召喚したらチートだった件   作:uendy

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やべぇ、配分ミスったか!?

いや、大丈夫だ。まだ慌てるような時間じゃない。


十八話下~ The PIED PIPER of HAMELN

「テメェ……!」

「前回のお返しだ!」

 

 

 ゲーム開始の合図とばかりに激しい地鳴りが響き出し、ハーメルンの街並みが現れた。

 十六夜はどのように行動するか指針を立てていたところに奇襲を受けた。

 

 棍に似た巨大な笛が、腹部を直撃する。

 先日とは比べ物にならないほど巨大な力は、超振動のように身体に浸透しヴェーザー河の水面を何度も弾き対岸に叩きつけられる。

 ペッと血反吐を吐き捨て、口元を拭いながら立ち上がる。

 ヴェーザーを睨み付け、声をあげる。

 

「……やってくれるじゃねえか、今のは相当効いた」

「当たり前だ。前回と同じと思って油断なんかすんじゃねえぞ。

 こっちは召喚されて以来初めての神格を得たんだ、簡単に終ったら興ざめするってもんだ」

 

 訝しげな表情を浮かべ、睨めばククッと牙をむいて笑うヴェーザー。

 棍を横一閃に投げば、大地は地鳴りを始め震動を起こし始めた。

 

「ああ、そうだ。これが〝神格〟を得た悪魔の力………クク、とんでもねえぜ坊主!

 130人ぽっちの死の功績なんざ比較にならねえ!今の俺は星の地殻そのものに匹敵する!」

 

 さらに横一閃、その衝撃は大気を伝達し、ヴェーザー河を叩き割って氾濫させ、川の流れさえも逆流する。

 隣接する建物は軒並み飲み込まれ、粉々に打ち砕かれている。

 以前戦ったあの蛇とは比べ物にならない。それほどまでの地力の差。

 しかし、十六夜は不敵に笑みをこぼした。

 

「ハッ…なんだよ、折角だからこの間の決着つけようぐらいにしか考えてなかったのに、随分俺好みなバージョンアップしてきたじゃねえか。嬉しいぜヴェーザー……いや、本物のハーメルンの笛吹き」

「謎を解いたのはやはりお前か」

「ああ、だけど零仁にヒント貰ってなかったらヤバかった。

 お前以外のメンバー全員は偽者、14世紀以後の黒死病の大流行と共に後付けされた1500年代以降のハーメルンの笛吹きの伝承だったんだ」

 

 身体を起こして、謎解きの解を示す。

 

「本来の碑文、伝承にネズミを操る道化は存在しない…グリム童話の魔書に書かれている伝承とは異なる童話の悪魔。

 それが”ネズミ捕りの道化(ラッテンフェンガー)”と呼ばれる偽のハーメルンの笛吹き。

 それにこのハーメルンの街並み……『ヴェーザー・ルネサンス建築』って言うんだったか?これも15世紀後期からの出現だ。

 最初からハーメルンの魔書を開かなかったのは年代を特定されないためだろ?ゴシック調の造りが目立つ境界壁からルネサンス調の街に変われば異変は浮き彫りだ」

 

 十六夜の質問に、ヴェーザーが肩を竦めることで返す。

 

「これで黒死病・ネズミ使いの2人は偽者だと断定できた、ハーメルンの考察に黒死病が現れたのは、斑模様であること以上に伝染元のネズミが原因だったからと言われている」

「………」

「”シュトロム”も本物と見せかけてフェイク。なぜなら碑文の”丘の近くで姿を消した”の一文の”丘”とは、ヴェーザー河に繋がる丘を指しており天災で子供達が亡くなった象徴とされる。

 つまり、シュトロムもまたヴェーザー河の存在を示す。あの巨兵はおそらくお前たちが子飼いにしているハーメルンとは無関係の怪物かなにかだと俺は推測してる。

 ―――――よってヴェーザ、アンタだけが本来のハーメルンの笛吹きの碑文に沿った悪魔だったということになる」

 

 ピッとヴェーザーを指差し笑みを浮べる。

 

「そしてハーメルンの魔道書、あれは箱庭に召喚する際に立体交差する時間軸のクロスポイントを、1284年から1500年以降の”ハーメルンの笛吹き”に沿って発生させ召喚するギフト。

 もし召喚式である魔道書を破壊すれば・・・・・さて、何が起こるんだろうな?白夜叉の封印は解け、お前たちは消えるとか?」

 

 ひたすら沈黙するヴェーザーを見て是と判断し、最後の締めくくりを口にする。

 

「ハーメルンの伝承と黒死病の年代記が同一視させるようになった背景には諸説あると考えていたんだが、お前が神格を得たことで1つ大きな候補が浮上した」

 

 これが正しいのであればあの魔王の正体に、限りなく近いとこに迫っているはずだ。

 背筋に流れる心地良い冷や汗を感じながら、その答えを提示する。

 

「ハーメルンの伝承にある道化師と、黒死病の伝承元のネズミ。この2つは共通した異名が存在する。その異名こそ、死を運ぶもの…即ち、〝死神〟だ」

 

 神霊・”黒死斑の死神”

 それこそがあの魔王のギフトであると十六夜は推測した。

 考察を全て終えると、ヴェーザーは珍獣を見るようにまじまじと此方の顔を見つめて

 

「はあー………おい、坊主」

「なんだ?訂正があるなら聞くぜ?」

「いいや全然。つーかなんだ、やっぱりお前はこっちに移籍するべきだ。

 坊主ならそっちより魔王側の方が舞台映えするぜ?」

「悪いがお断りだ。魔王も面白そうだけど今は他に目標があるからな」

「そうかよ。けどタイムアップを狙わせてくれるほど手ぬるい相手じゃねえしなあ…」

 

 その言葉を言い切るとほぼ同時に、ヴェーザーの雰囲気が一転する。

 鬼気迫る闘志に自然と顔がほころぶ。

 

「しょうがねえ…やっぱ死んどけ坊主!!」

「それはコッチのセリフだ木っ端悪魔!!」

 

 神格を得た悪魔と、人間の激闘の幕が開けた。

―――――――――――――――

 

 

 

 

 細かく分隊されてハーメルンの街に隠されたステンドグラスを探していた捜索隊の前に、何十匹もの操られたサラマンドラの同士である火蜥蜴たちと共にラッテンが現れた。

 捜索隊は臨戦態勢を取るが、ジンに禁じてである同士討ちを指摘され、戦いを躊躇してしまう。

 そんな彼らを愉快そうに見ながら、ラッテンが言う。

 

「だったら、殺さなきゃいいんじゃない?さあ、仲間同士で戯れてごらんなさいな!」

 

 ラッテンが命令を下す。屋根の上から一斉に火球を吐きだす火蜥蜴たち。

 が、その炎は、暴風のように迸る黒い影によって打ち砕かれた。

 

「なに!?」

「見つけた」

「―――! クッ」

 

 背後から強襲する影が一つ。

 間一髪で反応するラッテン。

 

「…外した・・」

 

 ラッテンが強襲してきた人影に目を向けると、完全な不意打ちを避けられ、項垂れる耀の姿があった。

 ラッテンの顔から余裕が消える。初めの火炎を砕いた影は頭上に収束しており、視線を上に上げるとレティシアが空からラッテンを見下していた。

 

「見つけたぞ、ネズミ使い」

 

 普段の温厚さを感じさせない、強い瞳で睨み付けるレティシア。

 その姿に興奮したように舌で唇を舐めながら、恍惚とした顔でレティシアを見るラッテン。

 その隙に、レティシアは槍を取り出して投擲する。

 

「折角褒めてあげたのにこの仕打ちは酷いんじゃなーい?」

 

 それをステップを踏むように避け、再度レティシアに向き直りながらラッテンが茶化す。だが、その顔は笑ってなんかいない。

 レティシアに真剣な表情でラッテンが向き直るのと同時に、彼方で雷鳴と赤い炎、黒い風が吹き荒れる。

 黒ウサギ、サンドラとペストの戦いが始まったのだろう。

 十六夜とヴェーザーの戦いもこの場まで振動が伝わってきている。

 

「いい感じにお祭りっぽくなってきたところで、私もエースを切らせてもらおうかしら!」

 

 ラッテンは魔笛を奏で始める。それは、大地を迫り上げ、十は軽く超えるであろう陶器の巨兵、シュトロムを作りだす。

 シュトロム達は、一斉に雄叫びを上げた。

 

「「「BRUUUUUM!!!」」」

 

「喰らえ」

「なんだこいつは!?」

「助けてくれぇぇぇ!」

 

 耀はすぐさま反応して、攻撃を仕掛けるが、何分相手の数が多い。

 一人では反応しきれないのだろう。

 暴風を放出しながらシュトロムは参加者たちに迫る。

 ここまでの数が出るとは予想されてすらおらず、戦力差に参加者達から悲鳴が漏れる。

 

「……これは、ハーメルンの笛吹きとは無関係の魔物だな?」

「まあねー、とある神様が造った泥人形のオマージュのレプリカのその眷属から派生した超雑種って奴?どちらにせよそんなご大層なモノじゃ御座いませんよ」

 

 それでもこれだけの数をそろえられると厳しい。

 

「……ジン、耀、ここは私に任せてステンドグラスの捜索に」

「……わかりました」

「…わかった」

 

 シュトロムが暴れれば捜索どころではない。この場はレティシアに任せ、ジン達はその場から離れる。

 ラッテンからすれば、レティシアの方がレアリティが高いらしく、あえてジン達を見逃した。

 

「さて、この数をどうする気かしら?その槍でどうにかできるとでも?」

 

 臨戦態勢を取らせながらラッテンは軽口を叩く。しかし、レティシアは怯むことない。むしろ、若干の余裕を含ませた声で、

 

「ふむ、確かにこの槍ならばそれも可能かもしれない。が、何分私も未熟でね。この槍の力を引き出し切れていない。

 かと言って、今の私が所持しているギフトはどれも三流紛いのものばかり。

 だが、唯一戦力になりそうなこの影のギフトを合わせれば…」

「……影?」

 

 ラッテンの視線がレティシアの影に向けられる。無尽の刃へと姿を変えていく影たちは大身槍の刃に()()()()()()()()

 

「……ちょい待ち!?そもそも吸血鬼に影なんてないはずじゃ」

「いかにも。これでも昔は系統樹の守護者、龍の騎士まで上り詰めたことがあってな。この遺影は、その時に進行していた龍のものだ」

 

 ラッテンの顔が驚きに包まれる。

 

「ちょっと待って!?それってズルじゃ」

「ネズミ使い!!懺悔の容易はできているか!!我が同士を傷つけた報いを、ここで受けるがいい!!」

 

 周囲をなぎ払う。するとどうだろうか、吸い込まれた影が槍から炸裂し、複数のシュトロムを葬り去っていく。

 その一撃を瞬間的に飛び上がって避けたラッテンは、ある仮定を導き出した。

 

「龍の騎士に、無尽の刃を持つギフト……!?まさか、神格を持った吸血鬼、ドラキュラだとでもいうの!?」

 

 シュトロムに時間を稼がせ、参加者である火蜥蜴たちを壁にしてレティシアに差し向ける。

 しかし、槍の紋様が輝いたかと思うとその輝きと共に、レティシアはその槍を振るう。

 するとどうだろうか、レティシアの周囲に群がっていたは火蜥蜴たちは意識を失っていく。――――ラッテンの魔笛の効果と共に。

 

「な!?・・・その槍は・・まさか”魔法殺し(マジックキャンセラー)”!?」

「フフッ、主殿もとんだ業物を渡してくれたものだ。

 これでも、まだ隠し玉が眠っているとはな」

 

 本人は主呼ばわりを苦手としているようだが、居ないところでどのような言い方をしても文句は無いだろう。

 

「さあ、そろそろ年貢の納め時だぞ?ネズミ使い」

 

 レティシアが油断なく、槍を構える。

 しかし、そこに意外な横槍を入れられる。

 

「その配役私に譲ってはくれないかしら、レティシア?」

「!…飛鳥、無事だったか!」

 

 視線を投げかけると、視界に赤いドレススカートと黒い髪が風に揺れるのが写る。

 そこには攫われたと思っていた飛鳥が悠然と立っていた。

 

「で?レティシア。譲ってはくれるのかしら?」

「・・・・・・わかった。私はジンたちの元に向かう」

「…心配はしないのね」

「君は意外と負けん気が強いせいで、無茶をしがちだ。

 だが、一度負けた相手に無策で挑むほど間抜けではないからな

 今回は大丈夫だろう?」

「ええ、その期待見事に答えて見せるわ」

 

 飛鳥の言葉を聞き終えると、レティシアはジンたちの元へ飛び去った。

 

******

 

 俺と白夜叉の二人は前回のガルド戦のようにスクリーンに投影することにより、ゲームの様子を観戦していた。

 

『とうとう姿を現したわね偽物……!丁度いいわ!貴女を人質に吸血鬼を抑え込めば!捕まえなさい、シュトロム!!』

 

 地盤が迫り上がる。三体の陶器の巨兵は壁を打ち砕き、飛鳥を襲おうとする。

 飛鳥は、シュトロムを一瞥した後、悠々とギフトカードを掲げた。

 

『いいわ。まずは貸しを一つ返していただきましょう。来なさい、ディーン!!』

 

 ワインレッドのギフトカードが輝き、その光が周囲を満たす。

 カードからは無印の円陣が浮かび上がり、天地を揺らすほどの雄叫びと共に、紅い鋼の巨人が現れる。

 

『!?』

 

 赤い巨躯の、総身に太陽をモチーフとしたように思える塗装と意匠を凝らす巨兵が、圧倒的な存在感を放っていた。

 

『か、構わないわ!圧殺しなさいシュトロム!!』

 

 ディーンに驚きながらもラッテンは命令を下す。

 嵐のように揺れる大気と共に周囲の建造物を吸い込み始めるシュトロム。

 乱気流さながらの風に髪を煽られるが、飛鳥はまだ動かない。余裕を崩さないまま、シュトロムの一撃を待つ。

 

『迎え撃つのよディーン。彼らに、格の違いを見せつけてさしあげなさい』

 

 ディーンは不気味な一つ目を揺らし、鈍く頷く。

 瓦礫をため込んだシュトロムは、塊を撃ち出す。その刹那、互いに命令が下される。

 

『潰せ、シュトロム!!』

『砕きなさい、ディーン!!』

 

 

 飛鳥の言葉でディーンの遅かった動きが一気に加速する。高速で飛鳥を襲う岩塊は、ディーンの剛腕で全て叩き落とされる。

 

「ほう、神珍鉄か」

「あの如意棒の?それが、あの巨人の体だと?」

「ああ、あの赤い輝き、それに見よ、あの巨体ならばもう少し地面の沈没が大人しいはずだ。しかし、そうではない

 神珍鉄は、自らの質量の軽減だけは出来んからの」

 

 絶妙な実況加減で解説を入れていく白夜叉。

 俺は、手元の”音声珠”の操作に全力を傾ける。

 

「それにしても見事なものだのう」

「コイツ自体は遠くの音を拾ってくるってだけだよ。

 それを手元で必要な音だけ出力する。

 遠くだとノイズで全く使えないから商品化は難しいぞ」

「フム、しっかり読まれておるな。

 それもそうなんだが、なんだ?あの槍は。

 おんしの作品であろう?あれは」

「確かにその通りだけど、あれの複製はさすがにしないぞ?

 というより、出来ないが正しいか」

 

 最後の俺の呟きの耳聡く聞き逃さなかった白夜叉は、しっかりと問いただしてくる。

 

「出来ぬ、とは?」

「ん~、まぁアレの最大の隠し玉の部分に起因してんだけど…

 こっから先は企業秘密ってことで」

「教えぬとあらばこちらにも考えが・・・」

「オイ!今それなりに精密な術式2つ同時に使ってんだからやめろぉ!」

「ぬ~、ならば新しい菓子を用意せい。

 饅頭が切れたぞ」

「はいはい、ヨモギでいいな?」

 

 懐からヨモギ饅頭を取り出すと、なぜか白夜叉が唸る。

 

「む~、それでは完全にギフトカードが必要ないではないか」

「あ、やっぱりコレそういう使い方なんだ」

「ああ、やはり気付いておったか」

「おう、要するに長期戦用の食糧庫だよな?」

 

 この”ギフトカード”の本来の使い方は、魔王との長期間のゲームを可能とするための保存庫なのだろう。

 

「ま、俺以外の奴らなら十二分に必要になるだろうな。

 とりあえず、別の所も見ていくか」

 

 そういって、俺は違う戦場を映し出すのだった。

 

 

――――――――――――――

 

 

 ハーメルンの街を縦横無尽に飛び回る四つの人影。轟きと雷鳴を響かせる三叉の金剛杵・疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)を持つ黒ウサギが、サンドラに言葉を送る。

 

「サンドラ様!前後で挟み込みます!」

「分かった!」

 

 前方からは轟雷、後方からは龍角の放出する紅蓮の炎が襲い掛かる。

 しかし、黒い風を球体城に纏っているペストは、二つの奔流を悠々と棒立ちしたまま遮断する。

 しかし、ペストには余裕がない。何故なら――――――

 

 「――クッ!」

 

 ―――――二人の攻撃を防ぐため、少々薄くなった防御を絶妙に狙い放たれる銃弾。 

 それを間一髪で回避するペスト。

 

 本来、薄くなったとはいえ銃弾一発で彼女の防御を貫くことは出来ない。

 ならばどうするのか、簡単な話だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 高速で動き回り、蠢くことでその部分をずらそうとするペストの動きを先読みしながら。

 もはや、わけのわからない神業にペストは思わず愚痴を零した。

 

「まったく、厄介なことこの上ない」

「御誉めに与り光栄にございます。

 ですが、いくら私でもただの銃弾ではこのような芸当不可能にございます。

 ロードよりあなたの正体を教えられていますので」

 

 ニコリと笑いながらも、警戒を一瞬も解かない茶々丸

 ここで黒ウサギが自らの推論を口にする

 

「・・・黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)。貴女の正体は、神霊の類ですね?」

「えっ?」

「そうよ」

「えっ!?」

 

 二人ののやり取りに、サンドラは驚きながら二人の顔を交互に見る。

 

「十六夜さんから話を聞いた時、よもやとは思いました。

 貴女の持つ霊格はハーメルンの笛吹きに記述された、百三十人の死の功績ではなく、十四世紀から十七世紀にかけて吹き荒れた黒死病の使者、八千万もの死の功績を持つ悪魔ではないか、と」

 

 今度こそサンドラの表情は蒼白に変わった。

 

「八千万人の死の功績……!?それだけあれば、神霊に転生することも可能」

「無理よ」

「無理です」

「残念ながら難しいですね」

 

 三人同時に否定され、少ししょんぼりとしたようにサンドラが黙りこむ。

 

「最強種以外が神霊に成る為に必要な功績は、一定数以上の信仰でございます。

 如何に規格外の数の死を収拾しようと、神霊に至る事は不可能でございますよサンドラ様」

「そ、そっか」

「ですが信仰の形は様々です。恐怖をもって奉られる神仏も決して少なくはありません。

 密教の悪神にはよくあることでございます。しかしペスト。貴女は神霊に成り上がる為の恐怖も信仰も足りなかった。

 後の医学が黒死病に対抗する手段を得ることで、貴女は神霊には成りきれなかったのです」

「……」 

「だから貴女は自分に最も近い存在で、恐怖の対象として完成されている形骸を欲したのです。

 それが、幻想魔道書群(グリム・グリモワール)の魔道書に記述された、斑模様の死神。

 貴女は自分自身を神霊として呼び出すために」

「残念ながら、所々違うわ」

「だいたい、80点といったところでしょうね」 

 

 ペストと茶々丸が間違いを正す。

 黒ウサギが言葉を止める。絶対の自信があったのだろう、推測を否定され、ウサ耳がへにょる。

 ペストは毛先を弄りながら、茶々丸の回答を待つ。

 

「……では失礼して、彼女はは自らの力で箱庭に来たんじゃない。大方、彼女はを召喚したのはかの魔王軍・幻想魔道書群を率いた者だったのでは?」

「正解よ」

「なっ!?」

 

 軽い拍手を送るペストに対し、黒ウサギとサンドラの二人は驚愕に染まっていた。

 

「きっと私を手駒に加えたかったのね。八千万もの死の功績を持つ悪魔……いいえ。八千万の悪霊群である私を死神に据えれば、神霊として開花させられると思ったのよ」

 

 黒ウサギは思わず自分の耳を疑った。

 

「という事は……貴女は黒死病が神霊化したわけではなく、黒死病の群霊ですと?」

「ええ、その代表が私。しかし、かの魔王は私達を召喚する儀式の途中で何者かとのギフトゲームに敗北し、この世を去った」

 

 そして、幾星霜の月日が流れた。何かの拍子で召喚式が完成され、時の彼方から呼び出されたのがペスト。

 世界人口の三割が減少し、死の病が蔓延る恐慌時代からやってきた少女。

 

「私達が主催者権限ホストマスターを得るに至った功績。

 この功績は私が……いえ、死の時代に生きた全ての人の怨嗟を叶える、特殊ルールを敷ける権利があった。

 黒死病を世界中に蔓延させ、飢餓や貧困を呼んだ諸悪の根源、怠惰な太陽に復讐する権限が……!」

 

 ペストが、ここで初めて激情で口調を強めた。

 彼女は、八千万の怨嗟に応えるため、この神々の箱庭で太陽に挑むのだという。

 その決意に応じて黒い風が勢いを増して荒れ狂う。黒ウサギは舞い上がる髪を押さえながら荒れるペストを見定める。

 

「太陽に復讐とは……さすが魔王。大きく出たものでございます。

 太陽の主権を持っている白夜叉様を狙った理由は、そこにあったわけですか」

「ど、どうする?」

 

 確かに現状何とか優勢が取れてはいるが、そこから先が見いだせない。

 ジリ貧な状況にサンドラは焦る。 

 

「どうするもこうするも、私たちは皆さんが揃うまで、持ちこたえていればよいのです。

 焦る必要はありません」

 

 ただただ冷静に茶々丸は状況を俯瞰する。

 ここで焦ってくれた方がペストとしては有難いのだが、茶々丸はそのような愚を犯さない。

 

 

 一際大きな震動が起きる。

 サンドラと黒ウサギの二人は足を止めて互いに顔を見合わせる。

 

「今の揺れ、かなり大きかった」

「YES!十六夜さん達の決着が付いたようです!」

 

 次いで響く爆音。外で野放しにされていたシュトロムが破壊されたのだ。

 それを遠くから確認する。力を合わせて参加者達が打倒したのだろう。

 状況はどんどん好転している。笑みを浮かべる黒ウサギたちに対し、ペストは冷静に分析していた。

 

(…ラッテンもヴェーザーも倒されてしまったみたいね)

 

 コミュニティの仲間であったラッテンとヴェーザーが消えたのはペストも感じ取っていた。

 沈みきった夕日の方角を見ながら、少し遠い目をする。

 時間を稼ぐ消去的な戦法をとっていたそのゲームメイクの甘さが、結果的に後手に回ってしまい、今回の大きな失敗の要因となったのだ。

 

 最初から全戦力で圧殺を仕掛けていれば。そう考えるがもう遅すぎる。

 

(残ったステンドグラスは、残り55枚)

 

 そろそろ潮時だろう。魔道書が破壊されれば死神に押し上げている自身の霊格は消滅し、神霊で無くなる事で主催者権限を失う。

 ラッテンとヴェーザーは成り行きで出来た主従関係ではあったが、自分に忠誠を尽くしてくれた、初めての仲間であった。

 しばし、黙祷した後、

 

「……もう止めた」

「え?」

 

 まるで飽きたような表情で呟くペスト。

 黒ウサギがその言葉の意味を確かめようとした次の瞬間、ペストは無慈悲な宣告をする。

 

「時間稼ぎは終わり。白夜叉だけ手に入れて、後は皆殺しよ」

 

 刹那、黒い風は天を衝いた。雲海を突き抜けた奔流は瞬く間に雲を散らし、空中で霧散してハーメルンの街に降り注ぐ。

 空気は腐敗し、鳥は地に沈み、街路のネズミ達は触れただけで命を落とす。

 

「先程までの余興とは違うわ。触れただけで、その命に死を運ぶ風よ……!」

「なっ!?」

 

 黒き一撃必殺の疾風が襲い掛かる。二人が炎と雷で風を遮ろうとするが、霧散され、無意味と終わる。

 逃げの一手を取るしかない黒ウサギたちだけでは、もう勝利は不可能と言ってもいいだろう。

 

「や、やはり死を与える恩恵!与える側の神霊の御業ですか……!」

 

 死を与える恩恵の風。

 神霊として与える側になったペストの黒い風は、触れるだけで全ての者に死を与えるだろう。

 その一点において、ペストは神霊として高い素養を秘めていたのだ。

 

「ケ、ケルト神話の魔王は見るだけで死を与えると聞きますが、あれはまさにそれです!

 あの死の風を貫通するには、物的な力では不可能でございます!」

 

 逃げざるを得ない二人。無差別に街を襲う死の風を避けながらも、サンドラが叫ぶ。

 

「ま、まずい!このままじゃステンドグラスを探している参加者が!」

 

 だが、他の参加者にまで気を配っているような暇などない。

 彼女達にも誰かを守るような余裕が無いのだ。

 街の各所に散らばっている者たちを庇う暇など到底あるわけない。

 咄嗟に建造物に避難しているようだが、参加者を庇い、サラマンドラのメンバーが死んでいく。

 

「な、なんという卑劣な……!よくもサラマンドラの同士を……!」

 

 怒りで赤い髪が燃え上がる。止むを得ない。

 黒ウサギは腹をくくり、自身のギフトカードを取り出そうとした、その瞬間、視界の隅に黒い風に巻き込まれようとする参加者の、樹霊(コダマ)の少年が映った。

 

(な、なんでこんなタイミングで!?)

 

「危ない!」

 

 間一髪のところで耀がグリフォンの恩恵で黒い風を退けながら、少年を守る。

 それでも相手は神格の風徐々に押し返される。

 あわや、耀と少年が風に呑まれようとした次の瞬間、それは鋼鉄の剛腕によって阻まれた。

 風が命ある者の生命を奪うのならば、最初からそれを持たないこの人形こそ、まさに最大の敵。

 ペストの唯一の天敵と言ってもいいこの存在が二人の命を救ったのだ。

 

「大丈夫!?春日部さん」

「あ、飛鳥!?良かった無事だったんだ」

「いいから、その子を連れて、早く!」

 

 飛鳥の声に耀は頷くと急いで建物の中に少年を放り込む。

 その巨大な鉄の人形、ディーンに乗った二人を見て、黒ウサギが歓喜の声を上げる。

 

「飛鳥さん!レティシア様!よくぞご無事で!」

「黒ウサギ、今は感動を分かち合う暇はないぞ!前を見ろ!」

「え……」

 

 飛鳥達に気を取られていたせいで、黒ウサギは眼前に迫る黒い風の対処に遅れてしまう。

 もう攻撃が避けられない、そんな位置まで接近していたその一撃は、

 

「ぼさっとすんな!!」

 

 十六夜が蹴りを打ち込み、粉砕させた。

 満身創痍の身体を無理矢理動かして風を砕いたその行為に、ペストは一瞬唖然とする。

 

「ギフトを砕いた……?貴方……」

「先に断っておくが俺は人間だぞ魔王様!」

 

 十六夜はペストの懐に素早く潜り込み、蹴りを放つ。

 それを受け止めるペスト。かなりの力があるはずだったが、既にヴェーザーとの死闘で大きく力を削がれた十六夜では、ペストを真正面から押しきることができるほどの力は持ち合わせていなかった。

 

「そうね、所詮人間だわ。星も砕けない分際で倒そうとするなんて」

 

 いとも簡単に十六夜を投げ飛ばす。それに逆らおうとせず、十六夜は距離を取る事を最優先にする。

 だが、ここで全員に誤算が生じる。

 

「なら、こうすればどうしようもないでしょう?」

「――――なっ!?」

 

 全員の目の前に広がる黒い風の波。

 ペストは物量差で一気に押し切ることを選択した。

 これには十六夜もどうしようもない。目の前を砕いても別の所から飲み込まれていく。

 これまでか、全員が歯を食いしばったその時。

 

「今のうちに!」

 

 茶々丸がどこから出したのか、巨大な対戦車ライフルから、特殊な結界の術式を付与した弾丸を放っていた。

 

「その程度で防げるか!」

 

 ビシリとすぐさま結界にヒビが入る。

 

「早く!」

「いくらあなたが人形だといっても。

 これだけの攻撃に体は耐えられないわ。

 少なくとも、今回のゲームは退場よ」

 

 バキリとヒビが広がる。

 

「茶々丸さん!」

「下がれ、黒ウサギ!」

 

 黒ウサギが助けに入ろうとするもすぐさま十六夜に止められた。

 

「申し訳ありません、ご主人様(ロード)

 

 その言葉と共に茶々丸は黒い風に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 




初の10000文字越えって(汗)

原作通りとは言え、説明(謎解き)は飛ばせないしなぁ

では、また次回に。

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