三代目の背を追いながら、ナルトは先ほど会話を脳内で反芻していた。
あっさりと暗部に入る流れになってしまったが、今更ながらそのことへの戸惑いが襲ってきていた。里の内外の通行の自由だの、禁書がどうのこうのは、正直まだ意味が分かっていない。
ただ一つひっかかることがあった。
ただしそれは、とても個人的な理由だった。
「……どうした、浮かない顔だな」
振り返った三代目が訝し気にナルトを見やった。
「あのさ、暗部になると特別上忍相当、ってやつになっちまうんだろ?」
「? そうだ」
「………………皆がこれから中忍になるための試験を受けようってときに、オレだけ裏でこんな風になってるのが、……………………なんか、上手く言えないんだけど」
「──茶番のように感じる、か」
「………………」
うん、とナルトは頷いた。
中忍試験に集まった忍たちは試験合格とは違う思惑を持っている者たちも少なからずいた。けれどその大半は皆、真剣に命懸けで試験に臨んでいた。
それを嘲るような真似だけはしたくない。
未来の知識を使うときにも、常に同じことを感じている。
どんなに理屈を積み上げても、どれだけ納得しようとしても、ナルトの本心はズルいと思ってしまうのだ。
視線を上げると、三代目が苦笑していた。
「そんな顔をするな」
そう言われて反射的に自分の顔を触った。
「………………どんな顔してた?」
「うむ、心細そうな表情に見えた。思わず慰めの言葉でも言いそうになるぐらいにな。そういう顔はな、ワシの前などではなく他の男の前でしろ。そのような表情を見せておれば、お前に降りかかる重荷も少しは減っていたかもしれんぞ。……たとえばサスケの前とか」
「言ってる意味はわかんねーけど、──サスケの前でだけはゼッタイそんな顔しねーってばよ」
三代目はサスケのことを良く知らないからそんなことを言うのだ。
怯えた態度の人間を前にしたときのサスケは、馬鹿にしながら「ビビリ君」だのなんだのと言って追い打ちをかけるような奴だというのに。それは相手の性別が男だろうが女だろうが関係ない。まぁ流石に女の子に対しては口には出さないかもしれない。けれど内心ではそう思って蔑むに決まっている。
そしてたとえサスケが万が一、絶対に有り得ないが女の子に同情をするタイプだったとしても、悪戯以外でそれを利用するような真似はしたくない。
「お前は本当に謀に向かんやつだ」
そのように伝えると、三代目は呆れた口調だったが、どうしてか少しだけ嬉しそうだった。
あと言っておくが悪戯で利用する方がもっと悪質だぞ、と付け加えていたがそれは無視した。
「あくまで特別上忍相当であって、中忍を飛び越えたわけではない。暗部を辞めればお前は何時でも元の下忍に戻れるのだから、安心して中忍を目指せ。もっとも、お前が中忍になれるかどうかは知らんがな」
「そっちは問題ないってばよ」
まぁ、前回はなれなかったのだが。
中忍選抜試験の合格基準を鑑みれば、今のナルトでも受かるかどうかは非常に怪しいところだった。
なんにせよ、どのみちこの面を受け取らないという選択肢はない。ないのだが、三代目の言葉を聞いてナルトは少しだけ、気が楽になるのを感じた。
「ナルト、そろそろ着くぞ。その面を付けなさい」
「? ……はい」
三代目に促され、よくわからないまま面を顔に付ける。
更にもう少し歩くと、森が開けて、広場が見えてきた。
森をくり抜いたようなそこは、あまり広くはないようだ。高い木々が影となって、日が高く昇っている時間なのに随分と日差しが柔らかい。灌木で視線が遮られるのも相まって、何も知らずにこの場所を歩いているだけだったなら見逃してしまっていたかもしれない。
背の低い草が靴先を撫でた。
ナルトがキョロキョロと周囲を見渡している間に、三代目は広場を進んでいく。
その背を追いかける。広場の中心には周りの木々よりもやや背の低い木が一本生えていた。
おそらく植林された木なのだろう。名前はわからないが周囲の木とどこか雰囲気が異なっているように見える。
近付く途中でその木の根元には小さな石碑があることに、ナルトは気が付いた。
手入れはしているのだろう。目立った汚れもほとんどなく、小奇麗にされている。けれど、それが古い物であることもなんとなく理解した。
僅かにヒビが入り、光沢も色褪せている。
どうしてだろう、ナルトは首を傾げた。
いつか、何処かでこれと同じようなものを見たことがある気がした。
どこで見たのだったか、ナルトは喉元までせり上がってくるそれを思い出そうとした。
ナルトが自分の記憶を探っている間にも、三代目は手際よく石碑を清掃していく。手桶の水を石碑にかけ、雨水やほこりであろう黒ずみを、布巾でふき取っていく。
その石には無数の文字が短く分かれて刻まれていた。
それを認識した瞬間ナルトは突然閃くようにこの石碑のことに思い当たった。
「あれ?」
「………………」
「なんでこれがこんなところに」
誰に言うでもなく、ナルトは呟いた。
これは、第三演習場の慰霊碑だ。
あまりに古びていたので、すぐには同じ形をしていることに気が付かなった。
だが間違いない。
三代目は黙々と手を動かし続けている。ナルトはその様子を横目で窺いつつ、手持無沙汰なので取りあえず屈みこんで慰霊碑を観察することにした。
「………………ん?」
書かれた名前を流し読みしていたナルトはふと、違和感を覚えて目を細めた。
姓名のどちらも合わせて刻まれていた第三演習場のそれとは違い、こちらの石碑に乗っているのはおそらく姓の方だけだ。
おそらくなのは、それが本当に人の名前なのかイマイチ断定できなかったからだ。
『
飯綱 八雲 大噛 千足 突破 覗見 ──。
』
ここに書かれた姓にはまったく見知ったものが見当たらない。
どういうことなのだろうか。
第三演習場の方の慰霊碑にはその個人名にこそ見覚えがないものの、その苗字の方には幾つか知り合いと同じものがあることを知っている。
しかしこちらには、どうにもそれがないように見受けられた。全部の名前をしっかり確認したわけではないけれど、そもそも並んでいる名前そのものがあちらとは違っているのだ。
つまり、この慰霊碑と第三演習場の慰霊碑はよく似ているけれど、同じものではない。
そしておそらくこの石碑の方が、更に古いものなのだ。
「……………………」
不思議な気分になりながら、ナルトは目の前の慰霊碑に見入っていた。
第三演習場の慰霊碑は、里の任務で殉職した英霊を刻んだ物だった。里の為に戦い、犠牲となって死んだ人たちを慰霊するために造られた物だ。
では、こちらの慰霊碑は?
ナルトの内心の疑問に答えるように、三代目は呟いた。
「ここに刻まれた名はな、ナルト。木の葉の里によって滅ぼされた一族、……その者たちの名なのだ」
「────」
「……正確には、里が出来る以前の時代のものも含まれるがな。里が出来たとき、それぞれの一族の代表が集って、覚えている限りの滅ぼした一族の名を、この石に刻んだ。第三演習場の石碑は、後にこれを模して二代目火影様がお造りになられたのだ」
この石碑に刻まれた一つの名が、一つの一族。
ナルトは呆然と目を見開いて、再び目の前の小さな石碑を眺めた。
そこに刻まれた一族の名の数は、十や二十などでは到底きかない。
死んだ人間の数に至っては、もはや数えきれないだろう。
夥しい数の死がこの石に刻まれていることを、ナルトは理解した。
「…………………………」
手入れを終えると三代目はナルトの横に並んで石碑に向かい、手を合わせた。ナルトは戸惑いながら、それに倣った。
けれど、何を祈ればいいのかはわからなかった。
今の今まで存在すら知らなかった者たちに対して、祈る言葉が見つからない。
結局、ナルトは手を合わせたまま、当惑する他なかった。
三代目は何故、これを自分に見せたのだろうか。
いや、それよりも。
何故これはこのような場所に、人目から隠すように置いてあるのだろうか。
三代目は淡々と言葉を紡いだ。
「木の葉の里が出来た当初は、今よりも不安定な時代だった。里という大きな集団が出来たことで一族ごとの闘争は次第に収まりつつあった。──しかしほぼ同時期に複数の大規模な集団が生まれたことで、逆により大きな大戦への火種も燻らせた」
三代目の言っていることの意味をすぐには咀嚼できないナルトに合わせるように、三代目はすぐには言葉を続けなかった。
「…………うん」
「辛うじて纏まった里も、到底、安定しているとは言えなかった。何世代、あるいは何十世代と積み重なった遺恨が簡単に消えるはずもなく、それどころかいつそれが爆発してもおかしくなかった」
その時代のことを思い出しているのだろうか。三代目の目は少し遠くを見るような色をしていた。
「……我らは、足を止めるわけにはいかなかった。綱渡りのような危うい均衡の上に出来た平和への道の影に隠れた憎しみや犠牲に足を取られて、なにもかも無駄になってしまうことが何よりも恐ろしかった。過去を顧みて伝える歴史と伝えない歴史を選り分けている余裕がなかったのだ」
「…………難しくてよくわかんねーってばよ」
三代目はナルトの方に一瞬目をやると慰霊碑に近づいて、柔らかく触れた。
「ここに刻まれた名は決して木の葉全ての一族の仇敵であったわけではない。……それどころか、ある一族にとっては友邦や同盟、かつての守るべき主や、忠義を尽くしてくれた家臣の一族もいたのだ」
たとえば奈良一族と秋道一族の関係のようにな。と三代目は続けた。
「────」
「……辿っていけばキリが無かった。故に生き残った一族同士で話し合って、過去の遺恨を継がないと決めた。……滅んだ一族にとっては本当に勝手な話だがな……。いつか里が真に安定し、戦争の危機がなくなるその日まで、我らは多くの過去を受け継がずに、捨て置くことを選んだのだ。そして選ばれたごく少ない者たちのみがそれを伝え続けた」
九尾の一件と同じように、里に住む者たちは『伝えない』ということには慣れておるのだ、と三代目は自嘲するように言った。
────ふと、白の顔が脳裏に浮かんだ。
彼もまた、滅んだ忍の一族に連なる一人だった。
波の国の任務で、白の筆舌に尽くし難い人生を、ナルトはほんの少しだけ分かち合うことができた気がしていた。けれどナルトと白が分かりあえたそれですら、きっと白の人生の中のほんの一端に過ぎないはずだ。人ひとりの人生は、一生を尽くしてさえ完全に分かち合うことなどできないのだから。
そしてその一端を分かち合うことでさえ、多くの苦しみと困難を伴った。
ナルトはこの石碑に刻まれた膨大な数の人間の人生を想わずにはいられなかった。
暗部や火影だけしかこの場所に入れない理由は、納得はともかく、理解はできた。
「……だけど、戦争ってのはもう終わったんだろ? だったらもう」
「──いいや、未だ終わってはおらん」
ナルトの言葉を三代目は静かに否定した。
「最後の大戦から十数年──、軍縮に移りつつある忍の世界はまた少しずつ変化を迎えておる。だが、軍縮の中でも雲隠れを始めとした多くの里が、静かに牙を研ぎ、力を蓄え続けている。それについてこれない弱小の忍里は依頼を奪われて困窮していき、血を流さずとも真綿で首を絞められるように追い詰められていった。今の砂隠れの里がまさにそうだ」
その結果、追い詰められた砂隠れは大蛇丸の奸計に嵌って音隠れと共に木の葉崩しを実行するに至った。
「砂隠れが未来で、お前の言うような事態を引き起こした遠因は、木の葉自身にもある」
「…………」
「そして暁もまた、同じ流れの中で誕生し、育んでしまった。何も、終わってなどいない」
「…………」
「……お前に以前言ったことを覚えておるか? 忍の世界には目や耳を塞ぎたくなるような話で溢れているということを。どうだ、後悔しておるか?」
ナルトは首を振った。けれど、それは後悔しなかったという意味ではなかった。
ただ単に、三代目の言った事を半分も受け止めきれていないからだ。
「…………わからない」
ナルトは素直にそう答えた。
「でも、オレはそれを見て、聞かなくちゃいけないんだ」
見て聞いて考えて、そして自分自身で判断しなくてはいけない。
知ってどんなに後悔することになったとしても。自分が、変わってしまうかもしれなくても。
後で気付いて後悔するよりはずっといい。
前と同じような失敗だけは絶対に繰り返してはいけないのだから。
「…………そうか」
三代目は、ナルトを見つめて溜息をついた。
「……暗部は余りここには寄り付かん。ワシもこれからは訪れられない日が多くなるじゃろう。ナルト、しばらくの間、ここの手入れをお前に任せてもよいか?」
ナルトは頷いた。三代目は短く感謝を述べると、再び石碑に手を合わせた。ナルトも同じようにそれに倣った。
祈りの言葉はまだ浮かばない。なのでまた無心で祈ることにした。
「────イタチは、よくここを訪れておった」
目を瞑っていたナルトに三代目は小さく呟くように告げた。
思いがけない名前が出てきたことで、ナルトは少し固まった。
うちはイタチ。サスケの兄であり、うちは一族を虐殺した後に里を抜けた大罪人。
サスケの復讐の相手。一度出会ったことがある。けれどあの時はただ慌てていただけで、何かを見極めることなどできやしなかった。
ナルトは少し考えてから訊ねた。
「…………イタチってどんな奴なんだ?」
「そうだな、とにかく才能に溢れた子だった。あらゆる忍術の才に溢れ、驕らず、非の打ち所がなかった。十歳で中忍に昇格し、十二歳の頃には暗部に入隊しておった。……む? 暗部に関してはお前もそうか………………、うむ。まぁ、とにかくイタチは、天才という言葉そのもののような子であった」
「…………」
三代目の物言いには釈然としないものが残ったがナルトは先を促すために、頷くだけで済ました。
「思慮深く物静かな性格であった。いや、あるいはそうならざるを得なかったのかもしれんがな。若くして一族を代表とするような忍になってしまったが故に、一族と里を繋ぐという歳不相応な重圧に晒されて、苦しんでおった」
一度会ったときの冷徹ななんの感情も浮かばない機械のような表情を思い出す。
イタチはこの慰霊碑を前にしてなにを想っていたのだろうか。
どうして、一族を虐殺するなどという行為をするに至ったのだろうか。
ナルトには想像もつかない。
落ち着かない気分になって、ナルトは目の前の慰霊碑に手を伸ばした。そこに刻まれた名に、触れないようにしながら、なぞっていく。
やはり、どれもこれも目にしたことがない。そもそも第三演習場の方の慰霊碑でさえ、下忍にならなければ基本的には知らされることがない。
その意図すら、まだナルトには理解が及ばない。
文字をなぞる手が、慰霊碑に刻まれた名の最後に差し掛かって、ナルトは思わず目を見開いた。
「────え」
そして、見つけた。いや見つけてしまった。
そこには唯一、ナルトが知っている名が刻まれていた。
「…………どうしてだろうな。かつてのイタチと今のお前が、少し重って見えるのだ」
近くにいるはずの三代目の声が遠くから響いてくるように感じた。
サスケの一族を虐殺したような人間に似ていると言われたのに、ナルトは怒る気にはなれなかった。
三代目の声には憎悪ではなく、懐かしさと後悔のようなものが籠っていた。
だが、それらを訝しんでいる余裕などナルトにはなかった。
慰霊碑の最後にはこう刻まれていたのだ。
『うちは』、と。
ぐるぐる、と思考が巡る。
ここに刻まれたのは木の葉隠れの里によって滅ぼされた一族だと、三代目は言っていた。だが、うちは一族はうちはイタチの手によって虐殺されたはずではなかったのか。
胸がズキズキと痛む。目を逸らすなと言っているかのように。
そもそも木の葉隠れの里によって滅ぼされた一族、とはどういう意味なのだろうか。
それは木の葉隠れの里が行った選択によって滅んでしまったという、間接的なものも含めた意味なのか、あるいはただ単に、攻め滅ぼした、という意味なのか。
もし前者ならば、ここに刻まれている意味は通る。けれどもし後者ならば。
昏い、昏いなにかが這寄ってきているような悪寒が、ナルトを襲った。
「もし、サスケが本当に里を抜けようとするならば、もう一つお前に話して置かなくてはならないことがある」
ナルトはハッとなって顔を上げた。三代目は変わらず、慰霊碑に向かって祈ったままだった。
「────だが、少し待ってくれんか。大蛇丸の一件がどう転ぼうとも、中忍選抜試験が終われば必ず伝える。だがそれまではまだ待っていて欲しい」
「…………………………」
即座に返答はできなかった。
疑惑や疑念がナルトの脳内で渦巻いていた。まだ、明確な形にはなっていない。
けれど、手を伸ばせば触れられそうな位置にそれはある気がしている。
胸の傷が、それに早く触れろ、と急かすように痛み続けていた。
──だが、同時に三代目があえてこの慰霊碑をナルトに見せてくれたことも、忘れてはいけない。
むやみやたらと信じるのは、きっと違う。けれどただ疑うのもまた違うのだろう。
きっと正解はない。だからこそ、それは難しい。
ナルトはその二つを飲み込んで、自分の信念に従うことにした。
「わかった。待つってばよ」
胸の痛みの抗議を無視して、ナルトは頷いた。
「…………すまんな」
謝罪とも感謝とも取れるような言い方だった。
「…………長く生きると後悔ばかりが募る。より良くしようとしてきたはずが、過去を振り返ればもっと正しい選択肢があったように感じる。平和や平等を追い求めて、少しでも忍の在り様に光を当てようとし続けた結果────」
三代目は地の底に響くような溜息をついた。
「ワシはより深い影を生み出してしまっただけかもしれん、とな」
木のように穏やかに生きたい、というフレーズがある。
確かに、木は一所の場所に留まって人のようにむやみと動いたりもせずに、太陽に向かって真っすぐに立っている。その姿は、あるいは一見心穏やかに見えもする。
だが、木は日の光を少しでも自分の物にするために枝葉を広げ、絶えず領土を奪い合っていることは知っているのだろうか。
足元では己の子孫である種を無数に殺し合わせ、優秀な、あるいは運の良い者だけが生き残り、そして親と同じように戦いに明け暮れる。他の木々と栄養と光を奪い合い、自分に群がる害虫を殺すための油を生成して己の身を守り、絶えず襲い来る外敵に抗い続けている。
それを穏やかと呼ぶのは、人がただ木に無関心であるだけだ。
であるならば、穏やかに生きるがよい。
その影にあるものを忘れ、無関心なまま、ただ過ごせばいい。
それを引き受けるために暗部は存在するのだから。
木の葉隠れの里の表からは見えぬ地の底に存在するソレは人々に知られることなく、そして知っている限られた者だけがこう呼ぶのだ。
────『根』と。
木の葉の里のとある場所に存在する根の本拠地にて、その長たるダンゾウは部下たちから届く報告に目を通していた。
その手にあるのは、複数の書類と小瓶に収められた黒い丸薬だった。
「余計な事をしてくれたものだ…………」
手元にある資料の一つである写真を眺めながら、小さく息を吐く。
この丸薬が如何なる物なのかは、ダンゾウにとってはどうでもよいことだ。重要なのは、これを火の国を通して音隠れに輸出してやることで得られる手数料が『根』を運用するための重要な資金源だったということだ。
自分の足が付く可能性は限りなく低いとは思うが、輸送ルートは完全に割れて、そこから芋づる式に随分と多くの人間が処理されてしまった。
少なからず手痛い打撃だ。
それは単純な金の問題だけではなく、ダンゾウ自身の信頼にも関わってくる。
何の予兆もなく、故に対応も随分と遅れた。ほとんど手遅れだったといってもいい。
まさかたかが上忍一人と下忍三人の班が一つ波の国に入ったことでこの事態を想定することなどできはしない。
できはしないが、やらなくてはいけなかった。
そのおかげでダンゾウの裏社会での評価は随分と落ちてしまった。
長い間、時間を掛けて作り出したものが理不尽にも一瞬の油断ともいえない隙で、崩されてしまった。
であるがゆえに、その原因を探さねばならなかった。
一番の大きい要因ははたけカカシであると、当初は想定していた。任務前に三代目と接触していたことはすでに調査済みであったし、過去の実績から見てもこの男以外には有り得ない。
だが、波の国の現場から得た情報ではその裏付けは得られなかった。
むしろ、まったく別の人間が浮かびあがってきていた。
ダンゾウの手にある写真には、一人の少女が映っていた。
「………………」
アカデミー時代での資料から鑑みれば、それは妄想にも思えるような異常な行動や成果を叩き出した少女の写真を、ダンゾウは静かに見下ろした。
もっとも最近に作られた資料の中での評価は、彼女には忍としてなにも特筆すべきことはなく、無能で無才であるという結論に終わっていた。
だが、その少女がこの事態を引き起こしたという事実はもはや疑いようがない。
資料を読み進める上で、まるでアカデミー卒業と同時に別人にでも入れ替わったかのように感じた。
そんなことは有り得ない。しかしアカデミー卒業直前に起こった禁書持ち出し事件のときにこの少女は九尾の力を開放した後、数日間昏睡状態に陥ったという。
この日を境に、二つの少女の情報の歪みを、ダンゾウは感じていた。
故に、調べた。
病院で医者から得られた証言は、荒唐無稽なものばかりだった。性別が入れ替わっただの、うちはサスケが里を抜けただの、三代目が死んでいるだの、こんな事態でなければ目を通すことすらないような、妄想の羅列だ。
ただ一つだけ、ダンゾウが興味を引かれたものがあった。
「…………………………未来、か」
あの少女が口走った妄想の中にあった言葉の一つ。
有り得ないことだ。未だ、信じてはいない。だが、この少女が特異ななにかを持っている可能性は極めて高いように見える。
「見極めねばなるまいな」
深い影の中で、男は呟いた。
前までは私が更新を滞らせると、『更新頑張ってください!』とか『続き待ってます!』なんて心温まる感想を送ってもらえたんですが、最近は読んでくれている人も一、二か月の更新遅れには慣れてしまったのか、『サスケの写輪眼がポニーテール見ることで覚醒したらどうしよう』とか、『我愛羅ちゃんが女かもしれない可能性について』だの私の話を読んでくれている人らしい意味不明な感想ばかりで普通に草です