そうだ、家庭を作ろう。(修正中)   作:ほたて竜

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第十一話

 「それで、ここ一か月貴方は何をしてたのかしら」

 

 朝田詩乃は腕を組み、俯きながら正座する音ノ宮を冷たい眼差しで見下ろす。しかしそれとは裏腹に、彼女の顔に張り付いた感情は憤怒。言いようのない怒りが詩乃からにじみ出ていた。

 

 そのあまりの迫力に汗を額から流す音ノ宮。彼は弱々しく腕を上げながら、やはり弱々しく抗議の声を上げた。

 

 「……そのあれだ、少し旅行をだな」

 

 「そう、この期に及んでまだ嘘をつくのね」

 

 にっこりと笑顔を浮かべる。ただし唇の端は限界まで吊り上がり、拳をプルプルと振るわせる姿からはそれが喜びから来る笑顔ではないのだとすぐ分かる。

 

 そんな笑顔を見た音ノ宮に為す術などなく、力なく手を下げては膝の上にちょこんと戻っていった。心なしか最初の頃よりも頭は垂れ下がっている。

 

 場所は彼らが通う中学校の教室。朝早いためか室内には音ノ宮と詩乃以外の人間は居らず、それが逆に微妙なシュールさを生んでいた。具体的には女子生徒の前で正座して頭を下げる男子生徒の図である。

 

 SAO事件において自分が出来得ることは全て果たしたと判断した音ノ宮は、学生の本分である学業と部活に明け暮れる生活に戻ろうとした。しかしそのことに異を唱えた、と表現するは正確ではないが、少なくとも音ノ宮を非難する者が現れた。

 

 それが今音ノ宮の前で立つ朝田詩乃である。

 

 「いや、朝田には本当に申し訳ないと思ってる。でもこれはあまり口外すべきではないことなんだ」

 

 「それはつまり、音ノ宮君は他人に話せないような後ろめたいことをしたという事?」

 

 少し口を開けば痛いところをついてくる。意外と彼女はそういう(・・・・)事に向いているのかもしれない。

 

 彼女自身は気づいてないだろうが、朝田詩乃と言う少女には一般とは違う『何か』を秘めている。それが具体的に何を意味するのかは音ノ宮の尺度では測れない。しかし、一つ分かるのは過去音ノ宮と苦難を共にした友人たちもまた、その『何か』を持ち合わせていたという事だ。

 

 とはいえ、音ノ宮がSAOの件を口に出来ないという事実に変わりはない。あれは菊岡と音ノ宮の間での秘密だ。それに音ノ宮のここ一か月の出来事を素直に全て話したとして、それは一般的に考えて万人が納得できるような内容ではないのだ。

 

 だってそうだろう。たかが中学二年生の一男子がどうすればたった一か月で前代未聞の事件の解決の糸口、その先達者になれるというのか。普通は有り得ない。しかもその一か月の間は学校を休まなかったというおまけ付だ。(流石に部活にまでは時間を割けなかったが)

 

 とするならば、真実を話しても詩乃に余計な誤解を生むであろうことは想像に難くない。

 

 「それだけはないから安心してほしい。証拠も何もないが、どうか自分を信じてくれると助かる」

 

 故に音ノ宮ははぐらかす。話しても仕方がないから。だが決して悪い事をしたわけでないのも事実である。

 

 実際、彼の働きによって現在のSAO事件による死亡者は減衰している。それはテレビの放送でも流されている。つまるところ、千人弱は死んだ。しかし逆に言えば九千人の人間を音ノ宮は間接的に救った訳だ。

 

 それを素晴らしいと捉えるかどうかは人によって疎らだろうが、何にせよこれ以上音ノ宮に話せる事はない。彼はゆっくりと立ち上がり、非難の視線を浴びせてくる詩乃から背を向けて自身の席に戻ろうとする。

 

 「貴方の事は信頼してる。だから私は貴方の心配をしてるの」

 

 音ノ宮の歩みがとまる。どうしてか詩乃の顔を見たくなくて、彼は詩乃から顔を背けたままだ。

 

 「音ノ宮君が何をしたのか。そんな事、あの時(・・・)の貴方の顔を見れば誰だって分かる。貴方はまた人を助けるために奔走したのでしょう?」

 

 的を得た言葉だ。どうやら彼女は最初から音ノ宮の一連の行動に気づいていたらしい。

 

 可愛い顔して中々やるではないか。これでは自分は道化だと、音ノ宮は詩乃に背中を向けながら己を言葉なく嘲笑する。

 

 「貴方がSAO事件の緊急速報を見た時、私と初めて会った時と同じ顔をしてた。まるで能面みたいに感情が張り付いた表情でね、正直に言って恐かった」

 

 「……そうか」

 

 次第にか細くなっていく詩乃の言葉に、ただ相槌を打つ。それが詩乃とっては不可解に思えた。或いは、彼女が『恐い』と感じた理由がそこにあるのかもしれない。

 

 「音ノ宮君はそういう人なんだって、何となく分かってた。でもやっぱりおかしい。私の話を聞いてくれた時もそう、どうして貴方は他人にそこまで親身になれるの?」

 

 今まで詩乃が抱えていた疑問。それは音ノ宮祐太という人間の特異性についてだ。

 

 詩乃が思うに、音ノ宮はあまりにも優しすぎる。いや、アレを本当に優しいと形容していいのかすら分からない。ただ異様に彼は人の手助けをしようとし、結果何事もなく問題を解決させる。

 

 そう、本当に何の問題もなく、考えられる限りの最適解を叩き出すのだ。

 

 詩乃は音ノ宮に過去の出来事を語り、そのトラウマにある程度折り合いを付けれるようになった。SAO事件をテレビを通じて知り、彼が忙しなくなった時。一か月ほどで事件による死亡者は激減した。他にも例を挙げればキリがない。大小差はあれど、彼に関わった事象の数々は確かに最良の結果をもたらしたのだ。

 

 このことに誰も疑問に思わないのが、詩乃には不思議でならない。明らかに人外染みているだろう。ただ一度の失敗もなく、彼はただ本来彼には関係ないであろう問題に関わってはソレを解決させる。

 

 余計なお世話だと言わせる余地すらない。まるで物語の英雄の様に人を助ける。つまり『強さ』だ。『強さ』があるからこそ、彼は失敗しない。

 

 ――――――それを、知りたい。

 

 どうしようもなく知りたい。強くなりたい。誰にも負けない。否、自分自身と彼に負けない『強さ』が欲しい。そして恐らく音ノ宮はソレを持っている。それが親切心から来るのであれば、詩乃も彼と同じになればいい。

 

 「……違うだろう」

 

 ぽつりと、振り向きざまに音ノ宮が呟く。あまりに感情の感じられない冷たい呟きに詩乃に鳥肌が立つ。

 

 似た様な感覚を覚えている。詩乃が初めて音ノ宮と出会い、嘔吐物をぶちまけたと時と同じ。また、SAOの緊急速報を見た時にも彼は今と同じ表情をしていた。

 

 これだ、この狂気にも似た何かが彼の『強さ』であり『恐さ』だ。詩乃はそう直感する。

 

 「朝田、君が胸に抱いた志はこんなモノではない」

 

 淡々と紡がれるその言葉は詩乃を締め付ける。それを脳は快感と受け取ったのか、或いは恐怖と受け取ったのか。何にせよ詩乃は何のアクションも起こせなかった。

 

 おかしな感覚だった。だが、ここで引ける筈もない。引いてしまえば、詩乃の決意はもう二度と立ち直らないだろう。

 

 「君が求めているのはもっと崇高なモノだ。それは断じて自分みたく壊れたモノではない」

 

 真剣に、彼は詩乃を見つめる。彼の言う壊れたモノとは何なのか。逆に崇高なモノとは何なのか。一体彼はどこまで詩乃を見据えているのか。

 

 どこまでも計り知れない。しかしそれが自分の求める『強さ』に値する代物であると、詩乃は考えている。壊れていようが何だろうが、詩乃は強くなりたい。区切りをつけた過去(トラウマ)に終止符を打ちたい。

 

 それでようやく彼と並べるのだと、詩乃は本気で思っているのだから。

 

 「……なんでもいい。私は貴方みたいに強く在りたい。じゃないと、私は貴方を心配することすら出来ない。だってそうでしょう? 貴方は私が心配するまでもなく物事を乗り切ってしまう。反則よ、そんなの。私は貴方に助けてもらったのに、私は貴方に何も返すものがないじゃないっ!」

 

 早口で繰り出される激情の発露に、やはり音ノ宮は変わらぬ表情でいる。どうしたって詩乃の言葉は音ノ宮に響かないのだ。それがどれだけ苦しい事かを彼は知らない。

 

 「……自分の事は気にしないでくれ。朝田がそこまで自分を案じてくれたのかはよく分かった。でもそれで十分だよ」

 

 やはり分かってない。何も理解してない。詩乃が音ノ宮をどれだけ想っているのかも、どれだけ不安であったのかも、少しも分かってない。

 

 「馬鹿、じゃないの。何が十分よ。それとも私が間違ってるの? ねぇ、おかしいわよ。困った人を見て助言を与えたり、代わりに問題を解決してあげたりするだけだったら、ええ、それはまだお人よしで済む話よ」

 

 でも、と詩乃は続ける。心なしか肩は震え、目元は薄っすらと濡れている。

 

 「先生も学校の皆も、どうして誰も音ノ宮君のことを心配しないの? あれだけ目元に隈ができて、時々体はふらついてたのに誰も貴方を心配しない。挙句の果てには『音ノ宮祐太だから大丈夫』だとか何の根拠もない事言って、それで皆納得してる。こんなの絶対おかしいわよ。皆も、貴方も、どうして誰も音ノ宮君を労わろうとしないの?」

 

 詩乃は激怒している。

 

 誰も疑問に思わない音ノ宮の異常性。究極的におかしい筈なのに、皆が皆そのことに気付いてない、或いは気にしてない。何の前触れもなくいきなり部活を休んで、授業も上の空になっていたことが多かったのにも関わらず、誰もそのことを指摘しない。

 

 まるでこれでは必死になって音ノ宮を案じる詩乃の方が異常だと言わんばかりだ。

 

 「先週私がメモ帳の整理をしてた音ノ宮君に声を掛けた時のこと覚えてる? あの時私は貴方に大丈夫って聞いたら、貴方は大丈夫だって死にそうな顔で返事したのよ?」

 

 ここ一か月の音ノ宮はあまりに痛々しかった。

 

 焦燥感に駆り立てられた悲痛な顔をして、学校にいる間は常に数多のメモ帳を睨んでいた。放課後になればすぐに彼は荷物を纏め、疲れ果てているであろう体を引き摺って駅に向かってはどこか遠いところに行く。

 

 心配になった詩乃がせめて登校くらいは一緒にしようと音ノ宮の自宅に向かった時、彼の両親がまだ祐太は帰ってこないと告げたのには驚愕を超えて泣いてしまった。つまり彼は帰宅せず、そのまま学校に向かって授業を受けていたということだ。

 

 狂ってる。そのことに何の疑問も持ってない彼の両親も、そんな事を平気で実践する音ノ宮も、皆狂ってる。

 

 しかしそれ以上に、彼の取り巻く異常性に唯一気づいている己が何もできていないという事実が、詩乃には一番耐え難かった。本当に何もできなかった。そして、何かをしようと思った時には、彼はもう全てを解決させていた。

 

 言うなら次元が違った。いつも近くにいると思っていた存在は実は遙か高みにいて、彼に何かしらの事をしてやれる機会は人よりも多かった筈なのに、自分に出来た事は何もない。

 

 真の意味で無力を実感した。だから、詩乃は『強さ』を貪欲に求めなければならないのだと思った。そうしなければ彼と並び立つことなど到底できやしない。

 

 自信を取り巻く感情の渦を無視し、ここに一つの決意を抱く。

 

 感情を見せない音ノ宮を前に、詩乃は睨み付ける様に目を鋭くする。そして息を大きく吸って、小さく、しかし強かな声で宣言した。

 

 「……私はまだ貴方の力にはなれない。でも約束してあげる。私はいつかきっと貴方に追いついて見せるって」

 

 




このSSを読んで『主人公SHUGEEEE!!』と思った方よりも、『この主人公気味悪い……』と思った方が多いのではないでしょうか。
次回、その気味の悪い主人公の省略版過去編です。

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