気が付けば真っ暗闇の中たった一人で、ナルトは立っていた。
どんなに目を凝らしてもほとんど見通せず、物音もなく、なんの匂いすら感じない。
ただ、胸の中央に灯る篝火だけがわずかに周囲を照らしている。
すぐにここが夢の中であることがわかった。
もうすでに何回も見た夢だ。
ナルトは歩きだすことにした。
そうしなければならないからだ。
理由は忘れた。
踏み出す度に、地面に波紋が広がる。
どこからか、ミザルの声が聞こえた気がした。
『心をどこにも留めずに真っすぐに今を見つめ続けなさい』
ナルトは頷くと、その通りにした。
むやみに恐れたり、それを誤魔化すために怒ることもしない。
どんな感情も今は必要ない。悲しみや憎しみ、さらには喜びでさえ、この暗闇を歩き続けるためには邪魔になってしまう。
やがて地面に足が沈みこみ始める。そのままゆっくりと全身が暗闇の中を潜っていく。恐れず、それをただ受け入れる。
夜の海を潜るように静かに体が闇の中を降りていく。
全身に闇が纏わりついてくるが、心を乱さない限りは触れて通り過ぎていくだけだ。
深く潜っていくにつれ、心音が段々と遅くなってくる。心に灯った篝火もそれに合わせて少しずつ小さくなっていく。
そうすると、また声が聞こえてきた気がした。
最近増えた二人目の、お猿の先生の声だ。
『心の音はあくまで──カルマートに。しかし決して絶やさぬように』
ナルトはまたしても頷いた。
確かにこの闇を潜っていくためには、すべての感情が邪魔だ。けれど闇から帰ってくるためには、この胸の火が必要なのだ。
小さく小さく、しかしそれとは逆にその音色はより深くしていく。
胸の火がリズムを刻む度に闇の中に波紋が輪を広げていく。
ナルトはさらに潜っていくことにした。
そのとき、遠くでなにかが波紋に触れた。
なにかはわからない。しかしとてつもなく大きいなにかだ。
ナルトはそれの方向に向きを変えた。
近づいていくにつれて、これが想像以上に巨大な何かであることに気が付いた。
どんなに近づいても、そのサイズはナルトが認識できる範囲にはまったく収まらない。
ふと、その巨大な何かが身じろぎした。それだけで無数の巨大な波紋が広がり、ナルトの波紋を掻き消した。
そこでようやく全容が感じられた。
ナルトは驚愕した。これは生き物なのだ。
そして理解する。この巨大な何かはナルトを既に認識している。
精神が乱れ、均衡が崩れる。闇が途端に牙を剥き、ナルトの身体を蝕み始めた。呼吸ができない。肺の空気が泡となって外に逃げていく。直後に左手がグンッと上に引かれる。
山鳴りのような咆哮が響いた。
周囲の闇が攪乱されて無数の波紋と激流に、ナルトは踏みとどまることなど出来ずにグチャグチャにかき回された。
濁る視界の中、ナルトは自分に向かって伸ばされる巨大な怪物の手が迫るのを理解しながら、その背に揺らめく一本のソレを観ていた。
────尻尾……。
全身に電流が流れたかのような衝撃が走って、ナルトは跳び起きた。
急いで周囲を見渡すと、何時もの見慣れた自宅の寝室の景色が視界に飛び込んでくる。
荒い息を吐きながら、しばらくそれらを眺めているとやがて動悸が緩やかになっていくのを感じた。
「夢か…………」
そう言ってから、はて何の夢を見ていたのだったかと、髪の乱れた頭を掻いた。んー……、と寝ぼけつつ思い出そうとしたが、寝起き直後の脳はその恐怖の余韻だけは覚えてはいるものの、肝心の夢の内容そのものはどんどん記憶から抜け落ちていくようだった。
まぁ、夢などそんなものか。ナルトは早々に抵抗することを諦め、抜け落ちるままに任せることにした。
ふと、左手首に違和感を覚えて目をみやると、そこに刻まれた三重の輪の形をした法印が痛みを発していた。
確か、緊箍児の印だとかなんとか。
仙術を使わなければ痛まないと、そう言っていたはずだったのだが。
悪夢を見たのはこれのせいなのだろうか。
ナルトは不良品を押し付けられたような気分になりながらがそれを胡乱気に眺め、溜息をついて立ち上がった。
伸びあがり、大きく息を吐いて気分を変える。
(おはよー……、九喇嘛)
【……………………】
心の内側に呼びかけると、九喇嘛はわずかに片目を開いた後、何も言わず、すぐにまた目を瞑った。今日はどうもご機嫌ナナメらしい。別に珍しいことではないのでナルトは気にしなかった。
まぁそもそも機嫌が比較的良いときでも、返事が返ってきたことはないけれど。
目が覚めてくるとナルトの元気な胃腸がすかさず朝ご飯にしろ、と訴えてくる。
ただ今は汗をかいているし、少し体が匂う気もしている。
先に汗を流すべきだろうか。
ちょっと考える。
ま、別にいいか、とナルトはすぐにその思案を投げ捨てた。この体になってからというもの、風呂に入った後の手間が増えて億劫なのだ。
特に朝は面倒くさい。入りたくない。だから入らない。
と考えると同時に、脳裏にサクラの顔が浮かびあがった。
「………………」
再び溜息をつくと、ナルトは朝食前にシャワーを浴びることにした。
ナルトはもう一つ気になることがあった。どうも全身が少しピリピリするような気がするのだ。
首を傾げつつ、部屋を出るときに壁にかけられたカレンダーが目に入った。上から一枚、切り取ってゴミ箱に捨てておく。
六の月は丁度、昨日で終わりだ。
今日からは七の月だ。
まずは、歯を軽く磨く。
次に脱衣所でパジャマを脱ぎ捨てて、適当に洗濯機にぶち込む。
ナルトは未だ、服を脱ぐ、という行為が苦手だった。
意識しないように努めているせいか、変化した自分の姿というものを見慣れるということがない。身長が伸びていることだけは嬉しいのだが、それと同時に男だった自分と言う存在がどんどん遠くなってしまっている気がした。
今もなおそのことに慣れてなどいないという事実に、少しだけ安堵を得る。
自分の身体のことは大事な問題だ。けれど今はそれにだけ集中しているわけにはいかない。結局、日課である一旦そのことを頭の片隅に追いやっておく作業を、ナルトは今日も繰り返した。
あまり自身を見ないようにして、ナルトはさっさと浴室に入る。
朝冷えした浴室で冷たいシャワーの水を浴びていると、頭がハッキリとして、少しだけ気分が晴れてきた。ガムテープで覆い隠してある姿鏡を睨みつつ、髪をかき上げる。
「────よし」
意識を切り替え、ナルトは頷いた。
髪の水気を絞ってから浴室を出て、髪をタオルドライした後、下着を棚の一番上から適当に掴んで履く。
サクラに貰ったくノ一用の無香料のオイルを薄く伸ばして髪に塗す。それからドライヤーで髪の根元から乾かしていく。
サクラに言われたようにやっているだけなのでこれにどれほどの意味があるのかはよくわかっていない。
あっという間に髪が乾くので、そのあと適当にブラッシングしていく。
そこでナルトはやはり体が少し高ぶっていることを認めた。
九尾のチャクラが漏れているわけでもないのに、髪が時折不意に波打つのだ。
その原因を考えようとしたが、ぐぅ、とお腹がなると眉尻を下げて、ナルトは肩の力を抜いた。
「…………飯」
ブラシを放り投げると、ゾンビのような顔でそう呟いた。
食事を取って身支度をしてから家を出る。外出する時は手首の法印を一応リストバンドで隠しておくことにしている。
男のときよりも時間が掛かるようになった分、何時もよりも早く起きてもいつもよりも遅くに出発することになる。
面倒なことだが、最近はようやくこちらの感覚に慣れてきた。
今日の集合時間はいつもより早いので、朝の修業はなしだ。
ナルトは指と手足で一定のリズムを刻みながら歩く。
これも修業の一環だ。最初は面倒臭かったが、慣れてみると前よりも歩きやすい気がする。
未だ、体の高揚は治まらない。
理由は分からない。
再不斬と白に会ったときと少し似ているように感じた。
感覚的に近いのは再不斬のあの鋭い殺気を受けたときの、全身が粟立つあれだ。
けれど、再不斬のときほどにはハッキリしない。敵意なのかどうかもよくわからない。
近くにいるのか、遠いのか。それもよくわからない。
なんというか予感とか、直感のようなものだ。
論理的な答えなどなく、漠然とそう感じているだけだ。
これも仙道の修業の影響なのだろうか。
本格的な仙道の修業を始めて早、二か月が経った。その内容は濃密過ぎて思い返すのも辛いものがあるが、その成果だけを分かり易く端的に述べるなら、ナルトの体術とチャクラ感知能力を幾分か伸ばすことができた。
おそらく、そのチャクラ感知が何者かに反応しているのだろうと思う。
それこそ白と殴り合ったときのように。
まぁ、その人物がどのくらい近くにいるのか、そもそもなんで反応しているのかという、もっとも大事なことがさっぱりわからないわけなのだが。
折しも中忍選抜試験が近いので、近日は無数の他の里の忍が木の葉隠れに集まりつつある今はなおさら、仙術が反応している相手の特定は難しい。
音の勢力の誰かなのか、それとも砂の忍達の誰かなのか、あるいはまったく別の里の者なのか。
修業に励んだ後でいまさらこう思うのはどうかと感じないでもないが、やはりどうにもイマイチ使い勝手が悪い術の気がする。
待ち合わせ場所ではすでにサスケとサクラが待っていた。
二人をそれぞれ見つめてみたが、どうやら二人からは特に何も感じない。この二人に反応しているわけではないらしい。
案の定、待ち合わせ時間にやってこなかったカカシを待つ間に、割と恒例になりつつあるサクラによる身だしなみチェックを受ける。毎日毎日よく飽きないな、とナルトは思いながらも、ちょっとしたスキンシップを内心で密かに喜ぶ。
それから遅れてやってきたカカシから中忍選抜試験の正式な開始時間と、それに推薦したことを告げられる。そういえば前もこの日だったような、と前回の記憶を思い出しながら、驚く二人に挟まれて、居心地の悪い思いを味わう。カカシが何か言いたげにじーっ、とこちらを見てくるのを座り悪く横を向いて誤魔化す。
本気で追求したいわけではなくある種の意趣返し的な雰囲気を感じた。
この程度の気まずさぐらいは味わっておけ、ということだろうか。
まぁ、確かに気まずいは気まずいが、誰にも咎められない状況よりはナルトにとっては、少しだけ気が楽だ。
そこまでカカシが気を使ってくれたのかどうかは知らないが。
それはそれとしてこのピリピリの相手は、カカシでもないようだった。
カカシから中忍選抜試験の説明を受け、それぞれに志願書が手渡される。
試験の締め切り時間は明日の午後四時だ。ずいぶんと急な話だが、これは前と同じだ。
ナルトも二人と同じようにそれを受け取った。
前も見た紙なので、とりあえず折りたたんで無造作にポケットに突っ込んでおく。
サクラからの視線を感じ、視線を返すと逸らされた。
「……………………」
嫌な感じの視線ではなかった。
むしろ、その目に宿っているように見えた熱意の意味をナルトは良く知っている。
どうしたものか、とナルトは少し困った。
サクラの気持ちから逃げるつもりはないのだが、その熱意に応えるだけの熱い想いがナルトの中にはないからだ。
サクラのことは対等な仲間だと思っている。
けれど、それはそれとしてナルトは未だサクラに向けてサスケに対して常々思っているような、殴り合ってみたい、という欲求を抱けないのだ。
敵ならば女だろうが関係なく殴れるし、戦える。けれど決してそれを求めているわけではない。
いくら対等だと思っていても、サクラと闘ってもナルトはきっと楽しくはない。
これはあらゆる理屈や論理を超越した、ナルトの男としての核の部分にある本心なのだ。
しかし一方で、そんなことを思う自分の身体は女の子なわけで。であるのに、自分自身は強いライバルの男と闘ってみたいわけで。
それもできれば熱く闘いたい、と思っているわけで。
まったく、なんという酷い矛盾だ。
少なくとも、サクラの想いに関してはナルトが受け止めなくてはいけないことだし、受け止めたいとも思っている。
いざとなったら腹を括るしかないのだろう。
ナルトはとりあえず頭ではそう結論付けた。実行できるかどうかに関してはまったく不安しかないけれど、それはもうどうしようもない。
結局、今日は任務はないとのことだったので、そこで本日は解散となった。
第七班の面々と別れた後、ナルトは日課である慰霊碑の手入れに向かった。二か月もあれば掃除の手順も大分、覚えてきた。
手入れを終えると、慰霊碑の前に屈んで手を合わせる。
まだ祈る言葉が見つからないままなので、手は合わせるがなにも祈りはしない。
かわりにその時間でこの石碑に刻まれた一族のことを想うことにしていた。
彼らがどのように生きて、そしてどのように滅びたのかを。
一般に公開されている歴史書でも、調べてみると意外にも彼らの記述を少しずつだが見つけることができる。決して多くはないそれらをナルトは時間をやりくりして探し出して、繋ぎ合わせ、頭の中に思い描いた。
あまり時間は取れないし、そんなことしたこともないので調べることができた一族はごく僅かだ。
それをやっている理由も、なにか立派な動機があるというよりは個人的な興味の部分が大きい。結局のところナルト自身には未だ、これらの当事者であるという意識があまり沸かないのだ。
ただ、この石碑のおかげ、という表現が適切なのかどうかはわからないが、ナルトが以前まで歴史というものに感じていた、どこか遠い世界の物語、という印象は少しだけ変わった。
ここ二か月の変化はいってしまえばその程度のことだ。
ナルトはじっと黙って手を合わせていたが、数十秒ほど経つとさっさと立ち上がって、掃除中に付いた土埃を払い、掃除道具を手桶にまとめると石碑に背を向けて歩き出した。
明日の朝一にそろそろ萎びてきた献花を変えておこう、と脳内にメモしておく。
中忍試験前なので修行を早めに切り上げて、ナルトは里に戻ってきた。
他の里の忍が大勢やってきているせいなのか、どこか里の内部の空気が少しだけ張りつめているように感じた。
朝のピリピリは収まるどころか酷くなっている。
お猿の先生がたの話によると、やはりナルトの仙道が誰かに繋がってしまっているようだが、それが誰なのかはわからない、とのことだった。
その人物はナルトと多少なりとも縁があるそうだが、だというならなおのこと心当たりがない。
今のナルトと縁がある人物など木の葉隠れの住人かもしくは、波の国で出会った面々ぐらいのものだ。
まさか白と再不斬が、今、木の葉隠れの里を訪れているなどとは流石に思えない。
【……………………】
不思議なことに九喇嘛も、今日は何時にも増して静かだ。
なんなんだろうな、と、ナルトは疑問を抱きつつ、人気の少ない帰路を歩いていく。
この調子では修行にも勉強にも集中できないし、いっそのこと今日はもう休んでしまおうかと考える。
「…………………………」
ふと、足を止める。
ほんの微かに、誰かが潜んでいるような気配を感じた。
実のところ、最近はたまに同様の気配を感じることがあった。気のせいかとも思っていたが、仙術の修業を進めて感覚が研ぎ澄まされていくうちにその気配が段々とハッキリと感じ取れるようになってきた。
明らかにナルトを捕捉した上で、どこかに隠れ潜んでいる誰かがいるのだ。
今までは半ば気付きつつも放置していたが、妙なピリピリによる苛立ちもあって、ナルトはその誰かを炙り出してやろうと思い立った。
立ち止まって、気配を強く感じる、進行方向にある十字路の方へ声をかける。
「おい。そこに隠れている奴、出てこいってばよ」
気配が動揺しているのを感じる。
「──出てこないなら、こっちから行くってばよ」
とナルトが宣言するとさらに慌てたような雰囲気を出したけれど、出ては来ない。焦れたナルトが一歩踏み出そうとしたその瞬間、戸惑うような足音が路地に響いた。
ただしそれは、一歩踏み出そうとしたナルトの真後ろからだったが。
振り返ると、もじもじと服の裾をひっぱりながら、所在無さげな様子のヒナタが立っていた。
「──ご、ごめんね、その、隠れるつもりじゃなかったんだけど」
隠れていたのは十字路ではなく、後ろの路地だったようだった。ナルトは持ち上げていた足を華麗に半周回して、まったくの予想通りでしたといった感じでヒナタに向き直った。
【……………………………………………………】
九喇嘛が表情も変えずに無言でナルトを見つめてきたが全力で無視した。
おかしい。ナルトは羞恥に頬を赤くしながら内心で首をひねった。確かに十字路の方からも気配がしたように感じた気がしたのだが。
「よ、よぉ。なんだヒナタか」
「!」
ナルトがそう応えると、なぜかヒナタは驚いた様子だった。
「あ、あのね、あの────ナルちゃん、その」
「な、ナルちゃん?」
聞き慣れない呼び方にナルトが戸惑うと、ヒナタはあわあわと両手を振った。
「ご、ごめんね、あのその、ナ、ナル」
「いや、別にいいけどよ」
ただ戸惑っただけで、呼び方などどうでもいいナルトがそう言うと、ヒナタはその特徴的な目をまんまるにして、ぽかんと口を開いた。
「いい、の?」
「だから良いってばよ」
特別な事を言ったつもりは微塵もなかったが、ヒナタは頭に複数の『?』を浮かべながら、衝撃を受けたようにしばらく動かなかった。
呼び方ひとつでこうなるとは相変わらず訳の分からない奴だ、とナルトは少し呆れた。
ややあって再起動したヒナタが、またもじもじと自分の服の裾をひっぱり出した。
「あの、私、その、紅先生に聞いたからそれで」
「聞いたって、何が?」
「ナルちゃんが、その、中忍試験の、推薦を貰ったって」
「?」
確かにカカシに推薦して貰ってはいるが、それでどうしてヒナタが会いに来る理由になるのかはわからないままだ。
ナルトが答えないとまたヒナタが慌てだしたので肯定してやると、またたどたどしく話し出した。
「ナルちゃんは、中忍試験受けるんだよね……?」
「まあな」
ナルトが頷くと、ヒナタはほっと息をはいた。
「私も、私も中忍試験に推薦してもらったから……」
「ふーん」
それで? とナルトはまだよくわからなかったので続きを促した。
ヒナタは目を泳がせながらも、ナルトの目を見返すと、ぎゅっと服の両裾を握りしめながら震える声で、こう告げてきた。
「わ、私もナルちゃんと同じように中忍試験、受けることにしたから」
振り絞るような声だった。
「だから、私たち、その、────ライバル、だよ」
「……………………?」
決意は感じた。
ただ、後はよくわからなかった。
中忍選抜試験を受ける以上は確かに全員がライバルであることは間違いないが、しかしなぜそれをナルトに宣言することになるのだろうか。さっぱりわからない。
「──────────」
けれどそれを考察するよりも早く、ナルトの脳裏に過るものがあった。
それは、ネジにボロボロにされても折れることなく立ち向かって己の忍道を貫き抜いた、目の前の女の子の姿だ。
そしてナルトが本選の一回戦でネジと戦うときに、最後の一押しをしてくれたあの言葉も、同時に聞こえた気がした。
誇り高き失敗者────、その言葉は今でもナルトの胸に刻まれたままだ。
ナルトは大きな失敗をしたけれど、それでも立ち上がっていられる理由の一端が、きっとあの言葉にあった。そしてそれは今はもう辿り着けない未来での世界の話で、その恩はもう二度と返せないのだ。
そう思うと、考えるよりも早くナルトは衝動的に動いていた。
ヒナタの肩に、勢いよく手を置いた。
「そうか、ヒナタ! お互い頑張ろーな!」
「はれぇ……?」
ヒナタが戸惑ったような声を上げた。
至近距離で見つめ合うと、ただでさえいつも紅潮気味の頬をのぼせているのかと勘違いしそうなほど真っ赤に染めた。
なんとなくこれもサクラと同じような案件だろうということをナルトも薄々、察していた。
前のように拗れるかもしれないのだから、相手側の気持ちを見極められるまでは本当は余計なことはしない方がいいのかもしれない。
けれどナルトはそれには構わずに言葉を続ける。もし拗れたのなら、そのときはそのときだ。
「だけどなにか手伝って欲しいこととかあったら、力を貸すってばよ」
今度良かったら組手でもしよう、とナルトはニッコリ笑いながら告げた。ヒナタは微動だにせずにただ目をまるくしたまま固まっていた。
ナルトは何度かヒナタの肩を軽く叩くと、じゃーな、と手を上げて別れを告げる。
これでよかったのかどうかはわからない。
しばらくすると、遠くから「あれぇ?」といった声が聞こえた気がしたが、ただの気のせいかもしれない。
そういえば、どうやらこのピリピリの相手はヒナタでもないらしかった。
結局、一体誰に反応しているのだろうか。
帰路に就きつつ、ナルトは疑問を浮かべた。
ナルト20周年おめでとう!