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良くやった、と言う声すら震える。先ほどフィオーネや兵士の証言から一連の事件が終わったことも、その手柄はもちろん目の前で静かな瞳を向けるアーミアスたちのものであると知っている。
知っているからこそ、傷こそすでに塞いでいたようだが、ひとり血を流した跡の残っているアーミアスの姿が痛々しい。前見た時も服が切り裂かれた姿であったが、鎖帷子を砕かれた戦闘痕は魔女との戦いが如何に激しかったかと……それから彼の仲間たちが苦々しい顔で立っていることからすべて彼が攻撃を庇い、受けてしまったのだということがまざまざと伝わってきた。
彼は天使。優しすぎる天使様なのだろう。しかし仲間達の目を見よ。あれはむしろ自分たちがアーミアスの盾になりたいという、そういう目である。しかし彼に逆らうことも同じくらいできないことであり……あぁ苦労が忍ばれる。
そして、そして、この姿の……なんと美しいことよ。気高き天使像が動き出したような……いや、違う。
それこそ想像しかできぬ天界におわす存在である、と隠しても隠しきれない鳥肌の立った肌でしかと感じることの出来る、圧倒的な美なのだ。幾分か肌は前よりも白く、星の瞳は柔らかい光を宿しながらも事の結末に納得できていないのか鈍く輝き、少しも物怖じすることなく背筋を伸ばして立つ姿は……ただただ惹かれる。
「大儀であった。黒騎士事件を解決するだけでなく危険な魔女まで倒してしまうとは!」
「……ありがとうございます」
揃って一礼する彼ら。しかし……あぁ私を見るアーミアスの仲間たちの視線は鋭い。鋭い爪を腰に下げた金髪の少年はにこやかに笑っているがその目は剣呑であり、寄り添い立つ兄妹らしき二人にいたってはそもそも表情から取り繕う気すらないらしい。
王に向かって無礼な、と言うには……私は既に自分の非を認めてしまっている。天使様は少しもお怒りにならない、そのような素振りすらみせない。それがかえって私には辛いことだった。せめて、助太刀の兵でも送っていれば良かったのだ。
しかし私は何もしなかった。そして……人間を守って下さる気高き天使様が不要な傷を多く負った、というわけなのだろう。相手は魔女、魔法の手痛い攻撃を血の汚れを見てわかるように腹に受け、それでもなお守り続けたのか。
「玉座の裏の階段を上った先にはある宝物庫の鍵を開けておいた。中身は褒美として持っていくが良いぞ」
「ありがとうございます」
「……」
恭しく礼を言って下さる天使様と後ろで声を出さずに口を動かす仲間。……「大したものが入っていないならどうしてくれよう」と、読み取れる。勘弁して下され……青い宝箱は何度でも補充するゆえ……。
その後、金のロザリオを勝ち取ったらしい僧侶の青年は小声でアーミアスさんの加護付きだと連呼していたので少しばかり羨ましかった。
あれがあれば悪夢なぞ見ないだろうに……。
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「……どうしたの、アーミアスッ!」
「あぁリッカ。ただいま戻りました」
ぼろぼろの格好になったアーミアスが帰ってきた。その隣にはアーミアスがどうかなってしまうんじゃないかとばかりにハラハラした顔の仲間の青年がついていて、杖を握りしめた女の子は私を見るとほっとした顔をして部屋をお願いします、と言ったの。とても普通の状況じゃなかった。
勿論アーミアスとその仲間の人たちは従業員価格で四人合わせて十二ゴールドで泊めるつもり、何だけれど。
天使様の世界から落ちてきた、傷だらけのあの時のようにアーミアスの肌は血の気が引いていて、傷はなくても血の跡がべったり残っていて、私に向けて微笑みかける表情は見とれてしまいそうなぐらい綺麗なのに……微かに手足が震えているのを私は見逃さなかったの。
肌が白い。いつだって透き通るように白いアーミアスの肌は、今は青白いの。なのに疲れた顔なんて見せないで、黒い瞳はいつも通りに優しさをたたえて、星を宿したようにきらきら光る。
アーミアスは、いつも無茶をする。どこまでも天使様である優しい優しい彼は……私たち人間に頼まれ事をしたら断れないし、自分がどんなに怪我をしていて辛くってもやり遂げてしまう。文句の一つも言わないで、当たり前のことみたいに。
天使様だから? 天使様だから無理をしちゃうの? アーミアスに守られるのは嬉しいこと。ありがたいこと。感謝すること。でも、でも! そんな傷ついた姿なんて見たくない。そんなに怪我するってわかってたなら……何をしてでも止めたら良かった!
セントシュタインには兵士が沢山いるから、アーミアスがわざわざでなくても解決するって。峠の道の土砂崩れの時みたいにって。言えばよかったんだ。
アーミアスだって生きているの。いくら守ってくれる強さがあっても、血が通っていて、体温は私たちと変わらずあたたかで、規則的に息をして、美味しそうにご飯も食べるし、それで当然、怪我は痛いの。誰よりも優しいアーミアスだから隠しちゃってなかなかわからなくても……実際耐えてしまう強さがあっても。
……ああ、今も守護天使様としてウォルロ村で見せていたあの慈愛のこもった顔つきで私を見て、立っているのも辛いのに、私たちひとりひとりが何か不自由していないかを見ているの。
そしてみんなが健康であるとわかったら、私に向けてとろけるような笑顔を浮かべるの。何度見ても胸が高鳴ってしまう、綺麗な微笑みを。大丈夫だと安心させるような。
……騙されないからね。アーミアスに悪気がなくても、アーミアスが無茶するのは私、絶対止めたい。そんな顔色で大丈夫なわけないじゃない!
「とりあえずそこに座って待ってて。すぐに部屋を用意するから」
もう見ていられない。ぐいっと酒場の椅子を引いて、アーミアスの日焼けなんてしていない真っ白い手を取って、座らせる。抵抗もなくアーミアスは座って、そして休むでなしにほかのみんなも座ったら、とばかりに首をかしげる。
初めてつかんだアーミアスの手はチラッと見た見た目こそ柔らかな何も傷つけられそうにない手だったけど、触れば分厚いたこが付いていたの。厚い手のひらの皮は強さの印。そして守るための努力の結晶。
ぜんぜん、私の手とは違う。
あの手は、守る手。守るために戦う手。誰よりも儚く守られるべき存在のように美しく整っていて、天使様だからか中性的な顔立ちをされているけど骨もしっかりとしていて……天使様であろうが、アーミアスは……男なんだなぁと場違いに認識する手だった。
急いで空き部屋を帳簿で確認して、部屋を三つ用意する。四人ともばらばらの部屋にするには空きが足りない。優しい微笑みを浮かべていたアーミアスがついに限界を迎えたのか不意にぐったりと机に突っ伏してしまったのを視界の端にして、とんでもなく慌てながら……ドアを蹴破る勢いで飛び込んできた男の子と茶髪の青年は同じ部屋に泊まってもらおうと考えて。
男の子は何故か鎖帷子を片手に持っていて……あぁ、アーミアスの着替えを買ってたんだ。
鍵を手に、駆け寄る。
「アーミアス……?」
僧侶の青年が杖を片手にアーミアスの背中に手を当てる。ぽわっと灯る回復魔法の光。でもそれはすぐに消えてしまった。彼は悔しそうに唇を噛む。
「……申し訳ありません。魔力は先ほどの戦闘で使い果たしてしまったんでした……」
「ガトゥーザ、怪我はないですから、俺は大丈夫です。ちょっと疲れただけですし……」
そう言って立ち上がったアーミアス。また私を見て、本当に大丈夫ですから、と繰り返し言って。そんなに言われたら大丈夫じゃないって言ってるようなものじゃない!
でも鍵を受け取ったアーミアスは誰の力も借りずに部屋に行ってしまった。男の子から鎖帷子を受け取ってお礼を言ったアーミアスは、そのまま部屋に閉じこもってしまって。
夕飯の時間になっても降りてこなくて……私はとても心配だった。
幸いというか、隣の部屋に泊まった仲間の青年……ガトゥーザというらしい……曰く、倒れるような物音はしていないから寝ているだけだと信じたい、と。
……ねぇ、アーミアス。無理はしないで……?
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アーミアス「……(リッカたんまじぺろ!心配リッカたんまじぺろ!)」
サンディ「アーミアス貧血じゃね?ふらふらしてウケるんだけど!そっち段差あるし!」
アーミアス「ありがとうございます……(やっべ言われてみたらやっべ。だが寝る前に脳内リッカたんはペロる)」
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幼少期、天使(異変前)時代
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旅の途中(仲間中心)
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if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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