日は開けた
外でチュンチュンと鳴くスズメの鳴き声が、やけに今日はしっかりと耳に鳴り響いてる中
ガララッと銀時は永遠亭の戸を開けた。
「やれやれ、誰かさんと随分と話し込んだせいでロクに眠れてねぇわ、だる……」
「悪かったわね長く付き合わせちゃって」
眠たそうに目蓋をこすりながら銀時が外に出ると、すぐ後ろから八意永琳が出て来た。
彼女の方へ振り返ると銀時はふわぁっと欠伸を掻き
「いや……こっちは色々と溜めになる話聞けたらありがたいと思ってるから気にすんな」
「そう、それなら良かったわ……」
夜通しずっと永琳との二人で話をしていたらしく
しかしそれでも不満を言わないどころか逆に礼まで言う銀時
どうやら彼女の話を聞く前と後でちょっとだけ心境の変化があったらしい。
そんな彼に永琳が静かに微笑んでいると後ろからドタドタと慌てた様子で鈴仙が駆け寄って来た。
「旦那様どうしたんですかこんな時間から! ま、まさかもう家にお戻りになられるとか!?」
「ああ? まあそんな所だ、良かったな俺が早く家に戻ってくれて」
「も、もうちょっとだけお泊りされてもよろしいのでは!?」
「は?」
いきなり玄関から飛び出て来て自分の事を慌てた様子で引き留めようとする鈴仙に銀時が訝し気に目を細める。
昨日はさっさと帰って欲しいというオーラを放ちまくっていたというのに一体どういう訳だと疑問を持っていると
鈴仙は恐る恐る腰を低くさせながら
「い、いえ実を言いますと昨日の夜中、自分の部屋へと戻る途中でバッタリ姫様に出会いまして……その時に今お師匠と旦那様が二人で話していると聞いて、私つい気になって姫様に尋ねてしまったんです、あの二人はどんな関係なのですかと……」
「ふーん……アイツなんか言った?」
「ざっくりとした感じですが単純にお二人の本当の関係を教えてくれました……」
どうやら姫様こと輝夜が偶然鉢合わせただけの鈴仙にあっさりとバラしてしまったらしい。
まあどうせその内他の人にも知られる事だろうし、厳重に秘密にするべき事でも無いので銀時は特に気にした様子は無く
「あっそ、まあそういう事だから。今日はコレでお暇するが今後はもっと頻繁に通う事もあるかもしれないからよろしくな」
「は、はいわかりました! いつでもお遊びに来てください!」
「あなた……」
鈴仙に軽い感じで返事をする銀時を見て永琳はすぐに悟った。
「そう……”これから”もここに来るという事は、それがあなたが選んだ選択だと言う訳ね」
ポツリと小さく呟く永琳に、銀時は力なくフッと笑いながら肩をすくめていると
「あらアンタもう行くの? まあ時間も無いし丁度いいかもしれないわね」
「え、どうしたんですか姫様、珍しくこんな早い時間に起きられているなんて」
「ニートだってたまには早起きしたい時もあるのよ」
開いた戸から輝夜が眠たそうに現れたのだ。
鈴仙がそんな彼女に軽く驚いていると、輝夜は腕を組みながら銀時の方へ目をやる。
「永琳から色々と話を聞いたみたいじゃない、私の事も聞いた?」
「どうだったかねぇ、ぶっちゃけ色々と話が長くて所々抜けてんだよな俺の記憶」
「それ言われると普通に傷付くんだけど」
「まあお前との因縁はなんとなくわかってはいるから安心しろ」
「いやなんとなくじゃ困るんだけど私」
アバウトな感じで答える銀時に輝夜がジト目でツッコミを入れていると
「ほら、あなたのお出迎えが到着したらしいわよ」
「あん?」
ふと竹林から何者かがやって来たのを輝夜が先に気付くと、銀時もすぐにそちらに振り向く。
「あ」
「……丁度お前を呼びに来た」
そこには八雲紫の式神・八雲藍が神妙な面持ちで現れたのだ。
彼女が迎いに来る事は流石に予想していなかった銀時が軽く目を見開いていると、藍はゆっくりと彼の方へ歩み寄る。
「実は昨日の夜、緊急事態が起こってな。お前にはやってもらわなければいけない事がある」
「緊急事態、それってまさか……」
「話は博麗神社に向かう途中で話す、さっさと行くぞ」
「ちょっと待てって、最後にやっておかなきゃならねぇ事が残ってんだ」
藍に促されつつも銀時はそっと永琳達の方へ振り返るとヒョイと軽く手を挙げながら笑って見せて
「んじゃ、行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
永琳もまた彼に向かって笑って答えるのであった。
まるで家を出る息子を見守る母の様な表情で
場所は変わって博麗神社
博麗の巫女である博麗霊夢が
神社の賽銭箱の前で、早朝いきなりやってきた八雲紫から話を聞いている途中であった。
「ふーん、紅魔館といえば霧の湖の所にあるデカい館の事よね」
「ええ、だいぶ前に外の国から越して来た連中よ。初めてやって来た時もそこの館の主が私に喧嘩を売って来たんだけど」
異変が起きたと聞いて久しぶりに仕事モードに入っている霊夢に、紫は異変を起こした人物の情報を簡単に教える。
「見た目はちっこい子供みたいなのよね、実力はそこそこあったのは確かだけど。まあ私が本気を出す事も無くピチュったわ」
「それからは大人しく屋敷の中に籠り続けていたんだけど、しばらくしてまたこっちに喧嘩を売りに来たって訳ね」
「ご名答、流石は博麗の巫女ね」
「ナメてる? これぐらい誰でもわかるわよ」
なんかバカにされた感じで可笑しそうに笑いかけて来る紫に霊夢がイラッと来ていると
神社の入り口から、先程永遠亭から出たばかりの銀時と藍が揃ってやって来た。
「よぉ、どうやらずっと暇だった博麗の巫女にもようやく仕事が舞い込んで来たみてぇだな」
「フン、暇なんか無いわよ、こちとら毎日生きるか死ぬかのサバイバル生活なんだから」
いきなり現れた銀時に対しても特に驚きもせずにしかめっ面で霊夢が鼻を鳴らしていると
銀時と共に来た藍も霊夢の隣に立っていた紫に深々と頭を下げる。
「紫様、お目付け通りこの男も連れて参りました」
「ええ、それじゃあ異変についての詳しい話はあなたからして頂戴」
「はい」
紫は突っ立っている銀時に目も合わせずにそう言うと、説明役を藍に任せて自分は数歩彼等から遠ざかる。
そんな彼女を銀時が無言で眺めていると、藍が彼と霊夢に向かって早速話を始めた。
「改めて問うが、二人は既に『紅魔館の主が再び我々に喧嘩を売りに来た』という話は知っているな」
「紫から聞いているわ」
「俺もここに来る途中でお前から聞いたよ」
「結構、ならコレを見てくれ、その紅魔館の主が寄越してきた書状だ」
二人がすぐに頷くと藍は一枚の紙を取り出して彼等に突き付ける。
「書状? まあどうせ果たし状みたいなもんでしょ、どれどれ……な!」
「決闘を申し込むのにわざわざ手紙まで送りつけてくるたぁ随分と古臭い習慣だなおい、ってコイツは!」
霊夢が受け取ってそれを隣に立った銀時も覗いて一緒に書かれた内容を見て愕然とした
「字ぃ汚ッ!」
「全く読めねぇ……! まるでミミズがフラダンスしてるかの様な解読難解な字体だ!」
二人揃って書かれた少女の内容よりも、その字の恐ろしい汚さに驚いていると
藍が複雑そうな顔でポツリと呟く。
「……まあ紅魔館の主は外国住まいだったと聞くし、慣れない国の言葉は書きにくかったんだろうきっと」
「いやここまで汚ねぇ字を書く奴は母国語で書いても汚ねぇよきっと、フォローする必要はねぇよ」
「寺子屋通ってる小さなガキンちょの方がまだ上手く書けるわよ、うわホントに酷い……」
彼女のフォローも虚しく紅魔館の主は恐ろしく字を書くのが下手だという第一印象を持ってしまった銀時と霊夢。
いかん、このままでは彼等からやる気が削がれてしまうと思った藍は、咳ばらいをしつつすぐに次の話を始める。
「こちらで書状の内容は大方解読済みだ、要約すると、「我々は人間の子供を人質に取った、返して欲しくばそちらで最も強い者等を我が館に連れてこい、盛大な宴を開いてそなた等を迎え入れてしんぜよう」という感じだ」
「盛大な宴やってくれるんだってよ、よかったな霊夢」
「その宴ってタッパー持参でもいいわよね?」
「いやそこじゃない、お前達が気にする所はまず冒頭の部分だろう」
宴を聞いた途端盛大に腹の虫を鳴らす霊夢にすぐにツッコミを入れる藍。
「こちらが最も気にしている点は人間の子供を人質に取ったという点だ、妖怪が無闇に人間を襲う事はこの幻想郷では固く禁じられている、しかしこの館の主はその禁忌を破って人間に害を与えた。ならば然るべき報いを与えなければいけない」
「まあ確かにね、人間を襲っちゃったらもうただで許す事は出来ないわ」
「しばらく平和が長続きしてたって言うのに、下らねぇ真似しやがって、こりゃあ痛い目に遭わせなきゃダメだな」
書状に書かれたい内容の中で一番の問題なのは紅魔館の主が人間、それも子供を攫ったという事である。
幻想郷は人間と妖怪のバランスを保つ為にある場所、ここでそのルールを犯すのであれば成敗しなければならない。
「けどよ、この屋敷の主って奴は一度紫に倒された事あったよな? それからずっと大人しくしてやがったのにどうしてこんなまた喧嘩を売る様な真似して来やがったんだ?」
「……実はここ最近の間に、紅魔館が一人の召使いを雇ったらしい」
「召使い?」
「まあ俗にいうメイドと呼ばれる者なのだが、なんでもそのメイドは知略と武勇に優れた類稀ない実力と、絶対に老いる事も死ぬ事も無い能力を兼ね備えた不死者だとか、色々と誇張されているのかもしれんがただ者ではないのは確かだろう」
「不死者……」
その言葉を聞いて銀時はピクリと反応する。彼の反応を見つめていた紫もそっと目を逸らす。
「今回こちらに再び勝負を挑んだのは、恐らくこのメイドを仲間に入れたことが原因だと紫様はお考えだ。いや、もしかしたらこの騒動事態彼女が主を裏で操って計画した可能性もあり得る」
「テメーの主をたぶらかして反旗を翻させた黒幕の不死メイド……こりゃあ一筋縄じゃいかねぇみたいんだ」
「相手が不死身ならアンタの出番ね、そのメイドの相手はアンタに任せたわよ」
「ハナっからそのつもりだ、そのメイド、どうも引っかかる事があるんでね……」
自分と同じく不死者だと思われるメイドに対し、銀時は何か奇妙な感覚を覚えた。
まるで彼女の事を既に知っていた様な、いずれ出会う事は必然だったのだと思えるぐらい、銀時にとってそのメイドは紅魔館の主よりも気になっていた。
「そうと決まれば話は早ぇ、俺と霊夢でさっさと紅魔館に行ってみるとするか」
「そうね、相手の陣地なのだから当然向こうも待ち構えてるでしょうけど。それも含めて完膚なきまでに叩き付けてやれば二度と刃向かおうとは考えなくなるでしょうし」
藍の話を聞き終えて銀時と霊夢はすぐに出発する事に決めた。
まず目指すは霧の湖、そして霧の奥深くにあると言われている紅魔館だ。
「ちゃちゃっと終わらせてやるか、紅魔館なんざ跡形もなくぶっ壊して、連中をホームレス生活に追い込んでやる」
「館まで壊すのはどうかと思うけど、まあ連中と戦闘になったら確実にお屋敷もただじゃ済まないだろうし、それもまた仕方ない事ね、崩れた館の下で眠ってもらいましょ」
そんな風に言葉を交えながら銀時と霊夢は藍と紫の方へと振り返った。
「んじゃ俺達行くから、土産に期待してオメェ等はここで待ってな」
「ああ、よろしく頼む。紫様は現在訳ありで戦う事は出来なくてな、お前達でなんとかしてくれたら助かる」
「なによ、紫の奴どっか具合悪いの? あまりそうは見えないけど」
「……」
紫が戦えないと聞いてあまりピンと来ていない霊夢をよそに
銀時は彼女を見つめたまま自分からゆっくりと歩み寄るも、紫はずっと目を逸らしたまま振り向こうとしない。
すると銀時はそんな彼女にフッと笑って見せて
「実はよ、永遠亭の色々と話聞いたんだよ、この幻想郷の事も、俺の事も、そしてお前の事も……」
「……」
それを聞いて紫はやっと彼の方へ振り返った。しかし今だ目を合わせる事は出来ずに俯いたままだ。
「今日の夜は満月だろうな……用事済ませて戻って来たら、久しぶりに一緒に月でも眺めてみるか」
「……戻って来るのね」
「ああ……」
「それなら……待ってるわ、あなたが戻って来るのをずっと……」
小さな声で銀時の言葉に返事する紫に銀時は静かに頷くと、踵を返して待っている霊夢の方へ
「んじゃ、行ってくるわ」
それだけ言って銀時は出発しようとすると、紫は顔を上げて彼の背中に向かって
「行ってらっしゃい、あなた」
「ああ」
僅かに微笑んで彼の背中を見送った。
まるで今生の別れを惜しみつつも感情には出さない様にしいている健気な伴侶の様に