緋弾のアリア 独奏曲とモンテクリスト   作:叛流

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#2『Returner』2/2

 『東京武偵高校』――そのワードに動揺を覚えたものの、今は依頼を確認するのが先決である、と思い返し、東はその文章フォルダを読み進めることにした。

 依頼の概説は以下の通りになる。

 ――先日、新宿で発生した無差別発砲事件において、多数の死傷者を出したのは周知の通りである。

 が、その銃はどこから流れたものなのか。それに関してはどのメディアも一切触れていない。

 少なくとも、ヤクザでないことは確かだ。なぜなら、ヤクザが何丁ものB&T・MP9を用意できるはずがない。せいぜい出来てトカレフ、マカロフ、サタデーナイト・スペシャル、タウルスのリボルバー、安い割に品質のいいトルコ製拳銃程度だろう。短機関銃、それも公的機関のみに販売が限定されている最新式の短機関銃などそうそう調達できるものではない。

 しかし、大切なのはここからだ。つい先日、独自の捜査で掴んだ情報によると、そのマシンピストルを流したのは驚くなかれ、東京武偵高校の生徒だというのだ。

 無論、その噂は事件で被害を受けた親族が寄り集まってできたNPO団体の耳にも入ってくる。団体のメンバーは血眼になって犯人を捜した。そして、犯人らの目星も付いたらしいが、いかんせん数が多く、現在絞り込みの途中だという。目星を付けるだけでも困難な作業を終わらせているのだから、おそらくハッカーか警察関係の人間が関わっているような予感がした。

 今更になって言うまでもないが、その団体こそが今回の仕事における東の雇い主だ。USBを渡した男もその団体に所属しているらしい。

 犯人の使用した銃器を流したのは武偵――それが本当かデマかはさておき、依頼主はそれを『真実』と見た上で依頼してきたのは明らかだ。しかし、国家資格であり、ある種公務員に近い存在である武偵を挙げようとしても、それは民間の一非営利団体にとってはまず不可能なことだ。たとえ、団体の中にが警察関係で上層部に所属する国家公務員と太いパイプを持っていたとしても、だ。

 さらに、仮に犯人グループを逮捕できたとしても、東京武偵高校は事実の隠蔽にかかり、真実は闇に葬り去られる。そもそも、引き渡せと言ったところでそれに応じるかどうかすら不明である——。

 あぁ、そうか。そういうことか――東は一人納得すると同時に小さく舌打ちする。

 東を東京武偵高校の生徒として仕立て上げ、潜入させ、犯人を極秘に拘束する。もとい、犯人らの抹殺――そう考えると、先に渡された百万は武偵校に入り込むために必要な経費、ということなのだろうか。身分証明書の偽造も必要になってくる。

 何にせよ、星の数ほどいる賞金稼ぎの中で――そもそも、そういった仕事ならば武偵のほうがいいかもしれない――東を選択してきたのは理由としては二つ。外見と実年齢、それに経歴だろう。 

 紛れ込ませるうえで年齢は特に重要である。二十歳前後ならば、まだなんとかなる。少なくとも、ブレザー等を着用してまだそれに見えれば大丈夫だ。

 先に経歴と書いたが、これは東がかつて東京武偵高校に在籍しており、二年の半ばで辞めたことに由来する。そのことを依頼主らがどこから聞いたかは知らない。が、少しでも内部事情を知る者を選んだのは正しい選択には違いない。

 退学した女がかつての在籍していた学び舎に仕事のために戻ってくる……言葉で語るならある意味で感動的ではあるが、内容が内容であるため、感動は微塵も覚えない。

 武偵校の各カリキュラムは過酷だ。故に、途中でリタイアするものも多い。故に、一人が出戻って来てもそう判るものでもない――余程の有名人でなければ、だが。

 仕事の内容をざっくばらんに掻い摘めば――銃を密売した者たちを殺せ、と言っている。殺して東京湾の深淵でコンクリ樽にでも詰めてゆっくり朽ちらせろ。おそらくはそういうことなのだろう。あるいは、教務課や諜報科に悟られないよう、目標を拘束して依頼主に身柄を引き渡すか。

 もう汚れ仕事は慣れきった。いや、自分からそれに向かっていったのかもしれない。東にとって大切なのは標的を挙げたときの歓びよりも、相手との銃撃戦や格闘における生命の駆け引きこそが重要なのであり、その次に金、歓喜はさらにそのまた次になる。

 

 

 

 その後、荷物をまとめた東は車を走らせ、行きつけの射場へと向かった。射撃用レンジに立ち、射台の側にある卓の上に持ち込んだ銃器や弾薬をざっくばらんに並べる。今日持ち込んだのはデイヴィス・スモルト6インチにS&W・M27、それとミロク・リバティチーフ、ルガー・スーパーブラックホーク、改造された9ミリ口径の1911にコマンダーなどと様々だ。これらはすべて自腹ではあるものの、時としてダーティな仕事に携わって食ってきた見返りとも言える。真っ当な人間がこれらすべてを手にしようと思えば、サラ金で金を下ろしてくる他はない。

 また、操作性や性能を向上させる社外品部品が出ていないような珍しい銃器以外にはカスタム・パーツを取り付け、使い勝手のいいように改造している。前述した収集物の内でも実用品には最低でもグリップ程度の交換は済ませている。

 東は拳銃に関して特にそれといったこだわりもなく、半自動式だろうが回転式、どちらも扱える。むしろ、機関拳銃でもいいぐらいだが、通常の射場ではフルオート射撃を行ってはならないし、一般市民の所持は禁止されている。『賞金稼ぎは警察ほかロウ・エンフォースメントではなく、また、特別な権限を有する国家公務員ではない。あくまでも民間の特殊職業であるため、一般市民に該する』とされているから賞金稼ぎもまた所持は不可能なのだ。しかし、違法だからといって所持していないわけではなく、東もまた、マシンピストルに分類されるような小型の短機関銃——MAC・M10やM11を所有し、タンペレーン・ヤティマティックのような変わり種さえもが住居のガンロッカーで保管されているぐらいである。

 ちなみに、武偵は特別に認可されているらしく、それが証拠に数年前、テレビで流れた東京武偵校の射撃訓練の映像で件の防弾制服を着た女子生徒がダブルハンドでストックを外したマイクロUZIを指切りバースト射撃でバラ撒いているのを見た。隣にいた教官が「9ミリ反動ぐらいで手をブレさすな! 全然当たってないじゃないか!」と憤慨していたが、あれには思わず失笑すると同時に、「かの武偵校の教官殿はいったい何を教えていらっしゃるのやら」と大いに首を捻ったものだった。

 現実的に考えて短機関銃の簡略化された照準器を用いての精密な射撃を求めるのは酷なことで、ストックのないものなら尚更である。そもそも、“幼女体型な彼女”に9ミリパラベラムを撃たせようと考える時点で間違っているし、逆にブレても仕方がない。

 もしあの娘に持たせるなら、と東は一人つぶやく。反動も比較的緩やかなショート・リコイル式のワルサー・PK380か、中型拳銃としてはお馴染みとなったSIG・P230系列、あるいはワルサー・PPシリーズ――いや、レミントン・M51も抜かせない。あの握りやすいグリップフレームは一種魅力的であるし、安全装置もマニュアル、グリップ、マガジン・セフティの三つを搭載しており、安全性も高い。ただ、すでに生産が中止されているため、手に入れるにはガンショーにでも行って状態のいい中古を探してくるしかないだろう。

 アルミフレームを備え、9ミリパラベラム実包を撃ち出すコルト・コマンダーの遊底が発射と同時に後退して黄金色の真鍮薬莢を吐き出す。途端、遊底は後退したまま薬室を閉鎖しようとしない。弾倉に入った実包すべてを撃ち切ったのだ。

 こうなれば引き金をいくら引こうが無駄なことだ。再び射撃を再開するためにはクロス・ボルトタイプのマガジン・キャッチボタンを押して弾倉を引き抜いてスライドを引く、あるいはスライドストップ・レバーを操作してスライドを前進させ、チャンバーを閉鎖してやる他はない。また、閉鎖させる前に次の弾倉を入れておけばスライドが前進すると同時に初弾が薬室に装填され、続けての射撃が可能になる。

 しかし、東はホールド・オープンしたコルト・コマンダーに新たなマガジンを装填することなく射台に置き、ヘッドフォンタイプのイヤーマフを外した。そのままベンチに腰掛け、溜まった息を吐き出し、握り拳で左肩を軽く叩く。

「問題は——」

 問題は、現場を検証する者たちの真っ只中で仕事をせざるを得ないことだろう。何しろ、東京武偵校には面倒なことに現場検証のプロフェッショナルを養成するための鑑識科なる学科が存在するのだ。

 それは、警察署のド真ん中で殺人事件を起こすのと似ている。殺害に成功する確率はゼロではないものの、計画実行後に逃亡できる確率は限りなくゼロに近い。

 東は懐から黄色い長方形の紙箱を取り出した。モンテクリスト・クラブ10。100%ハバナ葉を使用した正真正銘のキューバ産のドライ・シガーだ。10本一箱で1400円という高い値段だが、それに見合うだけの味はある。雑味が少ないのだ。

 箱に指を突っ込んで一本引きずり出し、左手で摘まんで口に咥える。空いた利き手はポケットに突っ込み愛用のライターの在り処を探っている。

 取り出された筒型の銀色に光るオイルライターは昨今あまり見かけなくなったイムコ・スーパーと判る。以外にも、世界で初めてのライターを作ったのはイムコで、ジッポーではない。それでもって、第二次大戦時、米軍兵士にジッポーが愛用されたように、独軍兵士らはイムコのライターを愛用していた。

 数回ライターの蓋を親指で弾いて火が点いたところに葉巻を炙るように近づけ、白煙を上げ始めたのを見計らって再び口に咥える。濛々と宙へ上がっていく紫煙は紙巻のそれとは違い、はっきりと白く、堂々として香りもどこか上品だ。

 ゆっくりと口元からフーッと煙を吐き出す。ベンチに腰掛ける東は両足を気ままに投げ出し、ひどくリラックスした状態だ。視線は虚空に消える紫煙の行方をぼんやりと追っている。そうこうしているうちにニコチンが口の粘膜から徐々に吸収され、徐々にだが気分が落ち着いてきた。

 それから三十分ほど過ぎ、モンテクリストが根元まで短くなったところで「さて」と東は葉巻を灰皿に置き捨て、ベンチから立ち上がり、持ち込んだ銃火器を散らかしたままの卓へと近づいた。

「今度はMEUレプリカ辺りでも撃つとするかね。まだ、向こうで何使うかも決まってないしな——」

 と、米軍海兵隊のM45MEUピストルを模した――実際にコルト・ミリタリーのフレームとスプリングフィールド・アーモリーのスライドを組み合わせ、各部品も実銃に似せた――1911の銃把へウィルソンの9ミリ用十連発弾倉を差し込み、遊底を引いた。


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