そうだ、家庭を作ろう。(修正中)   作:ほたて竜

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はい、修正修正っと。


第三話

 喫茶店での出来事から約三週間が経過した。

 

 朝田詩乃に腕を引っ張られて店から強制退室を余儀なくされたときはどうなるかと思ったが、まぁ中々に役得だったかもしれない。

 

 前世では多くの人の涙というやつを見てきたが、それで同情こそすれ何か他の感情が湧くわけではなかった。しかし、改めて女の子という自分とは全く違う生体を意識して、込み上げるような不可解な情が生まれたのを感じた。

 

 あの後、自分は朝田詩乃に人気のない路地裏まで連れていかれた。そこで恐らく半刻程彼女の、偏袒扼腕とさえ形容できる言葉と涙の嵐をぶつけられた。お陰でスクールシャツが彼女の涙と鼻水で色々凄いことになってしまったが、まぁあれで彼女の気が多少なりとも晴れたのなら安いものだ。

 

 ともあれ。そう言う事があって、朝田詩乃とは目で見ただけでは分からない程度には親しくなった。

 

 学校への登校は共にしないし、何か甘いイベントがある訳でもない。ただ顔を合わせれば世間話をして、帰りにお互いの都合が合えば一緒に下校する。下校を誘うのは自分であることが多いが、面白い事に彼女から誘ってくることもある。

 

 書類上だけの同世代とはいえ、同い年の女の子と会話をしたり下校をするのに心が躍らないというのは嘘になる。だが何と言うべきか、自分から見て朝田詩乃という女子は前世で言う教え子のような存在。恋愛対象として見ていないから、意外と自分はいつも通りでいられた。

 

 ああ、そうだ。

 

 実は自分には少し恥ずかしい癖、のようなモノができてしまった。というのも、自分は女子に話し掛けることが出来ないのだ。いや、それだけだったら救いようがある。

 

 問題は、逆に女子の方から話し掛けられると不思議なことに極度の緊張をしてしまい、必要最低限の返事しか返すことが出来ないのである。お陰で周囲からは堅物と揶揄され、朝田にその話をすると心底呆れられてしまう。

 

 全く、こちらは真剣に悩んでいるといるというのに、朝田ときたら笑い話にしてこちらを面白おかしくからかうのだ。抗議をしようにも、彼女が楽しそうな表情をするのを見たらその気を失せるというもの。若干この手の話題になると彼女に手玉を取られているような気がする。

 

 とはいえ、そんな何とも言えぬ生活。言うならば自分は普通の生活を送っていた。

 

 これが悪くないと思えるのだから、恐らく学校生活というのはこうあるのが一般的なのだろう。前世の自分がどれだけ異分子だったかを思い知る。当時のクラスメイトは、自分のひたすらに学勉に取り組む姿を見てどう思ったのだろうか。

 

 「……そうか、普通か」

 

 一人、誰も存在しない教室で呟く。天井を見上げると、年季の入った木製の造り。このご時世で木製と言うのも珍しいだろう。来年あたりに改装されるという話もあるくらいだ。

 

 こんな風に前世では教室を観察することもなかった。思い出そうとしても前世の小中高のどの校舎も記憶には残っていない。

 

 ――――――なんせ、波乱万丈の人生を送ってきた。

 

 まともな余暇など大学に務めていた頃にしかなく、自分の人生には大凡余白というモノがなかった。或いは、そんな『空白』が怖かったのかもしれない。

 

 前述の通り、学生時代は勉強に文字通り死ぬほど取り組んでいた。

 

 それは両親から将来を期待され、自分も知識を得ることに快楽を覚えていたからである。今思い返せば、その取り組み様はどう考えても異常だった。だがしかし、そのおかげで今の自分がいるのだから、当時の自分と家族に感謝こそすれ悲嘆することなど何もない。

 

 大学教授に就任してからだ。自分の生活に余裕と言う概念が生まれたのは。休むという事を知らなくて、最初は本当に難儀したのを覚えている。だから自分の研究を進めつつ、他の教論の講義に顔を見せては自身の知らない学問の見識を深めていった。

 

 それはそれで忙しかったが、何か物足りなさを当時の自分は感じていたのを覚えている。

 

 だから、なのだろうか。自分の言いようのない『飢え』を満たすかのように、引き留める親を宥めて半ば強引に海外に飛び出た。人助けをしたかったというのは紛れもない自分の本音だが、裏にそういう理由があったというのも決して嘘ではない。

 

 そういう意味で言えば、自分は随分と落ち着いたらしい。今世の生活は割と堕落していて、前世で言えば空白だらけの生き方をしている。

 

 だが、それが楽しいのだ。

 

 この普通と言って遜色ない平穏な日常がたまらなく心地よく、清々しい。友達と呼べる人間もいくつか出来て、女子との会話に四苦八苦しているものの、その状況を至極楽しんでいる自分がいる。

 

 皮肉な物だ。平穏な世界にいながら、平和を放棄してようやっとその平和の価値に気づけたのだから。

 

 「……何ニヤニヤしてるのよ」

 

 ふと、真正面から声が聞こえてくる。

 

 最近になって聞きなれた、ソプラノ声でありながらもクールさを兼ね備えた声。ああ成程、もうそんな時間になっていたか。

 

 「おはよう、朝田」

 

 「おはよう音ノ宮君。いつにも増して早い登校じゃない」

 

 朝田詩乃。それが彼女の名前である。

 

 自分が顔を上げて挨拶すると、彼女も不愛想な表情で挨拶を返してくる。相変わらず彼女の態度は軟化しないが、それでも最初に会った頃よりは幾分もマシである。

 

 「いやまぁ、先生方から仕事を頼まれてね。内容は書類の運搬と割合簡単なものだったのだが、まぁこれの量が多い事。いつもよりも早めに学校に来ないと間に合わないと思ってね」

 

 「で、逆に早く来すぎちゃって思ったよりも時間が余っちゃったってこと?」

 

 自分が全てを語る前に、彼女が非の打ちどころのない答えを告げる。

 

 あまりに非の打ちどころがないので、自分はただ頷いて肯定した。自分が臆面もなく返すものだからか、彼女はどうも哀れなモノを見る目で見つめてくる。そして大きく息を吐いては、彼女は自分の席に向かった。

 

 因みになんの偶然か、彼女と自分は同じクラスだった。彼女と出会った次の日に、彼女がとても気まずそうな顔をしているのを思い出す。少しだけ面白かった。もっとも、最初から彼女が同じクラスだと把握していたら、あんな校門の前で待機する必要もなかったのだが。

 

 「……呆れた、何で断らないのよ。その内都合のいいように扱われるわよ」

 

 より一層重いため息をついて、朝田はこちらを流し見る。彼女の黒く鋭い瞳はさながら猫の様だ。

 

 刺々しい物言いだが、恐らく彼女は自分の事を心配してくれているのだろう。こういう優しさは男として中々嬉しいモノがある。だがしばらく考えてみると、やはり彼女をそういう(・・・・)対象として見るのは難しかった。

 

 彼女とは友人。それが一番しっくりくる。彼女がどう思っているかは知らないが、まぁ友人関係とはそんなものだろう。

 

 「いや、割と新鮮だから問題ない。折り合いは見極められるさ」

 

 寧ろ小学生の頃は苦痛だった。教師から大事にされ過ぎたというか何と言うか。あまり好きにさせてくれなかったのがいけなかった。

 

 多少緩和されたとはいえ、やはり自分は余白を嫌う。言ってしまえば、小学校生活はいささか退屈だったのである。

 

 「ふーん。前から思ってたけれど底なしのお人よしね、貴方」

 

 「そうでもないさ。自分程度でお人よし扱いされるのなら、意外と世の中は正義の味方だらけだぞ?」

 

 他愛もない会話を楽しむ。

 

 こういう平和なひと時を楽しめる。それだけで自分がこの世界に転生してきた価値があるように思える。しかし、自分の最終目標は温かい家庭を作ること。これ以上の幸せがあると思うと、自然と頬が緩んだ。

 

 「何よ気持ち悪い。いきなり笑い出して」

 

 「なっ!?」

 

 なんてこと言う。年頃の少女に「気持ち悪い」と言われるのがこんなにも心に来るとは思わなかった。いや、本当に不味いぞ。洒落にならないくらい胸が痛い。なまじ精神面だけ年を取ってるだけに、彼女の言葉は反則技だった。

 

 ちょっと抗議してやろうかと思って視線を送れば、朝田は珍しく笑顔を浮かべている。そんないい顔をされればこちらとしても何かを言う気は失せる訳で、のどまで出かかってた言葉は飲み込んでおいた。

 

 「……さて、冗談はここまでにして」

 

 空気が変わった。

 

 先程笑顔は何処へやら、いつの間にか朝田は普段通りの冷たい雰囲気を纏った。辺りを見渡して、誰もいないことを確認する彼女。

 

 

 ――――――それは三週間前の、自分が初めて彼女を目撃した時のモノと酷似していた。

 

 

 「どうした。何か相談でもあるのか?」

 

 突然の変化に驚きつつも自分は問いかける。すると彼女は「ええ」と短く答えた。

 

 「そうか、なら遠慮なく告白するといい」

 

 そう言い切ると彼女の頬が途端に赤くなった。そして「……告白って」と小さな声でぽしょりと呟く。もしかして、自分はまた何かやらかしてしまっただろうか。

 

 「すまん。また何かしたか、自分は?」

 

 「……何でも、ないわよ」

 

 朝田詩乃は少し朱色になった顔のまま、ふんと視線を背ける。その仕草は大変可愛らしいと思った。もっとも、この状況でそんな事を口にすることなど出来やしないのだが。

 

 まぁそれはともあれ、取り敢えずは自分の不始末ではなさそうなので安心した。

 

 「それでどうしたんだ。話があるんだろう?」

 

 真面目に続きを促すと、彼女は自分をキッと睨み付けた後、何か諦めるように大きくため息をつく。感情表現が豊かなようで何よりだ。こちらとしては、何故彼女の表情がこんなにコロコロと変わるのかは不思議でならない。

 

 曲がりなりにも教授だったのだから心理学の知識はそこそこある筈なのだが、やはりまだまだ研鑽の余地があるらしい。特に年頃の女の子については、あまり造詣が深くない。これではその内乙女心が分かってないと泣かれてしまいそうだ。

 

 と、自分がそんな事を考えている内に、朝田は口を開いていた。かみしめる様にゆっくりと。自らの(トラウマ)を静かに、吐露する。

 

 

 「私、人を殺したことがあるの」

 

 

 




夏休み、そろそろ終わりますね。

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