闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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23話 黒騎士

 はぁーまじねーわ。マジで俺らがあのべっぴんな姫さん出すと思ってたのか? こいつ。頭の中お幸せなもんだねー、お花畑だねー。怪しいヤツに出すわけねーだろ当たり前だろ。

 

 人間じゃない気配がするからさ、完全に敵認識ってやつ。つーか盛大に呪われた死人の気配だ、とっとと安らかに眠ってもらおうか。それが一番いい、と俺は思うね。まー未練ってやつがあるのは理解できる。愛しい人がなんだって? 明らかに人違いじゃね?

 

 だからってあんなにたくさんの人間を怖がらせていいか? 良くねぇよ。……はぁ、仕方ねぇな。

 

 ついでに俺の仲間達に怪我させんなよ? イラついてるみたいだし、まぁ俺はいいけどな、大事な仲間たちはダメだからな! どーせそんなの言っても無駄な敵意がバリバリだから言わないが。本職戦士ではないから百パーセントは成功しない、つまり特技ではない微妙に使えない残念なかばい方で俺が何とかするしかねぇな。

 

 とか意気込んだのに突然の五月雨の攻撃に対応が間に合わねぇ! 三発受け止めるのに精一杯だった。反則だろ、それは!と当然聞き入れられるはずもないことを思いつつも俺が不甲斐ないばっかりに流れ攻撃を受けたガトゥーザにホイミ。

 

 そしてその後どうなっているかと振り返った時、ガトゥーザが治った傷を抑えた手の間から覗く赤い血に思わずドキリとした。

 

 ……人間は、簡単に死んじまうんだよな。

 

 寿命だってそもそも天と地ほどの差がある人間と天使。それだけではない。人間は翼を持たないから、逃げも遅れる。人間は戦わない者が多いから、そもそもの実力も違う。

 

 俺達のような守護天使はある程度の戦術を学んでから降りてくるが、人間はそうではない。学ぶ場がない時も多い。ガトゥーザはその限りではないが、僧侶という脆い後衛職であることには変わりない。傷を受けた時の驚きと痛みの表情が目に焼きついて、離れない。

 

 守らないと、守らないと、俺は天使だから! 愛しい人間よ、すまないな! その痛みを与えてしまったことを……今目の前で討つことで報おう!

 

 哀れな黒騎士、死してなお死に気づかずさ迷う亡霊よ! 眠れ、俺が眠らせてやる!

 

 ただの量産品の剣を振る。黒騎士の持つ見るからに頑丈そうなランスと剣は正面からぶち当たって甲高い音をあげた。やはりか、力も強い。

 

 でもよぉ、こいつは師匠より弱いぜ? うちのハゲで親しみやすくて上級天使でも一等に成績が……じゃないな、歴代二番目の成績を持つお師匠様よりは弱い! 俺は師匠よりも素晴らしい天使になってリッカたんを幸せにしてずっと平和に安寧な生活をプレゼントする守護天使だからな! ゆくゆくは人間になってプロポーズしたいが!

 

 だからこの程度のやつに遅れをとってて……守護天使が務まるかっつーの! そらよ!

 

 ガキィィンッ! キィインッ! そんな音がしたら剣が柄からもげそう! 鋳型で量産した剣でよかったぜ!

 

 何度も何度も激しい音を立てて刃を交える。お前には負けてやらねぇと、この貧相な顔に精一杯の覇気っつーか、睨みを乗せて。それに黒騎士は……うっそだろ、怯みやがった!

 

 怯んだだけじゃねぇ、俺って一人じゃねーし? 馬に乗っているとはいえ単騎でやってきた黒騎士とはちげーし? 俺との切り結び合いに夢中になっていた黒騎士は後ろから飛びかかって鉄の爪を食らわせんと切り裂いたマティカには気づいてなかった。詰めが甘いヤツ。

 

 もちろんメルティーが、騎乗からの攻撃に押し負けそうになった時のサポートとしてヒャドを打ってくれたり、斬り返す時にざっくり顔やら腕やらを斬っちまったんだがそれを治してくれたガトゥーザがいたりとチームプレイは結成してすぐの割には良かったぜ。

 

 で、黒騎士は馬から落ち、膝をついた。

 

 おっ、俺たちの勝ちだな? ……まぁ亡霊とはいえちょっとボコしたぐらいでは消滅しないか。未練を解決してやらねーとな。未練バリバリだろこいつ。あの姫さんとはこいつ、関係なさそうだしな。説明してやらねぇとな。

 

 ん? 根拠はねぇが。勘ってやつだよ、一応人間よりは長生きはしてるんでね。勘はそこそこ鋭いつもりだ。

 

 あーあ、剣がすっかりぼろぼろになっちまった。俺の大事なウォルロ村で買ったのに。仕方ねぇな、確かセントシュタインにはレイピアが売ってた。あれを買うか……。あーあ。量産品でも気に入ってたのに。

 

・・・・

 

 目の前にいる美貌の少年は、激しい戦いで切り裂かれたらしい服もそのままで報告にやってきたらしい。貴族や他の王族との付き合いも当然多いセントシュタイン王室に生まれ、現在は国王の私だというのに……流れの旅人でしかない少年の美はともすれば気圧されてしまうほど。

 

 ……天使の美貌。そんなありえもしない考えが頭の中を渦巻く。人外の美と思えばストンと納得できたのだ、彼の星を宿した黒い目の静けさに神秘的な何かを感じつつ。さらりと歩く事に揺れる髪の毛の一本一本すら凡庸な人間には敵うまい。

 

 しかも従えた仲間達もリーダーであろう少年……アーミアスに向ける目は普通ではない。リーダーとして尊敬しているとかいう範疇ではなく……崇拝している、というのが正しいだろう。

 

 そういえば今城下町に駆け巡る噂があったな。ひとつは噂ではなく真実であった黒騎士への恐怖からのこと。もうひとつは……セントシュタインに天使がやってきた、ということ。受難を助けに来てくださったのだと大騒ぎが起きかねないところをなんとか鎮圧したところだった。

 

 天使様がいらっしゃったというならば騒いではならないだろうという半ば肯定の方法で。

 

 噂の根源は……彼がそうなのだろうな、と初対面の時も思っていたが……いやはや。惨めではないが、激しい戦闘の跡を残しつつもそれが完成された美のように感じられる姿を見て改めて思うしかない。

 

 さて、……彼は何者であろうか。そんなことはどうでもいい。素性は問わぬと最初から言っている。彼が本物の天使様であるとすればありがたいことではないか。セントシュタインは大地震を受けても、黒騎士の襲来があっても問題なく安泰であると。

 

「ふむ、黒騎士を倒したのじゃな?」

「はい」

 

 恭しく礼をした姿に目を奪われそうになりながらも話を促す。すると……なんとこの少年は黒騎士にトドメを刺さなかったばかりか逃がしたと言うではないか。

 

 事情?黒騎士はフィオーネと別の姫を勘違いしていた? 巫山戯るな、信じれるわけがないだろう。

 

 そう語気を強めて言いたかった。事実、言おうとした。だが。その前に彼は静かな声でこう言ったのだ。

 

「ですがそんなことをセントシュタインの国民の方々に伝えても不安は残るでしょうね。ですから、今から黒騎士の手伝いに行ってこようと思っています」

 

 静かでありながら、たくさんの星々の光を宿した瞳はきらきらと輝く。それに魅了されてしまった私たちは、何も言うことが出来ないのだ。

 

 神がその手で丹精込めて創り上げたような美しい顔、耳心地のよいボーイソプラノの声。それに完全に……あぁ、既に抗うことさえできずに私は陥落していたのだろう。彼の存在に。敬うべき存在として。

 

 王であっても、私は一人の人間でしかないのだ。

 

「では、また報告に来ます」

 

 すっと隣に立っていたフィオーネが心地よい魅了から解放されたように玉座の間から出ていくのを目に捉えながらも私は静止の言葉すら告げなかった。ただ肯定の言葉を一つ返し、恭しくも神々しい彼の礼に震える手を押さえつけることしか出来なかったのだ。

 

 仲間でありながらも配下のように付き従っている者達も静かに礼をしてアーミアスに、ついていく。

 

 その時私は、感じたのだ。深い安堵と、焦がれる気持ちを。そして、羨ましさを。

 

 彼は天使だ。人間ではありえない。そして……彼はこの国の守護天使ではない。あの瞳を向けられて私は確信してしまった。私たちの守護天使様の気配らしきものを、最近はとんと感じないしそもそもここまで優しいものであったかあやしいのだ。

 

 どこか、別の所の守護天使様なのだ。その場所が、ひどく羨ましかった。彼がセントシュタイン王国の守護天使様でありさえすれば……あの瞳を向けられる安心感も、私たち人間を見る慈愛の眼差しも、一心に受けることができただろうに、と。

 

 翼も光輪もない天使様。だが、それを失っているだけなのだろうと思えばそうなのだろうし、哀れにすら思えた。

 

 そして、彼はそれでもなお人間を救って下さる。ありがたいことだと、私は玉座に座り直した。

 

・・・・

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