そうだ、家庭を作ろう。(修正中) 作:ほたて竜
機嫌を損ねた音ノ宮を宥めること十数分。詩乃は思っていた以上に疲弊していた。とても勉強に集中する雰囲気ではなかったのである。
それを察した音ノ宮は、申し訳なさも後押しして休憩を提案する。敢えてそれを断る理由もないので、詩乃は素直に首を縦に動かした。
さて、そんな彼らが今いるのは音ノ宮宅のリビング。彼の両親は丁度家を空けていて、現在は詩乃と音ノ宮の二人きりであった。
「そういえばもう2時か。少し遅めの昼食になるが、朝田も何か食べるか?」
台所から音ノ宮が問いかける。少し悩んだ末、詩乃は「頂くわ」と短く返した。
「分かった。とはいえ、冷凍食品しかないがな」
はは、と彼は笑う。この音ノ宮祐太という男子、実は自炊があまり得意ではない。特に料理は本当に最低限の事しかできない。諸国を回っていた時の食事は日本で大量に購入したレトルト食品で済ませていたからだ。
「ナポリタンと焼きそば、どっちがいい?」
焼きそば、と詩乃はまた短く呟く。台所の奥の方で「了解」という彼の声と共に、ばたんと冷蔵庫を閉める音が聞こえてきた。
暫くの間、静かな時間が続く。
音ノ宮は電子レンジを操作し、詩乃は何をするでもなくソファーで少し控えめに寛いでいた。部屋に響くのはレンジの電子的な音と、外の冷たい風が窓を軽く打つものだけである。
「朝田、テレビの電源を付けてもらっていいか?」
ふとそう聞こえてきたので、詩乃はソファーの前の机に置いてあるリモコンの電源ボタンを押す。当然、テレビは操作主の期待通りその本来の仕事を始める。
特に昼であるためか、主婦向けの番組が放送されている。ハッキリ言ってしまえば、詩乃は面白いとは思わない。あまりのつまらなさに、なんなら軽い眠気が襲ってくる始末だ。
「そう言えば最近、なんとかというゲームが発売されたな」
いつの間にか詩乃の座るソファーに腰かけていた音ノ宮がそう言う。焼きそばが出来上がるのに少し時間が掛かるそうで、暇を持て余した彼はどうやら詩乃と会話をしに来たらしい。
「なんとか?」
「ほら、仮想世界で武器を振り回せるという画期的なアレだよ。開発者は確か茅場といったかな」
「知らないわよ」
詩乃はぶっきらぼうに答える。しかし知らない物は知らないのだ。彼女の反応は至極いつも通りであった。そもそもゲームなんて一度もしたことが無ければ、何ら興味もない。
それに対して音ノ宮は特別な反応は見せず、ただ「そうか」と呟く。それが安心したように見えたのは気のせいか。
「知らないならそれでいい」
「何よ、気になる言い方するじゃない」
そんな意味深な反応をされて黙っている朝田詩乃ではない。彼女は少し強めの語調で、音ノ宮に食い掛かる。
「気にすることはないさ。根拠に欠ける話をしていても面白くないだろう?」
ニヒルに笑いかける音ノ宮。それが妙に様になっているのが腹立たしくなった詩乃は、「それでもいいから」と半ば自棄になって催促する。
それを受けた音ノ宮は苦笑いのままやれやれと首を振った。
「朝田は物好きな奴だな」
「言ってなさい。それで? そのゲームがどうしたの?」
「ん、まぁ嫌な予感がしたんだ」
はぁ? と詩乃はいかにも顔をしかめる。ゲームに嫌な予感も何もないだろうと、詩乃は考えたからである。
「ああ、何と言うべきか。そうだな、少しキナ臭いというか」
ますます言ってる意味が分からない。詩乃は怪訝な顔つきで音ノ宮を見つめる。しかしどうやら彼自身は至極真剣なようで、特に気にする様子もなく話を続けた。
「ゲームの事はよくわからんが、あの頭に着ける装置……名前はなんだったかな。兎も角あの機器危険だと思わないか?」
「どういう事よ」
「先程電子レンジを使って分かったのだが、この時代のレンジは本当に小さくなった。物を温めるのに一片が十㎝程度の立方体で事足りている。これは恐ろしい事だよ」
神妙な顔をしていきなり話が変わった。あまりに流れるような話題転化に驚きつつも、詩乃は至って真面目に音ノ宮の話を聞いていた。
そう、音ノ宮の言いたいことを多少なりとも理解したからである。
「電子レンジに生き物を入れると、どうなるかは知っているだろう? 今の技術はその気になれば更に出力を上げることが出来るという話も聞く、恐らく時間をかければ人も殺せるだろうよ」
成程、と詩乃は頷く。
「つまりだ。今日の技術があれば、あれくらいの大きさの機械でも人を十分に殺傷出来得る。それに自分が調べた範囲ではあの機械のカタログスペックも記載されてなかった。企業秘密と言われればそれまでだが、少し出来過ぎにも思える」
無論、商品化される以上は安全が保障されているだろうが、と彼は付け加える。ただその表情があまり納得いっていないように見えるのは、詩乃の見間違いではないだろう。
「貴方の言いたいことは分かった。でも勘繰り過ぎじゃない?」
「そうかもな。ただどうも嫌な予感がしてならないんだ。それに、こういう時の直感は本当によく当たるしな……」
割と深刻な面持ちで額に手を当てる。対して、そんな音ノ宮にどう反応してやればいいか分からず、詩乃は無言で彼を見つめていた。
もう
子供に出来ることは限られている。さながら檻に閉じ込められた動物の如く、彼がいくら吠えようとも
そこで、台所の方から「チン!」と調子の良い効果音が聞こえてきた。
「お、焼きそば出来たみたいだぞ。椅子に座って待っていてくれ」
ぱんと、空気を切り替えるように手を叩いて音ノ宮は笑いながら言う。相変わらず切り替えの早い男だなと、詩乃も呆れ九割と申し訳程度に微笑む。
「流石に悪いわよ。飲み物と食器ぐらいは出すわ」
「ん。それは助かる」
何回も彼の家に来ている詩乃は元よりしっかりしているという気質も相まって、音ノ宮よりも手慣れた手つきで食器と冷蔵庫から飲み物を取り出した。その食器に音ノ宮は解凍された焼きそばを盛り、そうして二人は席に着く。
「それでは、いただきます」
「いただきます」
音ノ宮と詩乃は手を合わせてから食事に移る。
お互い特に喋ることもないようで、食事中に聞こえてくるのはつまらないテレビ番組の和気藹々とした愉快な音楽と声だった。
焼きそばが残り少しとなったところで、音ノ宮が口を開く。
「残り一口分となった訳だが、朝田は食べるか?」
「いえもう十分いただいたわ。遠慮せずどうぞ」
「それは重畳」
音ノ宮は残りの焼きそばを全部自身の取り皿に寄せて、勢いよく食する。完食した音ノ宮は「はう」と息を漏らしては、満足そうに腹をゆすった。
「なんか親父臭いわね」
その仕草を見かねてか、詩乃はお茶をすすりながら言う。それに彼は「うっ」と苦し気に声を漏らして反応した。
実際問題、精神年齢だけで言えば音ノ宮は八十の親父どころかお爺さんである。故に老年の自覚のある音ノ宮は少しだけ心が辛くなる。喋り方がもう少し爺臭ければ、或いはもっと辛辣な事を言われたに違いない。
「ちょっと、冗談だってば」
音ノ宮の反応は割と大きかった。それは目に見えるくらい落ち込んでいて、言うならば休憩する前の彼と同じだったのである。
――――――宥めるのは役得だが、それ以上に厳しい。
先程の件でそう結論づけた詩乃であるから、音ノ宮が落ち込むのを見て焦り始める。下手をすると詩乃にとって
「……いや、大丈夫だ。ああ、問題ないとも」
詩乃の予想に反して音ノ宮は持ち直していた。そのことを意外に思いつつも、彼女は「そう」とやや安心したように返す。
音ノ宮の方にも先程の件は後ろめたさがあったらしい。これ以上朝田には迷惑はかけまいと、持ち前の切り替えの良さで、無理やり落ち込む気持ちを立て直していた。因みに後でそのリバウンドが帰ってきて苦い思いをしたのは、また別の話である。
やはり親父臭いと言われるのは、たとえ本当だとしても心に来るものがあるのだ。
「……話題を変えよう。いや、というか別の話題にする」
音ノ宮がお茶の入ったコップを片手にそう言った。詩乃もさっさと話題を変えてしまいたかったので、コクンと首を縦に頷かせる。
「そうだな、冷凍食品は美味しくなった」
会話下手くそか、そう突っ込みたくなるのを詩乃は抑える。日常会話ならさして問題ない音ノ宮だが、面白い事に世間話となると途端に怪しくなるのだ。特に会話を振る側になると猶更面白くなる。
とはいえ、音ノ宮も何も考えなしにこの話題を提示したわけではない。
彼の知る冷凍食品が今の冷凍食品とはもう比べ物にならないくらい過去の物になっていた。彼はその事実に密かに感動していたのである。だからこそ、この一見脈絡のない話を投げかけたのだ。
「そうね、確かにさっきの焼きそばは美味しかった」
「だろう? その内、手作りの料理よりも冷凍食品の方が美味くなる日がくるかもしれないな」
手間暇かけて作った料理が、レンジでたった数分間温めた食品に劣るのは何とも言い難い気持ちになる。しかし世界を巡って忙しかった彼としては、手間が少なくても美味しい料理にありつけるのは、とてもあり難い話ではある。
「そうかしら。手作りの料理には感情が籠ってるじゃない。愛情は最高のスパイス、よ」
それに否定の意を示したのは他でもない詩乃。彼女は人差し指を立てて、ふるふると横に動かしながらこう続ける。
「貴方だって愛情のない料理よりも愛情が込めてある料理の方が食べたいでしょう?」
「成程確かにそれは道理だ。しかしその言い方だと朝田は料理の心得があるように聞こえるのだが」
「勿論。同学年の女子に比べたら余程できると自負してるわ」
ふふんと、詩乃はお世辞にも大きいとは言えない胸を張って得意げになる。
しかし事実、詩乃の家事の能力はかなり高い水準にある。精神が退行してしまった母親に代わり、彼女は叔母の家事の手伝いをしているからだ。加えて詩乃は中学を卒業したら東京に進学するつもりであるので、今の内に自炊が出来る様自信を鍛えているのである。
「それは初耳だな。そこまで言われると朝田の料理を食べたくなるよ」
「いいわよ。今度機会があったら作ってあげる」
「良いのか?」
詩乃の快く気味の良い即答に戸惑いつつも、本人が思っている以上に期待している音ノ宮。
元来、女子の手料理が食べられるのは最高に燃える、否、萌えるイベントである。男子としての感性が少々死んでいる音ノ宮でも、それくらいの事は理解していた。
「構わないわよ。だから今度家にきて」
「い、家とな?」
いよいよ興奮が収まらなくなる。女子が男子を家に呼ぶ、それが何をどういう意味を指すのかはいくら鈍感な彼でも何となく理解している。
そして眼前にいるは多少ドライであるものの、紛うことなき美少女。しかも彼女の根は彼女が思っている以上に優しく、また音ノ宮のことも決して悪いと思っていない。
今まで詩乃のことを恋愛対象として意識したつもりは無かった。あくまで音ノ宮は詩乃を友人、或いは教え子として見てきた。それ以上の関係になどなるとは思わなかったし、倫理上思ってはならないと戒めていた。
だが最近はどうだろうか。バレンタインデーを初めとして、音ノ宮は朝田詩乃にときめいたことが幾度とある。それはつまり……。
「どうせなら貴方の事、家族に紹介したいしね。いつも勉強の面倒を見てもらってる、あれ? 私たちの関係って言い表せばいいんだろう……ってどうしたのよ、そんな顔して」
「……これがそうなのか?」
まだ、納得出来ない。
自分が朝田のことをどう思っているのか、音ノ宮は未だ考えあぐねていた。それが『恋』であるなどと、八十年も経験しなかった感情に彼がすぐ気付ける筈がなかったのだ。
「ちょっとしっかりしなさいよ。どうしたの、音ノ宮君?」
「……いや、なんでもない」
顔が焼けるように熱い。言いようもない高揚感が音ノ宮を襲う。それに身を任せれば、或いは彼もこの感情に気づけたのかも知れない。
だがあろうことか、世界はそれを良しとしなかった。
『緊急速報です!』
テレビから決して穏やかではない、切羽詰まった声が聞こえてくる。音ノ宮の意識がそちらに向く。この切り替えの良さこそが彼の美徳であり、ある意味非情だった。
『ナーヴギアを外してはいけません。
何かいきなり総合評価が上がってて変な笑いが出ましたw
三日くらい前は評価が500前後だったのに、なんと現在はその四倍の2000!
何故かはよく分かりませんが、兎も角本当にありがとうございます!
無茶苦茶な場面もあるかと思いますが、生暖かい目で見守ってください。
あ、あと感想も欲しいな(チラッチラ
―追記―
誤字報告をして下さった皆様、本当にありがとうございます!