円形の試験会場の円周上に配置された四十四個のゲート入り口にそれぞれ班ごとに配置され、それが完了すると入場と同時に試験開始が宣言された。
試験の期限は五日間。試験だけでみれば中忍試験最大の長丁場だ。
とはいえ前回の経験で考えるなら、もっとも敵の巻物を奪い易いタイミングなのは試験会場内に一番忍の数が多い日、つまり初日だ。
そこから脱落者が増えていくにつれ倒しやすい忍は消えて、より厄介な忍が残っている可能性が高まっていく。この厄介というのは単純に強いというよりは、生き残る能力がある奴、という意味だ。
慎重だったり、用心深かったり、隠れるのが上手い奴だったりする。
前回の雨隠れの忍がそうだったように。
できれば初日に巻物を奪取して、目的地である塔の周りに罠を仕掛けられるよりも早くそのままゴールまで向かうのがベストだ。
おそらくほぼすべての忍が、それが最適解であることはわかっているはずだ。
だからこそ、初日が一番肝心だ。
サクラは露骨に緊張した様子で密林の中を歩いていた。いつ他の忍が襲ってきても対処できるように気を張って、警戒を解くことなく進み続ける。
ナルトも周囲の気配に意識の大半を割いた。
大蛇丸が接触してくるとしたら、これからだ。他の忍に成りすまして潜入していないのだとすればどのように試験官の目を掻い潜っているのかは知らないが、あの男だったら手段はいくらでもあるだろう。
ナルトが警戒したところで意味はないのかもしれないが、どのみちこうする他ない。
それからしばらく時間が過ぎた。
始めのうちは慎重に進んでいたサクラも、二時間ほど経った辺りで段々と、その様子に変化が表れてきた。
表情からも緊張が抜け落ちつつあり、それどころか少し苛立っているようにすらみえた。
まったく接敵できないからだ。
敵を見つけられない、のではない。
接敵できないのだ。
なぜなら、他の忍はナルトたちを認識すると、一切戦うこともなく逃げてしまうからだ。
敵を発見まではできる。けれどナルトたちの隠密では近づく過程でどうしても相手に気付かれてしまう。
そして相手はこちらの姿を認めるや否や、即座に踵を返すと形振り構わずに逃走をしてしまうのだ。
関連性のない三組の忍が一様にそうやって必死に逃げる姿を目撃すればさすがに理解できる。
疑いようのないぐらい明確に他の忍から避けられている。
正面から戦えば負けることはないだろうが、あそこまで全力で逃げる相手を仕留めるのは難しい。よしんば可能だったとしても、この敵だらけの密林の中であまり派手な追走劇は避けたかった。
逆に積極的にナルトを探しているであろう忍に一人だけ心当たりがあるからだ。
「あーもう! またなの!?」
四組目の忍が逃げ出した野営の跡地で、サクラは堪えきれないとばかりに叫んだ。
食料や水はおろか、仕掛けてあったトラップすら手付かずなまま放置されていた。
ここまで徹底して逃げられるともはや清々しさすら感じてくる。ナルトはサスケが写輪眼で発見したワイヤートラップをクナイで解体しながら、サクラの視線に肩身の狭さを感じて身を縮こませた。
我慢の限界、といった様子でサクラはつかつかとナルトに歩み寄った。
「試験前のアレは、アンタだけのせいじゃなかったと思ってる。──だけど」
ナルトの鼻先にサクラの指先が突き付けられた。
「やっぱり第一試験の悪目立ちはどう考えても余計だったでしょうが!」
「ごめんて……」
ナルトは目を細めながら謝罪を述べた。
一言一句サクラの言う通りで反論の余地もない。
「どーすんのよ! もしこのまま試験終了まで他の忍に逃げられ続けたら!」
イライラを吐き出すようにサクラは捲し立てた。
サクラ自身も本当にそうなるとは思ってはいないのだろうが、特殊な環境に、想定外の状況が重なって感情的な言葉が止まらないようだった。
ナルトとしてもここまで極端な状況になるとは思っていなかった。
尾獣を宿した人柱力への恐れは、ナルトが想像する以上に大きかったようだ。加えて第一試験でのやり取りの影響がどれほどだったのかは知らないが、少なくとも第二試験においては良い影響はなかったとみるべきなのだろう。
「──それで、この後はどうするつもりだ」
静かな声でサスケが呟いた。そちらの方に視線を送ると、サスケは淡々と残ったトラップを破壊し続けていた。最後の落とし穴のトラップが踏み砕かれて、少し大きな音が鳴った。
「確かに、このまま同じことを続けても埒があかない」
ナルトとサクラは顔を合わせた。サスケの声があまりに静かだったせいだろう。冷や水を浴びせられたようにサクラは鋭角になっていた眉尻を下げた。
「……そうね。作戦を変えるしかないのかも」
「…………作戦」
ナルトがオウム返しに呟くと、じっとサクラが視線を向けてきた。
サスケも続けてナルトに目を向けた。
「…………」
──どうするんだ? と目が語っている。
相変わらず勘違いが進行している。
ナルトの自業自得で。
とはいえそれを否定していない理由は意地もあったが、その勘違いがあった方が自分の未来を知っているが故の不可解な行動も見過ごされるから、という思わぬ利益もあったからだ。
今さらそれを手放してすべて撤回するのはもはや許されない領域の話になりつつある。
そんなことをすれば、むしろ今よりもさらにたくさんの嘘を重ねる必要すら出てくるからだ。
プレッシャーを感じながらナルトは必死に頭をブン回した。
「だったら、先に、目的地の塔に行くべきだってばよ」
「それって…………」
「………………なるほど。つまり、──相手が戦うしかない状況に追い込むわけか」
ナルトは頷いた。巻物を二対集めたところで、ゴールまで持っていかねば意味がない。塔の付近に陣取っていれば、いつかは絶対に他の忍と相対することができる、というわけだ。
サクラは少し悔しそうに、サスケは納得した様子でそれぞれナルトの意見を受け入れた。
もちろんこれは前回の雨隠れの忍の作戦をそのままパクっただけだ。思えば事あるごとにこうやって雨隠れの忍のことを思い出して、参考にしていることが多い気がする。好き嫌い強い弱いはともかく、間違いなく彼らは全力を尽くしてナルトたちを追い詰めてきた『手強い忍』だった。
ナルトは心の中で密かにあの経験に感謝した。
「まぁ、そもそもすべての忍が戦いを避けるとは限らないけど」
「…………でもそれって相応に自分の実力に自信がある忍ってことよね」
ナルトの言葉にサクラは少し考えるように俯いた。会話が終了したような雰囲気ではなかったので、ナルトは切りあげずに黙ってサクラの次の言葉を待った。
「…………そういえば一つ聞きたいことがあったんだけど」
「うん?」
「ナルトは、あの我愛羅ってヤツに出会ったらどうするつもりなの?」
「逃げる」
ナルトは即答した。
自分の中で、無鉄砲だったころの自分が『闘う!』と同じく即答を返してきていた。
厄介なことにナルトはこの意地っ張りなころの自分が大好きだったので、しばしばその欲求に応えてしまうのだが、今回ばかりはそうするわけにはいかなかった。
眉を寄せてサクラは重ねて訊ねてきた。
「ナルトでも勝てない相手なの?」
我愛羅の異常なチャクラを目の当たりにしてなお、サクラはどこか納得しきれない表情だった。
サクラの想像の中の自分がどれだけ誇張されているのか少し空恐ろしく感じながら、ナルトは頷いた。
今の状態ではおろか、もしかつてのように九喇嘛の力を使っていたとしても、おそらく勝てはしないだろうと思っている。単純に人柱力としての完成度の差が著しいからだ。
九喇嘛がキレるだろうから内心でも大っぴらには言えないが。
我愛羅を無効化できたのは、連戦に次ぐ連戦で我愛羅が疲弊していったのもあるが、一番の要因は偶然の積み重ねがあったからだ。アレを再現することは難しい。
他の忍がナルトから逃げていくのに、自分だけが誰からも逃げちゃいけないなどという道理はないだろう。幸いこの試験はそれが許される。
この広いフィールドだ。偶然の遭遇は起こりづらいだろうし、仮に出くわしたとしても逃げるだけならいくらでもやりようはある。
木の葉の仲間たちが少し気がかりだが、我愛羅の危険度はあらゆる忍が認知しているはずだ。それ以上の心配はこの試験を受けた者にとっては侮辱にしかならない。彼らは彼らの覚悟を持って試験に臨んでいるからだ。
さっさと巻物を奪取して、この試験を抜ける。それがナルトの出した結論だった。
「……そう。わかったわ」
言葉とは裏腹に納得しているのかしていないのかよくわからない表情でサクラが頷いた。
我愛羅の実力そのものを実際に見たわけではないので、もしかしたら実感があまり湧いていないのかもしれなかった。
とはいえ反論があるわけではなさそうだ。
そのまま三人が塔の方向へ向かおうと動き出したとき、ナルトは自身の感知範囲に誰かが立ち入ったのを察知した。
すぐにそのことを二人に伝える。
「…………人数は?」
「たぶん、一人だってばよ」
距離はそう遠くなく、どんどんとナルトたちの方へ近づいてくる。
ナルトの感知能力の精度ではその人物の詳細な情報まではわからない。
正体は不明だが、三対一だ。
二人に目配せして、迎え撃つように足を止めて相手を待つ。
少し離れた場所の繁みが揺れた。サクラが警戒するようにクナイを少し前に構えた。
藪をかき分けて、一人の見知らぬ忍の男が飛び出すように転がり出てきた。
「止まって! 動かないで!」
サクラがクナイを構えて叫んだ。
「ひぃっ」
男はナルトたちを見ると悲鳴を上げると目を剥いて両手を上げた。
「ま、待て! やめろ! やめてくれ!」
「いいから動かないで!」
サクラが再び叫ぶと、男はパニックになったように地面を転がりながら後退った。
その様子からみて戦意はすでに無さそうだった。
男の額には三つの山なりの線が特徴的な草隠れの里の額当てが掲げられている。
「ち、違う! 戦うつもりはない! オレはもう試験を降りたんだ!」
「この試験にリタイアはないでしょ!」
「仲間がやられた! もう戦う意味もない!」
その言葉は間違いではない。試験に合格するための条件の一つには班員の全員が無事であることが求められる。班員が誰か一人でも欠けてしまったのならばもはや確かに戦う意味はないだろう。
この男が嘘を吐いていなければ、だが。
ナルトはこの男に見覚えがあった。
記憶を辿るまでもなく、すぐにナルトは思い出した。
先ほど赤い髪の少女に、高圧的に怒鳴っていた男だ。
「巻物はどうしたのよ」
「オレは持ってない! それは別のヤツに持たせてたんだ!」
男は証明とばかりに自分の持っていた荷物を武器や医療道具なども含めてまとめて地面に放り出した。
必死に命乞いするあまりに情けない姿に、思わず戦意が削がれてしまう。
「ナルト、どうする?」
サクラも同じ様子で、困ったようにナルトを窺ってきた。
ナルトは少し考えてから男に近づいて行った。
「…………なぁ、お前と同じ班に、紅い髪をした眼鏡の女の子がいなかったか」
「あぁ? ──あぁ、あのガキか。い、いたよ。巻物もそいつに持たせてたんだ」
「その子はどうした?」
「知るかよ! とっくに殺されてんだろ! なぁおいもういいだろ! 見逃してくれよ!」
ナルトはその男の胸倉を捩じり上げた。自分の表情が強張っていくのを感じた。
「…………仲間を見捨てたのか」
「し、仕方ねぇだろ! 相手が強すぎたんだ! それに、あ、アンタには関係ないことだろう!?」
「……………………その相手っていうのはどこのどいつだってばよ」
男は顔に恐怖を浮かべながら叫んだ。
「音隠れの、試験前の騒動でもいた顔に包帯巻いたヤツだ!」
「!」
意外な存在の登場にナルトは少し動揺した。
けれど嘘は言っているようには見えない。
「………………」
「────なぁ、流石にもういいだろ!?」
ナルトはしばし間を開けてから手を離した。
窺うような怯えた視線がナルトを見上げていた。ナルトが去っていいと伝えると、男は弾かれたように立ち上がって逃げ去っていく。サクラもサスケも追いかけるつもりはないようで、やがてその背は草木に紛れて見えなくなった。
男を視線で追っていたサクラはナルトに視線を戻すと、再び、たずねてきた。
「ナルト、──どうするの?」
音隠れの忍は当然大蛇丸の部下たちだ。彼らは前回はサスケを襲うように大蛇丸から指令を受けていたはずだ。おそらくそれは今回も同じだろう。
彼らはサクラの言うところの『相応に実力のある忍』だ。このどうするという質問はつまり、彼らと戦いに向かうのかどうかと訊いているのだ。
これが罠の可能性はあるのだろうか。そうとは思えない。そうだとすればあまりに迂遠すぎる。
こちらの居場所がわかっているなら直接襲って来ればいいだけの話だ。草隠れの男の慌てようだけは気になったが、今のところ誰も追いかけてきている気配はない。
どうするべきだろうか。
避けるか、立ち向かうか。
ナルトは音の忍たちと本格的に戦ったことがなく、ほとんどが人づてに聞いただけだが、その実力は本物だと聞いている。戦うにはリスクがある相手だ。
けれど、今なら相手から奇襲されることなく、戦うタイミングをこちらが選べる。
だとするならば、大蛇丸に襲われて消耗しているときよりも万全の状態である今この時に叩いて置いたほうがいいのかもしれない。
メリットとデメリットを釣り合わせてみると、わずかにメリットに傾くように思えた。
状況を俯瞰するナルトの脳裏に、自分を睨み付ける赤い髪の少女の姿が浮かんだ。
これは単なる私情だ。けれど仲間に裏切られ、見捨てられたであろう少女を、助ける理由がないから捨て置くというのは、正しい行いであるとは思えなかった。
いや、正しいとか正しくないなんて、それは格好つけすぎている。ただ気に食わなかっただけだ。
合理的な自分と、直情的な自分の意見が珍しく一致していた。
ナルトは決断した。
「──行こう」
ナルトの表情を見た二人は『どっちへ?』とは聞いてこなかった。
ただ、サクラが諦めたように、溜息を一つついた。
「────おやおや。よもやアナタがたの方からやってきてくれるとは」
ナルトが彼らの目の前に姿を見せたとき、ドスという音忍の男は表情の見えない包帯を巻いた顔の、唯一感情が見える片目を見開いてみせてそう呟いた。
その横には彼の仲間である忍が並んでいる。彼らにとってもこれは偶発的な遭遇だったのか、その二人も少し驚いた様子だった。
「まいったな。そっちの方はこっちの仕事を片付けてから、取り掛かろうと思っていたんだけど」
ドスはそう言うとちらり、と自分が引きずっているものに視線を向けた。彼の手にはボロ布のような物が握られていた。薄汚れたそれは、果たしてあの赤い髪の少女であった。
すでに意識がないのかピクリとも動かない。
まだ死んではいない。けれど決して無事とはいえない姿だ。
「まぁ、とはいえ出会ってしまったものはしょうがないか」
ドスの身に纏う気配が変わる。隣の二人も腰を落として構えた。
「逃げないってことはキミたちもそのつもりなんだろ? ──いいよ。やろうよ」
ナルトには疑問があった。何故その少女を連れて行こうとしているのか、何故他の者は逃がしたのか。けれどナルトはもう一つ、訊かずにはいられないことがあった。
「…………おい」
「──、んん?」
「お前たちは結構強い忍なんだろ」
「…………さて。どうかな」
はぐらかすような言葉には取り合わずにナルトは続けた。
「ソイツは、…………抵抗したのか?」
「? いいや。すぐに巻物を差し出してきたよ」
「お前は、ソイツをそこまで痛め付ける必要があったのかよ」
ナルトの言葉にドスは不快そうに眉を寄せた。
「いくらなんでも、そこまで見損なわないで欲しいなぁ」
そう言うとドスは、少女の赤い髪を無造作に掴んで、物のように目の前に持ち上げてみせた。
髪で吊り上げられた少女が、意識のないまま痛みに無意識に呻いた。
「こんな雑魚、ボクが本気なら一撃で仕留められるさ」
ナルトは眉をひそめた。そんなことを訊いたつもりはなかったからだ。
「昨日のアレは、──流石にボクもショックでさ。少しは自分の強さに自信があったつもりだったんだけど、それが全部、一瞬で崩れていく音が聞こえた気がしたぐらいだよ」
だから、と言葉を続けた。
「ちょっと思い出す必要があると思ってさ。ボクがどれだけ強いのかを」
「──だからわざといたぶったってことか?」
「まぁ、そういうことだね」
「────────、そうか」
ナルトはこの男との対話の無意味さを、この瞬間に理解した。
とん、と一度地面を爪先で蹴って、それから体の力を抜いた。
「あれ、心音が少し上がったね。もしかして怒ってる? はは、大丈夫。気にすることはないよ。どうせコイツの生命力はゴキブリ並だ。なにせコイツはキミと同じ──」
ナルトは一瞬でドスの懐まで入り込むと、その不快な言葉を紡ぐ顎に掌底を叩きこんだ。顎の骨が砕ける感触が、ナルトの手を伝った。
瞬身の制動が完璧ではなく、わずかに地面を擦りながら止まり、緩んだ手から少女を奪った。
ドスは力なく地面を転がっていった。
「────あげぇ?」
何が起きたのか理解できないようで、ドスは間の抜けた声を出した。
遅れて横の二人がようやくナルトの姿を認めた。二人の余裕の表情が驚愕に崩れた。けれどそこからの挽回は、流石に場数を踏んだ忍らしく、早かった。
立ち直ったザクが、反射的にその両の掌に開いた孔をナルトに向けた。
ナルトは回避のために足をたわめたが、その必要はなかった。
その腕から風圧波が放たれるよりも早く。サスケが背後からザクの腕を取って捻り上げたからだ。
「ザクっ!」
咄嗟にそちらに意識が割かれたキンの顔の前に、サクラのクナイが突き付けられた。
「くッ!」
「──ナイス」
ナルトは短く称賛した。
足で地面を蹴った意味を、二人はしっかりと理解し、遅れることなく行動してくれていた。
ドスはまだ地面を転がっていた。意識はあるようだが、流石に立てはしないようだ。
ナルトはほんの一瞬だけ意識を抱えた少女に移した。
酷く痛々しい在り様だった。顏は腫れ上がり、衣服は血に染まっている。先ほど見たときにかけていた眼鏡もなくなっていた。
「……………………」
ナルトが視線を前に戻してもドスはまだ地面を転がったままだった。もちろんナルトも警戒を解いてはいなかったが。
そういえば目の前の男は少し気になることを言っていた。ナルトとこの少女が同じであると、そう言っていたように聞こえた。
続きを聞く前に自分が顎を吹き飛ばしてしまった。失態だったか。
「──────―ぁ」
状況を把握できずに、呆然とナルトを見上げていたドスの顔に理解が走り、憎悪が露わになるのがわかった。
身体に力を入れようと地面に両手を突き立てようとしたが、立ち上がれずにまた地面を転がった。けれどその目だけはただひたすらにナルトを追っている。
怒りのあまり見開かれた目に血が走っていた。
動けないはずだが、あの目をした忍は危険だ。ナルトは油断せずにドスの意識を刈り取ることに決めた。
【────なんだ。いたぶってやらんのか?】
(誰がそんなダセェ真似するかよ)
【クッ】
何が面白いのかわからないが、九尾は短く呻くように笑った。
少女をそっと地面に横たえようとして、得体のしれない悪寒を感じて、手を止めた。
視線の先でドスが何かを力なく投げ捨てたのが見えた。
どこでもない場所に放り出されたそれは、武器や起爆札ではなかった。
何の変哲の無い小さなガラス瓶だ。中身はすでに空だ。
「────―」
ナルトの視界の端で、ゆらり、とドスが立ち上がった。
瞬間、ドスのチャクラが膨れ上がった。
地面が踏み砕かれて、ナルトの目の前でドスが腕を振りかぶっていた。
それが振り切られるよりも速く、左手で抑える。
衝撃で体が数歩分後退するが、そこで止まる。
ドスがさらに一歩踏み出した。
抱えた少女ごと、ナルトの身体が宙に浮いた。
ドスが片手で持ち上げたのだ。
──な。
そのまま片腕で薙ぎ飛ばされた。
ナルトは放物線を描き、木に背後から叩き付けられた。少女と木に挟まれて、ナルトは肺の空気を吐き出した。
「ハハ、ハハハハ────―」
霞む視界の先で、顎を砕いたはずのドスが明瞭に嗤っていた。
「すばらしい。これが、これが」
とぐろを巻いた黒いチャクラの渦の中で、ドスは両腕を上げて空を仰いだ。
「────呪印の力か」
恍惚と呟くその頬には、黒い呪印紋が走っていた。
メリクリよいお年をあけてましたおめでとうございます!