ナルトくノ一忍法伝   作:五月ビー

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23『霧』

 身体は大方、癒えた。手を開閉させてその力の握り具合を確かめて、白は自分の肉体をそう評した。

 服を上半身だけ脱ぎ、体に巻いた包帯を解くと、手拭で体を拭う。打撲の跡も見た目上では、ほぼ引いている。まだ少し内部に痛みが残っているが、白はそれを『不調』とは捉えなかった。

 

 白の生きてきた世界の視点でみればこれ以上の休息は不要。抜け忍にとって、あらゆる意味で万全であることの方が珍しい。

 

 白の十分の定義はすなわち、再不斬の任務を補佐する『道具』として、万全の機能を果たせるかどうかということ。物理的に肉体が動ければそれでいい。多少の痛みや怪我程度で働きが鈍るようでは道具としては失格だ。

 

 思考はすでに次の戦いに向いていた。

 

 咄嗟とはいえ全力を出した氷壁の防御すら貫いて、白の身体に致命的なダメージを残したあの恐るべき攻撃が、『螺旋丸』という名の術であることは再不斬から聞いていた。失態ではあったが、皮肉なことに、傷を治しながら考える時間はたっぷりとあった。ナルトの術や動きを解析し、徹底的に研究した。恐るべき強さではある。ではあるが、無敵の強さ、ではない。白は冷徹な視点で、うずまきナルトという忍びへの対抗策を組み上げつつあった。そしてそうしていながらそこに油断や慢心はない。

 

 ナルトが実力を隠している可能性は十分にあり得ると考えているからなのもそうだが、そもそも白は誰に対しても侮るつもりはなかった。それは戦闘者としてというよりは、白の性分だろう。

 

 傷の具合を確かめるために使っていた姿鏡。そこに映った己の目に、ふとあの燃えるような光を宿した蒼い瞳を連想した。故のないことではない。最近ふとしたときに、あの長い金髪の少女が白の心に浮かび上がるのだ。そしてその理由もすでにわかっていた。

 

 ―――あの子、綺麗だった。

 

 それはその容姿もそうだが、それ以上に引き付けられるなにかが、あの少女にはあった。それは輝きと呼べるものかもしれない。

 味方を傷つけられた怒りを持ちながら、それに支配されることなく真っすぐに白を見ようとしていた。

 ああ、きっとこの人は素晴らしい生き方をしてきたんだろうという直観に近い感覚を覚えた。真っすぐに胸を張って生きてきた人間の目だと思った。

 本来なら白にとって好ましい在り方のはずだ。

 綺麗なものは好きだ。それが物であれ者であれ、それを美しいと感じるなら白はそれが好きだった。対岸から眺めるようにその美しさを愛でるのは、楽しい。世界には美しいものがある、白にとってそれは喜ばしいことなのだ。

 

 なのに、ナルトという人物を思い浮かべる度に、白の心は僅かにざわついた。

 

 鏡から目を切って、服に手を伸ばした。着替えると、部屋を出る。すでに再不斬は起きていた。静かな佇まいだったが、それは表面だけのこと。嵐の前の大河が穏やかなように、戦う前の再不斬は深く深く闘志を身の内に沈ませていく。だから、一見するとまるで凪いでいるようにみえるのだ。

 迫る殺し合いの期待が大きいほど、その落差も大きくなる。

 

「完全に動けるようになったか」

「はい再不斬さん。お互いに」

「そろそろ動く、………次は仕留められるな」

「ええ、必ず」

「ああ、疑っちゃいない。全くな」

「ありがとうございます」

 

 白は微笑んだ。どんな内容であれ、再不斬に認められることは白にとっての喜びだった。

 それがたとえ信頼ではなく信用であるとわかっていても、それをしっかりと理解した上で白は素直に喜んだ。それこそが道具として正しい在り方だと信じていた。

 かつて忍びの血を引いているという理由で母を殺した父。その父を殺して孤児になり、再不斬に拾われて忍びとして生きていくことを決めた、そのときからずっと。

 

「再不斬さんも気を付けて下さい。写輪眼の対策は考えましたが、それだけの相手ではないはずですから」

「コピー忍者のカカシだ、そうじゃねえほうが有り得ねえ。だが、でき得る限り手を読みつくした先は……相手の息の根を先に止めた方が勝つ、それだけだ」

「それでも、ボクは再不斬さんが傷つく姿は見たくありませんから」

「そう思うことはお前の自由だ。だが抜け忍である以上は戦いの中で死ぬ。子供のような感傷はほどほどにしておけ」

「それでも、ですよ」

「白、普段お前がどんなことを考えようが好きにして構わねぇ。興味もない。が、今回ばかりは自分の相手に集中するんだな。前の敗北はオレが奴らの強さを図り損ねたのが原因の一つだ。だからこそ、一度の敗北は許す。だが、同じ相手に二度負けるような『道具』は――、オレには必要ない」

 

 肌を刺すような緊張感が場に満ちる。それは普段の再不斬に比べてさほど激しい威圧ではない。だが抑えていても溢れる殺意は、まるで蠢く影のような幻視を伴いつつ、白を包み、そして部屋中に広がっていった。心弱い者なら全身から冷や汗が噴き出るような圧力に、白は恐れは抱かなかった。

 

「忠告ありがとうございます」

 

 白は先ほどと変わらぬ態度で嬉し気に答えた。空かされた形となった再不斬は表情は変えずに殺気だけを強めた。そこに怯えや恐れを見出そうとしているのだろう。

 もし白が再不斬に甘えて中途半端な態度で戦いに挑もうとしていると感じたなら容赦なく、道具としての価値すらないと判断するはずだ。それを理解しながら、白の静かな微笑みが変わることはなかった。

 

「…………相変わらず毒気がない奴だ」

 

 殺気を収めた再不斬は溜息をついた。

 

「好きにしろ」

 

 そう言うと、再び目を閉じる。

 白は壁に身を預けた姿の再不斬に一度、頭を下げてから、歩き出した。

 

 再不斬は恐らく気が付いているのだろう。白の迷いに。

 

 半ば無意識に懐に入れた追い忍の証である仮面を、指で撫ぜる。仮面を被るときは対象の監視。仮面を持ち出さないときは変装して外出。白のパターンはその二つだったが、今回はそのどちらにも当てはまらない。

 

 うずまきナルトの感知範囲はすでに完全に把握していた。それの外側から、万が一にも顔を見られぬように仮面をして観察するのがここ最近の白の行動だった。もちろんその意味は相手の動きのくせや傾向を把握するためだ。

 

 それは――もう終えた。恐らくこれ以上情報が引き出せることはないだろう。だからもう監視に行く意味はなく、ただ出かけるだけなら仮面は必要ない。

 これからすることは無意味。あるいは余計な行動。だから未だに迷いがあった。

 その迷いが仮面を置いていかず、かといって付けるわけでもない矛盾した行動に現れていた。

 なぜ、あの少女があんなにも気にかかるのか、今この瞬間に、一つだけわかった。

 あんなにも真っすぐに見つめられたのが、随分と久しぶりだったからだ。

 道具でもなく敵でもなく、ただの白として。

 

 ―――ああ、だからこそ、ボクはきっと彼女に…。

 

 

 

 

 うずまきナルトを監視していて、不可解だったことは多い。ただでさえ、影分身という術を多用していて追跡するのが困難な上に、幾つかの個体は上忍と共にいる場合がある。ナルトと上忍が行動を共にしている場合は基本的に追跡は諦めた。怪我を負ったまま上忍の警戒網を潜り抜けながら追いかけるのは難しい。

 

 ナルトがガトーのことを嗅ぎまわっていることは察しがついたが、それに対してどうこうするつもりはなかった。それは仕事の範囲外だ。

 

 白が監視しているのはもっぱら単独行動あるいは護衛任務についているときのナルトだった。

 

 見る度に思う。この少女は一体どういう人物なのだろうか、と。

 

 白は強敵と出会ったとき、相手を細かく分析して対策を練るのが得意だった。相手の身体能力、血継、性格、主義、自覚のある習慣から無意識の癖、それらを併用することで相手そのものの全体像すらみえてくる。霧隠れの追い忍だった頃の経験から、白にとっては慣れた作業だった。

 

 その経験から言えば、うずまきナルトは酷くチグハグな忍びだった。

 

 下忍らしからぬ強さを持っている。しかしそれは白にとって脅威であったが、逆に言えばそれだけだ。自分より強い忍びも、ナルトより強い忍びも、数多くみてきた。

 白が読み切れなかったのは、ナルト自身の在り方だった。一見、うずまきナルトは単純明快な少女にみえる。

 しかし、時折見せる仕草や言動には深い思慮を感じさせることがある。

 それはときに、白の理解すら超える。

 

 これもそうだ。白は遠くからナルトを眺めながら、そう思った。

 

 誰もいない山の中。特に重要な拠点もなく、人気もない。強いて言えば他の下忍たちの修行場に近いだけの場所に、ナルトは必ず一体、影分身を置いていた。なにをするでもなく、ただ座っているだけの。

 まったく理解できない。そう思っていた。

 

 しかも、なんの偶然かここには白の探していた薬草が生えているようだった。再不斬の傷を治すために取ろうと思っていた薬草の群生地だったのだ。それを知ったときはなんという迷惑な偶然かと少し笑ってしまったものだ。

 

 ―――本当に偶然か?

 

 そう思ったのはしばらく経った後だった。なぜあんな場所に影分身を配置しているのか、解からないだけに引っかかる思いがあった白は、ふと思いついた。なんの根拠もない発想。

もしかして、自分がここに来ると彼女は思ったのではないか、と。

 有り得ない。そう否定すべきことだったが、どうしてか、白にはそれが有り得ないこととは感じられなかった。彼女の持つ底知れなさならあるいは有り得るのではないか。

 

 それは同時にゾッとする想像でもあった。

 

 なぜなら、もしナルトがこの場所にいなかったのなら、確かに白はこの場所に来ていただろうからだ。そうなのだとしたら、相手は想像以上のとんでもない怪物なのかもしれない。

 

 いや、これはさすがに妄想だろう。白は思い直した。

 

 あまりに相手を過大評価しすぎている。自分らしくもない思考。やはり動揺しているのだろうか、白は意識的にやや脱線しかけた思考を元に戻した。

 だがしかし、ナルトが白を待っているというのは、あながち間違っていないかもしれない。薬草の群生地だったのは偶然だとしても、やはりなにかを待っているようには見えた。

 白は未だに迷っている。

 これが罠なのかどうか。それ以前に、行ってなにをどうするつもりなのか? 

 ナルトは白と話がしたいと言った。

 まさか、本当に本気で?

 そんなわけがない。これは罠だ。

 だが、ならばなぜ、ここに来た。

 もう時間はない。もし、会うとしたら、今日が最後になる。

 白は迷っていた。

 ナルトは一度、白を殺すことができたのだ。しかし、理由は知らないがそれをしなかった。

 そのせいで、白がナルトへ持つ感情も随分と複雑になってしまっていた。

 白はナルトを十分に解析できたと踏んでいたが、それでもなお、未だに読み切れていない部分がある。それは決定的な失態となり得るのではないか、という考えはあった。

 多分、次戦うとき、白は手加減をする余裕はないだろう。そのときに、今持っている迷いは隙になる。

 見極めるべきだ。

 白は覚悟を決めた。

 もし、相手がうずまきナルトという少女でなければ、白はここまでしようとは思わなかったはずだ。

 結局、白の判断の決め手は、ナルトを信頼してしまったこと、ただそれだけなのかもしれなかった。

 仮面を付けると、白は気配を消すのを止め、木から降りた。

 そしてゆっくりとナルトの方へ歩み寄っていく。敵意をないことを示すために、その速度は緩やかに。ナルトはすぐに気が付いたようだ。木に背を預けていた体勢から立ち上がると、真っすぐに白を見た。強い視線だった。やはりこの子の目には力がある。それは成長すれば、人を惹きつけずには居られない魅力となるだろう。とはいえそれはまだ原石に過ぎないが。

 やはり、ナルトはこうなることを予想していた。白自身も想像通りのできごとだ。しかしそれでも、驚きを感じないわけにはいかなかった。

 

「…………こんにちは」

「ああ、来たのか。よかった。もう会えないのかと、少し思った」

「……キミは未来でも見えるのですか?」

 

 白は思わず、そう聞いてしまった。

 

「…なんでそう思うんだ?」

「いいえ、すみません忘れて下さい。戯言です。それより、ここでなにをしているんですか?」

「言ったじゃねーかよ。話がしたいってよ」

「それを本気で言っているのなら、キミは大物ですよ」

「まあな、オレってば将来は火影になる男だ」

「……………………、キミはやっぱりよくわからない子ですね。任務の最中に敵と会って戦いもせずに会話している意味を考えないのですか? これは裏切りに等しい行為ですよ」

「………かもな。だけど、それじゃあ白はなんで来たんだ?」

「キミには借りがあるからです」

 

 白は意識的に緊張感を保たねばならなかった。そうでなければ肩の力が抜けてしまっていたかもしれない。

 息を短く吐いて、精神を整え直すために白は自分の仮面に手を掛けた。仮面の縁を撫でると、それに合わせて心が静かになっていく。

 追い忍だった頃の教えに、『他人の前で決して仮面を外すな』という掟があった。それは敵味方を問わず誰かに正体を知られてしまうことの危険性を説いたものであった。追い忍は常に誰かに憎まれ、あるいは利用しようと狙われる。それ故のこと。しかし、もう一つ、重要な理由があった。感情を殺すためだ。

 人は仮面を被ることで、別の存在になることができる。自分ではなく、追い忍という軍の一部になれる。

 そうすることで、躊躇いなく元仲間である抜け忍を殺すことができる非情さを持てるのだ。

 例外なく、白の心も乱れなく戦いに備えたものに変わる。

 

「提案があります。できれば今すぐにこの国を去ってください」

「それはどういう意味だってばよ?」

「……次に戦うときは、ボクはキミを殺してしまうからです。だからそうなる前に任務を放棄して消えて欲しい。そうすれば、ボクは無駄な殺生をせずに済みます」

「無駄な殺生、か………」

 余計なことを言ってしまった。挑発のつもりで言ったはずが、僅かに本音が紛れてしまったのを勘付かれた。鋭い。白は気を引き締めなおした。

「ま、けどよ、前に戦ったときも同じようなセリフを聞いた気がするんだけど」

「確かに信ずるには値しないかもしれません。どう受け取るかはキミの自由です。ナルト君、キミは一度ボクを殺せた。―――そうでしょう? あのとき、ボクの術を打ち破ったあの瞬間に、キミはあと一撃加えるだけで容易く仕留めることができたはずです」

「どうだったかな」

「………キミがどう認識しているかは、この際関係ありません。ボクはただその借りを返しただけ」

「お前、わざわざそんなことのために来たのか? 義理堅い奴だな」

「それは違いますよ。ボクはただの半端者です。ボクは、二種類の人間しか殺すことができないんですよ。一つは悪人、もう一つは、――ボクに殺意を向ける人です。後者は、ボクが最初に殺した人です。ボクの、実の親でした。まだ物心がつくかつかないかという幼い頃です」

「………………………………」

「ナルト君、キミが何を考えているのか知りません。ですが、次は余計なことを考えずに殺しに来てください。ボクは誰かに情けを掛けられるような存在ではないんですから」

 

 再不斬が言っていたことと同じことを言っていることを白は理解していた。

 敵同士であるはずの二人。知り合いでもなく、利害関係があるわけでもない。互いのことなどなにも知らず、本来ならただ殺し合うだけの関係だ。そうであるというのに、こうして会話を交わしているこの状況は恐らく奇妙なことなのだろう。そのことに関する実感は、白に恐れを抱かせた。

 

 突き放す刺々しい言葉は、あえて意図して言っている。

 

 少しでも気を抜いてしまえば、どういう立場でこの少女の前に立っていればいいか判らなくなりそうだったから。

この不思議な時間は危うい均衡の上に、それでも確かに存在していた。

 白の言葉を聞いたナルトの目に迷いが揺れている。白はそれを見て逆に少しホッとした。おかしな行為をしていると実感できたからだ。

 

「…………白、オレはお前を殺すつもりはない」

 

 驚くべきことにナルトはそう言った。しかし、そう言われても、白の心は揺れなかった。この綺麗な少女は、そんなことを言い出すのではないか、そんな風に心のどこかで思っていた。

 若く、そして危うい言葉。今のこの均衡と同じぐらいに。

 羨望するほどに綺麗で、だからこそ敵でありながら心配してしまいそうになる。

 

「ナルト君。もしキミがこの任務を放棄しないなら、ボクを殺すしかないんですよ。それが言いたかったんです。キミは人を殺したことがないのかもしれない。だけど、想像は出来るはずですよ。仮にボクを生かしたままにすれば、この国の人々がどうなるか。そしてキミの仲間だって」

「……………」

「大切なモノの、愛するモノの為に戦う、それは正しいことです。ボクはボクの愛するモノを、キミはキミの愛するモノを守る。たとえ他を切り捨ててでも」

「………白が言いたいことはわかった。だったら、やっぱ戦うしかねーか」

「ええ、そうですね……」

 

 そう言いながら、やはり白はこの少女を捉えきれなかった。

できるなら、この少女の目から怒りを感じたかった。あるいは憎しみでもいい。そうすればこの奇妙な時間は終わり、ただの敵同士に戻れるはずだ。

だが、揺らぎを見せながらやはりこの少女の芯は動くことはなく、ただ真っすぐな視線で白を見ていた。

 どうしようもなく胸が疼く。それは不快な感覚だった。

 

「ナルト君、きっとキミは綺麗な世界を生きてきたんでしょうね……」

 きっとと言いながら、白の声にはそれを決めつける響きがあった。

 うずまきナルト。英雄の一人娘にして忘れ形見。再不斬から訊かされた話は、白の想像に確信を持たせるに十分な力があった。

「世界に愛され、人に愛され、大切に育てられて生きてきたんでしょう。キミの在り方はとても美しい。まるで昔話で読んだ英雄のようです。正しく、真っすぐで、揺るがない。だけど、世界に愛される人間はほんの一握りの限られた人間なんです。大抵の人間はそうではないんですよ」

 

 ―――やはりボクはうずまきナルトが、この少女が、好きになれない。

 

 震える手を迷うように彷徨わせた。仮面を取って言ってしまいたい。白という忍びがこれまでどういう生き方をしてきたのか、この美しい少女に叩き付けてやりたかった。この少女の目に嫌悪を、憎しみを、諦めを浮かばせてやりたかった。

 言いたい。言うべきではない。言ってやりたい。言う意味などない。グルグルと二つの葛藤がせめぎ合い、結局、諦めへと向かった。今まで通り変わることなく。

「……………ナルト君、キミはボクよりも強い。ですが、これだけは忠告しておきます。次に会ったとき、ボクはいかなる手段を使ってでも絶対に、キミを殺す」

 

 

 

 

 

 白の強い気迫に圧されたナルトは、なにも言えずにただ去っていくその背を見送った。その言葉に一切の反論がなかったわけではなかった。しかし言っても意味がないことだと思ったし、白の言葉の正当性も、的外れながらあるように感じた。

 

「オレだって…………」

 

 続く言葉はなかった。ナルトとて、平坦な生き方をしてきたわけではない。里からは憎まれ、蔑まれ、家族もなく、たった独りで生きてきた。苦しみがない生き方なはずがない。

 だが、ナルトには愛してくれる人がいた。イルカがいた。三代目がいた。サスケやサクラやカカシがいた。

 白にはいなかったのだ。

 

 ―――それにオレが英雄だって?

 

 自嘲が浮かびあがった。

 ナルトは胸を押さえた。

 そんなものではない。そうはなれなかったから今ここにいるのだ。だから迷っている。

 かつてはあんなにも明確だった道は今は霧で覆われ、先は見えなくなってしまった。だから一歩一歩必死になって歩いているだけだ。

 しばらく、ナルトはその場に胸を押さえて留まった。

 ナルトの頼りなく揺れる姿を見た者は誰もいなかった。

 ただひとり、九尾を除いて。

 

 


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