「人は天使よりもはるかに短い命だ」
「……はい」
「私達天使は何百代もの人間を見守ってきたのだ。これからも私達は……この者の子孫を見守らねばなるまい」
「……わかっています」
真新しい墓の前で膝をつくアーミアス。聡明なこの子は人の寿命も儚さも、美しさも煌めきも、幼くしてすべてすべて知っている。だがそれでも初めて目の当たりにする人の死に堪えないわけはないだろう。
堪えるだろう、悲しいだろう。アーミアスが人間のことをこうも愛しているのは、我が師エルギオスを思い出させるほどなのだから。かの大天使のごとく高名な天使として貢献していく事は今の幼い姿からでも想像が簡単についた。
晴れ渡った空であるというのに、吹きすさぶ風に自らで傷つけたボロボロの翼と太陽に透かされ銀色に輝く髪を任せ、アーミアスは祈る。それは神にか、はたまた星々にか。
今回ばかりはいいだろう。次からはもう少し早く立ち直ってもらわなければならないが。今回は、この子供を一人置いてなくなった若い女性の死に向き合わなければならないだろう。人間としても早すぎる死に、閃光の如く生きた美しい魂に思いを馳せても許されるだろう。
白く新しい墓石の前にいる少女とアーミアスの背を見ながら、私は守護天使として生きている人間にしてやれる事はないかと空へ舞い上がった。
胸を痛める幼き天使には時間が必要だった。特に、アーミアスが気に入った少女の姉だったのだから。
確かにアーミアスはそこにいるのに、どうしてか消えてしまいそうだと私は思った。馬鹿なことを、翼からあんなに出血しても生きていたアーミアスだというのに。
翼を傷つける事はもうないだろうが、またおかしなことをやられては困るな。今夜はラフェットにでも見張りを頼もうか……。
・・・・
あの日、どこか落ち込んだような、ぼんやりしたような顔で、アーミアスくんは帰ってきたわ。手には私でも稀に見るぐらい強い輝きの星のオーラを手にして。イザヤールは珍しく弟子を気遣うように頭をぽんぽん撫でていて、その星のオーラを受け取っていたの。
自分で手に入れたものだっていうのに見習いでまだ守護天使じゃないからって自分の手で世界樹に捧げられないのはいつ見てもおかしいわよね。オムイ様に進言してみようかしら。
まぁ、この年で星のオーラを手に入れられちゃうアーミアスくんがイレギュラーなのはあるけどね。ホント天使なんだから!
「おかえりアーミアスくん」
「ただいま、かえりました、エレッタ様」
「あらあら丁寧に。気軽にお姉ちゃんって呼んでもいいんだからね?これは命令じゃなくて提案よ」
「……えっと」
「おい、私の弟子を困らせるな」
まったく、こんな天使で天使な子に話しかけて何が悪いって言うの。天使にはお姉ちゃんって呼ばれたいに決まってるじゃない。私だってアーミアスくんにししょーって可愛い声で呼ばれたかったわよ。頭かたいんだから、イザヤールって。
イザヤールと戯れのように話しながら、私は決して何があったかは聞かなかった。聞いちゃだめなのよ、こういうことは。暗黙の了解ってやつなの。
天使、特に見習い天使が地上へ行って落ち込んでいる時……自分から何か言わない限りは何も触れないっていうのはね。だって大抵は初めてか、初めてじゃないかに問わず、人の死やら不幸に関わっているんだもの。
上級天使が落ち込んでいたら緊急かもしれないから根掘り葉掘り聞くわよ? でもこの子達の悲しみや悩みは違う。まぁ、アーミアスくんだって人間だったらもうかなりいい歳の大人に相当するわよ?
でも天使としてなら赤子よりは自律的に歩いたり飛べたりする分成長したってだけの幼い天使。寿命……ううん、私たちにそれはないわ……老いる時間の違いに打ちのめされている子達にヘタに声なんて、かけられない。
「失礼、します……」
ふらふらと外に向かって歩いていったアーミアスくんの髪の毛にいつものキューティクルがないし、沈んだ表情も可愛いのに私ってば……らしくもなく無言で見送るしかなかったの。
あっちには一応、大人の姿の天使がいるから大丈夫、よね。ああ、自分で自分の翼を傷つけたアーミアスくんよ? 安心できないの……。
アーミアスくんの翼から音もなく抜け落ちた羽根が空を舞っていたのがあんまりにも綺麗だったから、私は小さい時みたいにその羽根をそっと拾い上げて大事に仕舞ったの。幼いからか、私の羽根より柔らかくってね、ふわふわしていて、誰よりも純白のその羽根は……ふふ、密かに人気なのよ。
羽飾りを作っている女の子たちは普通、上級天使とかの自分より大きい天使のものを使うことが多いから恥ずかしがってなかなかおおっぴらにはしてないけどね。
……思い出すわね、初めて気に入った可愛い子が、おばあちゃんになってとうとう死んじゃった日、私の力不足で魔物によって人間が殺されてしまった日を。
翼も光輪も持たない、生きる時間だって短い人間って、アーミアスくんみたいにそれこそ、天使のように清らかでも、無垢でも、純粋でもないのに……あんなに惹かれるのは何故なんだろうね。
今日は、祈りの部屋で星々へ祈りを捧げましょうか……。
・・・・
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幼少期、天使(異変前)時代
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旅の途中(仲間中心)
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