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「神のご加護が、貴方の次の生をも安らかになりますよう……」
純白の翼がふわりふわりと羽ばたき、眩いばかりに真っ白い手を差し出して淡く微笑む天使様。守護天使様の前で清浄な光に解かされていきながらも安らかな顔をした老人の幽霊が嬉しそうに彼の手をとる。
清い心の持ち主。職業柄沢山の人間を見てきた私には何人も心当たりがある。だが彼は間違いなく別格だな、と感じつつもその場を離れた。
彼は見た目からもわかるように人間ではなく、天使様なのだ。優しいのも当然と思われたが、時折目にするもう一人の天使様よりこの守護天使様の方が清らかな天使らしいと思ってしまうのはきっと失礼なことなのだろう。
未練を持つ私が優しい優しい天使様と話してしまったら、私も成仏しそうで怖かった。しばらくは近づけそうにない。……まだ、向こうには、私には、行けない。そう思っていたから。
あぁ、娘のリッカと同じくらいの年の少年にしか見えない天使様は、今日もふわふわと空を舞い、人々の生活をそれとなく助けては幸せそうにうっすらと笑うのだろう。
その助けられる人間側にいた私は、どれだけ助けられてきただろう。なのに、最後は人知れずその手を拒んでいるなんておかしいものだ。
今日も転びそうな老婆を支え、魔物の脅威から誰かを守り、悪戯な風を装い村の掃除をするのが、人々を見守る天使様の正体。私たちが想像しているよりもずっと幼く美しく、身を挺す優しさを持ち、誰にでも手を差しのべる慈悲深い姿は……私にはやはり眩しすぎた。
彼はどうしてかリッカの周りに飛んでいることが多いのだけど、その時は特にご機嫌の様子だから少し誇らしくあったりするのだけど。
……私、ロベルトが死んでからもう何年も経つ。死人でありながら現世にとどまっているのは未練を捨てきれていないのか、私は今日も天使様に見つからないようにウォルロ村をぼんやりと眺めているしかない。
幸いなことに娘は今日も、風邪すらひかず、大きな怪我もすることなく、明るく元気に笑っている。それが嬉しくて、嬉しいのだから未練なんてないだろうと思うのに。だが私がこうしている時点であのトロフィーは忘れられないのだろうな。
灰色の髪をした天使様が、今日もリッカに挨拶した。あぁ、今日はもう帰られるのだろう、天使様の世界へ。また来ますと寂しそうな彼が、大人の姿をした天使に
天使様と違ってこっそり何かをすることも出来ない……そもそもものに触れることは出来ない……私は、あの場所とリッカを行き来することに無情感を覚えてセントシュタインにふらりと向かっていた。
私が結局捨てた宿は、今どうなっているのだろう。それを知れたら天へ昇れるかもしれないな、と考えたりして。
結局、今は宿が開店すらしていないのを知り、私は失意のあまりどうせ魔物にも見られないのだからとのんびりと遠回りに古い遺跡からウォルロ村に帰っていったのだ。
途中で起きた大きな地震で、よもや天使様が降ってくるなんて……死人の私ですら思わなかったのだから、誰も想像できなかっただろう。
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天使様の降臨から少し。ずっと私たちを見守ってきた天使様が村人たちの中で幸せそうに過ごしている姿も見慣れてきた。特に……やっぱりかの天使様はうちの娘のことが気になるらしく、神々しいまでの笑顔がいつにもまして光り輝いている。
……父親としては少しばかり複雑だが、相手は
そういえば遺跡で封印の解き方を導いた時、彼が私を見て微笑んだのは……私のことを誰だかやはり分かっておられるのだろう。だがやはり、あの時も私は逃げてしまった。
そして、さらに月日が過ぎた、草木をも眠る真夜中のこと。
滝の音だけが聞こえるウォルロ村の一軒の家から静かに出てきたアーミアス様は、数日ぶりにひらひらとした天使の服を着ていらっしゃった。満月の夜である今日は思いの外明るく、彼は空を見上げながら目を少し細める。今までは真夜中は特に気づかれないようにしていたが、まぁ、もういいだろう。
リッカに私の夢、いや……リッカとて宿屋の主として、あの夢に等しいものがあるだろう。どうか、私のことで少しは後押しになって欲しい。どうか、好きなように生きて欲しい。そう祈るばかりに私は、彼が私に気づくのを待っていた。
あぁ、星の宿った黒い瞳に本物の星空が映り込み、えもいえぬ美しさを醸し出している。不思議な煌めきを持つ瞳の持ち主は容姿の通り天使なのだから、私だって見えるのだ。ほら、こちらを見て、首をかしげる。私が逃げないことに疑問を持たれているのかもしれない。
そして彼は重力を感じさせないほど軽い足取りで村の中を闊歩し、こちらへまっすぐ向かってきた。誰もいない人間の営みの場に不釣り合いな天使が、あの時とは違って、彼は「歩いて」横断してきた。それが、仕方ないとわかっていても少し寂しい。
あの翼を見ることがもうないのは、見たことがある者にとっては大きな損失としか思えないだろう。純白でいかにもやわからそうな翼。どうしてか左翼がぼろぼろになっていたけれど、それが逆に引き立てていたのを思い出す。あれが、彼の完璧とも言える容姿に翼が欠けている。やはり意識すると寂しいものだ。
……だが翼よりも美しく、失われることのない、であろう彼の瞳には、私の青く光を帯びた姿形、ふわふわと地面に付いたり離れたりと落ち着かぬ様子、顔に浮かぶ不安げな表情……そういったものがすべて見えているのだ。久しぶりのまっすぐ私を見る視線に、緊張して身震いする。
整いすぎた天使の相貌は死人にも強烈だった。相手がただの人間なら緊張なんてしないだろうけれど、彼と話すと思えば緊張ぐらいだれでもする。遠目から見るばかりだった相手なのだし。
……彼の星の瞳は、やはり、どこまでも優しい。
「……」
麗しい顔に、だけど何の表情も浮かべずに、天使様は手を伸ばす。その手から逃れるように私はするりするりと歩いていく。それを、追い抜かそうともせずに追いかけて来て下さる。きっと意図も分かられているだろう。
もしかしたら、トロフィーを埋めた時も……私を見ていらっしゃったのかもしれないのだ。このキラキラした目に男の夢の跡の残滓が映っていたのかもしれないとは……出来れば見ていなかったと思いたい。親愛なる守護天使様にも見られたくない事はあるものだ。
『こ……に……アレ、が……』
久しぶりに、本当に久しぶりに低く呟くように言えば、声がかすれてしまった。だけどアーミアス様は心得たようにひとつ頷かれる。良かった。伝わった。
満足して私は彼の前から退散することにする。輝かしいトロフィーも、封印を解かれるその瞬間を見るのはやはり恥ずかしいものだ。
あとで、腹をくくって彼と話そう。そう決めた。
丁寧に掘り起こされたトロフィーをそっと彼は清い水で洗う。その背を遠く見つめながら、私は若き日の夢に想いを馳せていた……。
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アーミアス「モロバレやめてください死んでしまいます」
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幼少期、天使(異変前)時代
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