銀時と霊夢が仲間を用いて着実に紅魔館の侵攻を進めている頃
紅魔館の奥底にある部屋で
彼等が徐々にこちらに近づいてきているのを薄々勘付き始めている一人の少女がいた。
「フゥ」
ローソクの火だけが唯一の明かりの薄暗い部屋で高級そうな椅子に座りながら
手に持っていたティーカップをカチャリとテーブルの上に置く。
こうしている間にも紅魔館は銀時達に攻められているというのに
まるで彼女は一時のティータイムを楽しんでるかのように微笑を浮かべながら余裕を現していた。
彼女の名はレミリア・スカーレット
小柄な見た目に騙されそうだが、実は紅魔館の主にして齢500年以上の時を生きる吸血鬼。
人間の血を飲み干す際にその身を返り血で赤く染める事から、スカーレット・デビルと呼ばれ人間達から畏怖されている。
最も食糧同然の人間に恐れられようが憎まれようが、彼女にとっては至極どうでもいい事であった。
彼女が長い時の中で唯一恐れているのは「退屈」のみ
何も目的も無く無駄な時間を潰す事を彼女は何よりも嫌う。
故に彼女は、使用人のメイドを使って人里から人間の子供である志村新八を誘拐し
かつて苦渋を飲まされた唯一の宿敵・八雲紫に対して再戦を要求した張本人である。
「門番とパチェがやり合ってるみたいね、まああの二人と拮抗して戦える戦力が向こうにいるのは概ね予測していたし、大して驚きもしないわ」
この部屋にずっと閉じこもっている筈なのに、なぜか外の状況を詳しく把握している様子のレミリア。
自分の部下と友人が今現在戦っている事にも全く動じずに
紅魔館の主として余裕綽々の態度で椅子の背もたれに身を預ける。
「さてと、連中がここに来るのも時間頃合いかしら……さてさてあの女は一体どんな手練れを連れてやって来たのかしら」
そう呟きながら少女は、ふと廊下の方からコツコツと静かな足音が扉越しに聞こえて来た。
ここ最近の忌々しい「平穏」という存在を掻き消してくれるに値するかもしれない者がここに近づいて来るのを感じ
玉座の上で足を組みながら肘掛けに肘を突いて、紅魔館の主・レミリア・スカーレットは不敵な笑みを浮かべながら待ち構える。
「楽しみだわ、ええ本当に」
口の中にある尖った歯を光らせつつ、レミリアは内心「追い詰められている」というこの展開に心から興奮し、深く酔いしれていた。
「この私の圧倒的な力を前にしてあの女が信頼する者が、無様に這いつくばり惨めに泣き叫びながら許しを乞う様が見れるなんて、ね」
扉の前で足音が止まる、相手が何者なのかは知らないが、それが誰であろうと吸血鬼であるレミリアにとっては一介の獲物に過ぎない
かつて自分を打ち負かした八雲紫、もしくはここで働いているあのメイドを除けば……
そして目の雨の扉はゆっくりとギィッと音を立てて開かれる。
それが合図だったかのように、レミリアは扉の先に現れた人物に優しく笑いかけゆっくりと口を開く。
「さあ久しぶりに私を愉しませてちょうだい、出来る限り生き延びて精一杯足掻いて、ほんの一時の間だけ私の暇つぶしに付き合いなさい」
扉の先に現れた人物にいかにもカリスマ性溢れる台詞を放ちながら
紅魔館の主は静かに対峙する。
一方その頃
「あー出た出た、ずっと我慢してたからすんげぇデカいの出たわー」
「アンタさぁ……敵の本拠地で何やってんのよ全く」
「仕方ねぇだろ、ここに来るまでずっと我慢してたんだから」
紅魔館の主が何者かと戦おうとしてる中で
八雲銀時は呑気にトイレから出て来た。
廊下で待っていた霊夢はそんな彼に呆れた表情
「そういうのは出発する前に済ませておきなさいよ、何よいきなり「あーヤバいもう無理、これもう出る、出るから、間違いなくウンコ出る」とか」
銀時のけだるそうな声真似をしながら霊夢はため息
「この館の主よりも先にいっそアンタを退治してやろうと思ったわよ」
「つうか俺の物真似するのは良いけど、年頃の女の子が堂々とウンコとか言うなよ」
「アンタの台詞を再現する上では使わらざるを得なかったのよ」
「いや無理して再現度を上げなくてもいいから」
変な所で真面目な霊夢に今度は銀時がツッコミ返すと、彼女と共に再び館の廊下を歩き始めた。
「しかしアレだな、図書館から出てから一向に奥まで辿り着けねぇなココ、まるで迷路だ」
「住んでる奴は不自由しないのかしらね」
「それ考えるとすぐにリフォームした方がいいなここ、とりあえず窓が無いなんて欠陥も良い所だろ」
「建てた後に窓貼り忘れたの気付いたのかしら、だとしたらここの館の主は相当マヌケだわ」
幾度も同じ場所をグルグルと回っているような感覚に陥りながら
銀時と霊夢がこの館の構図についてブツブツとクレームを呟いていると
「欠陥じゃないわ、この館に窓が無いのは元々そういう設計だったのよ」
「!?」
突然後ろから聞こえてきたけだるそうな声に銀時と霊夢はすぐにバッと後ろに振り返ると
「こんにちはお客様、そしてようこそ紅魔館へ」
そこにはクセッ毛の強い銀髪をなびかせたメイド姿の女性が立っていた。
気配もなく突然現れた彼女に銀時と霊夢が反射的に一歩下がって牽制しつつ
こちらに対して死んだ魚の様な目を向けてくる彼女に銀時は腰に差す木刀に手を置きながら口を開く。
「……オメェが紫から聞いていた不老不死の使用人か?」
「あら、わたくしの事を知って下さっていて光栄ですわ」
「なによこの女、なんかどっかで見た様なツラね……」
銀時に対して棒読み気味に全く感情のこもってない表情で言葉を返してるメイドを見つめながら、霊夢はふと彼女がどこぞの誰かと似た雰囲気を感じた。
「あ、そうか。誰かと似てると思ったらアンタと似てるんだ」
「バカ言うんじゃねぇ、いつ俺がこんな死んだ魚の様な目になったよ」
「ツッコまないわよ」
「いきなり失礼な事言ってくれるわね、私はこんなに頭爆発してないわよ、キチンと毎朝矯正してるんだから」
「してる様には見えるけど、残念だけど所々髪の毛跳ねてるわよアンタ」
すぐに霊夢は気付いた、このメイドが誰と似ているのかを
銀髪といい死んだ目といいこのけだるそうな感じといい、どうも彼女は銀時と酷く似通った箇所があるのだ。
「と言っても似てるからなんだって話だけどね」
この二人が似てようが、それがどういう意味なのかなどと考える時間は今はない。今最も大事なのは異変の解決、それだけだ。
霊夢はあっさりとその疑問を投げだすとすぐにメイドに向かって話を始めた。
「アンタがここに現れたって事は、私達を主に会わせまいとしてるって事かしら?」
「逆よ逆、会わせようとしない為に立ちはだかったんじゃなくて、ウチの主の所まで案内させてあげる為に来たのよ」
「は?」
「いやだってあなた達、この館に来た時からずっとウロウロしてて全然奥まで辿り着けないじゃないの」
主の所まで案内してやると、呆れた調子でメイドは肩をすくめて見せる。
「それで流石に痺れを切らしたウチのお嬢様が、あなた達を迎えに行って来なさいって私に命令したのよ。まあ2度3度断ったけど、それでお嬢様がちょっと泣きそうになったから、めんどくさくなる前にこうしてやってきた訳」
主の命令を三度も拒否するとかどんだけ忠誠心が無いんだこのメイドは……それに主が泣きそうになったって……
様々なツッコミが頭の中で浮かび上がりつつも、霊夢は一旦それを飲み込んで話を続ける。
「とにかくアンタが私達をこの館の主の所まで案内してくれるというのなら話は早いわ。さっさと連れてってちょうだい、アンタの主をボコボコにするから」
「ええ、ならちゃんと私の後ろをついて来なさい」
「主をボコボコにするって言ったのにスルーするってどういう事よ……大丈夫なの? 今からあんた自分の主をボコボコにするかもしれない連中をわざわざ案内するのよ?」
「したけれりゃお好きにどうぞ」
「アンタホントにメイド!?」
めんどくさそうに返事しながら、メイドは振り返らずにさっさと前へと進みだした。
それにすぐに霊夢は怪訝な表情を浮かべながらも後を追い、無言で目の前の彼女の背中を見つめつつ銀時も共に歩き出す。
「……アイツ」
「どうしたのよそんなに凝視して、もしかしてあのメイドに惚れた?」
「お前、独身ならともかくこっちは妻帯者だぞコラ、そういう冗談は止めろ頼むから」
変な事を口走る霊夢に銀時はすぐに諫めると、メイドの背中を眺めたままじっと目を細め
「ま……ちょいと気になっただけだ。アイツとやり合う時は打ち合わせ通り俺が相手するから任しとけ」
「向こうはあまりこちらと戦う気は無い様に見えるけど?」
「どうだろうな、ああいういかにも切れ者のナンバー2って感じのキャラは、内面色々と企んでるようなもんだぜ」
ニヤリと笑いながら銀時がそんな事を言っていると
目の前のメイドはふと少々大きめの扉の前でピタリと立ち止まった。
「ここが我が主の……レミ……レミゼラブル? あ、レミリア・スカーレットお嬢様のいるお部屋よ」
「アンタ今主の名前完全に忘れてたでしょ? どうしてアンタこんな所でメイドとして働いているのよ」
主の名前さえド忘れしてしまう程関心が無いのだろうか
もはや自分のメイドにここまでコケにされている主に対して哀れみさえ感じてしまう中
メイドは銀時達よりも先にそっとその扉の取っ手を掴む。
「それじゃあ存分に相手してあげなさい、言っておくけどお嬢様は一応強いわよ? あなた達に彼女の遊び相手は務まるかしら?」
「一応って何よ、そこはちゃんと強いってハッキリ言ってあげなさいよ……」
彼女の忠告に微妙な表情を浮かべるもすぐにあっさりと答える霊夢
「生憎遊び相手になるつもりは無いわ、博麗の巫女が動けばその先にあるのは退治する側と退治される側のみ、そして相手が誰であろうと私は常に退治する側の方よ」
「ほーん、随分と決まった台詞を吐くようになったじゃねぇか小娘、よし、俺も今回ばかりはビシッと決めてやるか」
フンと鼻を鳴らす霊夢と同じく、銀時もまた話を聞く態度では無かった。
二人が全くあの吸血鬼の赤い悪魔と称されるレミリアに対し微塵も恐怖を覚えていない事を悟ると
メイドは「そう」と短く呟き、その手に掴んだ取っ手を引っ張ってギィィと扉を開く。
「ならばその目でとくと見て、その身体で味わいなさい」
「500年以上生きる吸血鬼・レミリアお嬢様の禍々しい力を」
彼女が開いた扉の先に
そのレミリアと思われる小さな少女がいた。
笑顔を浮かべた着物姿のポニーテールの女性に
首根っこを掴まれて宙ぶらりんにされながら
「「「……」」」
その光景を見て銀時と霊夢だけでなくメイドもまた呆然と固まってしまう。
突然現れたポニーテールの女性、それは志村新八の姉である志村妙であった。
どうやら弟を誘拐された事にすっかりご立腹の様子で
単身でこの館に乗り込んできた上に、銀時達が事を済ます前に自分だけで総大将を片付け始めている真っ最中らしい。
「で? 新ちゃんは一体何処にいるの? 早く言わないとこのまま首を握力だけで千切るわよ」
「い、言う……! 言うからちょっと首を放しなさい……放して……! 放してください! 千切れます! 首千切れちゃいますって!」
レミリアと思われし少女は、青白い顔を浮かべながら必死に答えようとしているのだが
お妙に首を思いきり掴まれている為上手く声が出ない
涙目になりながらこのままだと死ぬ!と感じたレミリアだったが
ふとこの部屋の扉が開いており、その先に自分のメイドと銀時達がいる事に気付いた。
それを見てレミリアはすぐに藁にも縋る勢いで彼等に向かって目から涙を流しながら
「ご、ごきげんよう私がこの紅魔館の主・レミリア・スカーレットよ……早速で悪いけどちょ、ちょっと助けてくれないかしら……?」
情けない態度で助けて欲しいと懇願して来たレミリアをしばし三人で見つめた後
メイドはそんな彼女を残して開いていた扉を再びそっと閉じた。
「すみません部屋間違えました、アレはただのレミリアお嬢様の名を用いてごっこ遊びしてるだけの近所のクソガキです」
「ああそうか、良かったー、俺てっきりあんなのがラスボスなの? マジでヒヤッとしちまったよ」
「全く驚かせないでよ、今度こそ本当のレミリアの居場所まで案内しなさいよね」
「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 行かないでぇ! レミリアこっち! レミリアこっちだからぁ!!」
扉の向こうから聞こえる悲痛な叫びを無視して、銀時達はそそくさと後にするのであった。
その間、三人が再びこの部屋に戻ってくるまで
お妙に首を絞められながらもなお懸命に彼等に向かって助けを求めるレミリアであった。
「た、助けて! 人間に! 人間の皮を被ったゴリラに殺されるぅぅぅぅぅぅ!!!」
「誰がゴリラだコラ?」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ヤバいこの握力半端ない! ゴリラの握力半端ない!!」
次回、運命を操る力を持つレミリアの運命は……