「……彼らは、恐らくアバキ草の神秘の力で現世に繋ぎ止められていました。俺が最後の花を摘んだことでカズチャ村の住人たちの魂が召されたのは気配でわかりましたので。彼らをきちんと弔う時間がないことは悔しいですが、今は一刻を争います。このままナムジンと合流しカルバドに戻って、シャルマナの正体を暴かなくてはなりません」
「えぇ、感傷に浸るのはあと、ということですね」
気丈な言葉だった。でも、間違いなくこの場でいちばん悲しそうなのはアーミアスさんだった。
こみあげる悲哀が、魔物への憤りが、そして恐らくご自分への怒りを必死に押し殺して、気丈に振舞っておられた。
優しい優しい、この世界で最も慈悲深い天使様。兄と少年と私の道しるべ。あぁ、その心が常に穏やかであれる世界であればいいのに。
「あの地震の日から魔物が活発化し、各地の封印が解け物騒になってきたようですが。それ以前からこのような悲劇が起きていたことを知らなかったなんて、守護天使として恥ずべきことなのです……」
独り言のようにそうごちて、地図を広げ。カルバドの集落よりは北に位置している小さな拠点……アーミアスさんは聞き込みでその場所を知っていたのか、既に地図に書き込まれていた……を指さされた。
「いくら親子に渡って友好関係があるとはいえ、あの若いマンドリルが魔物の身であることには変わりありませんから比較的目立ちにくい狩人のパオの方にいらっしゃるはずです。休憩もなく強行突破が続いて大変申し訳ありません。この埋め合わせはこの後必ず」
「いいの! ぼくたち分かってるから。ね、いこ? ぼくたち、アーミアスさんが守りながら戦ってくれたから全然元気! 全然怪我してないし、怪我してもすぐ治してくれるし!」
「そうですとも! お望みとあらば視界に入った魔物を全て矢で狩り尽くしてみせましょう! いえいえ、もちろん! 慈悲深きアーミアスさんは敵対行動を見せない魔物であれば見逃されるでしょうから、私の大口叩きに過ぎませんけど!」
どうやら私も含めてみんな励ますことというのが苦手らしく、だけれども。
アーミアスさんには意図が伝わっていて、ほんのちょっぴりだけ、優しい顔をしてくれた。
「なんて頼もしいんでしょう。俺は仲間に恵まれました」
そして、あとは口も聞かずにみんなで魔物を避けながら走って、走って、急いで、あの悲しい場所から優しい天使様が早く遠ざかれるように走って、無我夢中で進み続けたのでした。
「あぁありがとうございます……!」
「確かにお届けいたしました」
小柄な旅人の少年は、歳の頃は自分と同じように見えた。もしかすると年下かもしれず、だけどもその様子からは旅慣れていて。だからその重装備具合を見るとどうしてなかなか頼れそうに思えた。それに三人も仲間を連れている。いずれも善良そうで、草原の魔物たちにもものともしない手練で、それはなんて羨ましいことか。
周囲をあざむくためにうつけ者の演技をすることを選んだのは自分だけれども、……狙い通り味方の油断を誘うことはできても真に信頼出来る人間を見出すことなく切り捨てた選択肢ともいえるから。いいや、ぼくにはポギーがいる。ひとりぼっちではないから、だからこそやっていられるのだけれど。
「それではこの後はどのようにすれば?」
「?」
「俺にはアバキ草の使い方は分かりません。ですから実行部隊はできませんが、シャルマナの正体を暴いても大人しく集落から去るとは限らないでしょう? 荒事など何もないことを願いますが、それはあまりにも楽観しているとしか思えませんし。なにか作戦があるのなら従います」
「ありがたいお申し出ですが、どうしてそこまでしてくださろうと?」
「ある方によろしく頼まれましたので」
「しかし」
頼まれた? 誰に? 考えられるとしたら父に? まさかそんなはずはない。
「まぁいいじゃありませんか。使えるものは使っておくべきですし。そうだ、歳上には甘えるものです。それにここまで関わっておいてはいさようならというのも心にしこりが残りますので」
「もう! アーミアスさんのお優しい言葉に甘えるべきですよ! 人生に二度とあるかもしれない幸運なのですから!」
「せっかく手を差し伸べてくださったのですから早く感涙しながら取りなさい!」
「えっと、えっと、これまでもこんな旅だったから、気にしなくていいんだよって言いたい。そういうことだよねアーミアスさん」
「ええその通りです」
すごい勢いで押し切られてしまった。しかもポギーもなんだか彼らの味方についている気がする。
本人たちが乗り気でもこれはカルバドの問題だ。そしてシャルマナは少なくとも大手を振って悪を成したわけでもない。表向きは族長に気に入られた魔法使いの女。それだけでしかないのだから、それでも少しの罪悪感めいた気持ちが付き纏った。だけど、ウジウジするのは演技だけでいい。
「それでは、これからアバキ草を煎じてきますので、族長のテントの付近にいていただけますか。シャルマナは滅多なことではあの付近から離れませんから」
「分かりました」
彼らは頷いて集落の方へ向かう。そうと決まれば急いで用意しなくては。
……そういえば、「歳上には甘えるものです」? 誰かから年齢を聞いたのか? それとも見てわかったのか、見た目より歳を重ねられているのか。確かに彼の仲間のうちのふたりは見るからに大人だったけれど、彼らは大袈裟なまでに丁寧にアーミアスさんに付き従っている。従者というにしても仰々しい。なにか故郷の立場があるのかもしれなかったし、単純にふたりより歳上なのだとか? まさか、流石にそれはないと思うけれど。彼はどう見たって成長期に差し掛かった少年らしく見えた。
なんにせよ、人は見かけによらないものだ、という言葉は心の中にしまい込んだ。
「あの、彼女の目的はなんだと思いますか? 聞き込みでは前触れもなく現れてそのまま……とのことでしたが」
「さて、俺にはわかりません。例えばあの山の魔物の仲間だというなら恐ろしいことですが、どうやらあそこは特定の実行犯がいたような事件ではなさそうでしたから。今日まであの聖域があったのがその証拠でしょう。どう考えても魔物にとって危険なものであるのに」
「ただ、群れをなして襲われた。不運にも狙われてしまった。増援はなかったか、間に合わなかったか。そういうことですか?」
「えぇ、そして統率したのもせいぜいが魔物の群れのリーダーくらいのものだと推測しますが。その方が恐ろしいですね。明確な首謀者がいる方がよほど悲劇の再現性を減らせると思いませんか?
……それもこれも彼女をうがった見方なら良いですね」
なるべく主語ナシで話しながらその時を待っていた。何もせずに旅の者がたむろしているのは目立つし、四人並んで目に付いたものをスケッチなんてしてみながらよ。なんか……青春っぽくてたまんねぇな!
いや、実際は何を書いたっていいわけだし、話し相手のガトゥーザなんて話に夢中のあまり鉛筆をぐるぐる回して黒いモヤモヤした球みたいなものを生成しているくらいだが。真っ白な紙を眺めている四人衆にならなければよかったし、まぁいいか。
俺も絵心ナシだし、なにか目に付いたものを描こうにも……本当は日々を懸命に生きるカルバドの集落の人間たちの姿を描いてみたいものだが許可なく勝手に描くのもどうかと思うし。ナムジン早く来ねぇかなあ。
ペンのおもむくまま動かしていると、なんとなく名状しがたいふにゃふにゃの線たちがリッカたんの綺麗な目に見えてきた。まずい。リッカたんについて考えるのは俺にとって平常、この世の摂理というか当たり前のペロリズムだが物体で残すのは日記だけで留めたい。じゃねーとバレるリスクがあがっちまう! 天使とかいう基本目に見えないプライバシー無視野郎に付き纏われ守護されてたとかリッカたん視点では恐怖しかないんだからせめて隠すべきだ。リッカたんの肖像画を人間の巨匠に大金積んで頼み込み、俺しか見えない空間に飾りたいしそれより本人をペロペロしていたい!
なんて考えていると本当にリッカたんを描きそうだ。あわててそこに存在しないヒツジのようなものを描き足して、グリグリと塗り込むと今度は真っ黒のヒツジになっちまう。天使の色彩感覚が怪しまれる前にやめた方がいいかもしんねえ。
グルグル毛玉を塗りつぶし続けるガトゥーザ、複雑な魔法陣を熱心に書き込むメルティー、一生懸命に近くに生えている小さな草花を写生する真面目なマティカ。誰も景色を見ちゃいねえ!
変な一行が怪しまれる前にナムジンたちが姿を現したのは幸運だった。