そうだ、家庭を作ろう。(修正中)   作:ほたて竜

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凄く、眠いです


第六話

 これは何事もなくHRが終わり、音ノ宮祐太がこれから部活動(色々あって彼は柔道部に入部することになった)に向かおうとした時の話である。

 

 「これは、一体……」

 

 一人、ポツンとした声が昇降口に響く。

 

 彼の名札が張られてある下駄箱に、一つ、いや二つほど封筒と小さな箱がワンセットになって置いてあった。音ノ宮は「まさかこれが世にも聞こえる果たし状という奴か!?」などとテンションが上がっては、意味もなく戦慄していた。

 

 「……よし」

 

 そうして封筒を開けることを決心するのに、およそ二分程度かかる。二つある封筒の内、一つは薄い赤色、もう片方は真っ白な手紙が入ってあった。

 

 まずは薄い赤色の手紙を読むことにした。

 

 『初めて会った時から好きでした! これは私の気持ちです!』

 

 名前は記述されていない。ただ丁寧ながらもかわいらしい筆記から、恐らく書き手は女の子であると推測できる。封筒に付随している小さな箱を開けると、そこには手作りらしき小さなチョコレート。

 

 「……ふむ」

 

 全くもって何が何だか。

 

 思っていたよりも殺伐とした内容ではなくて、何だか拍子抜けである。寧ろ、どこか好意を窺わせるような言葉とチョコレート。いやチョコレートは兎も角、この手紙の内容は何なのだろうか。

 

 意味が分からないまま、音ノ宮は今度は白い手紙に手を伸ばす。

 

 『貴方の人柄に惚れてしまいました。どうかこれを受け取ってください』

 

 今度の字体はかなりの達筆であり、これだけではとても性別の判別など付かない。

 

 しかし、音ノ宮の性別が確固たる男という事実と、手紙の内容が彼の思い違いでなければ世間一般で言う『告白』であるのと照らし合わせると、送り主が女性であるという事位は思いつく。そして封筒と共にあった箱の中には、やはりと言うべきかチョコレートがあった。

 

 ――――――ともすると、これらの手紙は真逆ラブレター?

 

 まさかも何も正真正銘のラブレターである。しかし、これまでそういった色恋沙汰とは全くの無縁であった音ノ宮はいまいち確信を持てないのであった。

 

 さて、音ノ宮本人は気づいてないが、実は学校の間では彼はかなりの人気を得ている。というのも、彼の持つ独特な雰囲気と人柄の良さが、生徒教師問わず大いに受けたからである。未だに堅物という印象は拭てないが、今回、それでも彼のどこか壮年期の男性染みた仕草や発言がドストライクな少女もいたという訳だ。

 

 そんな音ノ宮にとって今何よりも問題なのは、どちらの手紙にも送り主の名前が書かれてないという事だ。

 

 「参ったな。これでは返信できない」

 

 それに尽きる。

 

 何であれ、物を貰ったからにはそれ相応の対価を用意しなければならない。しかし相手の名前が分からないのでは、お礼を告げる事すら叶わない。

 

 音ノ宮が全力で探索すれば、或いは手紙の送り主を特定できるかもしれない。しかし相手が敢えて名前を記載しなかった可能性も捨てきれない訳で、そんな安直な真似はしたくないというのが彼の本音だった。

 

 ましてやこの手紙はラブレターかもしれないのだ。慎重に、それこそ職人芸の如く繊細な対応をしなければならない。存外、人生初の愛の告白を前にあたふたする音ノ宮であった。

 

 「……むぅ、これは困った」

 

 神妙そうな顔をして首を傾げる音ノ宮。

 

 というか、何故数ある贈り物の中からチョコレートがチョイスされたのか。今日は何か特別な日だっただろうか。日付は確か二月の――――――

 

 「また変な顔してる」

 

 ふと、何とも愛想のない冷たい声がした。音ノ宮がそちらを振り向くと、全体の髪は短く切り揃えつつも、前髪の側面は肩にかからない程度に伸すという特徴的なヘアスタイルの少女がいる。

 

 言うまでもない。知り合ってからそろそろ一年が経過する、朝田詩乃である。

 

 彼女は不機嫌そうに足を鳴らしながら、音ノ宮をどこか呆れたような目で見ていた。

 

 「ああ、いやすまん。邪魔だったな」

 

 ここは昇降口である。そして詩乃の下駄箱は音ノ宮よりも奥の方にあるので、彼がこの場で立ち続けると彼女は自分の靴を取り出せない。

 

 音ノ宮は軽く謝罪の言葉を入れてから、腕に複数の手紙と小箱を抱えたまま詩乃に道を譲るよう動く。

 

 しかし詩乃は変わらず音ノ宮から鋭い視線を離さない。と言うよりも、音ノ宮の持つ手紙と小箱を睨み付けていた。彼女の苛立ちを表現しているのか、足の動きは更に早くなっていた。

 

 「な、何だ。また自分は何かしたのか?」

 

 詩乃のあまりに強烈な眼力を前に音ノ宮は竦みながら、恐る恐る声を掛ける。すると詩乃はふんと鼻を鳴らして、不愛想に顔を背けた。

 

 全くもって意味が分からん。

 

 それが現状の音ノ宮祐太による、朝田詩乃への率直な感想だった。それでも理解することを諦めるのは音ノ宮の主義に反する。よって彼は何故か震える手を小さく挙げる。

 

 「あの、朝田。怒ってるんだよ、な?」

 

 「……怒ってなんかないわよ」

 

 嘘だとすぐ分かった。

 

 こう見えて詩乃は隠し事があまり得意ではないという事を、音ノ宮は知っているからだ。

 

 「いや、怒ってる。差し支えなければ、何故怒ってるのか教えてくれないか?」

 

 確信を持った音ノ宮は少し強めな語調で問いかける。

 

 すると詩乃は「……はぁ」と何だか諦めるように息をはいては、「貴方ってホント……」と小さく呟く。それはしっかり音ノ宮の耳にも届いているのだが、いかんせん彼は詩乃の発言の意図を組み取れない。

 

 音ノ宮はただ真剣に詩乃の言葉の意味を考える。しかし、そういう事(・・・・・)に疎い彼はやはり理解できずに、首を傾げては「むむむ」と神妙に唸る。

 

 音ノ宮祐太は他人の感情の変化に途方もなく敏感である。

 

 だがしかし、例外は何事にも付き纏う。彼は彼の知らない感情を前にした時、彼の持つ超感覚ともいえる感情把握能力は意味を成さなくなる。言うならば、色事に対して全く免疫を持たない音ノ宮は詩乃の抱える淡い想いからくる『嫉妬』に気づけないでいるのである。

 

 とはいえ、彼は『元』という単語が最初につくものの教師である。理解できないならば必死に理解する努力をするし、知恵を絞って最も真実に近い結論を求める。それが、『音ノ宮祐太』になってからも変わらない、『彼』の本質である。

 

 暫くの間、無言の状態が続いた。その間、音ノ宮は詩乃の言葉の意味を熟考し、詩乃はそんな考える男をチラチラと盗み見る。

 

 「……もう。これじゃあ私が悪者みたいじゃない」

 

 根負けしたのは詩乃の方だった。

 

 元来、彼女は努力する人間を敢えて嫌いになれるような卑屈な人物ではないのだ。ただ、ほん少しだけ沸点の低い気の強い女の子なのである。

 

 また、音ノ宮の真剣に悩む姿は詩乃にとっては些か目に毒だった。彼女が怒りをあらわにしている理由が理由なだけに、目の前でこうも馬鹿みたいに考えられると苦しいものがある。いかに自分が幼稚な理由で機嫌を損ねたのかを思い知ってしまうのだ。

 

 少しの屈辱感と、大きな羞恥心で頬を薄く染めながら詩乃は口を開く。

 

 「今日は二月十四日。バレンタインデーよ」

 

 「ふむ」

 

 露骨な話題転換に、音ノ宮は腑に落ちないながらも静かに頷く。どうやら彼の中ではまだ問題は解決してないらしい。どれだけ鈍感なのだろうかと、詩乃は素直に思った。

 

 「要するにそれ、誰かさんからの愛の告白よ」

 

 「……成程。道理でチョコがある訳だ」

 

 腕に抱えた箱と手紙を見ながら音ノ宮は呟く。今日がバレンタインデーだったという事は把握してなかったらしい。

 

 男子生徒にとってはある種重大なイベントだろうに、この男の頭の中身は一体何が詰まってるのだろうか。割と本気で呆れかえる朝田詩乃であった。

 

 「しかし分からないな。どうして自分の様な人間にこのような物を……」

 

 「それ本気で言ってるの?」

 

 「勿論だとも。どうも自分には魅力がないのか、告白された事なんて一度もなかったんだ。白状すると、これからどうすればいいのか分からないくて」

 

 音ノ宮は助けを求めるかのように詩乃を見つめながら言う。

 

 詩乃から見た音ノ宮祐太の場合、恋愛と縁がないのは彼の魅力がないからというよりも、彼が無意識に発している近寄り難い雰囲気のせいと言った方がしっくりくる。だが、無意識なのだから本人がそのことを知る由もない。

 

 よって、私にどうにかできる問題ではない。彼女はそう結論付けて、静かにため息交じりに息を吐く。季節が冬なだけに白い煙が出てきた。

 

 「そう、だったらいい経験じゃない。少しくらい貴方も苦労すればいいのよ」

 

 完璧超人とさえ形容できてしまう男がここまで慌てる姿も珍しい。少し拗ねるように言ってのけた詩乃は、そのまま下駄箱に向かい自分の靴を取ろうとする。

 

 その時だった。不意に下駄箱へと伸ばした手が掴まれる。

 

 突然の出来事に詩乃は「ひゃん!」などと変な声が漏れた。

 

 「ちょ、ちょっと何するのよ!」

 

 「頼む。こんな話を他の人に出来る気がしない。朝田、どうか君の力を貸してほしい」

 

 抗議の声を上げる詩乃を真っ直ぐ見つめて、音ノ宮は懇願する。

 

 ――――――詩乃の心は揺れ動く。それはもう、詩乃の奥底にある自覚のない加虐心がこれ以上ないくらい疼く程度には。

 

 「……ふーん。貴方がそこまで人を頼るだなんて珍しいわね。いいわ、少しだけなら付き合ってあげる」

 

 気づけば彼女はそう言っていた。詩乃の一見すれば快い返事に、音ノ宮はいつのも仏頂面を少しだけ緩ませて、安心したのか小さく息を吐く。

 

 そんな音ノ宮の姿を見て更に気分が高揚した詩乃は、少し意地の悪い笑顔を浮かべながら「……ただし」と付け加える。

 

 「何だ?」

 

 「ちょっとだけ目を瞑ってなさい」

 

 「え?」

 

 「いいから」

 

 詩乃が最後に強めの口調で告げると、音ノ宮は「……分かった」と渋々頷いた。意外と押しに弱いのかもしれないと、朝田は思った。

 

 音ノ宮は詩乃の言う通り目を瞑る。

 

 当たり前ではあるが、彼の視界は真っ暗な闇になった。視覚情報のなくなった音ノ宮は、せめて聴覚だけでも状況を把握しようと努める。冷たい風が吹く音が微かに聞こえる中、がさごそと何かを漁る音が混じる。

 

 「朝田?」

 

 それが何故か不安に思えて、音ノ宮は近くにいるであろう彼女に声を掛ける。

 

 しかしながら、返事は一向に返ってくる気配がない。詩乃が近くにいるという事は何となく分かるのだが、言葉が返されないとなると当然不安になる。

 

 「おい、せめて返事くらいは――――――むぐっ!?」

 

 音ノ宮が口を開いたのと同時に、何か異物が放り込まれた。

 

 舌でその異物を取り出そうとすると――――――その異物は蕩けた。それは程よく甘い。口の温度で溶かされ、異物は少しずつ形を変えて液状になっていく。苦みと甘みが丁度いい具合にマッチしているこの異物は、音ノ宮の勘違いでなければ……

 

 「チョコレート、だと?」

 

 「正解」

 

 音ノ宮の回答に、詩乃が是と答える。

 

 「もう目を開けていいわよ」

 

 「あ、ああ。分かった……」

 

 チョコレートはもう融けきっている。口の中はほんのり甘い。

 

 だがそれはきっと口だけではないのだろう。

 

 音ノ宮はその余韻に浸りながら、ゆっくり目を開ける。そこにいたのは薄く口元を歪ませて、小さく微笑む一人の少女、朝田詩乃であった。

 

 「バレンタインデーのチョコ、美味しかった?」

 

 ものすごく甘かったと、音ノ宮はそう答える。

 

 頭は酷くぼんやりしている。まるで海月の如くぷかぷかと海を舞うかのようだ。これでは正常な判断などとても出来ない。

 

 音ノ宮の反応は詩乃にとって大変満足できるものだったらしい。彼女は珍しく満面の笑顔で頷く。

 

 「……」

 

 何と言うべきか。音ノ宮は考えあぐねていた。

 

 目の前の少女を見ていると言葉に詰まる。それもどうしてか切ない思いも募るのだ。その想いを何とか振り切って、音ノ宮は口を開く。

 

 「……なぁ、今のチョコレートは」

 

 「私の手作りよ」

 

 音ノ宮が言い切る前に、詩乃はそう告げる。

 

 不思議な気持ちだった。名前の知らない誰かから愛の告白とチョコレートを貰うよりも、詩乃の先程の様な強引な渡され方の方がよっぽど心に響いた。

 

 しかし音ノ宮はこんな感情を知らなかった。いや、知っていたとしても彼はこの感情に気づかないかっただろう。それだけ今の出来事は衝撃的だった。

 

 「……そろそろ部活の時間じゃないの?」

 

 はっと、詩乃の言葉で音ノ宮は我に返る。時計を見ればそろそろどころか、もう部活は始まっている。

 

 「ああ、そうだった! 悪い、お礼は今度用意するからっ」

 

 忙しなく音ノ宮は自身の荷物と例の手紙、小箱を持ちながら去っていった。それは詩乃が呼び止める暇もなく、彼は脱兎の如く走っては、もう詩乃では追いつけない程距離が開いていた。

 

 存外、彼は切り替えの早い男だった。

 

 「……ムードもへったくれもないわね」

 

 




詩乃ちゃんが攻略されると思った?
全くもってその通りだよ!
でも主人公も順調に詩乃ちゃんに攻略されるよ!

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