闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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29話 停止

 ただ睨むだけで魔物が帰っていくから平和だな。

 

 ん、あぁ、おはよう神の子。今からちょっくらぶっ壊れて停止中の天の方舟まで行ってみようと思ってな。一応仲間たちは着いてくるとは言っていたが……休みだし……黙って行って、放ってひとりでとしたらやっぱりというか、着いてきた。

 

 まぁそれはいい。来たところで減るものでもないし。だからといってこの通り戦闘すら起こらないからただのハイキングと化してるんだぜ。それでいいのか? 着いてくるのは徒労になってねぇか?

 

 朝の空気は露の瑞々しさの中爽やか、草原の風は吸い込むと生気を感じられて清々しいのなんの。天使界は澄み渡っているがこんなに生命の息吹を感じたりしないし、人間界の方が好きになるってもんだよなぁ?

 

 あー、平和だ。しかも歩いているだけでこんなに気持ちがいいなんて、お弁当でも持ってリッカたんと来たかったぜ。ああ、もちろん二人きりがいい、デートしたい。デートしたいぜ。

 

 そんな俺のちゃちな妄想より朝っぱらからキビキビ働くリッカたんのいってらっしゃいがまだ胸に残っててな、くるものがあるぞ。そう思えば妄想の中のリッカたんより思い出の中のリッカたんが俺の頭を占め始める。

 

 普段通りのエプロン姿で、俺には新妻のように見えるリッカたんが怪我しないでねと心配そうにしてから笑顔でいってらっしゃい、アーミアス! って言ってくれたんだぜ?

 

 リッカたんの圧倒的ペロパワーに打ち抜かれて星になるところだったぜ! 今日もリッカたん可愛いぺろりん! 今日も俺はリッカたんペロリストとしてどんどん昇進していくぜ!

 

 リッカたんを原動力にルンルンで歩く俺と対照的に何故か髪の毛や服装がボロっているガトゥーザと別にボロっていないメルティーは暗いし、マティカは特に何も言わないが妙に静かだ。昨日何かあったんだろうか?

 

「アーミアスさん……っ」

 

 心配したその時、俺の癒しのマティカが堪え切れなくなったように俺に話しかけてきた。

 

 ……なんでそんなに、泣きそうなんだ……なぁ、神の子。俺、もしかしてなんかしちまったのか?なんでそう、悲しがる、なぁ、言ってくれたらそれを排除してやる、だから言ってくれないか。ぎゅっと胸が締め付けられるみたいに悲しくなる。俺が悲しんでも仕方ないが。

 

 なんてな、こう直接言えたらもっと天使っぽくなれるんだが。言えねぇな、ただ俺みたいな見習いに出来るのは「何でもしてやること」ではなく「話を聞くこと」だ。ていうか……言ったところで何でもしてやれるほどの力を俺は持っていないんだよな……。無念ながら。出来たらいいのに、すべて叶えることができればいいのに。

 

 座学の成績と愛しかない見習いには無理な話だ……。

 

「何ですか?」

 

 とりあえず向こうは天使オートバレのせいで俺の正体をしっかり把握している。だからウォルロ村の愛しい人間たちと同じように接した方が……いいかもしれないよな。とりあえず今回は。

 

 俺よりも少しばかり背が低いマティカ。流石に屈まないといけないほどじゃないが、とりあえず目を合わせて笑いかける。俺みたいなホコリ男でも無表情で話しかけるよりはまだ笑ってる方が愛想があっていいだろ。笑った方がキモい? もうそれはどうにもなんねぇな。デレッデレな俺に寛大なリッカたんと同じぐらいマティカも寛大なことを願う。

 

 な、どうしたんだ?

 

「天使様の世界に帰っちゃったら、いつ帰ってくるんだ……?」

「忘れ物があるだけなのですぐにでも戻ってきますよ」

「天使様にとってのすぐと、ぼくたちのすぐは一緒なの?」

「あぁ……」

 

 なるほどね。すぐ帰るっても相手は自分の祖父よりも生きてそうで年齢も不明。時の流れの感じ方の違いを怖がったってわけか。可愛いな、本当に人間は可愛いよ。

 

 マティカって可愛くないか? リッカたんの次ぐらいに可愛くないか? えっやばくね? 健気じゃね?何、こいつは男だ? だからなんだ、天使に性別はあるがないようなもんだ。単に孫を可愛がるような気持ちを抱いて何が悪い、俺は百歳を超えてるんだから。

 

「すぐですよ、同じです。どんなにかかっても二日くらいでしょうか。あそこには知り合いもいますからね、話が長引いたらそれくらいはかかってしまうかも知れませんから。でもそれ以上は俺こそ人間界の方にいたいので飛び降りてでも帰ってきますよ」

「それは駄目!」

「……ははは、ただの冗談ですから」

 

 半分本気だが。

 

 前はホイミなんてなかったからひたすら怪我がウザかったが、今回はばっちりホイミがあるんだぜ? だから飛び降りたっていい気がするが……。

 

 あ、駄目だ。前はウォルロ村の滝壷にうまいことはまったから生きてたようなもんだよな。あの上空から地面に叩きつけられたり海に飛び込んだら普通にお星様になっちまうわ。それは困る。絶対にしないと決めた。今決めた。

 

 だいたい俺は死ぬわけにはいかねぇって! 何度も何度もよぉ! 今はまだ子供体型のリッカたんがだんだん大人の雰囲気を纏い、だんだんと艶めいていって俺みたいな万年ガキな見た目のやつと並ぶと親子にしか見えなくなっていくんだぜ? そうなってもずっと愛しいに決まってるんだから、ていうか愛おしすぎ、今も目に浮かぶ上に、ペロすぎ! すべて見届けるまでは死ねるかよ!

 

 リッカたん、俺がすべての危険を払い除けるからそこで笑っていてくれないか?!

 

「あの、忘れ物、とは……?」

 

 メルティー、そんなに恐る恐る聞いてくれなくても俺が取りに行きたいのはリッカたん観察日記とリッカたんにもらった花で作ったしおりと少々の持ち物ぐらいだからな?

 

 観察日記はなぁ、ほかの人間の分も大量にあるんだが……ていうかウォルロ村の人間全員分……とっくに故人になってるのも多いし、まぁ個人情報の塊だし、ほかの天使に読まれたら恥ずさで死んでも死にきれなくなっちまうからついでに持ってきて燃やすか。天使界で燃やすのはなしで。ホコリみたいなやつが狭いあの場所にすすを残してどうすんだ。……焼き芋でもするかな。

 

「思い出の品が少し」

「……! そうですか」

 

 おぉ、言及しないでくれるんだな。ありがとう。もしこれで聞かれてたら俺は罪悪感にやられながらも嘘をつかなければなかなかったぜ。人間たちに嘘をつきたくないと常々思ってるつもりだが……今生きているめちゃくちゃ美少女で努力家で健気で優しい女の子のちっちゃな頃からの観察記録をつけてるとかそりゃあもうやばいと思うからな。やめないが。

 

 天使とか人間とか魔物とか一切関係ねぇ。普通にキモいしやばいだろ。やめないが。とってきたらごま粒みたいな字で書いているおかげで辛うじて手帳サイズに収まってるからな、見られないようにずっと懐に入れていよう、そうしよう。

 

 俺は一人心の中でうなずきながら峠の道で沈黙を続ける天の方舟を見上げた。前と少しも変わりなんてないんだが、俺の気のせいか?

 

 重々しくそこに横たわっていて、色がくすんだ方舟の扉に手を当てる。すると軽い手応えがして簡単に開いた。

 

「そこに、お乗り物があるんですか?」

「ええ」

「人間の身では見えない高貴なものなのですね……」

 

 天の方舟ってそんなすごいものなんだろうか?それこそオムイ様のような万単位で生きている天使すら始まりを知らないという古さはあるが、飛んでいる中に乗ったこともないし……。なんか妙な形してるしな。

 

 ま、俺の審美眼が駄目ならただただ恥ずかしいだけだから曖昧にしておくか。ガトゥーザが地面に膝をついて崇め始めたしな……。

 

 ちなみにそのまま中に入ったらなんかちょっとばかり揺れたがただそれだけでほかは何もなかったぜ。

 

 ということで帰る事も出来ずにそのまま黒騎士騒ぎで閉鎖していた関所が開放されたらしいと聞いてそっちに行くかと俺たちは計画をまとめた。

 

 目指すは? そうだな、まずは異変のせいでなにか起こっていないのか偵察しながら人助け。ただそれは俺の事情だな。もしダーマ行きの船があるならそっちを優先するが……たしかあっち側はベクセリア方面だよな。ベクセリアは船産業が有名なわけでもないし、大国であるセントシュタインが定期船を出していない時点で諦めた方がいいよな……。

 

 すまん、ガトゥーザにメルティー。しばらくはダーマに連れていくのは無理そうだぜ。俺は素直で素朴で世間の汚さに染まっていないマティカの修行に積極的になるからちょっと我慢してくれ、な?

 

 …………。つまりここ十年ちょっと毎日、雨の日も風の日も雷の日も雪の日も嵐の日も暑い日も寒い日も見守ってきたリッカたんとしばらく会えなくなるってこと……だよな……? やばい。リッカたん不足で欠乏症になって死ぬかもしれねぇ。

 

 やべぇ、やばい。よし、ポジティブに考えることにしよう。リッカたん欠乏症になった結果、リッカたんに再びリッカたんペロペロと思いながら再開した時にはリッカたんの可愛さが何百倍、いや何千倍かに感じられるってわけだよな?

 

 リッカたんの良さが発作になって逆に幸せ死しちまうな! それは本望だぜ! よし、出発は明日にして……って駄目だと?もう行く?なんでそんなに積極的なんだ……。仕方ないな……。

 

 うぅ、リッカたん……。

 

・・・・

・・・

・・

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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