひそめたり恐る恐る息をついていたりと違和感を感じているようです。

 

 中でも流石と言いますか、アーミアスさんの様子は顕著です。ひゅっと息を吸い込んだと思うと息を止め、周りをゆっくりと見回し、痛ましげに目を伏せられました。その途端、私たちの周りだけ明らかに視界がよく、明るくなったのです。

 

 そのことについてアーミアスさんは何もおっしゃいませんでしたが、天使様としてのお力で私たちに害がないようにしてくださったのだとわかります、えぇもちろん。広い範囲を覆うことは叶わなかったのでしょうか、そのことを気に病んでいられる様子に……私は感謝の言葉をかけようにもかけられなかったのです。

 

 もっと積極的にならないといけませんね……。

 

「嘆きが、聞こえるようですね」

 

 私たちに向けられたのではない小さな囁き声。それは……私には見えませんが、先日メルティーが存在を確信した妖精らしき存在に向けられたものでしょう。

 

 嘆き。住人の嘆きということでしょうか。はたまた、別の……そう、例えばこの状態を生み出した元凶とか。まさか、とは思いますがアーミアスさんならありえることでしょう。

 

「お気づきでしょうが、皆さん」

 

 そしてくるりとアーミアスさんは振り返って私たちを真剣な目で見つめました。そしてまるで乞うかのようにおっしゃいます。そんなふうに言わなくたって私たちは喜んで着いていくというのに、です。

 

 自惚れるなら、大切に思ってくださっているということなのです。優しく気高い天使様は私のような人間すら気にかけて下さる……嗚呼、なんて、なんて尊いのでしょう。

 

「危険です。なるべく俺から離れないでください」 

 

 必死にも見えるその瞳に宿る星々ごとき輝きに変わりはありませんでした。ですがそのどんよりとにごり曇った空とは違う、柔らかな灰色の髪がゆっくりと、ですが確かにじんわりと濡れていくように濃くなっていくのを見たのは私だけではなかったでしょう。

 

 瞬間、私は悟ります。私たちのためにこの瘴気とも言える空気の穢れをこうして代わりに引き受けているのだと。そんなこと、清らかであるべき天使様がいつまでも続けていれば、いいえ少しの間であっても無事で済むのかどうか。

 

 あぁ、それでも。ここで起きている異変を彼はなんとかしてしまうまで去ろうとなんてけっして考えられないのでしょう。天使様は人間のことを慮ってご自身の安全まで考えてくださらないのでしょう。

 

 ならば私たちがアーミアスさんを守る番ではありませんか。不本意でありましたが、私は僧侶。その手のことは普通の人間よりも遥かにわかりますし、穢れを祓う術も習得できます。

 

 どうせダーマにはここにいる限りいけないのですから職を利用できるだけ利用しましょう。アーミアスさんの為です。敬愛する天使様のため、そう思えば苦でありません。むしろもっともっと役に立ちたいのです。当たり前のことでしょう!

 

 あぁ美しく麗しい天使様、貴方の濁る姿なんて見たくありません。させたくなんてありません。そういうのは矮小なる私ども人間が引き受けなければなりません! ただでさえ自己犠牲の精神をお持ちであるアーミアスさんです、無理をなさってはいけません! 私に実力があれば、ただ微笑んで見守ってくださるだけでいいのに! 私に力がないばっかりに!

 

 ともかく初めに「おはらい」を応用してアーミアスさんに向かうこの濁った空気を浄化しなくてはいけませんね。上手くいったとしても……私はアーミアスさんほど広い範囲を覆えはしないでしょうが。ええ、街を覆うこの嫌な空気。それを何とかするには元凶から絶たなければならないのです。

 

 ……激しい戦いが、私には今から予想されますね。

 

・・・・

・・・

・・

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