緋弾のアリア 独奏曲とモンテクリスト   作:叛流

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古巣へ
#3『ペーパー・バッグ』


「城戸真琴。よろしく」

 前傾45度の敬礼とともに、いささかぶっきらぼうな自己紹介を終えると、辺りから義務的な拍手がパチパチと聞こえてくる。

「じゃあ、城戸さんは――」

 担任らしい気弱そうな教師が指定したのは彼女から見て右端の最後尾――窓際の席だった。軽く会釈を返した彼女は指示された席へ腰を下ろす。

 それを確認すると、「それじゃあ、45ページを開いて――」という指示を眼鏡を掛けた担任が出した辺りから、彼女は小さく欠伸を漏らし、退屈そうにノートに板書する素振りを見せ始めた。

 比較的長めの黒髪を後ろで一つに束ねた彼女――城戸真琴とは、言うまでもなく東京武偵高校へと忍び込むために相模東当人に用意された名前と過去だ。偽の身分証明書は知り合いに作成してもらった。

 それによれば、年齢設定は18歳。小学六年生頃から親の都合で渡米し、射撃技術を学び、各種射撃競技にも積極的に参加。15歳のときに帰国し、進学校に通い始めるも一年留年。

 よく馴染めない普通科高校からアメリカで学んだ射撃技術を生かせるのではないかと思い、東京武偵高校に編入――といった具合であった。

 経歴は嘘八百を並べてあるが、渡米したことは一度だけある。時期は異なるが、高校を中退してからアラスカで375H&Hマグナムを用いる1964年以前のウィンチェスター・M70を握り、腰にルガー・スーバーブラックホークを提げ、ときにヘラジカを、ある時はロッジに侵入しようとしたグリズリーを撃退した。

 北へ行くこともあれば、南へ行くこともあった。ネバダ州はラスベガスの砂漠にある射場で熱砂と容赦のない日差しに当てられながら、元FBIインストラクターから様々な射撃スキルを学んだ。容赦のないしごきに、とめどなく汗が流れ出て何度も這いつくばったことを思い出す。

 刺激的な毎日だったが、今はもう遥か記憶の彼方だ。それでも、その時得た技術と貪欲なまでの生への渇望はこうして今も彼女を生かしている。

 

 

 

 授業が終わり、放課後になると一目散にあてがわれた女子寮の自室へと帰った。玄関をくぐると、すぐに学校指定の防弾制服と髪を束ねていた白いヘアゴムを放り投げ、下着姿になった東は部屋の中に未だ点在しているダンボールをガサガサと漁り始めた。中から探し当てた黒のノースリーヴとタンカラーのハーフパンツを身に着けて、そのまま洗面所の蛇口を捻り、溢れ出す水で顔を洗った。冷えた水が火照り気味の頬を急速に冷やしていく。

「……そうそう手がかりはないか」

 大きくため息を漏らす。そう簡単に初日から手がかりを得られるわけもない。数日で人探しが終わるなら、探偵という仕事は現代日本に残っていないだろう。

 雇い主が大きくバックアップしてくれるとはいえ、情報を収集することで仕事が早く終わるならば悪くない話だ。そういった考えから、遠回しに様々な生徒に訊ねてみたものの――結果は空振りに終わった。

 他に今日したことと言えば、半ばぼんやりとした思考で授業を受けたことと、好奇の視線とともに群がってくる学生たちを適当にあしらうことだけだった。

 ベッドの上へ脱力し、枕へ顔を埋める。

「何やってんだ、オレ……」

 その後、疲れていたこともあり東は死んだように意識を手放した。明日中には、荷物の整理を終わらせよう。眠る最中にそう思った。

 次の日。案の定、心地よい眠りに引きずられるまま、東は寝過ごしたが、滑り込むように教室へ入り、どうにか遅刻は免れた。登校二日目にしての悪目立ちは避けたい。ある意味で肝を冷やさざるを得なかった。

 ゼーゼーと息を切らしながら、今いる場所に関しての基本的なことをゆっくりと思い出していく。

 東京武偵校も言うなれば普通科の公立高校に毛が生えたようなもの、要するに職業高校の一つに過ぎない。通常のカリキュラムの上に専門教科。これは工業高校、商業高校でも何ら変わりはない。

 ただ、ここでは午後からの授業のみが専門教科——ここでは学科という——になる。

 強襲科、狙撃科、諜報科、尋問科、探偵科、鑑識科、装備科、車輌科、通信科、情報科、衛生科、救護科、超能力捜査研究科(SSR)、特殊捜査研究科(CVR)……この内から一つを選び受講するというスタイルを取っている。

 ちなみに、東が在籍していた頃は装備科を選んでいた。理由は単純でガンスミスティングを習いたかったからだが、残念なことに科の八割以上が銃というものを理解していない大馬鹿者ばかりだったため、人によっては“ライフル弾を用いるシングルアクション・リボルバーにサプレッサーを取り付け、フルオートで撃てるようにした原理不明の何か”を生み出した強者もおり、そんな有り様であるから、自分がもっともまともだったのではないか、と思うほどだった。

 東——もとい城戸真琴もそれらの内どれかを選ぶ必要があるが、すぐには決まらないだろうという教師のありがたい心意気により、しばらくは様子見となった。せっかくだから、装備科以外で習いたいところではある。

 とりあえず、条件としては射撃を重点的に行えるところがいい。IPSCやスティール・チャレンジのごとく拳銃で標的を狙い、速度と命中精度を向上できるような。

 なら、強襲科か。だが、ライフル引っさげて突入するのはオレの趣味じゃない。いや、待て。散弾銃でもいいならアリだな。幸い、お気に入りのスパスもある。

 他所に行っても撃ち合いを習うところはない。なら、選択肢は一つしかない。

 その日の五、六限は二限続けて自習となった。確か、授業初めに来た教師が理由を告げて出て行ったはずなのだが、あいにく眠っていたため記憶がない。黒板に書かれた『今日は自習』という文字を見て初めて知った。

 とりあえず、欠伸を一つ漏らした東は仕方なく、2-Dと書かれた教室を一人抜け出し、射場へと向かうことにした。一応、“射撃練習という名の自習”である。文句は言われまい。

 射場ではすでに何人かが撃っているらしく、連続した射撃音が聞こえてくる。見ればみな二年らしく、その中でも目を引いた比較的ガタイのいい男子生徒はコルト・パイソンを、プラチナ・ブロンドのストレートを二本の三つ編みにし、さらにつむじの辺りで結わえた女子生徒はCZ100を撃ち込んでいた。挙げた二人を含めてもざっと十人だが、レンジの数は十二。まだ空きはある。

 レンジ・オフィサーに身分証明書を見せ、フェデラルのFMJ弾をそれぞれ違う口径で二箱ずつ買ってレンジに入った。右手には弾箱、左手にはスポーツバッグが提げられていたが、バッグは各種調整ツールやら予備の銃、弾薬などを入れておくためのものだ。

 思えば、東は再び武偵校へ舞い戻ってきてから一度も帯銃したことがない。何となくだが、スカートの下にレッグ・ホルスターを身に付けて携帯するというのがどことなくバカらしく感じたからだ。そんなややこしいことをせずともヒップ・ホルスター、あるいはショルダー・ホルスターを身に付け、上着を羽織ればそれでいいではないか。

 そんな風に思ったためか、レンジの卓にバッグを置いた東はビアンキの革ベルトと二つのヒップ・ホルスターを腰に着け、その場で支度を整えていた。常にコンシールド・キャリーしている生徒からすれば不思議がられるだろうが、何のことはない。ただのこだわりである。

 利き手の右側にはオート、左側にはリボルバー対応のホルスターを取り付けてある。それぞれスタンダード・ドロウ、クロス・ドロウとなっている。

 私物のイヤー・プロテクター、それと黒のシューティング・グローブを身に付けた東はさっそく右のホルスターからキンバー・カスタムCDPIIを取り出した。全体的に角が丸められ、引っかかりが少なくなった.45口径、装弾数7発の1911である。キンバーの1911はフルカスタムに近い状態でありながら、その割にコスト・パフォーマンスに優れているため、故障してもすぐに買い直しが利くことから米国ではSWATなどの一部公的機関がこぞって使用している。数年前には海兵隊でも一部採用された。

 編入する前に東は拳銃を新たに購入していた。それが、このキンバーだ

 使うかどうかはさておいて、とりあえず少しでも新入りらしさを演出しようと購入した新品であったが、やはりというか、あまりしっくり来ない。使い慣れていないからだろうか。そうならば、使い込んでいればどちらともなく馴染んでくるはずだ。

「やっぱ、こっちじゃないとな」

 数発撃った後にキンバーから弾倉、薬室の実包を抜き出してバッグに仕舞い、代わりに登場したのは軍用のコルト・M1911A1をベースにしたカスタムだった。

 米海兵隊のM45ピストル――の初期型を再現するように東が部品を揃え、友人のガンスミスに頼んで組み上げてもらったものだ。

 固定方法はオリジナル通りのブッシング方式だが、キングスのものに交換されている。フロントサイト、ビーバーテイル・グリップセフティ、アンビ・セフティレバーに至るまでキングスのものへと交換した。大型化されたフロントとリア・サイトはミレットのハイプロファイルのものだと聞いた。

 バレルはバーストのステンレス製。しかし、口径は東の主張で9ミリとなっている。45口径も嫌いではないが、選べるならば9ミリパラベラムを選択したい。今のご時世、入手は容易だからだ。

 グリップパネルはパックマイヤーのGM45-Cではなく、ランパント・コルトのマークの入れられたコルト社純正の黒いラバーグリップを取り付けている。フロントストラップまで覆われることから滑り止めにもなるパックマイヤーでも構わなかったのだが、単純に手のサイズに合わないような気がしたのでよくあるラバーグリップへと取り換えたのだった。

 その他トリガーをエド・ブラウンはヴィデッキのトリガーストップ・スクリューの付いたアルミ製スリーホール・トリガーへ、バックストラップはストレートのランヤード・リング付きに交換されている。スライドはある程度ガタは無くされているが、多少はある。あくまでもこれはマッチ・ガンではなく、キャリー・ガンであり、ズバ抜けた精度よりも確実な動作性を良しとしているから、ある程度で構わない。とはいえ、ベレッタ・92FSと同じぐらいの精度は出せるようになっている。少しでも当たる銃を持ちたいのはシューター全員の願望だ。

 コルト・M45カスタムの銃把へウィルソンの十連発弾倉を差し入れ、スライドを引いた。銃口を標的に向け、身体の重心を落とす。左手は右の手の平の上へ重ね、親指はセフティの上に置いている。いわゆる、ダブル・ハンドの構えだ。

 銃口、右腕、右目。標的に対し、一直線となった。そこで引き金に指を掛け、じわじわと力を加えて引いていく。

 引き金は軽かった。眼前で閃光が瞬いた途端、轟音とともに手首に強烈な反動が襲ってきた。が、東の眼はそれらすべての瞬間をしっかりと捉えていた。が、そんなマズルフラッシュも見慣れた東の眼はフリンチングを起こさせない。

 手元にある双眼鏡で確認すると、25ヤード先の標的紙に、やや九点よりの十点圏に弾痕が残っていた。東は思わず笑みを浮かべる。いつになっても、この当たった瞬間だけは言葉にできない歓喜を覚えてしまう。

 一度、セフティを親指で跳ね上げ、ホルスターへと収める。両手を肩より上にあげ、そこから一気に抜き撃った。そうしてそのままダブル・タップをやってのけた。それを数回繰り返す。

 さすがに多少は散らばるが、それなりに精確にやれるという自信があった。

 ホールド・オープンした銃から空弾倉を抜き出し、卓の上に置く。たった八回の撃発でもスライドやバレルは充分に熱を帯び、素手で触れば火傷をしかねない。それも踏まえて射撃時リスクを減らす方法の一つがシューティング・グローブの着用なのだ。

 少し離れたレンジで、例のパイソンを撃っていた男子生徒が舌打ちする。「くそっ、何で当たらないんだよ!?」

 パイソンには現用オート、ベレッタ・92シリーズ並み、或いはそれ以上の精度を叩き出す銃身が備わっている。が、なぜそれで当たらないのだろうか。

 不思議に思った東は緊張を解きほぐすようにため息をついてレンジから離れた。男子生徒の真後ろ近くまで近づいた時、ようやくその理由がわかった。

「ダブル・アクションか……」

 パイソンの射撃精度は現用オートと比べても遜色ないことは先に述べた。だが、このパイソンという拳銃には最大の欠点がある。それは、トリガー・メカニズムで、特にダブル・アクション射撃の際にその欠点が明白になる。

 S&Wのものと比べて落ちどころが掴みにくく、また、トリガー・プルも重い。そのため、ダブル・アクションでの命中精度はまったくもって見込めない。ただし、シングル・アクションの際は何ら問題はない。

 その点を解消したのが東の所有するスモルトになるわけだが、トリガー・メカニズムがS&Wのキレのいいものに変わったとしても東の射撃方法は一切変わることはなく、どちらであろうとも特に困ることなく使いこなせる。

 再びため息をついてから、男子生徒に声をかけた。

「ひどい当たりだな。ショットガンで撃ったのか?」

 男子生徒が勢いよくこちらを振り返る。驚愕の表情のまま、男子生徒は言った。

「う、うるせぇな! 俺だって真面目に撃ってんだよ!」

「真面目にか……コルト・パイソンなんていう高級拳銃使っといてそのていどかそれか。宝の持ち腐れだな。銃が泣くよ」

 瞬間、「文句あんのか」と言わんばかりに胸ぐらに掴み掛かるが、東は男の眼前で熱くなるな、とばかりに制止する。

「少し場所貸してもらうぞ」と、東は標的と向かい合った。左のホルスターからスモルトを取り出し、照星と照門を一直線上になるよう合わせる。

「リボルバーのダブル・アクションで当てるのは中々に難しいだから――」

 静かに撃鉄を起こし、シングル・アクションへと変える。

「こうするのさ」

 瞬間、撃鉄が落ちる。引き金は軽いうえ、良質な精度の銃身との相乗効果、さらには本人の腕がうまくマッチしてなのか、銃身が跳ね上がるより少し前に.38splセミ・ワッド・カッター弾頭が十点圏に命中した。

 彼もそこまでならわかる。だが、それで次弾を撃ち続けようとすれば射撃後に再び撃鉄を起こさねばならず、少々煩わしいこともあってオートほどのすばやい射撃は到底見込めない。

 が、銃身が跳ね上がり、再び水平に戻る間に東は添えた左手で撃鉄を再び起こした。こうすれば、次弾からも引きが軽く、正確なシングル・アクションで発射できる。

 発砲、跳ね上がり、コッキング、発砲……その一連のシークエンスは六発撃ち切るまで続いた。

 全弾撃ち切った東はフーッ、とため息をつき、

「——撃った後銃口が完全に跳ね上がってから、銃身が水平に戻る間。この間に撃鉄を起こす。そうすれば、オートとほぼ同等の速度と精度が望めるようになる」

 そう言うと、男に軽くウインクをして「がんばれよ」と肩を叩いてレンジから出て行こうと踵を返した。

「ちょ、ちょっと待て!」男子生徒が引き止めにかかる。「お前、すげぇ射撃うまいんだな——そういや、今気づいたが見ない顔だな。お前、クラスと名前は? ちょっとぐらい教えてくれたっていいだろ? な?」

 態度がガラリと変わっている。さすがに東でも向こうが何を考えているかわかった。おそらく『手取り足取り教えてくれた女子生徒と少しでもお近づきになりたい』のだろうか。

 パイソンの同学年らしい男子の顔立ちは悪くない方で、恋人がいてもおかしくはなさそうであるが——世の中とはよくわからないものだ。

 頭上にクエスチョン・マークを浮かべているのを悟られないよう、できるだけ飄々とした様子のまま、振り返って言葉を返す。

「2年D組、城戸真琴。最近、転入してきたばっかりなんでね。学科は、まだ決めてない」

 再び踵を返し、ようやく収集した銃火器が置かれた自分のレンジへと戻った。

 その後、教える様子を見ていたらしいCZの女子生徒からも射撃を教えてくれ、と言われたのはまた別の話である。


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