そうだ、家庭を作ろう。(修正中)   作:ほたて竜

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やっぱりシリアスは無理だと思いました、はい


第十話

 クラシック音楽が流れるとある喫茶店にて。

 

 音ノ宮祐太は一人入店し、女性ウェイターに案内されたテーブルに着く。周囲にはいかにもマダムといった出で立ちの女性が多く、正直長く居座るのは御免と感じた。しかし相手がこの店を指定してきた以上、少なくとも話し合いが終わるまでは店を出れない。

 

 そんな事実に辟易しつつ、案内を終えたウェイターが離れる前に音ノ宮は適当な紅茶を頼む。「かしこまりました」と頭を下げるのを確認した彼は、カバンの中から一冊のファイルを取り出した。

 

 そのファイルは大凡の学生に理解できそうな代物ではなかった。

 

 「……分厚いな」

 

 音ノ宮は呟く。彼の言う通り取り出したファイルは辞書並みに厚くなっており、またその見た目と比例するように重量もある。

 

 それもその筈である。ファイルにはかなりの量の紙が挟まれているのだから。これだけの量を一つのファイルに纏めるのは寧ろ非効率と言える。これは茅場晶彦なりの最後の嫌がらせなのかと、音ノ宮は一人ため息をついた。

 

 加えて、その挟まれた紙の内容も重厚である。というのも、書類には難解な円グラフや計算式、専門用語がふんだんに使われた文章が書かれているのだ。ファイルの現持ち主である音ノ宮でさえも、そのあまりの専門性の高さに内容の半分は理解できないでいる。

 

 しかしただ一点、ごく普通の一般市民でもそのファイルを見て分かることがある。それは、これらの書類一つ一つが現在最も世間を騒がしている『SAO事件』に関連しているという事だ。また、少し賢い者であればそのファイルがどれだけの価値を秘めているのかも同時に想像出来るだろう。

 

 対象がくるまでの間、音ノ宮はファイルの中身を流し読みする。理解出来る内容は頭の中に叩き込んだが、このファイルは今日に例の相手に渡す事になっている。

 

 苦労して手に入った代物なだけに、あっさり手渡すのは些か業腹であると考えてしまう音ノ宮。だから意味も分からない内容を知ろうとしている。これは最早、一種の職業病とも言えた。

 

 ファイルの半分を読み終えた頃に、紅茶が運ばれてくる。音ノ宮はお礼を言いながらウェイターから紅茶を受け取り、緩慢な動作でカップに口を寄せる。彼は繊細な舌を持ち合わせてないので大それた評価などできないが、この店の紅茶は美味しいという事くらいは理解できた。

 

 「やぁ、君が音ノ宮君だね」

 

 そうして紅茶の味を堪能していると、音ノ宮の頭上からそんな軟っぽい男性の声が聞こえてきた。彼は首を少し上に動かして声の主を見る。

 

 地味なスーツに地味な顔立ち。そして何よりもそのへらへらとした表情は、人によってはそれだけで不快感を催すだろう。しかし、その瞳の奥を見ればそれらの要素が全て作り物であると見て取れる。

 

 以前から電話でやり取りした時にも感じた通り、やはりこの男は食えない狸だと直感した音ノ宮は、速攻で男に対する対応を決める。

 

 「……どうも初めまして、音ノ宮祐太です。こうして面と向かって会うのは初めてですね、菊岡さん」

 

 立ち上がって頭を下げる。そして音ノ宮が相席を手で誘導すると、「あ、これは親切にどうも」と何とも気の抜ける声音と共に菊岡と呼ばれた男は彼とは反対の席に座る。

 

 菊岡が座るのを見てから、音ノ宮も静かな動作で席に座る。こうした細かな配慮が信頼を生むのだ。

 

 「では改めて、僕は菊岡誠二郎。何度も申し訳ないけど、本当に君が音ノ宮君なんだね?」

 

 「ええ、そうですよ。見ての通り中学生の餓鬼です」

 

 「やっぱりそうなのか」

 

 ははは、と控えめに笑う菊岡の表情はあまり芳しいモノではない。それはどちらかと言うと気後れしているといった表現が正しい。

 

 やはり音ノ宮の外見はこと交渉をする上でかなり不利に働くようだ。茅場晶彦の時はこちらにアドバンテージがあったからそれほど意識する必要はなかったが、一般的には菊岡の反応が普通である。

 

 「ええと、それじゃ今君の持っているファイルが例の?」

 

 「はい、早く持って行ってください」

 

 そう言いながら、音ノ宮はファイルをあっさり引き渡す。何とも言えない顔で菊岡はそれを受け取り、「中身を確認しても?」と聞いてくる。

 

 「どうぞ。でも忘れないでください、こうしてる今も人が死んでるかもしれないという事実を」

 

 強めの語調で警告する音ノ宮。無論、彼に言われるまでもなくそのことを理解している菊岡は、手早くファイルの中身を確認する。

 

 菊岡自身、このファイルの内容全てを理解できるという訳ではないだろう。しかしそれでもこのファイルが事件の危険性を少しでも和らげる効果が期待できると、そう確信できた。

 

 一通り中を見終えた菊岡は一つだけ、音ノ宮に告げる。

 

 「……凄いな。これをどうやって手に入れたんだい?」

 

 「以前連絡した時にも言ったでしょう。それを言わないことが茅場晶彦との条件です」

 

 音ノ宮が茅場晶彦と相対したのがつい先日の出来事。その時、長い交渉の末に音ノ宮は彼の潜伏先を警察に通告しない代わりに、このファイルを彼から譲り受けた。

 

 「それがあればデスゲームを半デスゲーム化(・・・・・・)にすることが可能になるらしい。もしそれでも効果が見られなかった場合、自分は貴方に茅場晶彦の居場所を通報すると約束します」

 

 このファイルに束ねられた紙面には、今を生きるSAOプレイヤーの死を防ぐ方法が書かれている。内約はこうだ。

 

 SAOのプレイヤーがゲーム内で死亡した場合、ナーヴギアが対象の脳を焼くのにおよそ十数秒のタイムラグが存在する。そのタイムラグを意図的に長くする手段と、その間に外部からのハッキングを受け付ける方法。これら二つがそのファイルに如実に記されている。これがあれば少なくともプレイヤーの死だけは回避できると、茅場晶彦はそう言っていた。

 

 しかし問題がある。

 

 いくらハッキングしようが、ナーヴギアはプレイヤーの頭に装着されたままである。SAOがクリアされない限り無理やりナーヴギアを外そうとすれば、電子機器はマイクロウェーブを引き起こしてプレイヤーの脳を電子レンジの如く茹で上がらせるだろう。

 

 だからこそ、茅場晶彦は音ノ宮にこう提案した。

 

 ――――――一万人の人間を収容できるサーバーを用意したまえ。

 

 つまり、ゲームで死亡したプレイヤーをそのサーバーにぶち込む。少々乱暴ではあるものの、そうすれば疑似的にプレイヤーを生かし続けることが可能となる。

 

 しかし一中学生である音ノ宮に、あらゆる側面から考えてもSAO並みに大規模なサーバーを用意する事など不可能であった。というかそもそもな話、ナーヴギアなどと言う最新テクノロジーの塊をハッキングする技術など彼は持ち合わせてないのだ。音ノ宮の持ちうる能力では、前提条件でとん挫している。精々彼に出来るのはプロが理解できる内容が書かれたファイルを入手する事、いわば舞台を整える事のみだった。

 

 さて、そんな音ノ宮が頼ったのは他でもない今ファイルを受け取った菊岡誠二郎である。

 

 菊岡は公務員である。それもSAO事件を担当する組織、『SAO対策本部』の第一人者でもある。つまり音ノ宮に足りなかった要素を埋められる確固たる力を有した権力者という事になる。

 

 また音ノ宮は茅場晶彦と邂逅する前から電話を通じて菊岡とコンタクトを取っていた。より正確に言うならば、公衆電話を通じて、であるが。国家権力と言うのは馬鹿にできない。それを前世で嫌と言うほど知っている音ノ宮は、彼らが必要にとなるその瞬間までに友好関係を築いていた。そして今日、そのパイプを使う瞬間になった訳だ。

 

 菊岡誠二郎であれば、音ノ宮以上にこのファイルを有意義に扱える。そう判断した下、音ノ宮は様々な危険を冒してでもこうして彼にファイルを渡した。

 

 ここからは彼ら警察の仕事だ。これまでも一般市民の領分を無視した『探索』だったが、その限界を弁えるのもまた『探索』である。音ノ宮はレシートを片手に席を立ち、菊岡に軽く会釈する。

 

 「ではこれで。心苦しいですが、後は貴方にお任せます」

 

 「まぁ待ってよ。もう少しだけお話しよう」

 

 きたか、と音ノ宮は内心呟く。菊岡はファイルをテーブルの上に置き、メニューを手に取る。まだ話を終える気はさらさらないらしい。

 

 「手短にお願いします」

 

 「分かってるさ」

 

 お互いの目が鋭くなる。菊岡はさながら不可解な敵を見るかの如く、音ノ宮はこれから来るであろう困難に備える様に。

 

 「さて、音ノ宮君。知っているとは思うけど、いや、知っているからこそ僕とコンタクトを図ったんだろうね。君が知る通り僕は国家公務員だ」

 

 「……」

 

 無言で菊岡の言葉に耳を傾ける音ノ宮。正直な話、こうして対話が出来ただけでも儲けものなのだ。下手に話の区切りをつけて菊岡との信頼関係に傷をつけるのは得策とは言えない。

 

 ましてや、音ノ宮は菊岡誠二郎という個人とのパイプしか持っていない。これが前世であればまた話は違ったのだろうが、たらればの話をしても仕方がない。たった数週間で警察のトップと良い関係になれるほど、彼も人間離れしていないのだ。

 

 しかしあまり時間をかけられないのも事実、音ノ宮は頭の中をクリアにさせて菊岡との会話に集中する。

 

 「それに『SAO対策本部』のトップという重役を任されてる身でもある。目の前に重要参考人がいるのに、それをみすみす見逃すのは如何なものだろうね」

 

 「……先ほども言ったが、自分はこれ以上の事は話せない。それが茅場晶彦との約束だ」

 

 あまりに集中しすぎたせいか、音ノ宮の敬語が自然と崩れてしまう。本来の音ノ宮であればしないであろうミス。

 

 どうやら転生を経験した彼の肉体と精神は、前世の彼の能力と記憶に追いついてないらしい。以前、音ノ宮が朝田詩乃と初めて出会った時にも似た様な出来事があった。それは恐らく時間が解決してくれるのだろうが、状況が状況だったら生死にも直結する。早めに慣れてほしいものである。

 

 「うん、それは聞いたよ。でもだからといって『はいそうですか』とあっさり納得できる立場ではないんだよ、僕は」

 

 ニヤリと笑う菊岡誠二郎に、音ノ宮は呆れる。言っていることは正論そのものだが、菊岡の場合それを免罪符のように扱おうとしている。

 

 しかしそれを間違った事だと音ノ宮は思わなかった。今この状況で最も大事なファクターはSAOプレイヤーの人命である。それ以上に大切なことなどないのだ。

 

 「分かりました。なら貴方を……いや貴方の()を納得させる理由があればいいんですね?」

 

 菊岡の上に位置する者たち。それは恐らく、今の警察組織を腐敗させている主要因であろう老人共の事を指すのだろう。いくら無能と言えど、彼らを納得させなければこのファイルに書かれた手段を用いることは出来ない。成程、菊岡も菊岡で苦労しているらしい。

 

 「そういうこと」

 

 音ノ宮の回答に菊岡は心底満足そうに頷く。一見へらついた態度の様に見えるが、それでも彼は一人の公務員として必死にこの事件の解決に取り組んでいるのだろう。でなければつい数分前までは殆ど正体不明であった音ノ宮と、一体一で相対しようなどとは思わない。

 

 前世の友人である全身凶器女性警察官を思い出す。彼女も何が最も重要な事なのかを理解できる敏い人物であった。それは今音ノ宮の目の前にいる菊岡も同じである。

 

 この時から、音ノ宮は菊岡誠二郎を信頼に足る人物であると認識した。

 

 「そうだな。だったらこうすればいい」

 

 悪い顔する大人と子供。後に彼らは長い付き合いになるのだが、それはまた別の物語である。

 

 




話の展開が急で申し訳ないです。
しっかり説明するって書いておきながら、全く説明できてない事にも……はい。
それと更新が遅くなってしまって、ああ、本当に申し訳ありません(涙目

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