ナルトくノ一忍法伝   作:五月ビー

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44『洗礼』

 

 

 

 

 

 

 かつての記憶通り、先に仕掛けたのはサスケの方だった。

 数歩分の距離を瞬く間に潰すと、右の拳を繰り出す。写輪眼の動体視力に物を言わせた出来得る限りの最速の一撃だ。リーの反応はわずかに遅れた。

 初動で後れを取ったリーは突き出していた右手でそれを捌くと、少し下がって距離を開けた。わずかに体勢を崩されたサスケが立て直して追いすがる。

 サスケが攻め、リーが受けに回った。

 左の拳、その勢いのまま右の裏拳、死角に回って高速の上段の蹴り。

 リーは再びサスケの拳を捌き、裏拳は上体を引き、さらに首をひねって躱し、回し蹴りを屈んで避けた。

 間隙を突いて立ち上がりざまにサスケの胸部に肩を押しつけると、足で鋭く地面を踏み砕いた。軽く衝撃音が響いて、サスケの身体が宙に浮いた。

 わずかな滞空時間の後に、サスケの両足は地面を削って止まった。

 

「……ごほっ」

 

 胸を押さえつつ、サスケが小さく咳をこぼした。ダメージは、致命的というほどでもないように見えた。あるいは衝撃を殺すために自分で跳んだのかもしれない。あいにくナルトの動体視力ではハッキリとしなかった。

 その様子を見て、サクラがほっと息を吐いた。

 サスケの表情は厳しいが、動揺はあまり見られなかった。

 むしろ場を制したはずのリーの方がやや驚いた表情を浮かべていた。

 

「あのリーさんって人、ほんとうに強いのね」

 

 サクラが驚いたように呟いた。

 だがナルトの方は、むしろその逆の感想が浮かんだ。

 

 ──前よりも、サスケが強くなってる……。

 

 喜びと焦りの板挟みで複雑な気分になりながらナルトは歯を打ち鳴らした。

 写輪眼の力はなにも敵の動きを見切ることだけではない。

 普通の人間はどんなに万全な状態で戦っていたとしても、常に最速で動けるわけではない。自身の動きに、自分の目が追いついてこれなくなるからだ。

 故に修練によって型を体に覚え込ませて、パターンによって状況に対応する。

 だが、写輪眼を持つ者たちは、違う。

 最速の動作を、やりたいように自由に制約なく繰り出すことができる。

 基礎的な身体能力でいえば、サスケはすでにナルトよりも上だ。

 とはいえ、速度の領域でいえば重りを付けたままでも、それでもなお、未だリーの方が速いはずだ。

 だが、為す術が無かった前回の時とは違い、サスケはそれに初見で対応してみせた。

 明らかに前回よりも、強い。

 

「…………リーの一撃に耐えるなんて、あの子、結構やるね」

 

 テンテンが意外そうな声で呟いた。演技ではなく、本気で称賛しているように聞こえた。

 

「耐えただけじゃないってばよ」

「え?」

 

 視線の先でリーは、自身の右の頬に触れている。

 手を離したそこは、わずかに赤く腫れているように見えた。

 

「嘘」

「………………」

 

 サスケの裏拳が思った以上に伸びてきたせいで、上体を傾けるだけでは躱し切れなかったのだ。そこで首をひねって直撃を避けたが、完全ではなかったようだ。

 

「──想像よりも、もっと速いですねキミは」

「………………」

 

 あのサスケの表情は、『馬鹿にしやがって』と思っているな、とナルトはアテレコした。

 リーは掠ったとはいえサスケの攻撃を躱し、サスケは致命的ではないにしろ、直撃を受けている。痛み分け、とは言えない結果だ。

 呼吸を整えながら、サスケが立ちあがった。どうやら先ほどよりは頭が冷えたように見える。

 リーは赤くなった頬を親指で払うような動作をして、構え直した。

 また、体の前に右腕を差し出すような形の、先ほどと同じ構えだ。

 対して、サスケは両腕を柔らかく脱力した姿でじっとリーを見据えている。

 その飾り気のない雰囲気はどことなく、野生の獣を思わせる。思い返してみれば、サスケが特定の構えというものをとっている姿を見たことがない。

 きっと、必要がないからだろう。

 武術という解説書がなくとも、サスケの身体はなんら不自由することがないのだから。

 その逆に、リーは常に同じ構えしかとらない。

 たぶん、それしかできないからだ。

 それしかできないからこそ、ただそれだけを突き詰め続けて、極めている。

 あの構えから出来うるすべての動作を学習し、反復して、自身の中に落とし込んで、型として昇華したからこそ、あの構えしかとらないのだ。

 木の葉の青い野獣を名乗ってはいるが、リーの動き自体は、統制が取れた理性的なものだ。

 そこにあるはずの重厚さは、今の状態のナルトでは感じ取ることはできないけれど、相対しているサスケの方は、どうやら『視えている』ようだった。

 サスケの頬を伝う汗が、それを物語っている。

 前のときは視えていなかったのに。

 だからこそ、やはり、サスケが前よりも強くなっているのは間違いない。

 そして、その理由の一端ぐらいは、きっと自分なのだ。

 リーにとっては想定外かもしれないが、この試合は思ったよりも長引くかもしれない、とナルトは思った。

 サスケが仕掛け、リーが迎え撃つ。

 サスケは止まらずに攻め続けるが、どれも弾かれ、流され、躱され、出来た隙に一撃を穿たれる。だが、辛うじて致命的な一打はもらわないようにしながら喰らい付ていく。

 先ほどと変わらぬ流れだ。

 けれど、その流れが終わらないのならば、話は別だ。

 流れが切れない。

 数十秒経っても、明確な決着は訪れなかった。

 形勢は明らかににリーの側に傾いているが、この短時間でサスケが少しずつ対応し始めている。

 写輪眼にはこれがあるのだ。

 一度見た動作をあっというまに解析して自分のモノにしてしまう。直撃してはいないとはいえ、リーの技を受け続けることがけっして楽な作業ではないことはわかる。けれど、戦いが長引くほどに、サスケの動きが洗練されていく。

 リーもそれを徐々に感じ取り始めたのだろう。長い修業を経て獲得した自身の格闘術をわずかな時間でドンドンと吸収してくる怪物を目の前にして、流石にその顔に驚愕が現れ汗が滲み、そして──、最後に微かな笑みが浮かんだ。

 怯えた顔ではない。

 天才を見つけてしまった敗者の、諦めた失笑でもない。

 相手の強さを認めた、好敵手へと浮かべる笑みだった。

 

 ──かっけぇな。

 

 ナルトは素直に称賛した。

 リーは相手を受け止めようとしていた姿勢を捨てて、自ら攻めに転じ始めた。

 守りの体勢を捨てたそれは、流石にサスケの攻撃すべてを捌ききれない。打撃を受けながらも強引にさらに一歩踏み込んだ一撃を繰り出していく。

 互いの拳が顔面を捉えて、頬を歪めた。けれど構わずに、さらに次の一撃を放っていく。

 

「あのバカ、試験前だったのに……」

 

 ヒートアップするリーに、テンテンが思わずと言った様子でぼやいた。

 リーの突然の変わり身の攻勢にサスケが戸惑ったようだったが、すぐにその意図を察したのか、同じように歯を見せて笑った。

 あの顔は『面白れェ!』って言っているな、とナルトはアテレコした。

 二人はもはや外野の声など聞こえないとばかりに、組手の域を超えた致命的な打撃の応酬を繰り返す。サクラの悲鳴が短く聞こえた。

 

「…………………………」

 

 燃え上がる二人を遠巻きに眺めながら、対照的にナルトの気持ちは次第に冷えていった。

 あることに気が付いてしまったからだ。

 悟られぬように、横目で少し離れた場所に立っている男の様子を観察する。

 ナルトの目には、カブトはただの一下忍としてこの試合の行方を見届けようとしているようにしか見えなかった。

 けれどこの男が、彼の主の新しい肉体の思わぬ成長ぶりに心動かされていないわけがない。

 今のナルトの観察眼では、その裏にある真意までは見通せないだけだ。

 ……大きな蛇の地面を擦る悍ましい音が、どこからか這寄ってきている気がした。いや、錯覚ではないのかもしれない。今もどこかで、あのぞっとするような無機質な目でこの試合をじっと見つめている、そんな予感があった。

 大蛇丸は三代目に任せるという約束を、ナルトは忘れたわけではない。だからナルトは心の内でだけ、静かに抗う決意を呟いた。

 

 ──テメェらに、サスケは渡さないってばよ。

 

 今度こそ。絶対に。

 振り払うようなリーの木ノ葉旋風とサスケの回転蹴りが噛み合って激突し、お互いが弾かれて、サスケは地面を転がり、打ち勝ったリーはバランスを崩しながら辛うじて踏みとどまった。

 ナルトから見て、二人の一撃の速度と技の鋭さはほとんど互角だった。違いがあるとすれば、一つ。

 

「はいはーい! そこまでそこまで!」

 

 テンテンがここだ、とばかりに試合終了を大声で宣言する。

 ナルトも意識を切り替えると、テンテンの後ろに続いて、二人に近づいていく。

 さすがに力尽きたのか膝を突いたまま立てないサスケに、顔の血を拭ったリーが歩み寄っていく。サスケは立ち上がろうとしたが、力が入らない様子で、悔しそうにリーを見上げた。その眼からも、すでに写輪眼は引っ込んでしまっている。

 

「この勝負は、お預けのようですね。ですが、ボクはまだまだキミと戦いたい」

「…………」

「──ですから、この勝負の決着は、本番の中忍試験で付けましょう」

「!」

 

 そして、拳を開くと、真っすぐにサスケに向かって手を伸ばした。

 その言葉の意味するところは誰にとっても明白だった。

 前言を撤回する、リーはそう言ったのだ。

 

「…………ああ」

 

 おそらく、サスケはリーの足の秘密について察しがついたのだろう。

 何かを飲み込むようにしてサスケはそう応えると、伸ばされたリーの手を取って立ち上がった。互いの顔に笑みはない。しかし、苦々しいだけの雰囲気かといえば、そうともいえない。

 テンテンは暑苦しい、とばかりに溜息をついた。

 

「ナ、ナルトさん…………」

 

 握手を解いたリーが、気まずそうな表情でこちらを見ている。ナルトは、おう、と軽く応じた。リーは視線を落として肩を縮こませると、自身の人差し指を突き合わせた。

 

「ぼ、ボクはまだまだ努力が足りませんでした。あんな大口を叩いておきながらこの様です」

「大口?」

 

 なんだっけ? とナルトは首を傾げた。

 

「アナタを守れる漢になると、そう誓った直後だったのに」

 

 そんな言い回しではなかったし、そもそも守ってもらう筋合いもなければ、そのつもりもないのだが。

 いつのまにかこの場にいる全員が、ナルトの挙動に注目しているように感じた。

 気まずい……。ナルトは思考を巡らせた。

 

「…………」

 

 第一、リーが本当に守りたいのはサクラだ。この発言は誤解を生むだけだろう。それに今の手合わせにしても、己を卑下してしまうような内容では決してなかった。むしろ、サスケと真正面から戦ってくれたことに関しては感謝しかなかった。

 色んな人間が様々に妙な勘違いを繰り広げている現状が酷くややこしい。

 しょうがないのでナルトは、この場で訂正とフォローをしておくことにした。

 

「べつにオレは、守ってもらう必要はないってばよ」

「え」

「それに、────木の葉の蓮華は二度咲く、だろ? 次はもっと強くなりゃ、それでいいじゃねーか」

 

 流石に、リーが実力を隠していることを言うことはできないのでそこら辺は微妙に誤魔化しつつ、ナルトは言葉を続けた。

 

「オレは、お前の目指す先がまだまだこんなもんじゃねーって知ってるからよ」

 

 言外に、次は重りを外して本気で戦おう、と聞こえなくもないように告げておく。

 

「……ナルトさん」

 

 リーは感激したかのように目を潤ませた。何故か、テンテンのナルトを見る目つきがさらに鋭くなった気がした。

 

「────誓います。次に会うときは貴方を守るにふさわしい、もっと強い男になっていることを!」

 

 ──そうじゃねぇってっつってんだろ。

 

 どんな誓い立ててんだ、とナルトは困惑した。

 せっかく訂正しておこうとしたのに、余計に拗れそうなセリフを吐かれて戸惑っている内に、テンテンがリーの耳を引っ張って連れていってしまう。ナルトは連行されながら手を振るリーに反射的に手を振り返しながら、力の抜けた肩からアウターがズレ落ちるのを感じた。

 

「…………なんか、変わった人、だったわね」

 

 二人の姿が見えなくなってから、疲れた様子でサクラはそう控えめに総括した。

 

「けど、すごい強かった」

 

 サクラは瞳を伏せた。

 リーを含め、今日会ったすべての下忍が、中忍試験ではライバルとなる相手だ。

 聡いサクラはすぐにその現実を理解してしまったのだろう。実際はサクラが出会った忍の大半が中忍試験における上澄みの連中ばかりであって、すべての忍があそこまで強いわけではない。けれどサクラはそんな事実は知る由もないのだ。

 怖気づくのが普通の反応だ。

 けれど、ふと思い出したかのように、パッとサクラは顔を上げた。

 

「で、でも確かにリーさんは強かったけど、サスケくんも負けてなかった。試験でなら、忍術とか武器とかも使えるわけだし、ちゃんと作戦を練れば──」

 

 と、そこでサクラは言葉を切った。

 サスケがすべてを意に介さぬ様子で、地面のある場所を睨んでいたからだ。

 窺うようにサクラはサスケの横に並んだ。

 

「なによ、これ」

 

 サクラは愕然と、そう呟いた。

 その場所は最後にリーが木の葉旋風を放った位置だった。

 何の変哲もないはずのグランドのその部分に、今は小さなクレーターが刻みこまれていた。

 ナルトはすぐに理解した。

 とてつもない重量の重りをつけたリーが本気で踏み込んだがゆえに、地面は踏み砕かれて陥没してしまったのだろう。

 理解が追いついてしまったらしいサクラが、その顔を青ざめさせた。

 サスケは自分が踏み込んだ跡と、リーの刻んだクレーターを見比べて歯を食いしばった後、傍から見ても無理やりだとわかるほど強引に口の端を持ち上げみせた。

 『上等だ、中忍試験』と思っているんだろうな、とナルトはアテレコした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………リー。あんた最後のアレ、本気で蹴ってたでしょ」

「うっ」

 

 リーは痛い所を突かれた、とばかりに呻いた。

 

「年下の下忍相手にあんなことして、下手したら死んでたわよ」

「つい、熱くなってしまいました」

 

 反省したようにリーは、がくーんと首を前に倒した。

 

「中忍試験を受けることの難しさを伝えるつもりだったのですが、……ボクが思った以上に、サスケ君が強かった」

「そうね」

 

 無謀に実力も伴わないまま中忍選抜試験を受けるつもりならば先達として一度ぐらいは忠告すべきだと思っていたが、どうやらその必要はなかったようだ。

 もちろん全ての下忍がそうだったとは思わないが、それも結局は自己責任だろう。

 洗礼を受けてそれでも受験をするのならば、その先まで気に掛けてやる義理はない。

 

「ナルトさんにもカッコ悪い姿を見せてしまいました」

「………………」

 

 おそらくあの少女は、リーが足の重りを付けて実力を制限していることに気が付いていた。

 それを伝えようか迷ったが、やっぱりムカつくので言わないでおいた。

 結局、あの少女の胸の内は、テンテンには見通せなかった。何を考えているのか、何を狙っているのか、あるいは狙っていないのか、まるで分からないままだ。

 もしかしたらただの天然な少女なのかとも思ったが、それにしては所々に嘘の気配があった。

 そしてネジから聞いた話では、どうやら砂隠れの忍とも因縁があるようだ。

 限りなく黒に近いグレー。だけど、その黒が一体何なのかが検討が付かない。そんな印象の少女だった。

 なんにせよ、リーの手に負えるような子ではなさそうだ。

 

「そういえば、アンタが急に走り出すから、伝え損ねてた伝言があるわ」

「え?」

「ガイ先生から。明日の中忍試験では、足の重りを自分の判断で外していいそうよ」

 

 

 予想外の言葉だったのか、リーは大げさに驚いた。

 

「し、しかしガイ先生は、この重りは大切な人を複数名守るときでないと外してはならないと………………」

「アタシに言われても分からないわよ。言われたまま伝えてるだけなんだから」

 

 そうですか……、と真剣な表情で呟くと、リーはガイの言葉の意図を考え始めた。これも修業の一環、とでも思ったのかもしれなかった。

 テンテンは自分の推論を述べた。

 

「もしかしたら、今回の中忍試験にキナ臭いものでも感じてるのかもね」

 

 言ったテンテン自身も、今回の中忍選抜試験を受験する面々が通常の試験とはいささか異なっている様相なのを肌で感じていた。

 上忍のガイならば、もっと詳細な情報を持っていても不思議ではない。

 中忍試験は、予選まではチームプレイが重要になる。三人の中で一番実力が低いと自覚しているテンテンだからこそ、せめてこういう問題に意識を配っている必要があると感じていた。

 今回の中忍試験で注意しなければいけない相手を頭にピックアップしていく内に、やはりテンテンの脳裏にはある一人の少女が浮かびあがってきた。

 警戒は、しておくべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして騒乱の様相を呈しながらも、これで一旦は中忍試験の手厳しい洗礼の一日が終わりを告げる。

 ナルトが思った以上に、予定外の出来事が立て続けに起こり続けた。その結果にいかなる事態が巻き起こるのかは、もはや想定ができなくなりつつある。

 その中でも、もっともナルトが予想できなかったことが一つ、あった。

 

 ────ナルトの警戒を余所に、これから始まる中忍選抜試験の予選の最中で、終ぞ一度として大蛇丸がナルトたちの前に姿を現すことはなかった。

 

 

 

 

 





 

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