修行を続けて数日が経った頃。ナルトは少しばかり驚いたことがある。
相変わらずミザルには馬鹿にされるし、才能がないと言われるのであくまでナルト自身の体感的な話なのだが。
今まで散々不器用とか『意外性は』ナンバーワンだとか、落ちこぼれ野郎だとか(これは自分でも思っていたが)主に悪い面での評価ばかり下されていた。しかし、必死になって修行をこなしていく内に、ふと思った。
―――俺ってばもしかして才能あるんじゃねえか?
と。
うずまきナルトに苦手な分野は多々あるが、とりわけチャクラコントロールの部分に関してはまったくもって才能なしの烙印を捺されてきた。これはどうやら九尾のチャクラが影響しているらしいということは、自来也から聞いている。体に九尾のチャクラが封印されているナルトは云わば巨大な台風を内側に飼っているようなもので、いくら厳重に封印を施しても、完全には防げない。この場合の被害を受けるのが主にチャクラを精密にコントロールする技術ということになる。
それはしょうがないことだと納得していたし、諦めていた。
螺旋丸を会得できたことで、何か吹っ切れたような気さえしていた。いくら不器用だとしても、修行を真面目にこなせばこれほど難しい忍術だろうが使えるようになれるんだ、と。そう受け入れられたのだ。
そこに急に、チャクラのコントロールが簡単になった現実がやってきた。
気が付いてはいた。三代目に修行を付けてもらってから数日ほど経ったころ、どうも自分は多少チャクラのコントロールが上手くなっているぞ、と、ぼんやりと理解した。それは喜ばしいことだったが、そこまで意識はしなかった。
ミザルの修業を受けるようになって、学ぶ術の難易度が上がっていくにつれて、その認識がある日急に意識に上り始めた。チャクラコントロールの恩恵をひしひしと感じずにはいられなくなってきたからだ。
「―――こら、目を意識しちゃダメよ~、肌でチャクラで空気で感じなさい。
「押忍ッ(タナゴコロ………?)」
そしてその感覚は不思議と体に馴染んでいる気がしていた。特別な力が与えられたという感じではない。例えば九尾のチャクラなどは、凄まじい力を感じはするもののどこか不安定でフワフワした形で捉えている。自分の延長線上ではなくどこか切り離され、体の外側にある感じだ。触れはできるものの、操るのは難しい。翻って今の状態は、大分違う。
しっくりくるのだ。まるで微妙に掛け違っていた歯車がピッタリと噛み合ったかのような、それ以外に表現しようのない感覚。確かに何かが変わっているのに、それが本来の正しい姿のような気がしている。
この実感が正しいかどうかはわからないが、間違ってもいないと思う。妙な自信がある。
「さあてそろそろ『このそれなりに大きな石』を投げるわよぉ~~、しっかりと見極めて避けないと、まあまあ痛いし多分骨も折れるわよ~」
「………見極めるっても、目隠しで目を開けられないんですけど」
「それはそうよ。そういう修行だもの」
「うーん、オレってば結構現代っ子だからそういうスパルタは苦手っていうか、だああああ!?」
死んだことでチャクラコントロールが上手くなった。そんな風に考えたこともあった。何か死後の世界を見た影響なんじゃないかとも思った。それは確認のしようがないことなので、間違いとも断定はできないが。
あるいは、自分で気が付いていないだけで前からこのぐらいはできるようになっていたのかもしれないとも考えた。螺旋丸を使えるようになってから、確かに前よりもチャクラの扱いが上手くなった気がするし、それも否定はできない。
「ほらほらほら、止まらない。そうよ、そう、そのまま動きをとめてはダメ。流れに乗り続けなさい、いいわね?」
「――――――っ!!」
「あら無視かしら?」
「だらぁあ! 返事してる余裕ねえんだっつの!」
だが、どうもそうは思えない。理屈というよりは、感覚の問題だ。
何かが変わったというよりは、何かが戻ったという方が、ナルト自身の直観に引っかかるものがある。
それこそ、無くなっていた腕が一本戻ってきたかのような、そんな感触があった。
これは完全な想像だが、もし九尾のチャクラの差し響きがなければ、その影響を受けずにしっかりと自分のチャクラに集中できたなら、―――このぐらいコントロールができていたのではないか、そう思うのだ。
そもそも九尾のチャクラが自身のチャクラに及ぼす影響を自分で認識できたことはない。だからこれは想像。
まあ喜ばしいことには違いない。―――ただ、全てが上手くいっているかと云えばそうでもない。
代わりになんか、スタミナが落ちた。
体力がなくなってしまっているようなのだ。相変わらず回復力は馬鹿みたいにあるのですぐに元に戻るのだが、そのかわりなのか直ぐにバテてしまう。あくまで以前と比べてではあるが。
チャクラコントロールが上手くなった事実が、逆にその欠点を隠してしまっていた。減った分をコントロールで埋めた結果いつも通りに動けてしまっていて違和感に気づけなかったのがその理由。自分本来のチャクラ量が減っているらしいことに気が付いたのは、かなり最近のこと。今のところさほど不便はない。
これも女の子になった影響なのだろうか。
「―――じゃ、今日はここまで」
「…………………死ぬぅ」
「まぁまぁね」
ミザルが今日の総評を述べた。
「とりあえず見習い坊主てところかしら」
「ほんとぉ? これだけ修行してるのに?」
「ヒーちゃんならアンタぐらいの時にはもう猿飛の術どころかありとあらゆる秘術をマスターしてたわよ」
ヒーちゃんとは猿飛ヒルゼン、すなわち三代目火影のことだ。
「三代目と一緒にするなってばよ! こちとら筋金入りの落ちこぼれなんだからよ!」
「知らないわよ、人間に物を教えることなんてやったことないからね」
「え?」
ナルトは休めていた体を起こすと首を傾げた。
「そうなのか? なんか色々知ってる風だったけど」
「それはただアタシがすごいだけよ。言ったでしょ、アタシは高貴なサルなのよ。ヒーちゃんに頼まれなければ人間なんかに関わったりしないわよ」
そう言って奇妙な文様の刻まれた目隠しの布と胸当てだけ付けたゴリラはフン、と鼻を鳴らした。
「人間なんかって、酷い言いぐさだってばよ」
ナルトの顔が思わず引きつった。
「人間ったって色々いるだろ」
「人間は人間よ。それ以上でも以下でもない。アタシはずっと前にそれを悟ったのよ」
アンニュイな顔でミザルは俯いた。
「―――特にメスは碌なもんじゃねえ」
「完全に私怨じゃねえか」
思わずナルトは突っ込んだ。刺々しい態度とは裏腹にミザルは意外と気さくな性格であった。未だナルトを快くは思っていないようだったが、修行については真面目に教えてくれていたし、手は抜くことはしない。
修行の内容は相変わらず激しいが、最近は少しだけ認めてくれている気がした。
「ま、アンタは頑張ってるんじゃない?」
「いいってばよそんな取ってつけなくてもよ」
「あらナマイキね。ま、半分はお世辞で半分は本当。実際、人間の事なんてアタシにはわからないからね。ただナルトちゃんの成長速度は悪くないわよ」
「………ホントに?」
ちょっと嬉しくなったナルトはニヤけるのを抑える。
「わお、アンタすぐ他人を信じるのねー、忠告しておくけどそういうの止めた方がいいわよ」
両手で口元を覆い、はっとしたような、わざとらしい態度。軽快で尚且つ腹が立つ仕草だった。
「なんなの! 一体!」
明らかに馬鹿にされている。 人間が嫌いだと言ってはいるが、随分と人間らしい仕草だな、とナルトは思った。もちろん口には出さないが。
このムカつくゴリラをナルトは好きになりつつあった。
「猿飛の術そのものは結構できるようになっているわ。実践ではまだ怪しい部分はあるけど、あの『裏技』を使えば、まあ使い物にはなるわね」
「…………」
「ただスタミナの消費は著しいわ。使いどころを間違えないことね」
これは真摯な指摘だ。釈然としない思いを抱きつつ、受け止める。
「…………押忍」
結局、猿飛の術は完全にはマスターできなかった。
猿飛の術には三つの段階がある。
一つは己のチャクラを感じること。
次にそのチャクラを使って自分以外を感じること。
そして最後に自分以外のチャクラを感じること。
第二段階まではこれたものの、そこでまた詰まってしまっていた。しかしそろそろ期日が迫っている。
これからしばらくは波の国での任務になるだろう。
ようやくか、というのがナルトの正直な感想。不安な要素はもちろんあるが、任務を回避するという選択肢は取らなかった。サスケやサクラの成長、波の国の人々のこと、そして白や再不斬のこと。やらなければならないことは多いが、その分ずっと意識してきた。
確実に力を付けた。不安は残るが、やれるはずだ。
「相変わらず前ばっかり見てるわねえ………」
ミザルが呆れたように呟いた。
「駄目なのか?」
「さあね、ただ猿飛の術を完璧に扱うためには、『今』を見る必要があるのよ。それができなければ、完璧にはならないわ。アンタが次のステップを踏めるかどうかはそれ次第」
「………?」
「ま、精々、任務の間に無い頭使って考えなさい。それができたら次の修行に移ってあげるわ」
修行は終了し、疑問は保留のまま一時中断された。
ミザルが禅問答のようなことを言うのは、もう慣れた。意味ありげに言うのではなく、もっとはっきりと言うべきだと常々思っているが、そのアドバイスがまったく無意味だったことはない。
不満はあるが、ナルトはそれを飲み込んだ。
仕方なく言われた通り、しばらく考えることにする。
「しかし、運がよかったな」
護衛任務より数日前に、波の国で起こったことを改めて話した時、三代目はポツリと呟いた。
あの任務の時の戦闘が脳裏をよぎる。
橋作り職人のタズナに護衛依頼されて波の国に向かう途中、霧隠れの抜け忍に襲われた。それがこの任務の一連のできごとの始まりだった。それを撃退したと思ったら今度は忍刀七人衆の一人、再不斬の襲撃。それを退けたら、実は再不斬は生きていて、今度は白という少年と共にナルト達と死闘を繰り広げた。
まあ確かにどこで死んでもおかしくはないな、とナルトは思った。
あの時の未熟さを思うと寒気がする。結局、白は最後までナルト達に対して本気を出してはいなかった。そうでなければ、少なくもナルト達三人は死んでいただろう。未だあの肌を凍らすような寒い霧と、その中で佇む青年の姿がナルトの記憶に鮮烈に焼き付いていた。
同意したナルトに三代目は首を振った。
「違う、そうではないわ。よいか、ワシが言ったのは、再不斬がガトーの始末をしたことについてだ」
「…えーっと、それがなに?」
「馬鹿たれ」
キセルで頭を殴られた。痛い。最近の三代目は前と比べてやけに厳しい。下手な返答をするとすぐに叱責が飛ぶし、次いでに手が出ることもある。
「考えろ。少しは」
「………、あー確か、忍は基本的に普通の人に危害を加えてはならないんだったけか?」
「そうだ。ガトーはマフィア紛いの商人だが、法に則れば奴は一般人だ。だからこそ、運が良かったのだ。抜け忍で犯罪者な再不斬がガトーを殺したからこそ、すべて丸く収まった。なにより元霧の忍というのが良い。波の国は霧隠れと木の葉隠れの緩衝地帯だが、再不斬という相手側の不手際ならば、均衡が崩れる心配もあるまい。最善とは言えんが、恐いぐらいに上手く嵌っている。出来得るのなら、今回もなるべく不測な事態が起こらないよう前回と同じように行動する必要があるだろう」
「でもよ、じいちゃんそれだとさ、白が犠牲になるってばよ。オレ、アイツに死んでほしくない」
「……ナルト、ではどうする? 確かに白という青年に同情の余地があることは認めよう。しかし、未来を大きく変えればそれは同時に波の国に難しい問題を残すことになりかねん。どうあっても再不斬にガトーを殺させなければならないぞ。それができなければ例え再不斬を退けても、波の国にガトーは存在し続ける」
「なんとかする方法はないのかよ? たとえば、……大名に頼むとか」
「できなくはないが、時間がかかる。それにその手の戦いにガトーのような男は強い。確実なのはやはり奴の常識の外にあるような武力なのだ」
「……………」
「そうでなくとも、白という少年を救うのは難しい。もし仮に今回死なずにすんだとしても、それは一時的な救済にすぎんだろう。生き方を変えん限り彼はまたどこかで人を殺し続ける。生かすことがすべての救いになるわけではない。狡い言い方だとは思うがな」
『よく勘違いしている人がいます。倒すべき敵を倒さずに情けをかけた………命だけは見逃そうなどと』
白に言われたことを思い出す。
「じいちゃんはつまり、オレに白を見殺しにすべきだって言ってるのか?」
「違う」
三代目は意外にもナルトに否定してみせた。
「覚悟しろ、と言っておるのだ。救うにせよ救わないにせよ、その結果を受け止める心構えをして置くべきなのだ。正直言って、未だお前の未来の知識についてワシは完全には信用しておらん。だが、それを扱うと決めた以上、お前をただの下忍と見做すつもりはない。お前はその知識を使いこなせるようにならねばならん。そうする上で言っている、覚悟をしろ、と」
「………覚悟」
「そう、覚悟だ。どのように選択したとしても、その責任はお前が負わねばならない。白を救うことなく前と同じようにするのか、危険を冒し、より良い結果を望むのか」
「………じいちゃんはそれでいいのか? オレが勝手にやって」
「どのみち、完全に以前と同じようになどできはしない。ならば、お前が良いと思うような行動を取れ」
思うように、か。
「とりあえずは必要がないところでは前回と同じように振る舞う方がいいだろう」
三代目の忠告に、ナルトは頷いた。
「わかったってばよ」
―――駄目だった!!!!
ナルトはそう叫びかけた。
波の国と火の国の間に満ちた海をエンジンを切った小舟を櫂で持って漕いで渡っている最中での出来事だった。深い霧で覆われた周囲は見通しが利かず、だからこそ誰にも気づかれずに波の国に辿り着けるだろうと踏んでいたのだったが。
その目論見はあっさりと失敗に終わったようだった。
周囲には薄っすらとしかし確かに存在する、殺気。それも複数。
船上での戦いは多くの場合、二つの戦い方に絞られる。船を破壊するか、乗っている人間を戦闘不能にするか、そのどちらか。敵の居場所は分からない上、貧弱な小舟の上に護衛対象が乗っているナルトたちは、どちらを攻められても圧倒的に分が悪い。
飛んできた無数の手裏剣を捌いたカカシがクナイを構えた状態でゆっくりと辺りを見渡して、頷いた。
「どうやら完全に囲まれました」
「な、なに! なにも見えないぞ!?」
「どうなっているんだ!? 俺達は安全だって言ってただろ。話が違うぞタズナ!」
「………」
漕ぎ手の二人が、今回の護衛対象であるタズナを責め立てる。
「さて、どうやら任務を依頼する時には話して頂けなかったことがあるようですね。ま、よくある話ですが」
「…………ああ、その通りじゃわい」
「なんの話ですか!?」
サクラが悲鳴のような声を上げた。
「スマン。実はこれは単なる護衛任務ではないのだ………」
そうして手短にだがタズナは自分の命が狙われていることを語りだした。
無論ナルトは知っていることだ。目を凝らして警戒しながら、ナルトの疑問は別の場所にあった。
前回の記憶では船の上での襲撃はなかったはず。さらに、その前にあるはずの二人の忍による奇襲、これが起こらなかったこと。
水溜りに偽装した隠れ身の術を用いて襲い掛かってきた二人の忍。前回は現れたそれが、今回は現れなかった。本来ならそこで橋作り職人であるタズナとマフィアのガトーの因縁が語られるはずだったのだ。
最初っから全然違ってしまっている。
やはりもうすでに未来は少しずつズレている。
ナルトは焦りを覚えつつも、納得した。そもそも自分自身が未来を変えるつもりなのに、いざ変わってしまうと驚いてしまうのはおかしいだろう。これも想像できたはずだ。
サクラの動揺した声や、サスケの困惑した声を聞き流しつつ、ナルトは自分を落ち着けた。
「そうだ! 今更見つかる心配もなにもねえだろう、エンジンを動かして逃げようぜ!」
「それは止めた方がいいでしょう。もし相手がこの船を沈める気ならばもうすでに全員海の中ですよ。……恐らく相手は確実を期して仕留めたいのでしょう」
「じゃ、じゃあどうすればいいんだ!?」
「どうする、ナルト?」
唐突にカカシからの質問。波の国での戦闘は予想していた。その地形とそれに沿った戦術の知識もある程度は三代目と一緒に勉強していたナルトはそのままに答えた。
「まずは相手の位置を索敵、発見したらどうにかして相手の隙を作って、それから脱出がいい―――と思う」
「―――よし。サスケ、サクラ、お前らはタズナさんと漕ぎ手のお二人を中心に円の陣形を取れ」
「ッチ、まったくどうなってやがる」
サスケが短く悪態を吐きながら指示に従う。
「で、でも私なにがなんだか………」
「サクラ、それは生き残ってから考えればいい。今はとにかく切り抜けることを考えろ」
「で、でも」
「大丈夫、サクラちゃんはオレが守るから」
「な、あ、ふ、ふざけないで! そんなこと頼んでない! 私は状況の把握をしてただけよ馬鹿にしないで!」
安心させるつもりで言ったのだが、逆効果だった模様。肩を怒らせたサクラはナルトに背を向けるように陣形を作った。
「ナイスだナルト」
なぜかカカシがボソっと呟いた。
えぇ……?
困惑しつつ、陣形を組んで周囲を見渡す。とはいえ深い霧の中。見通しは利かず尚且つ相手からは捕捉されてしまっている最低の状況だ。ふと、水面に映る黒いなにかに気が付いた。黒い大きな塊が、水中を蠢いている。
「カカシ先生、これって」
「ああ、気が付いたか?」
「な、なに?」
「水の中になにかいるってばよ。多分二つ」
警戒しているのか小舟の周囲を旋回しているだけで近づいてはこない。グルグルと不規則な円を描いて動いている。まるで獲物の隙を窺うサメのようだ。
「………この戦術、覚えがあるな。恐らく霧隠れの忍だ。気を付けろ、下の二人は囮だ。周囲の警戒を怠るなよ」
『ご明察。そういうアンタはコピー忍者カカシとお見受けするがどうだ?』
霧の中から声が響いた。ナルトはその声に聞き覚えを感じた。
「オレを知ってるのか? 隠れていないで出て来いよ。自己紹介と行こうじゃないか」
『ははは。そうすれば標的を置いていってくれるか?』
さっきとはまったく違う方角の霧の中から嘲笑が響く。
「そうしてもいいが、俺達を見逃してくれるか?」
「お、おいあんた……」
『賢明だな。この状況ではあの名高いはたけカカシも手が出しようがないようだ』
「ああ、降参だ。で、見逃してくれるか」
『―――抜け目ない奴。時間稼ぎしながらオレの位置を探ってやがるな。だが、無駄だと言っておこうか。お前はもう詰んでる――』
「―――からよ」
その瞬間、凄まじい衝撃が船を襲った。波しぶきが上がり、小舟を激しく揺さぶる。
霧が吹き飛び、乗員の目に飛び込んだのは巨大な刀、だった。
カカシは両手のクナイでそれを受け止めたのだ。ナルトは一瞬の会合の瞬間を確かに捉えていた。
片膝を突きながらも完全に受け止めきっている。
ナルトは目を見開く。体がかつての記憶を思い出して震える。その震えは畏れかそれとも別の何かなのか。それはわからない。
―――再不斬だ。
「思ったよりはやるな。これを止めるとはな」
「その刀、お前はやはり」
短いやり取りが終わる間もまたず、ナルトは跳ねた。足裏はしっかりと船床をチャクラで捕らえた安定した動き。クナイを抉り込むように前に突き出した。水が跳ねる音が響き、再不斬の姿は霧の中にかき消えた。
『中々悪くない動きだ。いい部下を飼っているなカカシ』
「か、カカシ先生!?」
「気を抜くな! まだ来るぞ」
『退屈な仕事のつもりだったが、悪くないな。くくくくく、殺しがいがある相手がいて――――嬉しいぜ』
ビリビリビリビリビリ!!
瞬時にナルトの肌が粟立つ。サスケの押し殺した悲鳴。サクラは声も上げられず、船に座り込んだ。凄まじい殺気が、空気を、海を、そして船体を震わせる。その上に乗った忍でさえも。恐れ、戦かせ、体を震わせる。殺気に中てられ漕ぎ手の二人は腰を抜かし、白目を剥いた。
辛うじて意識を保ったタズナは体中から汗を垂れ流し、歯を食いしばっている。
殺気。たったそれだけで船員のほとんどが戦意を失ったようだった。
『………やはり戦うに値しそうなのは、二人だけか』
船の上に立っているのは、三人。
しかし再不斬が狙いを定めたのは二人だけだったようだ。
カカシ。そして、ナルト。
こうして波の国での任務が幕を開けた。