そうだ、家庭を作ろう。(修正中)   作:ほたて竜

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シリアスは苦手だぁ



第九話

 ――――――目が、覚める。

 

 『彼』の望んで止まなかった世界が稼働してから早一か月。それでも『彼』の城の攻略はたったの一パーセント程度しか進んでいなかった。

 

 だと言うのにも関わらず、『彼』が浮かべる表情は喜びだった。自身が創造した世界に決死の覚悟で臨んでくれる存在らが、あまりに愛しくてたまらない。死ぬかもしれないという恐怖に抗いながらも、自ら死に向かう彼らの勇猛さは大いに『彼』を満足させた。

 

 この状況こそが『彼』の待望した物語である。

 

 そのためにありとあらゆる犠牲を払った。だが、それに見合う多大な充足感と高揚が彼を満たした。1000人の死者を出してもなお彼にあるのは目的、否、夢への追及だったのである。

 

 自らの夢への探求。それは『彼』みたく科学者であれば誰しもが一度は試みた事柄であり、その殆どが挫折した絵空事であった。

 

 しかし幸運か、或いは不幸だったというべきか、何にせよ『彼』にはその夢を実現させる規格外な頭脳があった。

 

 空に浮かぶ巨大な鉄の城。彼は仮初の世界とはいえそれを再現し、そこに見事挑戦者を一万人閉じ込めることに成功した。その内の半数が攻略を始める前に閉じこもり、四割五分の人間が『彼』の世界を無理やりにでも楽しむことにした。

 

 最後の一割にも満たない500近くのプレイヤー。彼らは『彼』の世界に屈服することを良しとせず、命を対価に世界(SAO)とその創造主に挑んだ。故に彼らを正しく表現するのなら、それは勇者だろう。

 

 その勇者らに百に及ぶ階層を攻略させる。『彼』の今の夢は正にそれだった。

 

 世間では『彼』の引き起こした事件が話題の目となり、少しネットを漁れば見当外れな推察が数多く転がっている。とはいえ、彼にはそんな些細な事など本当にどうでもよかった。

 

 『彼』にとって現実世界など肉体を生かす場でしかなく、心は常に鉄の城にあるのだから。

 

 「ようやく起きたか。意外と早かった」

 

 そんな『彼』が驚愕したのは他でもない。自前であろう簡易的な折り畳み椅子に腰かけ、本を片手にこちらを見る少年が居たからだ。

 

 その少年は見た目中学生、いいとこ高校生程度の子供だった。

 

 「茅場晶彦で相違ないな?」

 

 『彼』を茅場と呼ぶ少年は笑顔を浮かべながら、緩慢な動作で立ち上がる。それが『彼』、茅場晶彦にはどうしてか恐ろしく思えた。

 

 問題がある。

 

 それは少年が『彼』を茅場晶彦と言い当てた事ではない。問題なのは、この小屋に茅場以外の人間が存在するという事実だった。

 

 或いは、少年が茅場の知る女性だったのならば何の問題もなかった。しかし彼女は今日どうしても外せない案件がある筈である。だから茅場は点滴を変えるために、こうしてログアウトしたのだ。

 

 とすると、目の前にいる少年は正しく茅場晶彦を茅場晶彦と認識した、第三者。

 

 ――――――裏切られたか。

 

 それはないと、すぐに切り捨てた。

 

 彼女は、神代凛子は茅場晶彦を好いている。しかも困ったことにloveの方だ。ならば彼女が茅場を今更裏切る道理などなく、もし裏切ったのならば茅場を発見した直後に警察に通報したはずだ。

 

 「……いかにも、私が茅場晶彦だ。少年、君の名前は?」

 

 「音ノ宮祐太。なに、しがない中学生だよ」

 

 折り畳み椅子を小さくして、リュックサックに詰め込みながら少年は言う。そうして椅子を詰め終えた音ノ宮は不敵に茅場晶彦を見据えた。

 

 「さて、自己紹介もほどほどに建設的な話を始めようじゃないか」

 

 元よりそれが目的だったと音ノ宮は付け加える。

 

 「待ちたまえ。まだ私が状況を飲み込めてない。質問をいいだろうか?」

 

 いくら天才といえど、ここまで突拍子のない展開にはついていけなかった。目の前の少年はこの状況を当然の物として、込み入った話を始めようとしている。

 

 だが現在、茅場晶彦は至極混乱している。

 

 音ノ宮が複雑な話をしたとしても、恐らく彼はお互いが満足の出来得る返答は出来ないだろう。それは音ノ宮も、茅場自身も望んでない事だ。

 

 そして何よりもだ。現状を把握することが、今の茅場晶彦のとるべき最優先事項である。

 

 もしこの場所が万人に知られているのであれば、彼は計画を早めなければならない。少年の返答次第で、これからの茅場の人生が大きく左右する。

 

 「いいよ。ただし出来るだけ早く、端的に」

 

 「分かっているさ。まずこの場所は君と私以外に知っている者はいるのか?」

 

 否と、音ノ宮は首を振る。どうやらまだ最悪の事態にはなってないらしい。これで少なくとも、今日中に脳をスキャニングする可能性は大幅に減少した。

 

 そのことに安堵しつつも、茅場は気を緩めることなく少年と相対する。次の問題は音ノ宮と名乗った少年の事である。ある意味目の前の少年は、茅場にとってUMAと言っても過言ではない程正体不明だった。

 

 「君は何だ? まさかただの中学生でもあるまい。警察側の人間でないのは見て取れるが、それではここにいる辻褄が合わない」

 

 今、最も茅場の居場所に近い人物は茅場晶彦自身と、この小屋の存在を知る神代凛子、そして今こうして言葉を交わしている音ノ宮祐太のみである。それ以外の人間で茅場の潜伏先を知り得る可能性があるのは、現在全力で茅場を捜索している警察だけとなる。

 

 しかし音ノ宮と名乗った少年はどう見ても警察の人間には見えない。外見もそうだが、もし仮に少年が警察官だったとしたら、たった一人でこの小屋に待機する訳ない。

 

 そんな非効率的な事を警察がするとは思えないからだ。

 

 とすると、この音ノ宮祐太と言う少年は自力でこの小屋を発見したことになる。しかしそれこそ有り得ないだろう。警察が発見できない場所を、ただの一介の中学生が見つけられる筈がないのだ。

 

 だが目の前の少年はこう言った。

 

 「貴方には、自分がただの中学生に見えるのか?」

 

 音ノ宮の落ち着きのある言葉を聞いて、茅場は何故か腑に落ちた。

 

 納得できる材料など何もないが、言いようのない確かな説得力がある。それはまるで老熟した男性のそれで、音ノ宮の纏う空気はとても子供が出せる代物ではなかった。

 

 こういった人間には何度か会ったことがある。

 

 だがこの少年は茅場の人生を通しても、恐らく一番の『凄み』があった。まるで偉人を目の前にしているかのような、そんな錯覚。それだけで音ノ宮の言葉に説得力を持たせ、また茅場も自然と納得しそうになる。

 

 だがしかし、そこは流石の稀代の天才。

 

 根拠のない言葉を鵜呑みにするほど彼は間抜けではなかった。もしくは期待していたかもしれない。これだけの人物がまさか雰囲気だけでこの場を切り抜ける筈がない、と。

 

 茅場は目を細め、端的に告げる。

 

 「根拠がない」

 

 「あるさ。今貴方の目の前にいる、それこそが証拠だ。でも貴方はきっと納得できないだろうから、これをどうぞ」

 

 音ノ宮はリュックから手帳を取り出し、適当にページを開いてはそれを茅場に見せる。そこに書かれてあったのは悍ましいほどびっしり書かれた文字と図の羅列だった。

 

 しかもその中身は全て茅場晶彦に関連するであろう聞き込みの内容と、中にはSAOやカーディナルについて記されているページもある。

 

 そのどれもが、とても一般人に知り得るような代物ではない。恐らく警察でさえ知らないであろう情報が記されている時点で、音ノ宮の言葉に一切の虚言は含まれてないのだと分かる。

 

 「君は、どこでそれを」

 

 半ば茅場の声は震えそうになっていた。

 

 しかしそれは恐怖によるものだからではない。あるのは歓喜。もし彼の様な人間がSAOにいたら、或いはもっと愉快な事になっていたかもしれないと、ある種の感動と畏敬の念を抱いていたのである。

 

 「そうだね。全てを話すと長くなるから詳細は省くが、まぁ全部自力で調べ上げたと言っておこうか。彼女、神代凛子さんだったか。この小屋に辿り着いたのも彼女のお陰さ」

 

 もちろん尾行で、と音ノ宮は特に鼻にかける訳でもなく言ってのけた。

 

 それがどれだけ難しい事かを茅場は知っている。警察の目さえも退ける彼女を尾行しきる。成程、彼女も優秀だったが、どうやら目の前の少年はそれ以上に上手だったらしい。

 

 「ふ、ふふ、ふははは」

 

 茅場の口から笑いが零れる。片手で顔を覆い口を歪ませながら彼は問いかける。

 

 「成程、ようやく理解した。とするならばだ、君は私を脅しているのかな」

 

 「まさか、交渉をしに来たんだ」

 

 茅場晶彦は理解した。音ノ宮祐太という少年は、恐らくあの神代凛子さえも超えた茅場晶彦の最大の理解者であるという事を。

 

 どのようにして茅場について調べ上げたのかは最早どうでもいい。重要なのは音ノ宮祐太が茅場晶彦の全てを理解しているという事だ。誰にも打ち明けられず、誰にも理解されなかったであろう彼の夢を知った。

 

 その上で音ノ宮は言うのだ。

 

 「天才だからこそ、子供の頃の夢を忘れられない。だから天才の末路はいつだって常人には理解できないんだ。かのトーマス・エジソンも霊界との通信を試みたって言うしな」

 

 静かに目を閉じながら少年は告げる。音ノ宮も方向性が違うだけで、彼にも確かな夢がある。そのためには最大限の努力をするし、茅場の全ては否定しない。

 

 ――――――ああ、分かるとも。

 

 茅場は過去の偉人たちに、音ノ宮に同調する。夢は素晴らしい。追い求める過程も、それが順調に進んでいくことも、そして何よりも夢が達成することも。

 

 故に茅場は狂う。

 

 一万もの人間を巻き込み、独りよがりで子供染みた夢をただ愚直に求める。それが異常であると誰よりも分かっていながら、茅場晶彦は歩みを止めない。夢を、あの素晴らしき鉄の城を胸に。狂気の研究者は命の重さを知りながらもそれをむやみやたらに、それこそ中世の貴族の金の如く浪費する。

 

 言い訳などしない。言葉など不要だ。自分が殺したのだ、今更言い訳など許されない。世間では茅場晶彦を日本史上最悪のゲームデザイナーとして、その名は世界に轟くことになるだろう。

 

 「……貴方は敏い。こんな前代未聞の事件を引き起こしておいて、温くなったとはいえ未だ警察の追手から逃れている。不謹慎だが、これは称賛に値するよ」

 

 音ノ宮は前世にて、程度に差はあれど数多くの天才を見てきた。その中で一般的と言える感性を持っている人間がどれだけいた事か。音ノ宮が知る中では、その殆どがどこかズレていた。

 

 それは茅場晶彦もそう。彼は天才であるがゆえに、どこか狂ってしまった。

 

 音ノ宮はそのことを一概に悪と断じはしない。誰しもが持つ異常性が、今回たまたま表に出てしまっただけの事。しかし音ノ宮がどう思おうが、人間社会でそれは認められない。

 

 「貴方が何故こんな事を始めたのか、その理由はある程度想像できる。しかしだな、人殺しはいけない」

 

 ――――――人殺しはいけない。

 

 酷く重みのある言葉だった。たかだか十数年しか生きてないように見える子供が、そんな当たり前の事を大人に言うのだ。これではどちらが年上なのか分からない。

 

 当然、当たり前の事を茅場が理解してない道理がない。ただ彼の場合。正気のまま狂っているが故、敗者の脳を焼いているのだ。直接手を下してる訳ではなくとも彼は確実に人を殺害している。

 

 今更何を分かり切ったことを、茅場は口にせずともそれを態度で示す。対して音ノ宮は背の高い茅場晶彦を見上げながら、変わらず不敵に笑う。

 

 「結局君は何が言いたい」

 

 「だから交渉だよ。『人を殺すな』というね」

 

 天才は言葉も出なかった。

 

 あまりに馬鹿馬鹿しくて、しかしだからこそどうしようもなく真っ直ぐな要求。雰囲気は老成しているのにも関わらず、その瞳は正義を訴える子供の純粋さで零れそうなくらい溢れている。

 

 それが眩しくて、尊いものに思えた。いつの日かの彼にもあったであろう幼気な瞳。それをこの少年は持っている。

 

 「人殺しはだめだ」

 

 再度、音ノ宮は訴える。茅場を見据え、その心象の中さえも見通して、その上で訴えかけるのだ。

 

 「分かるか、人殺しはいけないんだ」

 

 どれだけの思いがその言葉に込められているのか。人の死を直視していなければ、ここまで悲痛で芯のある言葉など投げかけることなど出来ない。

 

 「茅場晶彦、頼むから殺人だけはやめろ」

 

 少年は何度も声を掛け、訴え続けることだろう。

 

 夢を求める天才が、その首を縦に振るその時まで。

 




果たして読者の皆様が理解できる様な文章となっているか。
ssを書くにあたって、いつもそれが不安になります。

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