そうだ、家庭を作ろう。(修正中)   作:ほたて竜

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これで少しはましになりましたかね。


第二話

 「待ってくれ。そこの君」

 

 その呼びかけが私に対して向けられた物だと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

 或いは私に向けられた言葉で無かったとしても、その声が恐ろしく優し気だったからその声の主を見てみたくなったのかもしれない。不思議なことに、半ば反射的に声のした方を見ていたのだ。本当に、不思議だ。

 

 声が聞こえた先に居たのは、私と同じ学校の制服を着た男子生徒だった。特徴としては、少し髪が癖っぽくてクシャクシャしている。制服が真新しいので間違いなく私と同じ新入生だろう。

 

 その男子生徒は私が反応したことに安堵したのか胸をなでおろし、そのまま近づいてくる。男性が近づいてくる、その事実が怖くて後ずさりしてしまった。彼は私が下がるのを認めると、それ以上近づいてこなかった。その時の、私を気遣うような視線がどうしてか不快だった。

 

 「もしかして男性恐怖症?」

 

 「違うわよ」

 

 いや、あながち男性恐怖症というのは間違ってない。ただ少しだけ方向性が違う。男の人が怖いというよりも、それは―――

 

 「うん、それならいい。少し時間はあるかな? 場所は何処でもいいからゆっくり君と話がしたい」

 

 新手のナンパだろうか。だとすれば相手を間違えてる。私を誘ったところで何も面白いようにはならない。というかここまで話し掛けるなって態度で示してるのに、中々引き下がる気配がない事に更に苛立ちを覚える。面倒な奴に捕まったかもしれない。

 

 「嫌よ」

 

 だから丁重に断りを入れた。

 

 「そうか、それじゃあ仕方ない」

 

 また明日と、彼は快気に手を振って私の前から立ち去ろうとした。だから「はぁ!?」と思わず大声で驚きそうになったのは、本当に致し方のない事だと思う。まさかここまで簡単に諦めるだなんて、思ってもみなかったのだから。

 

 何とか声を飲み込んで、もう用は済んだと言わんばかりに私を通り過ぎようとする彼の肩を掴む。すると男子生徒は驚いたように目を見開き、それでも冷静な顔つきで「どうした?」などと至極ふざけたことを宣う。

 

 「どうした、じゃないわよ。貴方、私をおちょくって楽しんでるの?」

 

 自分の声には怒りの色が混じっていた。だがそれは、いや、それこそ仕方のない事だった。少年の言動と態度は私を馬鹿にしているようにしか聞こえない。これで怒るなと言う方が無理な話だ。

 

 対して彼は特に気にした様子を見せない。寧ろ落ち着きを持ってこちらを見つめ返してきた。

 

 「おちょくってなんかないさ。ただ今の君はどこか不機嫌のように見える。下手に刺激しない方がお互いのためだと思ったんだが、どうだろう」

 

 「貴方が私を不快にさせたのでしょう?」

 

 間髪入れずにそう返すと男子生徒は、まいったなと頭を掻いた。そのキザっぽい仕草が無駄に格好がついていて、余計に腹が立つ。

 

 「……む、それは悪い事をした。その気がなかったとはいえ君に不信感を与えてしまったのなら、それは自分の落ち度だ。本当に申し訳ない」

 

 そう言って、少年は殊勝にも頭を下げた。ためらいなく、そうすることが自然のように彼は誠心誠意で謝罪する。それが分かるくらい、綺麗で誠実な礼だった、

 

 ―――なんてやり辛い奴なのだろう、こいつ。

 

 そう思った。だってそうだ。これでは私が無理やり謝らせたみたいで気分がよくない。だから慌てて少年の肩を持ち上げて無理やり頭を上げさせた。そうして同じ目線になるように頭を上げた少年に対して言い聞かせる。

 

 「止めてよ。謝罪なんていらないから、さっさと貴方の要件を済ませなさい」

 

 そのために私に話し掛けたのでしょうと、きっぱりと付け加える。すると少年は少し表情を明るくさせた後、「ありがとう」と穏やかに告げた。まるで陰りの見えない彼の顔は、「ひょっとして信用してもいいのでは」と、そんな何の根拠のない考えが頭で湧いて出てきた。

 

 「な、なによ」

 

 何だこの男は。行動の一つ一つの真意が分からない。今こうして対面して、いくつか言葉を交わしても彼の事を理解できる気がしない。つかみどころのない人である。

 

 考えてみてほしい。呼び止められていきなりお茶でもしないかと誘っておきながら、「嫌だ」と二文字で断ったらそれ以上食いつかない。ナンパも満足に出来ない臆病者なのかと思ったら、素直に謝る良心も持ち合わせている。どこかちぐはぐ。敢えていうなら「こいつは何がしたいのか」という奴だ。

 

 警戒を強めながら彼を見ていると、それは不意に口を開いた。

 

 「ああ、君が戸惑うのも無理はないと思う。君から見れば自分は見知らずの他人で、突然話し掛けてきた変人といったところだろう。だから安心しろとまでは言わない。けど自分は君に危害を与えないという事は、どうか忘れないでほしい」

 

 私の心の内を見透かしたような言葉だった。彼なりに私を安心させようと思って出た言葉なのだろうが、逆に心を読まれたような気分がして余計安心できなくなった。

 

 彼も私の不安を感じ取ったのだろう。男子生徒は慌てて「申し訳ない」と、今度は忙しなく頭を下げた。硬い口調の割には意外と頭は軽い奴なのかもしれないと、そう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 「で、普通にお茶してる訳だけど。何か聞きたいことがあるんでしょう?」

 

 「ああ。でも何て切り出せばいいか分からなくて」

 

 「何それ」

 

 自分を呆れた目つきで見ながら、カップに入った紅茶を啜る彼女。そう言えばお互い自己紹介をしてなかったことに今更ながら気が付く。

 

 因みに現在、自分と彼女がいるのは学校からそこそこ離れた位置にある喫茶店である。入学当初から飲食店に制服のまま入店するのもいかがなものかと考えたが、まぁそれはそれ。人も少ないし会話するのに適した場所であるからそれを利用しない手はない。

 

 「よし、まだ自己紹介もしてなかったからな。自分は音ノ宮祐太という。もう分かっているとは思うが、君と同じ一年生だ」

 

 手を差し出しながら自己紹介をする。すると彼女は少し考える素振りを見せてから、何か決心した後自分の手を取り握手をする。

 

 握手一つするのに何か思うところがある。彼女は男性恐怖症でないと言っていたが、どうもこの反応を見るにその信ぴょう性は薄いように思える。もしかすると人と接すること自体が苦手、つまり対人恐怖症も考えられる。

 

 「……朝田詩乃よ」

 

 中々に愛想ない淡泊な自己紹介だ。

 

 距離感を理解した上でこの冷たさ。対人恐怖症などではなく、単純に彼女はそこまで積極的に人と関わり合いを持ちたがる人間ではないのかもしれない。とはいえ、何事も決めつけは良くない。ある程度その事を念頭に置いた上で、この少女と会話することにしよう。

 

 「で、話って何?」

 

 朝田からしたらこんなこと早く終わせたいに違いない。自分としてもそこまで長く話すつもりはない。今回は朝田がどういった人間なのかを大まかに知れればそれでいい。

 

 「実はだな、本当に君と会話をしてみたいと思っただけだったりする」

 

 「……米粒程度にあった貴方を理解しようとする気分が、今ので消え失せたんだけど」

 

 「む、自分は兎も角、相手を知ろうとする姿勢は良い事だぞ」

 

 ただのコミュニケーションだけならばまだしも、信頼関係を築くのならば相手を知ることは重要なファクターである。まずは相手を知ることから始め、それから話し合いは始まるのだ。

 

 「……はぁ。貴方が変人なのはよーく分かったわ。なら好きなように話題を振ってくれない? 私も適当に答えるから」

 

 「それじゃあ遠慮なく。どうして朝田は下校するの遅かったんだ? 随分長く学校にいたようだが」

 

 「なに、私のストーカーなの貴方」

 

 「否定させてもらうよ」

 

 とはいえ否定する材料なんかどこにもないのも事実。苦し紛れに苦笑いしながら紅茶を口に運んでみる。ファーストコンタクトは大事だとか偉そうに講釈垂れておきながらこの様である。

 

 まだまだ未熟だなぁと、己の不甲斐なさに軽く失望していると、それを見かねたのか朝田は意外な言葉を放った。

 

 「ま、そうなんでしょうね。変人なのは変わりないけど、生真面目な感じはするし」

 

 「そう思ってもらえるなら助かる。ああそれと、校門で待ち伏せしてたのはどうか許してほしい。あまり人の目に着かず、君を見つける方法があれしか思い浮かばなかった」

 

 「そう。気にしてないから別にいいけれど。でもあれね、どうして私なんかを?」

 

 本当に気にしてなかったらしく、朝田は気怠そうにして言葉を投げかけてくる。何となくだが、彼女の言い方には違和感を覚えた。

 

 「朝田、君は登校中あまり元気がなかっただろう。しかも体調の方ではなく精神面で」

 

 そう指摘してみると朝田の眉はピクリと動いた。図星の可能性が高い。あまり喜ばしい事ではないが。

 

 「……別に、そんなことないわよ」

 

 「ならよかった。今朝見た君の雰囲気はあまりに物悲しく見えてだな、自分の気の間違いならそれに越した事はない。自分はそれが心配で君に話し掛けたんだ」

 

 自分で言っていて人が悪いなと思った。自分が考えるに、この目の前にいる少女は心の奥底では誰かに助けられる事を望んでいる。

 

 こういった傾向のある人間は、世界を通して割かし多くいる。変な言い方をすれば天邪鬼か。心の底から誰かに手を差し伸べられたいと願望しておきながら、誰かに救われたいと願う自分を弱い(・・)と勘違いし、その救いの手を不本意に弾く。

 

 きっと彼女はこれの典型例だ。そしてそういう者は真っ直ぐで、優しい言葉にとことん弱い。例えば、「心配だった」とか。

 

 「―――っ。……で、話は終わりなの?」

 

 「ああ、聞きたいことは聞けたからもう十分だ」

 

 明らかに揺らいでいる彼女をよそに、自分の分のお勘定だけ残して最後に「失礼するよ」と挨拶する。もう一度朝田の方に視線を移せば、彼女はテーブルに顔を向けていて表情は読み取れなかった。

 

 今の彼女には考える時間が必要である。だから自分はこれ以上何も言わない。無責任なようだが、勘違いは正さなければならない。それは自分で自分の首を絞めるような行いなのだから。

 

 ああ、でも、もう一つだけ言っておこう。

 

 「これからも何もないとは限らない。何か困ったことがあったら誰かに頼るのも悪いことじゃないと思うぞ」

 

 言いたいことは全部言えた。ただまぁ、一つ心残りがあるとすれば彼女が何故下校が遅れたのか、それをはぐらかされてしまったことだろう。意図して話を反らしたようだから、恐らくは聞かれたくない類の話題だったのだろう。なら深く聞こうとするのはよろしくない。

 

 「……ちょっと、待ちなさいよ」

 

 立ち去ろうとする自分を、引き留めるような言葉が背後から飛んできた。心なしかその声音は震えているように感じた。

 

 「どうした、話は終わったぞ」

 

 「貴方もしかして知ってるの(・・・・・)?」

 

 どこか警戒が入り混じった、強い視線と口調。これを敵意という。

 

 それは自分にとって慣れ親しんだと言っても過言ではない。数えるのが億劫になる程のソレを、自分は一身で受けてきた。ただしこの平和な国で、しかも中学生になりたての少女に敵意を向けられたのは初めての経験である。

 

 「何をだ?」

 

 質問の意図が図りかねて聞き返す。すると朝田はより一層こちらを疑うように睨み、ずかずかと歩み寄ってくる。

 

 「知っていようがいまいが、もうどうでもいい。貴方が言ったんだから、貴方が責任を取りなさい」

 

 朝田は俯きながらそう呟いて、手首をつかんでくる。そして強引に引っ張られた。なされるがままに引きずられていくと、朝田は店から出ようとした。

 

 ――――――荷物は置きっぱなしとはいえ、大丈夫か、これは。

 

 そう思って振り返ってみると、会計場で待機してた店員が親指をクイっと上げていることに気が付く。他にもカウンターでニヤニヤしながら「がんばれー」と応援してくる男性もいた。

 

 自分は軽く会釈して、彼らの心遣いに感謝の意を示す。この喫茶店はこれから贔屓にするとしよう。

 

 


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