緋弾のアリア 独奏曲とモンテクリスト   作:叛流

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#4『Cube』

 東が武偵校へと転入して数週間。久方ぶりの学業に始めこそぎこちなさがあったが今ではすっかり当時を思い返しながら日々を過ごしている。

 時期がズレた転入生、転校生もある程度の時間が過ぎた頃には、大方クラスに馴染み溶け込めている。ただし、あくまでもうまく振る舞える者に限られてくるが。

 東の場合、中心にはならずとも、ある程度の距離を保ち続けることに成功し、クラスからはぐれた存在にはならずに済んだため、「経歴が少し変わっているが、中の上クラスの実力を持つ女子生徒」という評判に落ち着いたようだった。

 中の上クラス、という肩書は自ずと武偵ランクも絡んでいる。

 武偵ランク。それにはAからEまで存在し、民間からの有償による依頼解決の実績や各学科の定期試験から弾き出される数値でランク付けされることになっている。一部SやRなども存在するが、武偵の大多数は前述した五つのランクで割り振られているため、特に気にかけることもない。

「Aか……」

 割り当てられた机に頬杖を突き、教室で一人ポツリと呟く。全体としてはA。特に射撃においてはズバ抜けた才能を誇る期待の新人とされ、射撃だけならSだという評価も聞いた。次いで評価が高かったのはCQBに置ける銃火器の扱いだった。

 数日前、東は教務科に一枚の書類を提出した。それには強襲科への所属を希望すると書かれており、一昨日それは認可された。

 認可されたことに合わせ、東は自宅から二挺のライフルを持ち込んだ。一つは口径9ミリのサブマシンガン、もう一つはベルギー製のFNC自動小銃だった。

 ベルギーのFNハースタルにて製造されていたFNC自動小銃はそれまで西側諸国で採用され、FN社のドル箱となったFALの後継機として新規に開発したのがそれである。

 元はと言えば、60年代半ばに製造していたFALのスケールダウンとも言うべきCALがトライアル中に事故を起こしたことにより、製造を取りやめ、再設計、改良したことが始まりであり、結果としてスペック上FALと同じくNATO諸国に配備されるである次世代の自動小銃として完成した。

 しかし、一般には販売開始時期が遅かったことなどから『運を逃した不遇のライフル』と言われる。

 が、製造が開始された1979年、あるいは設計年度の1976年であったとしてもセミ、フル・オートに加え三点バーストが可能な5.56ミリの自動小銃は一切存在しなかったことを考えれば性能は不十分ではなかったと思われる。事実、79年の時点で存在した軍用に耐えうるコンベンショナルな自動小銃といえば、AR-15やHK33しか選択肢は無かった。

 ただし――79年にはすでにフランスはFAMASを、オーストリアはAUGを正式採用していることを述べておく。英国がL85を採用するのはそこから6年後の話だ。

「変わった銃ね、それ」

 FNCを持ち込んだ翌日に参加した強襲科の突入訓練にて、即席でバディを組まされた女子生徒から言われた一言だ。

「自衛隊のやつかしら?」

「あー、ガワは確かに似てるかもなぁ……FNってメーカーが作ってたFNCってわかるか? ベルギーで正式採用されてる……」

 セミロングの女子生徒は人差し指を顎に添え「んー」と考え込み、

「ごめん、わかんない」

「じゃあ、えーと……『HEAT』でアル・パチーノが持ってた黒いライフル」

「……あの、“ひーと”って何? あるぱちーの?」

 これも世代か、と残念そうに東はそっと肩を落とした。そもそも、二十代であったとしてもそうそう女子がこぞって観るような映画ではないことに、彼女は気づいていない。

「まぁ、珍しいかもしれないけど……至って普通の小銃だよ、うん。弾倉はARライフルと互換性があるし、口径は扱いのしやすい223……。只変わってるのはフルオートだけじゃなく、三点バーストも撃てるところだな」

「へぇ……便利ね、それ」

「能書きはね。実際使うと、セレクターの作動角が大きいから瞬時に片手で切り替えられないんだけどな」

 だから、使うときは――。そう言って銃口は下げたまま、銃把を握った利き手を離しセレクターをセーフからセミへと切り替える。

「事前に切り替えておくに限る」

 セフティをオンにしておくのは確かに精神的にも安心するうえ、暴発事故も減らせるに違いない。しかし、いくら安全装置があろうとも、最大のセフティはトリガー・フィンガーとなる。なぜなら、指がトリガー・ガードに入っていれば安全装置があろうとも引き金に指が触れる確立は八割以上になり、発射直前の状態となるからだ。

『ブラックホーク・ダウン』でM4A1を撃発可能状態のまま安全装置を掛けず、スリングで肩から常にぶら下げている兵士が言う。「俺の指がもっとも確実なセフティだ」と。

「そういえば……今更だけど、それアサルト・ライフルよね? 『銃検』通ったの?」

『銃検』とは国家公安委員会が発行する銃器検査登録制度のことであり、言うまでもなく、許可申請には多大な時間と労力、そして現金が必要となる。一応のロウ・エンフォースメントである武偵ならば一般人と違ってフルオート火器に関してでも降りる可能性はゼロというわけではない。

 しかし、武偵には日本国憲法第九条と同じく厄介な決まりが存在し、それが武偵法第九条『武偵はたとえ仲間が殺されようと、自分が死のうと、人を殺してはいけない』である。これを『武偵は不必要な苦痛を与えてはならない』と拡大解釈する者も多いため、軽機関銃ならともかく、こういった自動小銃ですら同僚ほかからお咎めを受けてしまいがちだ。

「ちゃんと取ってあるから、心配いらないよ。それに、向こうだと昨今のお巡りさんは拳銃だけじゃなく、タクティカル・ベストにARライフルでビシッと決めてるしな。その内、こっちもそうなるよきっと……テロは生き物、感染病。いつ凶暴化するかわからない」

「備えあれば憂いなし、だよ」とFNCのハンドガードを愛おしそうにそっと撫でる。銃検に関しては――どうやったかは知らないが――遥かに危険と思われる対物ライフルの認可を下ろさせたりしていることもある。

 雑談を交わしているうちに、東たちの番が来た。訓練、というよりは実習に近いが、二人一組でバディを組み、コースが組まれた一室に突入していかに早く標的を倒してゴールするか、というものだった。

 無論、標的には人質も紛れ込んでおり人質を撃つと一人につき、タイムが五秒プラスされることとなっていた。

「じゃ、よろしくね」

 そう言って相方の女子生徒は自身の額にバンダナを巻く。汗を吸わせるためなのだろうか。

 東はニッ、と笑いかけ、セレクターのセーフを確かめてからFNCのコッキングハンドルを引き、5.56ミリ実包を薬室へと送り込んだ。

 言うまでもなく、黒のシューティング・グローヴは両手に着用済みだ。そうでもなければ連続する射撃で熱せられたハンドガードや、ふいに機関部に触れた際、手に火傷を負いかねない。

 バンダナを巻いた彼女も用意が整ったらしく、手にした拳銃の遊底を引く。手にはシグ社のP226が握られていた。

 グリップ・パネルがシボ加工の施された細身で飾り気のないものだったことから、おそらく現行品のE2なのだろう。もっとも、今ではE2タイプの銃把を備えたものがスタンダードで、以前からあったやや太めの銃把のものはカタログ落ちしている。これも時代の流れと考えると東は少し寂しさを覚える。

 軽く会釈を返した東は手にした小銃の安全装置を外してセミオートに切り替える。それを念入りに確かめた後、コース入り口となっている扉の前に立った。

 勢いよくそれを蹴飛ばすと同時に『スタート』というどこか無機質なアナウンスが耳に入ったが、まったく気にもかけない。否、そんな暇はない。

 キルハウスの中へ雪崩れ込み、すぐさまFNCを目線辺りまで持ち上げ、サイトを覗き込み、標的に銃口を向ける。銃口を上げた時点でサイトが整列することを心がけるが、FNCの場合それは中々難しい。

 FNCの隠れた欠点としてLOPがある。これは言うなれば『引き金から銃庄末端までの長さ』のことで、これを短くすることで瞬時に構えた際に取り回しがよくなるという。短すぎると安定した射撃を欠く、という話もあるが、『自動小銃の界隈では』昨今は短めがトレンドである。AKはもちろん、スライド・ストックを備えたM4もそれを実現できる。俗にいう“コスタ撃ち”も短いLOPあっての賜物だ。

 頬骨の出たモンゴロイドには少し扱いづらいとされるM16A2のLOPよりも、FNCのLOPは長い。精確な射撃をする分にはこのほうがいいと言われるかもしれないが、そもそも狙撃銃でもないアサルトライフルで何を狙撃するというのだろうか。

 結果としてLOPの長いFNCは瞬時に構えた際に頬付けを自然にしづらいという欠点がある。できないわけではないが、パイプを組んだスケルトンストックのために、ストックが頬骨に激突しそうになり、適切なアイ・リリーフを得るのに多少時間を要する。

 二つ目、三つ目の標的を破壊し、「クリア!」と叫ぶ。相方からも同じような言葉が聞こえる。無事に第一エリアはクリアしたようだ。

 エリアは三つあり、当たり前だが徐々に難易度が上がっていく。初めのステージはやや優しすぎたかもしれない。

「この調子だと余裕かな……」相方の女子生徒が思わず安堵の声を零す。しかし、油断は成功を遠ざける。可能な限り予想の斜め上を想定した方が無難だ。

 次のステージでは女子生徒が肩の力を抜き過ぎたのか、二発外れ、時間がややロスした。

 クリア、の掛け声とともに次のステージへと移るが、その途中で東は弾倉を新たなものへと入れ替えた。と、同時にP226を携えたバディへと目をやる。やや焦っているようで、利き腕の銃がフルフルと震えている。

「落ち着きなよ。いいタイムを出したいのはわかるが、そんなんじゃ腕に力が入りすぎて逆に当たらない」

 と、東は諭すように声を掛ける。

「まずは腕の力抜いて、マグ・ウェルに次の弾倉入れてスライド引け。デコッキングはするなよ。どうせすぐ使う。指はトリガーガードの外。今、そいつのセフティは人差し指だけだから」

 彼女は小さく頷いた。

 しかし、気を抜いていたのは実のところ東も同じだった。その最後のステージでそれは起こってしまった。

 予想していた通り、シグの女子生徒は初弾こそ当てたものの次の標的を外し、さらにタイムを落としたうえ、あろうことか人質の的を狙ってしまった。それで緊張が限界を迎えたのか、一瞬動きを止めてしまい、さらなるタイムロスを引き起こしてしまった。

 それを見かねた東は自分が担当するであろうスティール・ターゲットをすべて倒し、彼女の残りの目標も破壊しようとした。が、撃鉄は虚しく空を切った。弾倉内の残弾を撃ち切っていたのだ。

 FNCは先輩のFALとは異なり、残弾がゼロになってもホールド・オープンしない。東はそのことをすっかり失念していた。

 一瞬の沈黙があり、我に返った相方がすぐに銃を構えて残った標的を撃ち倒し、ようやくゴールした。

 結果は悪くはなかったものの、トップではない。せいぜい中の上といったところだった。

 本来二人一組で制圧するはずの部屋を一人で制圧しようとするとやはりタイムロスは避けられない。その上、東の得物はアルミ製にしてはやや重めの自動小銃だったため、拳銃と比べるとやや取り回しが悪い。加えて、最後の弾切れ前の再装填を忘れていたことは致命的だった。東は初歩的なミスをした自身に悔しさと情けなさを感じながら、FALからFNCへホールド・オープンを受け継がせなかったファブリック・ナショナルのデザイナーに内心で舌打ちする。

 謝りにきた女子生徒に過ぎたことはもういい、それにこっちこそ悪かったと頭を下げ、片づけをして別れた。

 その後放課となり、東はFNCを肩から提げ、寮と学校との間を行き来するバスに乗り込み、帰路に着いた。武偵校には部活をしている者も少なくはないが、帰宅部の者も同様である。そのため、帰りの始発は混雑を避けられない。

 そうなると小銃が邪魔になるが、暴発を避けるために薬室は空にし、そのうえ安全装置も掛けられている。薬室が空ならまず暴発は起こりえない。

 女子寮に到着し、東は気だるげな身体を引きずって自室へ帰った。やや薄暗い部屋の照明を点けると、突如目の前に横に長い梱包された包みが置かれていた。不在届けはなかった。

 東はFNCを部屋のガン・ロッカーに立てかけるとすぐさま包装紙を破り、中身を取り出した。ペリカン製らしい頑丈な黒いコンテナーが姿を現し、さらにコンテナーを開封する。

 包装紙、コンテナー――それら二つに護られて届けられたのは一本のスコープと一丁のボルト・アクションだった。一見、チークピースを備えた木製ストックを備えたありふれたライフルのようにも見えるが、銃身の先端にあるはずの照星は銃身と同じ肉厚の延長銃身のような部品の後方へ移動し、標準的なライフルとはやや趣が異なる。スコープはリューポルドの上質なものがマウントリングとセットになっていたていたほか、予備であろうか、ライフルの銃口付近に取り付けられている筒のような部品がもう一つ付属していた。

 東はそれを構えるとボルトを引き、ボルト・オープンの状態にさせてから銃口を覗き込む。銃口向かって螺旋状に放物線を描くライフリングの類は一切入っておらず、見るものをやや不審に思わせる。

 なら、これはいったい何なのか――。

 ボルトをコンテナーの中へ戻すと、表の蓋に貼り付けられていた一枚のコピー用紙が目に入った。セロハン・テープを剥がし、文面に目を通した。途端、東の頬が自然と笑みで歪む。

 銃は知り合いから送られたもので、メッセージは注文どおりの品は届けたとの書き出しから始まり、『そっちの仕事で大いに使えそうな銃を作る余裕ができた』と締め括られていた。

 口笛を吹きながら机の下にひっそりと置かれたタッパーを開ける。中には各種ドライ・シガーが放り込まれている。越して来た時にこっそりと持ち込んでおいたものだ。

 その中から黄色いパッケージを手に取り中からキャラメルのような包み紙に包まれた四角形の葉巻を取り出す。ビリガー・エクスポート。一部ハバナも混ぜ込まれたスイス・メイドの葉巻で、その特徴的な外観はレーションに混ぜ込むためだったとも言われる。

 包み紙を剥き、ベランダへ出てから愛用のイムコ・スーパーで火を点し、銜えた。先端から上がる白煙は、微かにハバナの香りを漂わせながらその身をくゆらせて、夕闇へと消えていく。

 色々忙しくなりそうだ――。そう内心で呟き、東は不敵に笑って見せた。


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