ナルトくノ一忍法伝   作:五月ビー

56 / 56
48『猿舞』

 

 

 

 

 ──なぜ。

 

 ナルトは動揺を抑えて、目の前の状況を理解しようとした。

 しかし、この状況は、長々と類推しているような悠長な行動を許されそうになかった。

 サスケが弾かれて地面を転がったのを視界の端に捉える。

 腕を極められていたはずのザクが無理やりサスケを引きはがしたのだ。

 理屈に合わない剛力、ナルトの内心に嫌な予感が過った。そして、大体の最悪な予感がそうであるように、それは当然のように的中した。

 ザクの全身にも、黒い呪印が巻き付いているのが見えた。

 紛れもなく、大蛇丸の呪印だ。

 ただサスケは投げ飛ばされながらも、関節を極めていた腕だけはキッチリとへし折っていたらしい。ザクの右腕が不自然な方向に折れ曲がっている。痛みはないのか自分の力に酔った叫びをあげてはいるが。

 この二人とも、呪印は持っていなかったはずだ。

 そしてそれは簡単に手に入るようなものでもない、はずだ。

 未来が変わった? そういつものように表現するのは簡単だが、こうなった道筋がナルトにはまったくわからなかった。

 しかしそれを考察している時間はない。

 

「キン、お前は離れてろ!」

 

 ザクが叫ぶと黒髪の女が身を翻して近くの木の枝に飛び移った。サクラも状況の変化に対応できずに虚をつかれたようだった。

 躊躇うように振り返った女にザクは続けて叫んだ。

 

「行け! 早くしねえとお前までぶっ殺しちまうぜ!」

「ま、待ちなさい!」

 

 背を見せて逃げる相手を追いかけようとしたサクラを、ナルトは制止した。

 一人減ってくれるのは、むしろナルトにとっても好都合だった。

 サクラに気絶した少女を手渡す、というよりは半ば無理やり押し付ける。

 

「は? え? なに?」

「その子を安全なところに頼む!」

「────はぁああ!?」

 

 困惑と抗議がこもった怒声を聞きながら、ナルトはサクラに頼み込んで敵に向かい合った。非常識なお願いをしていることはわかっているが、どのみち足元に子供が転がっていてはおちおち戦いにも集中できない。同情もあるがそれ以上にナルト自身の気質として、今この少女を見捨てるという選択肢は取れなかった。

 サクラに頼んだのはけっして戦力外だから、というわけではなかった。むしろこの少女さえいなければサクラには援護に回ってほしかったぐらいだ。

 ただ、今はこうしてもらわなくてはナルトが戦えない。

 

「……アンタ、このせいで試験を勝ち残れなかったらマジでぶっ飛ばすからね!」

 

 サクラはそう怒鳴りこそしたが、結局はナルトの頼みを聞いて後方へ下がってくれた。

 助かった。ナルトはサクラに深く感謝した。

 目の前から発せられる殺気が、ナルトの身を撫でた。ナルトは正対しながら強く敵を睨みつけた。

 

「サスケ」

 

 ナルトが呼びかけるとサスケは困惑した様子でナルトにたずねた。

 

「……あれはなんだ?」

「………………たぶん、呪印ってやつだってばよ。一時的にあいつらのチャクラは倍増している、はず」

「へぇ。キミ、知ってるんだ?」

 

 ────ドスはただひたすらにナルトを見ていた。

 その視線を遮るかのように、サスケがナルトを背に庇った。

 意外な行動に、ナルトは少し驚いた。

 

「…………サスケ」

「…………………………」

 

 ドスは面倒くさそうに目を細めた。

 

「──ザク、人柱力のガキはボクがやるよ」

 

 ザクは一瞬、ちらりと折れた自分の腕に視線を向けてから頷いた。

 

「──ああ、いいぜ。そっちは譲ってやるよ」

 

 そう言ってじっとりとした視線をサスケに向けた。

 相手の望みに沿うのは癪だったが、この組み合わせで戦うのはこちらとしても都合がいい。

 敵の能力はすでに大体は互いに共有している。ザクという忍ができるであろうだいたいの忍術も、サスケはすでに把握している。このアドバンテージの差は大きい。

 むしろ、この二人相手には共闘の方が危険だと思った。遠距離中距離専門のザクと近距離特化のドスの相性は極めて高い上に、この二人が連携した場合どのような動きができるのかを、ナルトが把握していないからだ。

 もちろん、呪印状態の相手とサスケを戦わせるのは、危険もある。

 しかしそんな心配をすることのほうがことサスケ相手には悪手であることもわかっている。幸い、サスケが事前にザクの片腕をへし折っている。相手は全力では戦えないはずだ。

 

 ────しっかしこいつら、どこまで使える? 

 

 確実なことは言えないが、呪印の力そのものには慣れていないように見えた。さすがに今はまだ、次の領域の力までは使えないはずだ。

 逃走も視野に入れながら状況を判断して、そしてナルトは決断した。

 

「サスケ、包帯のヤツは俺がやる。もう片方は任せたってばよ」

 

 ナルトは短く告げた。

 

「……………………サスケ?」

「……………………」

 

 返事がない。ナルトはサスケの様子を窺うように首を少し伸ばしたが、流石にその表情までは伺えなかった。

 調子でも悪いのかと不安になったが、サスケはすぐに答えた。

 

「わかった」

 

 サスケは振り返ることなく頷いてそう言った。

 ザクのチャクラが膨れ上がった瞬間に、ナルトとサスケは左右に別れて飛んだ。直前まで二人が立っていた場所に、ザクの手のひらに空いた孔から放たれた衝撃波が襲った。着弾したそれは大木を抉り、爆風の余波が周囲を薙いだ。ほとんどノーモーションでこれほどの威力の風遁を放つとは。ナルトはわずかに戦慄した。

 前方に回避したサスケの目の前にザクが迫り、互いの武器がぶつかる硬質な音が響いた。絡み合う蛇のごとく、残像を残して二人の忍が森の木々の陰に消えて見えなくなる。あとは時折、空気が破裂する音が響き渡り森の木々が激しくざわめいて、それで戦いが継続していることがわかるだけ。

 ナルトは切り替えて、目の前の敵に意識を移した。

 

「さぁ、やろうよ」

 

 ドスが無造作に両手を垂らしながら呟いた。ナルトは油断なく相手の動きを見極めた。

 先ほどの意趣返しのようにドスが鋭く踏み込むと、大きく弧を描いて腕を振りぬいた。ナルトは地面を大きく蹴って飛び退った。

 攻撃は余裕をもって躱して十分な距離を取った、はずだった。

 しかし、足が地面に着いた瞬間に、ぐらりとナルトの意識が揺れた。鋭い痛みが走ってナルトは思わず片耳をおさえた。

 傷の具合を感覚で理解する。

 ダメージは負ったが、回避に専念したおかげか、鼓膜は破れていない。

 揺れた視界の端で、敵の術の余韻で地面がピリピリと揺れたのが見えた。

 

「ハ、ハハ」

 

 ドスは追撃せずに、自分自身の術の威力に驚いたように笑った。

 音による攻撃。

 知識では知ってはいたが、なるほど、これはなかなか厄介な術だ。

 ナルトは傷の痛みではなく脳が揺れる気持ち悪さに、眉をしかめた。

 おそらく呪印の力で術の効果範囲も広がっているだろう。目で見てからの反射とはいえ、全力で回避したのに被弾してしまった。これの完全な回避はそうとう厳しそうだ。

 圧倒できるだけの実力差があれば問題にはならないが、真正面から戦うとなると、手ごわい相手だ。

 強い。ナルトは認めた。

 舐めていたつもりはなかったが、ナルトは内心でドスの戦闘の評価を改めた。

 

「さあ、そろそろボクに見せてくれ。キミの内側にいるバケモノの力とやらをさ。キミはあの我愛羅とかいう奴と『同じ』なんだろう?」

「………………」

「今のボクがどれだけアイツを凌駕できているかどうか…………、キミで試させてくれよ」

 

 憎悪を滲ませながらドスはそう嘯いた。

 こいつは、もしかするとナルトにとっても、ちょうどいい相手かもしれない。

 むろん、人柱力として、ではない。

 ナルトはわずかに血の滴る自身の耳から手を外すと、左手の手首の上に、右手の掌を乗せた。

 思えば、未だ修行以外で、仙術を使ったのは波の国のときだけだ。

 できれば中忍試験の中で、実戦で、今の自分の仙術を試してみたかったところだ。

 目の前の相手はそうするに足る相手のようだ。ドーピングで強くなったつもりになっている敵をそう評価することに、わずかに引っかかりを感じながら、ナルトはそう思った。

 ナルトは少し考えて、左の手首に刻まれた『金・緊・禁』の三つの輪の法印のうち二つを、右手の掌を回して解く。

 

「────」

 

 少し汗が浮かぶ。

 静かに息を吐いて、高ぶった精神を落ち着かせる。

 両手を、緩やかに円を描くように、柔らかに体の前に構えさせながら、ナルトは修行中に教わったミザルの言葉を思い出していた。

 

『仙道は大きく分けて二つの種類があるのよ』

 

 次の瞬間、世界が変わった。

 

 

 

 

 

 

「仙道って二つあるのか?」

「そうよ」

 

 波の国から戻ってから修行を再開したある日、ミザルはナルトにそう告げてみせた。

 

「静と動、昼と夜、空と地、正と負、陰と陽、────呼び方は色々あるけれど、今風に言うなら、精神エネルギーと、身体エネルギー、っていうんだったかしら」

 

 そのぐらいの理屈ならばナルトでも付いていくことができそうだった。過去に戻ってから叩き込まれた知識を使うまでもなく、これはすでに知っていることだ。精神エネルギーは文字通り精神から生み出されるエネルギーであり、身体エネルギーは肉体の細胞一つ一つから作り出されるものだ。

 

「そうね。まぁ、間違ってはいないわ。とてもニンゲン的な狭い見識だけど、今はそれでいいわ。簡単に言うと、仙術とは、自然界に存在する精神エネルギーと身体エネルギーのどちらかを肉体に宿して扱う術のことなのよ」

 

 ミザルは地面に指で『仙人』という文字を書き、それを人という文字と山という文字にそれぞれ分けて見せた。

 

「山は、自然そのものを表すわ。人は、言うまでもないわね。その二つに間に立つ者が仙人という存在」

「フム」

「蝦蟇の仙術は静の力、いわゆる身体エネルギーの仙術チャクラを練って取り込むわ」

「うんうん、でっ、そうするとどうなるんだってばよ」

 

 ナルトはわくわくしながら身を乗り出して尋ねた。

 ミザルはうっとおしそうに身を引いてから答えた。

 

「…………身体が頑強になるし感覚も鋭くなるわ。けれど身体エネルギーの場合は肉体がメインだから、仙術チャクラを貯めるまで自然に同化するために動けなくなるっていう弱点があるわ。そのかわり、安定していて実戦的な『扱いやすい仙術』といえるわね」

 

 あくまで比較的であり、仙術そのものは扱えるものが少ないらしいが。

 ふんふん、とナルトは興奮しながら頷いた。

 

「あのさ、あのさ、じゃあさ、じゃあさ」

「あー、わかったわかった。聞きたいのはこれでしょ。狒々の仙術はそれの対、動の仙術チャクラを取り込むのよ」

 

 おぉー、とナルトはうなった。

 

「……ねぇアンタ、そろそろうっとうしいわよ」

 

 いい加減にしろとばかりにミザルはそう言ったが、ナルトは猛然と反論した。

 

「こーゆうのは男のロマンなんだってばよ!」

「…………あそう。で、どこまで話したかしら。そうそう、狒々の仙術は動の仙術チャクラ、精神エネルギーを使うの。身体エネルギーを扱う蝦蟇の仙術とかに比べると、よりチャクラ感知に特化している状態になるわ。意識はより研ぎ澄まされて、目や耳ではなく心で、世界を捉えることができるようになるわ」

 

 なんとなく、それは理解できる。頭ではなく体感でナルトはその状態をすでに体験していたからだ。白と戦ったとき、意識は宙に散らばって、まるで自分自身が世界そのものになったかのような感覚になった。

 

「心で捉えた世界には他の感覚と違って遅延がない。だからこそいかなる感覚よりも早く今ある世界のあるがままを、そのまま心に写し取ることができる。そうなれば、戦う相手の次の動きすら、見通すことすらできるわ」

「──それってなんか、まるで写輪眼みたいだな」

「……アンタにしては鋭いわね。間違っていないわ。もともと仙道っていうのは『そういう力』に抗うために生み出されたものだから」

「そういう力って?」

「六道の力よ」

 

 ソレ、何度か聞いた気がするな、と思いながらナルトは尋ねた。

 

「りくどうってなんだってばよ?」

「…………すっごく面倒くさい歴史のお勉強になるけど、本当に今聞きたいのかしら?」

 

 ナルトは即座に首を振った。

 

「今はいい」

「賢明ね。まぁ今のアンタには関係のない御伽噺みたいなものよ。もしかしたら、今はもう忘れてしまった方がいいような大昔の、ね」

 

 そう言われると逆に少し気になってきたが、ミザルは切り上げて続きを話し出した。

 

「簡単に説明すると六道は断ち切る力であり、奪う力であり、仙道とは繋ぐ力であり、そして与える力なの。心を繋ぎ、意思を繋ぎ、そして互いに分かち合うための力、それが仙術の本来の役割だったのよ。そしてその仙道の中でもっとも源流に近い術こそが、狒々の仙術である『猿舞』なのよ」

 

 ミザルは地面に指で『忍宗』という文字を描いたが、少し黙ってから、それを説明することなく掌でその上を均して、かき消した。

 

『……………………ふん。随分とまあ、懐かしい話だ』

 

 ナルトの心の中で九喇嘛がそう呟いた。その口調はナルトが今まで一度も聞いたことのないようなものだった。

 それは懐かしむような、それでいて嘲るような、けれどどこか悔いているようにも聞こえる、深くて不思議な声音だった。

 ナルトは思わず自身のお腹に手をやった。

 そして今の九喇嘛の言葉にこめられた感情を、想った。それが九喇嘛の心のひどく脆くて柔らかいところから響いた言葉に思えたからだ。

 けれど、それが何を意味するのかまでは、今のナルトでは察することはできなかった。

 しかし、思うところはある。九喇嘛は仙術について、以前から何か知っているような素振りを度々見せているからだ。

 

「どうしたの?」

 

 ミザルが不思議そうにナルトを見ていた。

 

「いや、…………なんでもないってばよ」

 

 ナルトはそう答えた。

 

「…………そう。静の仙術の訓練は蝦蟇のそれとは違うわ。身体エネルギーはほとんど使わないから、体を制止させる必要もない。けれどだからこそ、綱渡りのような不安定で危険な術よ。心をどこにも留めることなく、常にあるがままに今を捉え続けなければ簡単に足を踏み外してしまうの」

「それは、──つまりどういうことだってばよ」

「詳しい説明は、あの子に任せることにするわ」

 

 そういうと、ミザルは巻物を地面に広げると、親指をかみ切って血を滲んだ指をそれに押し付けた。煙が巻き上がり、そして晴れた。

 けれどそこには、誰もいなかった。

 

「……? だれもいないってばよ」

「よく見なさい」

「んー」

 

 言われて、ナルトが目を凝らすと、ふと巻物の上に小さな何かが乗っているのが見えた。

 それはとても小さい、掌に乗りそうなサイズの猿だった。

 黒い耳当てをして、その人形のような体格にぴったりとあった黒いテイルコートを着込んでいる。サングラスに覆われた目は、その表情をうかがわせない。

 ピクリとも動かずに一言も喋ることなく黙って腕を組んでナルトを見上げている。

 

「……………………」

 

 小柄ながら威圧感を覚えないでも、ない。

 なんとなくナルトも口を閉じて小柄な猿に指を向けながらミザルをうかがうと、ミザルは静かに頷いた。

 

「この子はキカザル。アンタに猿舞のイロハを教えてくれるわ」

 

 どうやらそういうことらしかった。こんな小さなお猿さんが次の先生か、とナルトは驚かされながら、かろうじて無遠慮に叫びだすことは堪えられた。

 それをやった初日に、ミザルに思いっきりぶっ飛ばされたからだ。

 

「……………………」

「……………………」

 

 無言で黙って見つめあう。そうしていると、ふとナルトの脳裏にあることが浮かび上がった。 最近読んだ本にたまたま、『見ざる、言わざる、聞かざる』という三匹の猿の話が乗っていたのを思い出したのだ。

 

「ミザル、キカザルってことは、これってあの『三猿』とかいうヤツだろ!」

「──あら?」

「見ざる聞かざる言わざる。三匹の猿の先生に修行をつけてもらって、次のイワザルで修業が完了するとかそういうことじゃねーのか!?」

 

 ナルトはミザルに振り返りながら、自分の会心の名推理を叩きつけた。

 ミザルは感心したようにふっと微笑みながら肩をすくめた。

 

「ちがうけど」

「違うんかい!」

 

 ナルトは盛大に何もない空間にそろえた指を叩きつけた。

 

「なんでアンタの修行のためにこっちの名前を合わせないといけないのよ」

 

 それは至極ごもっともな反論だった。

 ナルトはぐうの音が出なくなりながらも、なにか納得がいかない思いを抱きつつ、黙った。

 今のやり取りを聞いていたのかいないのか、キカザルはなんのリアクションをすることなく、くるりと背を向けると歩き出した。

 ナルトが戸惑っていると、キカザルは振り返らぬまま小さな指をくいくいと動かして、ついてこい、と合図してきた。

 

「今から君に猿舞の基礎を叩き込む」

 

 小さい見かけに反して、その声は重低音に響いた。

 

「猿舞の基礎となる技法────『金鎖』と『遁甲』、その二つを」

 

 ごくり、とナルトは喉を鳴らした。

 

「それは、いったいどういう技なんだってばよ」

 

 ナルトは答えを待ったが、キカザルは答えなかった。黙ってついてこい、そういうことなのだろうか。

 この可愛い見た目を侮ったつもりはなかったが、思った以上に厳しいタイプの先生なのかもしれない。

 これはキツイ修行になるかもしれない。ナルトはそんな予感がした。

 しかし、ふと、もしかするとそうではないのかもしれない、とナルトは思い直した。

 ミザルも厳しい先生ではあったが、言っていることや振る舞いにはすべて修行のための意味があった。

 キカザルもまた、仙人としての振る舞いをすでにナルトに示してくれているのではないのか、と。

 ミザルは仙術とは心を繋ぐ術だと言った。心を繋ぐとは即ち、そこには言葉すら必要なく分かり合える、ということではないだろうか。

 今はまだナルトが未熟だからこそ、それが上手くいってないだけなのではないか。

 

「………………わかったってばよ。ようするに修行はもう始まっている、そういうことだな先生!」

「……………………」

 

 ナルトがそう叫ぶと、そこで初めてキカザルは足を止めて振り返った。

 黒い耳当てを外し、背筋をまっすぐに伸ばした美しい姿勢でナルトに正対した。

 

「────ん? 聞いてなかった」

「……………………」

「すまない、もしかしてボクに何か話しかけていたのかい?」

 

 とよく響くバリトンボイスで気さくに答えた。

 

「……………………………………………………」

 

 ナルトは再び虚空に向かって平手の甲を叩きつけた。

 

「んンン、────―聞いてなかっただけかいッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が切り替わっていく。

 演習場の密林の姿が水底に沈み、暗くて果てしない水面の世界が広がっていく。

 一変した世界の水面には煌々と輝く月が一つ、その姿を揺らがせながら静かに浮かんでいる。

 水面の上に足をそっと降ろす。今は水の中にまでは入る必要はない。

 これで十分だ。

 それでも、足裏を黒い淀みが撫でる度に、寒々とした空気が肺に入る度に、意識がうつろい自分という存在の形が輪郭を揺らがせる。

 ここは、人が長くいてはいけない世界だ。

 とん、とナルトはリズムを刻んだ。足元に波紋が広がり水面を滑っていく。とんとん、と再びリズムを刻む。波紋はそのたびに輪を広げていく。

 これは標だ。自分という存在に帰ってくるための標。

 心を静め、あるがままに世界を見る。けれどそのすべてに流されず、ただこの世界を漂う自分を繋ぎとめるただ一つの楔だ。

 とん、と再び水面に足をつける。けれど黒い淀みはもうナルトを蝕むことはなかった。ただ触れて通り過ぎていくだけだ。

 よし。とナルトは頷いた。

 上手くできた。

 会心の猿舞の手ごたえに、ナルトは小さく微笑んだ。

 さぁ、戦おうか。

 ナルトは目の前のドスを見据えた。

 

 

 

 






 遅くなりました。
 文中にある金鎖と遁甲はどちらも中国の陣形である八門金鎖と八門遁甲が元ネタです。二次の設定なので隠す意味もないですしね。
 これはどちらも本当に使われたのか定かではない上に、どちらも逃走のためのものだったとか。うろ覚えなんでなんですが。

 あ、あとNARUTO総合5位になりました。やったー。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。