闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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10話 翼

 怪我がない、つまり歩く度にぴりぴりしないってのはいいねぇ。これでより一層村の美化活動に励めるってもんだぜ。ついでに天使の服はびらびらしてて掃除の邪魔だから布の服を買ったぜ。スライムを倒して得た金で。シンプルな服は動きやすくていいな。俺みたいな地味色野郎には良く似合うのもポイント高いぜ。

 

 ついでにオート天使バレ機能がオフになっていることを願う。こっそり動きたいんだよ俺は。

 

 うーん、いいねぇ。煩わしくなくて動きやすい。守備力が心許ないから皮の鎧も買ったし、外に出る時はそっちを着ればいいだろ。武器を買う金はなかったが、まぁ……本職そっちじゃねぇし。怪我はもう勘弁して欲しいからな。本当に、痛いもんは痛いんだからな!

 

 おっ、閃いたぞ。天使界に帰ったら大切な物を引き払って、どう止められてもまた地上へダイブして帰ってくるつもりなんだが。

 

 俺でも多分、ダーマ神殿とやらに行けば職業変えれるんだよな?天使が旅芸人になるならいけるよな? もっと誰かを守りやすい職業がないかちょっと詳しい人に面談してみたいぜ。ダーマの神官って職業診断してくれるんだろ?

 

 旅芸人より守りがマシなのがあるはずだし。パラディンとか良くねぇ? パーティメンバーの壁になれる仁王立ちってすごくねぇ? パーティ守れるなら誰だって守れるよな? 博愛の欠片もない俺がなりたがってるのはお笑いかもしれないがよ。俺のは偏愛じゃねーか。贔屓は自覚してるぜ、できるならみんな守りたいが。

 

 てかパーティ組む前提で考えてるけど、セントシュタインとかの都会で人集めして誰にも見向きにされなかったら悲しすぎるな。

 

 考え事しながら掃除するのはちょっと前に戻ったみたいでなんだかんだ落ち着くな。

 

 リッカたんがやっと返してくれた箒であちこちさっさか掃いてたら、村人たちはなんか恐縮極まれりって顔なんだが。守護天使って本来地味なこういうことをメインにやってるもんだからさ、本職だから気にすんなって何回言わせるんだ?

 

 それと天使の服はハイネック暑いしタイツダサいしかったるいから今日はお休みなだけなんだ、動きやすいから布の服着てるだけだからな。ブーツ蒸れるから皮の靴なんだからな。なんでみんな服の話に触れるんだ、そっとしておいてくれ。

 

 あとちょっとしたら掃除も終わるし、それが終わったら何でも雑用を言ってくれたらいいんだぜ? おう、みんな失せ物はないか? 健康で幸せか? 病気は効きそうな薬草をとってくることしかできないが、怪我に関してはホイミを覚えたから、今日から俺でも即時対処できるぜ! 子どものお守りとかでもじゃんじゃん言ってくれよな!

 

 姿が見えると要求をみんなに直に聞けてほんと便利だぜ。神様ありがとう、俺の邪魔な翼をもいでくれて! 出来るならもっと早くにダイブを勧めてほしかったぜ! 翼を捨てるには翼を使わずに空を飛べばいいなんて思いつきもしなかったからな!

 

 よっ、元気なおばあちゃん、形見の指輪、ちゃんと持ってるか? うんうん、それはよかった。貴女に神のご加護ありますように!九十まで生きたあんたのばあちゃんみたいに長生きしてくれよな!

 

 おおそっちのぼうや、ニードに天罰は今は無理だぜ。めちゃくちゃあいつ、親父さんに怒られてっからな。今日はそうじゃない? ん? なんだ? お手伝い? ……お前気が利いて可愛いなぁ。でも俺の仕事はあとちょっとで終わるから大丈夫だぜ? ほら大きくなれよ、ほらほら高い高いしてやろうか? 要らない? 抱っこで十分? ……俺そんなに貧弱に見えるか?

 

 シスター、もうすぐ掃除が終わるから教会の周りはピッカピカだぜ。外で祈るのも、太陽を浴びて風を感じるなんて自然の息吹を感じれていいことだよな、俺も一緒に祈ろうか?……断られた。

 

 ……要らないってか……ん? なんで俺に祈るんだ?! ただの天使だぞ、天にいらっしゃるのは神だから! 天使は厳密には天使界にいるから天までは届いてないから! おい、ちょっと!

 

 だぁぁぁぁああっ! ちゃんと見守ってるから本人に言ってくるのはやめてくれ! 恥ずかしい!

 

 あとおばあちゃんに手渡しでお供えもの、というかお布施? もらったらどっちかっていうと孫扱いされてるみたいでおもしれええええ!!!! 何この感覚! このおばあちゃんの若い姿も知ってるのに、俺がおばあちゃんに孫らしいことされてるってやばいぞこれ! ん……これは……? 安全お守り……? ……不甲斐ない天使でごめんな!

 

「……アーミアス様、じゃなかった、アーミアスっ!」

 

 んん? 今度は……おお、リッカたんだ、どうしたんだ?

 

 リッカたんを前にしたらポーカーフェイスが一気に崩れてニヤついてしまうキモさで悪いが、通報しないでくれ、な? な? リッカたん太陽のもとだと可愛さフルスロットルで吐血しそうだぜ!

 

「あの、お願いがあるの。後で来てくれるかな?」

「勿論。俺に何でも言ってください」

 

 リッカたんのお願い?! やばい、やばいぞ、俺の全身全霊をもってして叶えるしかない、俺が叶える! 俺が! 誰にも譲らないからな! お願いがあるのって言う時のリッカたん可愛すぎな! ちょっと迷った感じに視線をさ迷わせたリッカたん!

 

 心のアルバムに今ジュッと焼き付いたぜ! リッカたんまじ可愛い! あーーその、それだよ! 健気が全開! 俺の心にぶっすりくる! 刺さった! 今刺さったからな! 一万六千九百七十二本目の俺の心のリッカたん大好きゾーンが! 本日三十二本目じゃね? やばくね? 今日サービス多めじゃね?

 

 これは早く行くっきゃないとリッカたんが家に着くまでに掃除を高速で終わらせた俺はリッカたん追いかけ駆け出した。すぐに追いついてよ、そのまま並んで帰るとかやばくね? まじこれ遠目から見たらリッカたんと俺、付き合ってるみたいじゃね? 俺が師匠みたいな濃い眉イケメンだったら既にゴールインしてるくね?

 

 ……ちくしょう! ほんと横からのリッカたんも可愛いなぁ、お疲れ様って労わってくれるリッカたん可愛すぎて目から血の涙が出そうだぜ! ここで謙遜……というか当たり前だし……する俺。なんつーか、なんつーか、リッカたん可愛すぎて俺が最高に空気っていうこの空間最高、リッカたん引き立てて眩しいぜ!

 

 ちなみに朝から掃除に忙しかった俺は天使像に大量の花が供えられていたことに気づかず、あとで村人たちの優しさにほっこりすることになった。これだからやめられないぜ、守護天使。

 

・・・・

 

「天気、いいですね」

「ええとても。日差しが心地いいですよね、アーミアス様」

「はい。掃除日和ですし」

 

 すっかりご自身の魔法で怪我が治ったアーミアス様。包帯やガーゼを当てている姿に見慣れてしまい、何も隠されることなく晒されたお顔は新鮮で、そのせいかいつもよりさらに美しく、ぎごちなかった表情も少し柔らかに見えて眩しい程です。恐れ多い。

 

 なのに隣に立っている今、幼い頃から一緒にいたような懐かしい感覚があり、いつまでも隣にいたいとまで思えてしまいます。心に染みとおるように。

 

 いつもの服ではなく、誰でも着ているようなただの布の服をお召しになったアーミアス様。誰もがあの鳥のように軽やかな服のアーミアス様に見慣れていますから、それとなく聞きます。でも返ってくる答えはいつも同じく、掃除しやすいから布の服を買ったと。そして掃除はいつもしていることなのです、と穏やかに答えられる。

 

 ああ、アーミアス様が見えない頃。優しい風が落ち葉を集めているのを私は不思議に思っておりました。それはアーミアス様だったのですね。すっかり疲れてため息をついた時、励ますように肩を叩いたのもきっとアーミアス様なんでしょうね。

 

「おばあちゃん、形見の指輪はありますか?」

「ええ、ちゃんとありますよ。アーミアス様、あの時はありがとうございました」

「いいえ。思い出を守るのも俺達の務めですから」

 

 すっと一礼したアーミアス様は、晴れやかに言いました。神々しく、とても優しい声で。

 

「貴女に神のご加護ありますように」

 

 神の使いその人に言われたおばあちゃんは、嬉しそうに帰っていかれました。彼女、長生きできそうですね、とアーミアス様は嬉しそうに言い、おそらく私たちを何代も前から見守ってくださっているアーミアス様にはおばあちゃんのおばあちゃんすら知っているのでしょうが……天使様のお墨付きがあるとなればおばあちゃんも喜ぶでしょうね、後で伝えないと。

 

 また掃除を再開したアーミアス様に、今度は小さな男の子が近寄ります。アーミアス様を見上げてキラキラした目で、あんなに懐いた様子で。どことなく穏やかなお顔になったアーミアス様はぽんぽんと男の子の頭を撫でてやり、何か言ってやっているようです。そして華奢で、見た目だけは私よりも幼い姿だというのにひょいとその子を抱き上げて。

 

 アーミアス様の周りには今日も人が集います。村を守護する天使様にみんな夢中なのです。例えアーミアス様がリッカの前だけ、あんなにも笑顔になるのだとしても……誰から見てもアーミアス様が気に入っているのはただ一人だとしても、みんなも彼に惹かれるのです。

 

 かく言う私だってそうですよ。彼のボーイソプラノの声をただ聞いているだけで幸せを感じますし、心の底から私たち人間とは違って善道を行く彼に羨望を感じます。

 

 天使様というのは、こうも聖なる存在なのかと……今もあのニードは叱られているそうですが、自分の身を危険に晒しただけでなく、アーミアス様が守ってくださったから無傷だったこと、つまり昨日の時点では傷が癒えていなかったのに無理をさせてしまったことを叱られているのです。怪我をしていてきっと、歩くだけでも辛い状況でアーミアス様は守る、そんなお方なのです。

 

 身を呈して私たちを守る守護天使様。一体彼は、どうして守ってくださるのでしょう? 天から遣わされた、と彼は言います。私は人間ですから天使様のご意思を図る事はできません。でも、私がその立場だとしても……と恐れ多くも考えても、こうも守れるのでしょうか、疑問でしかありません。

 

 あら、リッカが来ました。途端に、優しくも表情に乏しいアーミアス様のお顔はぱぁっと華やぎます。アーミアス様は本当に、最初から……そうです、彼が目覚める前から、私たちがアーミアス様を見ることが出来るよりも前からリッカは天使様に愛されているのです。

 

 今から考えればリッカの周りに悪いことが特に起きなかったのはそうでしょう。ウォルロ村はとても平和なところですが、それを考えても、です。

 

 不遜で迷惑な客はリッカが追い出すまでもなくこの村から出ていかざるを得ないことになっていましたし、リッカの宿屋の周りはゴミ一つ落ちていることがありません。ほかの場所も気づけば綺麗になっていることがありましたが、リッカの家と宿だけは別格です。そもそも木の葉一枚寄りつけないのです。

 

 信心深いリッカだからこそ天使様の存在を敏感に感じ取れ、愛されていたとも考えていのですが……やはり、彼の感情はリッカには、リッカにだけは惜しげもなく晒されるのです。それが羨ましくもありますが、私があんなに優しい人になれるかといいますとやはり無理でしょうから、そういうことでしょう。

 

「あの、お願いがあるの。後で来てくれるかな?」

「勿論。俺に何でも言ってください」

 

 あぁ、アーミアス様、幸せそう。テキパキと掃き掃除を終わらせたアーミアス様はこちらにもまだ明るい笑顔の消えぬ美しい顔を向け、一礼すると箒を持ったまま走って追いかけて行ってしまいました。とてもいいものが見れました。

 

 少し前まではたまに、リッカがこのまま天に連れていってしまわれるのでは、とも危惧していました。リッカは昔と違って体は元気になりましたが、天使様の愛を受けては……と。ですがそういうことはないでしょう。アーミアス様は留めて下さるでしょう。

 

 リッカに追いつき、共に並んで歩き始めたアーミアス様の後ろ姿には当然、純白の翼はありません。失ってしまったそれに悲しまれることも何故か、ありません。

 

 ですが私の目には天使様の背には光の大きな翼があり、リッカを包み込むように守っているように見えるのです。

 

・・・・




アーミアス「バ、バレテーラ」

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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