そうだ、家庭を作ろう。(修正中)   作:ほたて竜

2 / 14
プロローグ

 

 まぁ、いい人生ではあった。

 

 厳格な両親の指導の下、自分は齢が一ケタの頃から遊ぶという概念を忘れたかのように受験勉強に明け暮れ、気づけば自分は大学で教鞭を振るいつつ自身の研究に浸っていた。教え子は立派な社会人になり、今でも世界を股にかけて活躍している。本当に喜ばしいことだ。

 

 しかし、自分はいつの日か大学で送る日々に満足できなくなっていた。

 

 ――――――海外で自分の知識を最大限用いた人助けがしたい。

 

 年甲斐もなくそんな夢を抱いた一人の中年は、大学を飛び出ては発展途上国を巡り始めた。嫁なんぞ自分の様な愛想のない男に出来る訳もなく、決断してからの行動は速かったのだ。

 

 想像以上に凄惨な世の中というものを経験したが、それでも自分は出来る限り人の役に立ったと言えるだろう。その最中に自分と同じ志を持つ友と出会い、肩を組み、別れ、再会し、永遠の離別を経験してきた。

 

 形はどうあれ、人は皆死んでしまう。自分の友もまた戦火が絶えない紛争地域に飛び込み亡くなった者もいれば、志半ばで病死した者もいる。

 

 今回、それが自分の番だった。

 

 自分の死因となるであろう病状は、単純な老衰。そこまで長く生きた気分はなかったが、自身の齢が半世紀を超えていたのに気づいて、人生とは存外短いのだと悟った。

 

 だがそれも悪くない。

 

 こうして数多くの国籍も年齢も疎らな教え子と友人に囲まれている。それだけで自分の人生は正しかった(・・・・・)のだと証明できた様だった。

 

 別に正しく生きたくて今日まで頑張った訳ではない。ただ、どうせ生きるのなら正義の側にいたいのは人の性というものだろう。

 

 だから俺の人生は悪くなかったし、それ以前に楽しかった。

 

 悔いはない。

 

 

 

 ――――――いや、それは嘘だ。悔いは確かにあった。

 

 

 

 家族が、そう、家庭とか、そんな暖かなモノが欲しかった。自分のために涙してくれるこの集団の中に、自分の家族がいたらどれだけ嬉しかったことか。

 

 自らの力で築いた、家庭が、家族が、そんな温かい存在が欲しかった。

 

 畜生、最後になってこんな後味の悪い思いをすることになるなんて。

 

 それが表情にも出てしまったのか、周りの教え子や友人が更に悲しそうな顔をする。

 

 ――――――泣かないで。

 

 言葉を紡ぎたくても、もう、口は、動かない。

 

 体が、少しづつ、しかし確実に、冷たくなっていく。

 

 

 成程、これが死か。

 

 

 

 頭の中が、霧が掛かったように、思考も真っ白になっていく。

 

 

 

 

 嗚呼、もし、来世があるというのなら、自分は、暖かい、家庭を――――――

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 突拍子のない話で申し訳ないが、皆さんは輪廻転生とはご存じだろうか。

 

 自分は大学の教授を務めていた人間であったため、まぁ専門外だとしても多少物知りである自信がある。しかし、明らかに宗教学に通ずるソレを自分が詳しく知る筈もない。

 

 いや、言葉の意味自体は知っている。要するに死んだ者の魂が、また新しい命として生まれ変わる事を指すのだろう?

 

 「ゆうちゃーん! ご飯で来たわよ~」

 

 下の階から今世の母親となる女性の声が聞こえてくる。もうそんな時間になったのか。自分はとりあえずキーボードを叩きながら返事する。

 

 「はーい、少し待ってー。区切りのいいところで切り上げるからー」

 

 「なるべく早くするのよー」

 

 間髪入れずに母親から返事が返ってきた。素早い返事なのになんと気の抜ける声音だろうか。前世でもこんなおおらかな女性は数えられる程度にしか出会ってない。

 

 さて、話を戻そうか。

 

 そして結論から言おう。

 

 

 ――――――自分は転生した。

 

 

 間違いなく、完璧に、自分はこの世に存在している。

 

 前世となる記憶もそのほとんどが残っているし、前世の生まれたころから養ってきた知識も未だ健在である。それどころか死ぬ間際の冷たさや、文字通り最期に抱いた願望もまた自分の胸の中にある。

 

 とはいえ、生まれたころから理性的であった訳ではない。

 

 赤子の頃はぼんやりとした記憶しか残っておらず、今の『自分』が完全に確立したのは丁度自分が五歳になった時の話だ。その時は酷く混乱した覚えがある。当たり前の事だが、前世の記憶が引き継がれているだなんて二重の意味で生まれて初めての事だった。

 

 「……畜生、掲示板に書き込んでもこれじゃあ意味がないな」

 

 現在、俺は十一歳の小学六年生の一人の少年。反則的な前世の遺産のお陰で勉学は全く取り組まなくとも、しっかりついていけている。

 

 だから今俺がしているのは情報収集である。或いは、もしかしたら俺と全く同じ境遇にある人間が存在するかもしれない。そう思っての行動なのであるが……

 

 「まるで成果が見られないなぁ」

 

 最初は地味ながらも聞き込み。それが砂漠の中から米粒を探すような無謀な行為だと再認識すると、今度はインターネットの世界を頼った。

 

 しかし、結果は見ての通り惨敗。

 

 厨二病を患っただとか、小学生の戯言などと好き放題に書き込みされている。小学生の戯言と言うのは強ち間違ってないのが悔しいところだ。それでも、もしかしたらという思いが俺を駆り立てた。

 

 辛辣な書き込み全てを丁寧に読み耽り、そしてやはり結果は悲惨の一言。

 

 「はぁ」

 

 これでは労力と割に合わない。

 

 もう諦めてしまおうかという思いが覗かせてくる。そもそも俺と同じ境遇の人間を探し当てて一体どうするつもりなのか。過去の話に花を咲かせて前世に縋るというのか。

 

 「最初はこの不可思議な現象を解き明かすため、だったんだけどな」

 

 そう、自分はこの輪廻転生という事象の解明を目指していた筈だった。

 

 しかし調べるにつれてこの世界が、この世の中自体が些か以上に不可解な塊だと理解した。それは俺の知る時代とは違うだとか、或いは違う惑星の世界だとか、そう言うのではない。

 

 この惑星は少なくとも名称が『地球』であり、その地球が歩んできた歴史もまた俺の前世の記憶にある物と殆ど同一である。俺が今住んでいる国も正しく『日本』である。

 

 それで尚不可解と言うのは、前世の自分の名が、軌跡が全くないという事だった。

 

 自惚れるつもりはないが、ネットで前世の自分の名前を検索すれば必要最低限の情報は出る筈だ。それは元々教授を務め、世界各地で活動していた訳だから何もおかしなことではない。

 

 しかしこの世界にはそれがないのだ。なくなった(・・・・・)わけではない、最初からない(・・)のだ。

 

 まるでノートに書きまくっていた筈の数多の文字が、全て真っ白に消えて白紙になってしまったかのような。そんな空しい感覚。

 

 導き出せる結論は、この世界は俺の知る世界ではないという事。

 

 だから転生の原理を究明出来たとしても、俺の前世に当たる人物が世にいないのだから俺の説は軽くあしらわれてしまうのだ。

 

 「……もう、どうしようかね」

 

 諦めるのは性分ではない。しかし意味のない事を求めても、それはやはり意味がない事なのだ。

 

 だから俺はどうすべきなのか、本当に分からないでいた。究明を奪われた学者に価値はない。ましてや、究明をする気概さえもなくした人間に学者を名乗る資格もない。

 

 前世でやりたいことは全てした。

 

 精神的に衰えた自分に世界各地を回ろうとする気持ちはないでもないが、少しばかりキツイ。言うなら、あの時の若々しい情熱が随分と弱まっていたのだ。

 

 

 ――――――あるじゃないか。

 

 

 心の底から、声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 「そうだ、家庭を作ろう」

 

 

 

 不意に声が漏れた。

 

 




深夜テンションで書いた。後悔はしていない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。