ナルトくノ一忍法伝   作:五月ビー

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30『繋ぐ手』②

 幻術破りの理屈は、血継限界まで含めてしまえばそれこそ千差万別だが、その中でももっとも多くの技法の根幹を為すのは、己のチャクラの正常化だ。

 要するに、乱れたチャクラを元の流れに戻すことこそ、幻術破りの基本であり、そして乱されないようにすることもまた、それを防ぐ為には有効な手段となる。

 ナルトが実践できるのは、その中のたった二つしかなかった。

 サクラに向かって、自分の手を差し出す。

 

「? ……なに?」

 

 サクラは怪訝そうに眉を寄せた。

 

「サクラ、アカデミーで習った幻術破りの基本的なやり方二つ、覚えてるか?」

 

 因みにナルトは三代目に改めて教えて貰っていただけで、アカデミーでのことは記憶にない。

 

「そんなの簡単よ。自分でチャクラの流れを元に戻すか、それとも他の忍びのチャクラを流してもらってそうするか、よ」

「その両方のメリットとデメリットは?」

 

 サクラはさらに怪訝そうな表情に変わったが、なにか反論するでもなく答えた。

 

「自分で流す方法のメリットは比較的簡単で、尚且つ準備がいらないこと。チャクラを練るだけでいいから。デメリットは、効力が弱いこと。他人から流してもらう方法については、――丁度その逆よ。効力は大きいけど、チャクラを流す技術の難度が高いことと、接触しなくちゃいけないから動きが制限されること」

 

 答えを確認するような視線に頷く。自分だったらこうもスラスラと解説できる気がしなかったから言って貰ったのだが、それはおくびにも出さない。

 

「自力で解除するには、どうしても時間が要る。だけどそれじゃ、相手の思うつぼだってばよ」

 

「だったらっ、……………だったら……」

 

 文句を言いかけて、止まる。ナルトが差し出した手を見つめ、何かに気が付いたように視線を上げる。

 

「……まさか」

「そう。自分じゃ駄目なら、味方に解除して貰いながら進めばいいんだってばよ」

 

 互いの身体の一部を触れ合わせながら絶えずチャクラを流し合う。そうすることで、弱い幻術程度なら無効化できるはずだ。もちろんそれは、簡単ではない。チャクラを一定の量を放出し続けるのは高度な技術だ。木登りの術よりも、あるいは繊細さで考えれば、水面歩行すらも上回る難しさかもしれない。

 サクラが即座に賛同しないのは、それが理由だろう。

 だけど、ナルトは信じていた。サクラならこの程度のことできないはずがない、と。それはただの妄信などではなく、サクラの才能と努力を誰よりも知っているから。

 だから、ナルトは背中を少し押すだけでいい。

 

「この任務で一番チャクラコントロールが成長したのは、サクラ、お前だってばよ」

 

 サクラの身体が、震えた。

 木登りの修行も、水面歩行の修行も、決して無駄だったとは思わない。その努力があったからこそ、今ここでこの行動に移れるのだから。その気持ちを、真っすぐに態度で伝える。

 だから、その先の言葉は続けない。

 ただ、待つ。

 ふと、少し前の演習のことを思い出していた。あの時は手をサクラに弾かれてしまった。今思えば、それがサクラとナルトの大きなすれ違いの始まりだった。

 決してナルトが望んでいた形ではないけれど。前と同じように、しかしまったく違う立場で、少し不安を隠しながら、ナルトは震えそうになる手を差し出す。 

 サクラは、ナルトの内心の恐れには気が付かなかったようだ。ただ己の内にある覚悟を漲らせながら、しっかりと、ナルトの手を握った。

 冷たい手だ、とナルトはとっさに思った。冷や汗と疲労ですっかり冷え切ってしまった手だった。ナルトが察したことをサクラも察したのだろう。少し頬を染めた。

 

「…………………だが、あの鏡の術はどうする?」

 

 サスケが空気を読まずに訊ねた。短い間にサスケは、立ち入り辛い内容だと理解し、それについては関わらないことを決めたようだ。鉄面皮の男はすでに、戦いにのみ集中する風を装っている。

 まあ、ナルトでもそうするだろう。色んな意味で間違いなくサスケが正しい。

 

「あれは、………ナルトにしか見切れん。チャクラの放出の為に立ち止まっていては、どのみち先ほどまでと変わらないことになる」

 

「それも考えがあるってばよ」

 

「なんだと」

 

 ナルトも別の意味で赤くなった頬を隠すようにあらぬ方角を向きながら、警戒しているフリをする。好きな女の子と手を繋ぐという行為にこんな状況ながら照れを感じ始めていた。

 

「やり方を間違えていたんだってばよ。チャクラの放出は、……何も全方向じゃなくていいんだ」

 

「…………………ふん、そういうことか」

 

 それだけで、サスケは理解したようだった。

 わかってしまえば、それは至極簡単な理屈だ。

 その盲点を作ったのは、ナルト自身が未だ、チャクラの節約という概念に慣れていないせいだ。何も律儀にあらゆる方角に向けてチャクラを放出する義理などないというのに。

 ナルトが進むべき方向、そこにだけ真っすぐチャクラを伸ばせばいい。

 

「サクラ、行けるか?」

「…………………大丈夫」

 

 流石に軽口を叩くほどの余裕はないらしい。汗を浮かべながらチャクラコントロールに集中している。

 互いのチャクラが互いの中を流れていく。

 それは不思議な感覚だった。心地よいか悪いかで言えば、あまりよくない。異物感がある。

 だが、どこかで違和感のあった視界が元に戻っていく。

 明らかに幻術の効力が薄れていく。文字通り、目に見えている。

 後は、真っすぐに突き抜けるだけだ。

 ナルトは二人に不安を悟られないよう、自分を鼓舞するように笑った。

 

 ―――これで、チャクラコントロール失敗するのが自分だったらどうしよう?

 

 

 

 

 

 ナルトたちが立ち止まった時、白はすぐには追撃をかけなかったのには理由があった。

 もちろん、あまり追い詰め過ぎて相手が自暴自棄になって困るというのもあった。しかし、一番の大きな理由は白自身のチャクラも尽きかけていたからだ。

 やはり、結界の楔を折られたのが痛かった。すでに結界の維持に費やすチャクラ量は白の回復力を大きく上回っている。

 仕留める必要はない。結界の中から抜け出す手段が無い以上、なるべくチャクラを温存しナルトたちをここに留めるだけでいいのだ。

 それで情勢は動かない。

 そう思っていた矢先だった。

 状況が、動いた。

 霧の迷宮を、強引に真っすぐ突破されていく。白はそれを『追い』ながら、大いに焦燥した。

 目で確認し、すぐに理解する。

 あんな乱暴なやり方で結界を突破するつもりなのか。

 分身を送り込むが、護衛するように黒髪の少年が破壊していく。

 鏡に映った幻の景色も、あっという間に破壊されてしまう。

 強引極まる攻略だが、有効であることを認めざるを得ない。

 まずい。このままだと、森を抜ける。

 しかし、状況を打破する手段が無い。

 この結界は対人特化の『魔鏡氷晶』とは違い、あくまで支援型だ。故に物理的な力はほとんど持たない。幻術を二つとも無効化されてはもはや為すすべがなかった。

 森を抜けても、結界の中であることには変わりないが、その場合。『気づかれる』

恐れがある。

 だからこその焦燥。

 しかし、もう打つ手はなかった。

 

 

 

 

 ナルトはサクラの手を握りながら、真っすぐに走った。

 今日はもう動きっぱなしだ。心も体もなにもかも、激流に晒されるような一日だ。体力も気力もすでに限界近い。しかしそれは三人とも同じだ。サスケも、もう写輪眼を維持するのもキツイはずだ。サクラだってチャクラはもう残り少ない。

 しかし、不思議と焦りはしなかった。

 あまりの疲れのせいか。

 隣から伝わってくるサクラのチャクラ。そして自分自身に流れる、チャクラ。それらを強く感じる。

 

「ナルト、私もわかるわ。アンタのチャクラを、確かに感じる」

「…………………」

 

 サクラの言葉に、少し驚く。それは猿飛の術で表現する所の第二段階に当たる感覚で、ナルトが数週間修行して得た技術だ。それをこうもあっさり習得されてしまうとは。

 やはり、自分は三枚目が似合いのようだ。締まりの悪いオチがつく。

 白の分身が連続して行く手を遮ってくるが、サスケが悉く、薙ぎ倒していく。何体かは突破してくるが、それは蹴り飛ばし、倒れている間に走り去る。

 身体は重いが、体は軽かった。

 

「あと少しで森を抜ける!」

 

 サスケが叫んだ。

 ナルト自身も、それを察していた。そしてたぶん、この結界にはもうほとんど謎は隠されていない。残った疑問は、白の居場所くらいか。

 それを見つけない限り、完全な勝利はない。

 もし、猿飛の術を完全に扱えれば、白を見つけることもできるのだろうか。

 

『さあね、ただ猿飛の術を完璧に扱うためには、『今』を見る必要があるのよ。それができなければ、完璧にはならないわ。アンタが次のステップを踏めるかどうかはそれ次第』

 

 任務前にミザルの言っていた言葉が、唐突に浮かんだ。

 あの時は意味がわからなかった。今もよくわからない。

 しかし、今の自分なら、何かを掴める気がした。

 真理を知った、などとは言うまい。

 ただ、自分の心から目を逸らさずに全てを正しく見据える、それが少しだけできる気がしたのだ。

 

 ―――(タナゴコロ)を広げる…。

 

 理解ではなく、実感。

 身体の外に見えない手を伸ばす幻視。

 それが、何かを掴んだ感触があった。 

 その瞬間、視界が一変した。

 

「―――あ」

 

 霧が消えた。否。目を開ける必要が無くなったのだ。霧はある。しかし、それはもはやナルトにとって関係なくなっていた。道どころではない。ナルトの意識は、遥か遠く、街の方にまで届いていた。

 もはや、広がるというより拡散すると表現した方が正しい。ナルトは慌てて押しとどめた。

 このまま広がり続けるのは、まずい気がした。

 広がっていく手を抑えるイメージを必死に浮かべる。

 

 ―――これが、じいちゃんが言っていた本当の『猿飛の術』なのか?

 

 猿飛の術の第三段階。他のチャクラを感知する状態。考えたいことは山ほどあったが、今はそんな暇はない。そうだったとしたら、この感覚が消える前にやらなくてはいけないことがある。

 ナルトは周囲に意識を張り巡らす。自分の内側にある強大なチャクラ。これは九尾の物だろう。このチャクラに意識を繋げるのはマズイと直感し、矛先を逸らす。直ぐ近くにサクラのチャクラ。小さいが、温かい。その少し先に、サスケのチャクラ。大きいが少し不安定に揺れている。そして遍く広がる、不思議な色のチャクラ。

 

 ―――これが白のチャクラなのか。

 

 言うなれば青と白が混ざり合ったようなそんなイメージ。焦り恐れそんな感情が流れ込んでくる。その意思を、慎重に手繰っていく。そもそもこれが正しい猿飛の術の使い方なのかどうかも、今は考えない。

 まるで川の流れのように、チャクラから誰かの心が流れ込んでくる。それを必死に遡っていく。

 そして、見つけた。

 

「サスケ、サクラ。―――上だ」

 

 

 




 幻術突破のシーンは原作のネジvs鬼道丸を参考にしました。

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