闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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2話 非理解

 ふふん、聞いてくれ。さっきもウォルロ村に行って人間たちの幸せな生活を少しばかり覗かせてもらいながらちょこちょこ手伝いしてたんだがな、とうとう俺は偉業を成し遂げたぜェ! 

 

 今までは出来るってもだいたい生きてる人間に対しての地味な手伝いとか失せ物探しばっかりだったんだが、この度俺は一人成仏させました──ッ! フゥ! 天使らしくね? いくら万年顔面蒼白ホコリ野郎でも天使じゃね? 純白の翼と儚げな雰囲気は……ってやかましいわ! 儚げじゃなくてこれは天使共と話すのがだるいから話しかけんなオラなオーラだ! 

 

 あいつら天使らしすぎな。もう少し欲望に生きてもいいと思うんだが。あ、でもこれ禁句だから言ったら天使界的に殺されっぞ? 二度と人間界に行けない可能性が高いぜ。何故かってまあ……俺いろいろやらかしてるからなぁ。そのひとつ、俺の黒歴史を説明しよう! 

 

 俺の年齢なんてもう数えてないから分かりやしないんだが、あれは確か……初めて人間になりたいと思った時だな。だから年齢一桁か二桁の天使生初っ端だな。

 

 あの時……俺は初めてイザヤール師匠と出会ったんだ。俺は感動したね、天使もムキムキになれるって初めて知ったしな。なによりハゲでも天使なんだなっていうのも感動モノだ。天使に姿の決まりはない、くすんだ色の俺でも天使でいいんだって。しかも上級天使で弟子を取らないことで名高い癖に俺を一目見て弟子にすると決めたんだと。だがそんなことよりも感動したのは……。

 

『ここがウォルロ村。私の守護する村だ。アーミアス、お前はこの者達のひ孫ぐらいを見守ることになる』

 

 初めて見た人間たちだったね。あぁ感動したね、天使界に目をキラキラさせている存在がいない訳じゃないが、生き生きと心の純朴さを彼らは魅せてくれたからな。それから俺は天使と人間の違いを天使界で師匠を質問攻めにして知ったんだぜ? 勤勉だろ? 熱心だろ? 今は俺の方が詳しいかもな。なにしろ俺は天使界一の人間好きだからな! 

 

 師匠曰く、天使と人間の外見的な違いは翼と光輪があるかないか。心は生の営みを大切にするか、女神のご意思を尊重するかの違いで何よりも違うのは寿命だと。人間に姿が見えないのは光輪による力かもしれんとか偉そうに言ってたが。

 

 でもってそのジャマな光輪をブチ壊したくても手がスカスカ通り過ぎるから触れもしねぇ。なら翼はどうだ? って思ってさ。あぁ、若気の至りだよ。今では俺も馬鹿なことを考えたもんだよなって思うんだが。翼がなきゃ愛しの人間達に会うことも出来ないのに、俺はあの夜……師匠の部屋からナイフかなにかを拝借して思いっきり左翼をちぎろうとしたんだよな。

 

 めちゃくちゃ痛かったが、人間になれるんなら今でも安いと思うぜ? だが血はぼたぼた垂れるわ、目の前は霞んでくるわで最悪だったな。なかなか根本からぶち切ることが出来ねぇって足りない頭で理解した俺は今度はむしろうとした。そんでちょっとブチブチしたぐらいで貧血でぶっ倒れ、気づいたら師匠のおっそろしいハゲが目の前でピカピカしてたってわけだ。

 

『見習い天使アーミアス! お前は一体何をしようとしたのかね?』

 

 穏やかなんて言い難い師匠の低い声がすっげー怖かったのは覚えてる。近くに他の上級天使も控えてて暇なんだろって思ったな、確か。だが人間になりたいとか言ってみろ、閉鎖的な天使界で監禁か軟禁されて二度と人間に会えなくなったらどうする。俺ならリッカたん不足で枯死だな。

 

 ってことを当時リッカたんのひいひいひい婆さんじゃねぇかって思ってる故ナツミたんにあわーい恋心を抱いていた俺は瞬時に考えた。天才じゃねぇーかと思うんだが、師匠のでっかくてわさわさした翼が綺麗だったから自分のはどうなってるのか見てみたかったとかまた生えてくるものだと思ったとか言って難を逃れたって訳だ。

 

 ま、信じてもらえなかったがお咎めはナシって訳。チョロすぎ。天使ってそういうところ天使だから騙されるんじゃね、簡単によ。

 

 そのせいで左翼は未だにボロボロ。飛べるからいいんだがな。背中にもナイフの跡が残ってるが厨二病の名残だと思ってなるべく見ないことで心の傷を刺激しないようにしている。やるなら人間界で空の彼方から大岩に背中をぶつけてすり潰しとくんだったな。それじゃあ光輪が消えないからやらないが。飛べなくて見えないとか最悪じゃねぇか。

 

 光輪が消えるならなんだっていいよな。ほんと、握りつぶせるものなら潰してぇ。潰して翼をもいだら旅人のふりしてリッカたんの宿屋に泊まりてぇ。俺、今日もリッカたんに迫る仕事しないニードとかいうニートに天罰食らわせながらリッカたんをずっと見てるのに、リッカたんは俺に気づかないんだぜ。辛すぎ。

 

 俺もニー()みたいにリッカたんに名前呼ばれてぇな! でもな、守護天使でよかったぜ。リッカたんは俺の名前だけは知ってるんだからな。

 

 ほら、リッカたんが手を組みながら「守護天使アーミアス様」って言うだろ? 俺大興奮。リッカたんの唇と閉じられた目元ガン見しながら顔がにやけてるの抑えられねぇんだが、仕方ないだろ? 

 

 さーて。このリッカたんの家の三軒隣の主人のひいじいさんからもらった星のオーラとリッカたんからの三つ、その他十ぐらいを捧げるとするか。あっ師匠チワーッス。今日も見習い天使のちっせぇ翼じゃ帰れない天使界に風の補助してください! あざっす! 

 

「……ウォルロ村の守護天使アーミアス」

「はい?」

「……ふむ、長いな。これからもアーミアスと呼ばせてもらうとしよう」

「はい、師匠」

 

 なんかこのハゲ別のこと言いたかったんじゃね? なんで口籠もって別の事言ったんだ? ってか師匠真面目だよな、ホント。そろそろ帰ること以外はひとりで出来るのにまーだ見守ってる。やっぱり守護天使だったから見守るのが癖になってんじゃね? これが職業病かよ、クゥ──ッ、師匠のくせにかっこいいじゃねぇか! 

 

 ……

 

「リッカ……」

 

 風に揺れる髪をそのままに、今日も我が弟子アーミアスは精力的に守護天使の役割を果たしていた。なんと誰の力を借りずに成仏までさせてしまうとは、本格的な独り立ちや見習いでなくなる日も近いことだろう。

 

 この、人間に恋慕を抱いていることさえなければ。

 

 リッカというのは宿屋の娘、真面目かつ敬虔な良い娘だ。今日もそれは変わらない。だから普通の村人よりも私情を挟み、気になるぐらいはまだ許容できた。もちろんアーミアスが抱いていながら自覚していない感情はその程度ではないらしく、今日も村人を一通り見やってから彼女の仕事場の近くでそわそわと落ち着きがない。

 

 アーミアスは百二十七年前、自分の翼を切り落とそうとしたことで天使界では有名だ。今なおその傷跡は深く、ボロボロの翼は人目を引く。だがあの再来がないことからまぁ大丈夫だろうとオムイ長老からのお言葉を頂き、見逃しているのだが。

 

 普段表情を変えようともしないアーミアスはリッカの前だけでは笑う。どんな天使よりも天使らしい相貌に相まって絵画のような空間となっている。キューピットとしての役割を奇しくも果たすことならまだあるのが天使。だが本人がそうなるとは……そこまで考えて思い出されるのは我が師匠のことだろう。

 

 アーミアスは聡明だ。天使として人間を見守り、助ける姿に打算はない。どうやったらそんなに星のオーラを集められるのかと訪ねた子供の天使に対しても、やりたいことをやっているだけだと答えていたことから良く分かる。

 

 だから、彼が天使として間違った道を歩まないように私も見守るだけだ。

 

 ……ほぼ毎回天使を馬鹿にする若者の頭を一発殴っていくことぐらいしか見習いらしいところがないのは困ったものだが。

 

「リッカ、また会いましょう」

 

 リッカが祖父に笑いかけた笑顔に向かってアーミアスは言う。勿論私たちの姿を認識できない彼女は何事も無かったように生きている。アーミアスはそれを全く気にせずに笑いかけ、彼女からの星のオーラをぎゅっと握るのを私だけは知っていた。

 

「師匠、帰りましょう」

「あぁ」

 

 翼をはためかせるアーミアスを見るのはそれで最後になるとは私は思いもしなかったのだ。そして翼も光輪も失って一人人間界に投げ出されたアーミアスのことをほかの天使は気の毒がった。だが、私は、私と長老とラフェットは……アーミアスが夢を叶えたことを、知っていたから……。

 

 知っていたからこそ、天使でいるよりもさらに天使らしく人々の安寧を守る姿に安心して、私は一度死んだのだろうな。

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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