ナルトの考える強くなるための最も手っ取り早い方法は、強い者に教えを乞うことだ。
そして、今このときならば、自分が知る限り最も強い忍びが木の葉に存在している。
ならば、迷うことなど何一つない。
荒い息を吐く。目の前には三代目が涼しい顔をして、立っている。きつく睨みながら、足に力を込める。
飛びかかるようにして、ナルトは三代目に向かっていった。
「ほれ、そんなものじゃ一生届かんぞ」
ひらり、と身をかわされる。動きは速くないのに、当たらない。ナルトはムキになりつつも、縦横無尽に体を動かして翻弄する。三代目は涼しい顔でそれを向かい打つ。
「チャクラを集約しろ。動く瞬間に足で爆発させるイメージだ」
激しく動き回っているナルトを外周にして、その中心からほとんど動かず、三代目は淡々と指摘していく。
「そら、もっと速く出来んのか」
「むき―――!!」
ナルトはサルのように吠えると、再び飛びかかっていく。飛びかかってはかわされ、飛びかかってはかわされ、それでもめげずに何度も何度も何度も、しつこくしつこくまとわり続ける。
蹴りも突きも、投げも、クナイも、全てを使う。忍の組手だ。ただし得意な術のはずの影分身は使っていない。それだけを含めなければ全力も全力。
荒い息を吐きながら、肉体を酷使する。
チャクラの吸着と反発を利用した基本的な肉体操術。それの練習なのだが、今は下忍にすらなっていない忍者のナルトと、里の頂点に位置する火影とではまるで組手と呼べる代物ではなかった。
しかしナルトは諦めない。ここしばらくの特訓に付き合っていた三代目火影は、それを理解しているのだろう。厳しい言葉と視線を投げかけているが、ナルトがめげる心配は一切していない様子。
ナルトは目の前以外の事には関心を払わずにただ真っすぐに向かっていく。
目標に向かって単細胞的に進むだけではなく、考えることも誓ったのは間違いない。しかしナルトの本質はやはりこの愚直さ。疲れている今は、急ごしらえの思考を扱う余裕などなく、ただ体の声に従って動き続ける。
足にチャクラを篭め、地を抉りながら突進をくりかえす。それを絶えずに続けてきた結果、周囲の地面はすでに平坦な部分がほとんどなくなっていた。
その一つに、三代目の足がかかり、動きが止まった瞬間をナルトは見逃さなかった。
最後のチャンスとばかりに今日最速の突撃をかまし、そしてアッサリと放り投げられた。
―――ちくしょーっ。
地面を転がり、そしてそのまま停止。三代目はその様子をしばらく見ていたが、ふと、構えを解いた。
「……ふぅ。まあ、そろそろ休憩にしようかの」
額から流れる汗をぬぐいながら三代目はそう告げた。
「な、なんだじいちゃん……、もうへばったのかよ。だらしねえ、オレってばまだまだやれるぅ………」
ナルトは既に地面に仰向けにぶっ倒れながら、喘ぎ声のような声でなんとかそう言った。
「分かった分かった。お前のその根性だけは認めてやる」
三代目の声には多分な呆れが含まれていた。
手近な丸太の上に腰かけて、竹筒の中の水を呷る。その息は多少上がってはいるもののナルト程ではない。
「――この程度で息が上がるとは、全く、鈍っておる」
「……妖怪ジジイ」
「阿呆。この程度、ワシの全盛期なら鼻歌奏でながらでもできたんじゃぞ」
そう言ってため息をつく老人の言葉にはいまだ、プライドという牙が残っているように感じた。
三代目に修行を見てもらえる事になってから二週間ほど過ぎた。
断られても粘る覚悟で頼みに行ったが、思ったよりもあっさりと受けてくれた。
三代目曰く、「利害が一致した」とのこと。なお言葉の意味は知らない。
多忙な三代目火影であるから、さほど多く付き合ってもらっているわけではなく、週に一、二回の頻度ではあるが、ナルトにとっては黄金のような時間だ。
ここは木の葉の森の中でも人目に付かない特別な場所。この場所を知っているのは火影とナルトを除けば火影直属の暗部ぐらいであった。
「術のセンスはともかく、体術は悪くない。どうやら術だけではなく肉体の経験値も残っているようじゃの」
「うーん……」
「どうした?」
「あのさ、……初日から今まで一発も当たらないから自信がなくなってきたってばよ」
「フン。笑わせるな。ワシは火影だぞ」
「じいちゃんが凄いのは前の記憶の時に知ってたけど、やっぱ目で見るのでは大違いだ。カカシ先生よりも速い気がする」
上を仰ぐようにしながらの言葉。
「ナルト。お前の言う火影とは、カカシよりも、そして今のワシよりも強い者の事だ。それを目指すのならばそうぼやいてばかりもいられんぞ」
「……押忍」
「それにワシが速いのではなく、お前が遅いのだ」
「そこ一言余計だろォッ!」
上がった息を整え、立ち上がる。体力は少し回復していた。これも九尾の回復力なのだろう。ナルトにとって原理はどうでもいいが、修行を行うのには酷く適した身体なのは間違いない。落ちこぼれだからこそ、量でカバーしなければならないという理由もあるが。
「もう起き上がれるのか」
「へへ、言っただろ。まだまだやれるって」
「よし! じゃあ次は水上歩行の訓練を行う。時間はそうだな、十分とする」
「うぎゃあ! まだそこまで元気じゃないってばよ!」
得意げな顔のナルトが一気に弱弱しくなっていく。
「肉体とチャクラ、どちらもバランスよく消費して修行するのが強くなる秘訣だ。ワシが見ていられる時間はそう長くはない、無駄にするな」
「ちくしょ――!!」
そう言われれば、言い返す言葉もない。小さな溜池の上に立つ。この水は流水ではないので、青々としていて、水草も大量に生えている。落ちれば凄く臭う水なのだ。
だからこそ落ちまいと頑張るのだそうだ。
その理屈はともかく、ナルトは頑張った。
とりあえず、その日水柱が上がることはなかった。
アカデミー合格者講習会の日。修行を早めに切り上げて行く予定だったが、寄り道をしている内に前回の時とさほど変わらない時間になってしまった。
知った顔だがどことなく若い風貌の知り合いが並ぶ教室に、後ろ扉から入る。
ここ一週間は修行漬けで、知り合いと会ったり話したりする暇はイルカ以外ほとんどなかった。ナルト自身も、自分を女だと思っているだろう友人との接し方について未だに悩んでいる部分があり、知らず知らずに機会を避けてきた。
――ちょっと緊張するってばよ。
後ろの席の方を陣取りながら、とりあえず観察。
幾つもの知った顔が既に着席していた。仲間と会話している者、寝ている者、勉強している者、どれもアカデミーでの知り合いで、前回と変わっていないのであれば、ナルトについて知っている者ばかりだ。
そして、意識しないようにしていた者もいた。
――サスケ……。
今まであまり考えないようにしていた。ここにいるサスケは、記憶にいるサスケとはまだ繋がっていない。今現在、ナルトとサスケはただの知り合いで、それ以上でも以下でもない。
それでも、かつての記憶と同じように手を組んで前を見据えている姿に、どうしようもなく胸がざわついた。
髪がチリチリと焦げ付くような、言いようのない感情。そして、鈍い胸の痛み。幻痛は未だに途切れていない。
落ち着くように息を吐く。吸う。
さてどうすべきか。取りあえず、以前と同じように絡んでみるか。ナルトは思案したが、すぐに却下した。そのときの事故でキスをしてしまったことを思い出していた。おえーっと思わず舌を出す。
――あんな真似、一度でたくさんだってばよ………。
それに、今、サスケに平常心で会話できる気がしなかった。たとえ今はまだほぼ別人と言ってもいいサスケに対してでも面と向かえば何を言ってしまうか自分自身でも分かっていない。もし間近であの済まし顔のサスケと向かいあったとしたら。想像してみる。
――ぶん殴りかねない気がする。
冗談抜きでそう思った。
予定通り本を広げることにする。木の葉の歴史についての本だ。正直、修行の為でもなければ巻物だって読みたくはないナルトだったが、三代目にうちはについて知るならば読むべきだと言われている。
身体を動かす修行よりもずっと辛いが、やるべきことだ。しばらく集中することにする。
「ナルトが本読んでやがる!!」
僅かな間もなく、シカマルが絡んできた。隣にはチョウジ。
「よう」
手を軽く上げて挨拶。相手の出方を見る。
気味悪そうな視線でナルトと本を行き来していたシカマルだったが、気を取り直したのか、いつもの眠たげな顔つきに戻った。少し頬を釣り上げている。
「どうした? 久しぶりじゃねえか」
「おっすー」
「なにがだ? ぜんぜんふつーだってばよ?」
「いやお前入院してたじゃねえか。もう平気なのかよ。つーかアカデミーの卒業試験落ちてなかったか?」
「質問が多いっ! ……全部問題なしだってばよ!」
「そうかよ。ま、よかったじゃねえかこれで晴れて下忍だ」
「シカマルちょっと心配してたもんねー」
「ま、知り合いだし、一応は同期だからな」
「ふん、オレってば下忍なんてただの通過点だからよ」
「本気で言ってんだろうなあお前の場合……。けど、その手に持ってるの見る限り、意気込みだけってこともねーか。まあ、てきとーに頑張んな」
「おう!」
それから、しばらく雑談をして別れる。その後ろ姿を見送りながら、相手が不審に思った様子はないか、確認する。
平常心を装った顔を、本で隠す。大きく息を吐いた。
心臓が少し早く動いている。しかし、とりあえず普通に話せた。やはり、さほど自分の記憶と変わらない人生を歩んでいるようだった。
よほどおかしな行動を取らない限りは、怪しまれる要素はないのではないだろうか。
一つ不安材料が減り、また本と格闘を始めることにした。
それから時間が空いて、講習担当のイルカが部屋に入ってきた。
下忍の心構えのおさらいから、今後受ける任務の形態についての説明。以前聞いている内容のはずだが、ほとんど覚えていない。今回は一応真面目に聞く。
最後に、三人一組(スリーマンセル)について。
イルカはあらかじめ決まっている下忍の班の組み合わせを述べていく。
特に大きな変化はない。
「次に、七班」
淡々と読みあがっていく。
「春野サクラ、うずまきナルト、うちはサスケ」
前の時はこの時騒ぎ立てる者がいた。自分自身である。しかし今回はもちろんしない。イルカも当然、次の班の構成員を読み上げていく。
「次に、―――」
「ちょっと待ってください!」
遮るようにサクラが手を挙げると同時に叫んだ。
「どうしてナルトと一緒の班なんですか!?」