闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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3話 喜劇

 ……

 

 あぁ戻られた。今天使界に降り立った二人の天使は長老に次ぐ有名人物であられる。一際目立つ大きな翼を持つのが上級天使イザヤール様。その実力は素晴らしいと姿しか見たことがない私でも、ひしひしと伝わってくる天使の力によってはっきりとわかるのです。長老オムイ様以外はイザヤール様に理を使うことすらできないようなお方ですから。

 

 もう一人はその弟子、ウォルロ村の守護天使アーミアス様です。まだ私と同じく見習いの身ですが、実力は確かです。星のオーラを数百と集め、その美しい顔には天使から見ても天使らしく、神々しいとしか言えません。長い睫毛の一本一本を神がその手で吟味されお創りになられたに違いないのです。

 

 時折憂いに満ちた表情をされますが、それはもう絵画よりも美しい世界ですよ、お見せしたいぐらいです。笑うことすらありませんが人間を見守っている時には微笑まれるとか。正しく天使、天使となるべく天より遣わされた存在と評判です。

 

 今日も彼女、いえ彼でしたっけ……天使らしさは性別不詳という状況ですが、体の周りに星のオーラを纏わせ、翼を小さく折りたたんで歩かれる姿は見習い天使の希望の星ですね。アーミアス様のようになりたいと願う天使は多いのです。早く師匠の守護する場所の守護天使になりたい者が多い見習い天使ですが、見事信頼を勝ち取り、実力をつけたのは、最近ではアーミアス様しかいらっしゃいません。

 

 それからこれは皆様思っていることですが、あの雪のような白い肌も桜色の唇も黒曜石のような瞳もすべて完成されきっているのにその左の翼だけは大きな傷跡が目立ち、ボロボロになっている……しかもそれをしたのがアーミアス様自身である、という噂がアーミアス様の神秘性を際立たせているのです。その傷は背中にまで及んでいるとか。

 

 その事件は私が生まれる前のことでしたから、噂でしか知らないのです。諸説ありまして、勿論、私のような存在や噂好きの見習い天使ごとき、とてもとてもご本人に聞くことなんかできませんからどれが本当かわかりません。

 

 けれど、噂はいっぱいありますよ。私の生まれた(遣わされた)三日後に天より遣わされたミッチェルなんてアーミアス様が自分の翼がなくても飛べると確信なさったからだと強く主張していますし、私は実は彼の翼は彼によって痛めつけられたのではなく悪しき存在との戦いか誰かを守るために傷ついたものだと思っています。アーミアス様なら新たな翼が生えてくるだろうと言った姉妹弟子ルリの言葉には賛成しますけどね。

 

 だいたいそういう意見と翼を捨てるという決断によって人間たちをもっと守ろうという決意の表れだったという話が多いですね。いずれにせよ、私たちには伺い知れないような深い理由があったのでは、と。

 

 だから、分からないなりにあの翼はまるで勲章のように見習い天使には思われています。もっともアーミアス様自身は翼自体を疎まれているとのことで飛ぶ時以外は折りたたんでいらっしゃいますが。

 

 おそらく、天使は空を飛びますから天使界でなければ歩きもしません。そのことが人間を誰よりも慈しんでいらっしゃるアーミアス様には人間の気持ちになって親身ではないとお考えなのでしょう。例えいくらその身を呈して人間たちを守っても存在すら信じられない時があるとしても。なんと素晴らしい方なのか。

 

 あぁ、アーミアス様が私の前を通り過ぎました。しかもふわりと羽根が一枚抜けて目の前に落ちました。天使の羽根が一枚抜けるなんて髪の毛が抜けるぐらい普通のことです。でも私たち見習い天使にとっては、上級天使様やアーミアス様の羽根に価値があるのです。

 

 ふふ、私のものですよ、これ。あぁやっぱり……今年三枚目のこの羽根もふわふわしてて私のものとは全然違います。アーミアス様の御髪(おぐし)はさらさらとしていらっしゃいますが、羽根はふわふわなんですよ。この羽根に(あやか)って私も早く守護天使になりたいのでアーミアス様の羽根は大事にお守りにさせていただくことにしましょう。

 

 あっ……イザヤール様の羽根も一枚落ちましたね。私はなんて幸運なんでしょう。これで羽飾りを作ってルリに自慢してやりましょう。

 

 勿論、こういった事は公然のことですよ。髪の毛でこれをやったらちょっと気持ち悪いと思いますが……オムイ様の髪の毛でやったら特にお叱りを受けそうですが……羽飾りを作りたくて誰かの抜けた羽根を集めるなんて見習い天使はみんなやってます。自分の翼から羽根を毟り取るのが一番早いのは分かってるんですが、痛いですしね。それなら不要なもので有効活用したほうがいいだろうとの事で。

 

 この前なんか女の上級天使様の羽根を拾っていたら首飾りにしていたアーミアス様の羽飾りを褒められたんですよ。師匠以外の上級天使様とお話するのはとても緊張しましたが、そんなものなのです。

 

 あぁ、今日もアーミアス様は女神像の如く……いえ、目の前で呼吸していらっしゃるんですから石像より遥かに美しかった。私ももっと修行して人間界で善行を重ねればあんなふうになれるんでしょうか。

 

 おふたりが去り、私は少し外の空気が吸いたくて外に出ました。間違っても師匠や翼の大きい上級天使様なしに人間界にいこうなんて思いませんが、踏み外したら大変なことになりますね。強風が吹いたら注意することにしましょう……。

 

 キャッ

 

 そう思った瞬間、強く一陣の風が駆け抜けました。何が起こったのか分からず、近くの天使の力を借りて立ち上がり、さらに空の高みを見つめると……あれは、金の光の筋。

 

 ……あぁ、もしかして、天使の悲願が叶うのですか? なんて、神々しい。

 

 アーミアス様の星のオーラが奇跡を生む……あぁなんてことでしょう。当たり前のことですが、やはり選ばれし方だったのでしょうね。この羽根は神のところに行くんですからますますなくしちゃいけません。大事に懐に入れておきましょう。不思議な音とともに金の光が天使界に近づき……そして。

 

 衝撃。

 

 突如紫の邪悪な光に天使界は貫かれ、私は、なんとか落ちずには済んだものの……えぇ、忘れられないものを見ることになりました。

 

 えぇ、(くだん)の、アーミアス様です。

 

 強風に巻き上げられたらしく、外に出ていた何人かの天使がなす術もなく落ちていくのを、外で必死に男の天使と岩に捕まっていた私は目撃することになるのですが……その中に、アーミアス様がいらっしゃったのを、私は見てしまったのです。

 

 キラキラと天使の力を放出しながら輝き、しかし流石のアーミアス様でも邪悪な光の中では本来の力を発揮する事はできなかったのでしょう。彼も落ちていきました。ですが、彼の表情は、いつでも動かない岩のように、不変の事実のように変わらなかった表情は……微笑んでいたのです。

 

 あの瞬間の時、アーミアス様の隣にいらっしゃった憔悴しきったイザヤール様が、後でこう仰られていました。

 

 アーミアス様は人間を愛していたと。翼も光輪も彼には不要なものであったのだと。だから、アーミアス様は助けようとしたイザヤール様の手を取ることなく……落ちていったのかもしれないと。

 

 ハッと思ってアーミアス様の抜け落ちた羽根を取り出してみればそれは彼の御髪と同じように灰色になっていて……それをイザヤール様にお見せしますと、少し目を見開かれ、少しだけ希望を取り戻したように……アーミアス様は生きていると仰られました。

 

 そして、その羽根の色を見るに恐らくは天使の力の大半を失っていると。

 

 アーミアス様。どうかご無事で、アーミアス様。アーミアス様に翼がなくとも、光輪がなくとも、貴方は一番天使なのです。私たち見習い天使よりも、もしかしたら上級天使様よりも、天使として遣わされた天使なのです。

 

 お慕い申し上げておりました。一度もお話することすら叶いませんでした。ですが、私は祈っております。アーミアス様のご無事と、貴方の幸せを。

 

 あぁ、あの日の微笑みを、アーミアス様は今も浮かべていらっしゃるのでしょうか。

 

 ……

 ……

 ……

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喜劇(アーミアスにとって)

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