前回のあらすじ
紫と喧嘩した銀時は追い出され、仕方なく永遠亭に厄介になる事になった
「ここが客室です」
「ああ? なんか随分と狭くねぇか?」
「仕方ないですよ、元々ここ旅館とかじゃないんですから……」
鈴仙に案内されて連れてこられた部屋はこじんまりとしたスペースの来客用の部屋。
ほとんど使われてない形跡もあり、殺風景な部屋の内装に銀時が文句を垂れながら中へと入っていく。
「まあいいわ、居候の身だから文句言わねぇよ」
「詰まる所聞きますけど、旦那様は何時までここに滞在する気なんですか?」
「紫の機嫌が直るまでだよ、まああの怒りようから察するに2、3ヵ月ぐらいだろうな」
「想像してた以上に長すぎるんですけど! 奥様の機嫌が直るのってそんなに時間掛かるんですか!?」
「掛かるよ、特に妹紅絡みになるとアイツ相当引きずるんだぞ」
早速畳の上に寝転がりながら、驚く鈴仙にケッと面白くなさそうな顔を浮かべる銀時。
「なんなんだろうねアイツ、旦那が元カノと飲んだ事ぐらいサラッと水に流せないのかねホント」
「同性として言わせてもらいますけど、それ普通に別れようと思うぐらい許せない事なんですけど……」
「まあ確かにこれが逆の立場だとしたら俺も相当ショックだな、紫が他の男と飲みに行く事だけでも想像したくないわ、まああり得ないだろうけど」
「そこをわかってるならどうしてそんな事するのかさっぱりわかりませんよ……」
男という生き物の事が全く理解できない様子で、鈴仙は銀時に呆れた様子でため息を突きながら畳の上に正座すると
ふと閉めた襖が少し開いて誰かが覗き込んで来る。
「ほーん、使われない小部屋に男女二人っきりでいるとは……一体ここで何をおっ始めるつもりだ鈴仙」
「……いや何も無いから、あなたこそ何してるのよ、”てゐ”」
「そら暇だから遊びに来たんだろうよ、邪魔して悪かったな」
背後から聞こえた声の主がすぐに誰だか気付いた鈴仙は、振り返りもせずにその声にぶっきらぼうに言葉を返す。
すると襖を開けてその声の主が銀時の前に現れた。
「どうも、幻想郷の旦那様、こんな時間からメス兎とお楽しみ不倫とはゲスの極みだねぇ~」
「んだお前、どこの文春だ、一体何処のセンテンススプリングだ」
「いんや安心しな、私はスキャンダルを求む週刊記者じゃない、妖怪兎達をまとめるリーダー、因幡てゐだ」
因幡てゐ
迷いの竹林と、その奥にある永遠亭を住処とする妖怪兎であり
竹林や永遠亭に住む妖怪兎達のボスであり、彼女達は全ててゐの手下である。
気性は激しく嘘つきで悪戯っ子だが、時折カリスマめいたものを醸し出すような立ち振る舞いや発言をする事があるので一目置かれている。
何より色々と謎が多く、ガードが堅い永遠亭にいとも容易く入って来れたり、あの八意永琳でさえ彼女の事は詳しくは知らない。
だが因幡という名をヒントとその巧みな口の使い方と狡猾な知恵の働かせ方から
もしかしたら伝説の”因幡の素兎”なのではと推測されている。
その場合彼女の実年齢は少なくとも180万歳以上となるのだが……
「お師匠様がやたらと機嫌よく見えたからちょっと不思議に思ってたが、なるほどおたくが来てたのかい」
「は? お師匠はいつもと変わらずけだるさ全開のだるだるフェイスだったじゃないの」
「鈴仙、お前もまだまだなぁ、私から見れば一目瞭然だよ」
「また私をからかってるんじゃないでしょうね……」
我が物顔で部屋に入って来てドカッと座り込むてゐに、鈴仙は怪しむ様に目を細めていると
肘を突いて横になっていた銀時は「あん?」とてゐを見て口をへの字にする。
「お前等の言うお師匠様ってあの永琳だろ? さっきコイツにも言ったんだが、なんで俺が来る事でアイツの機嫌が良くなんだ?」
「それがねぇ、私もよく知らないのさ。もしかしてお師匠様に惚れられてるんじゃないのおたく?」
「いやーそれは無いわー、仮に俺が独身だとしてもどういう訳かあの女だけはそういう目で見れねぇ」
「なんでですか、お師匠は普通に綺麗ですよ、性格は最悪ですけど」
「お前自分の師匠の性格をサラリと最悪つったな、そうじゃなくてよ、別に見た目とか内面関係なく、何故かそういう風に見れないんだよ俺」
真顔でつい本音を漏らす鈴仙に銀時は横になるのを止めて、髪を掻き毟りながら胡坐を掻いて座る。
「ま、長く世話になってるからな、糖尿病になりかけてからなるべく足を運んでるし色々と世間話もしてるから友人ぐらいには思ってんじゃねぇの? 俺は思ってねぇけど」
「どうかなー、あの目は友人や親しい者を見る様な目ではなかったと思うんだが」
「だからどうやって見分けるのよ、お師匠の目を、いつも死んだ魚の様な目をしてるのに」
「鈴仙、私が言うのもなんだがお前って本当にお師匠様の事尊敬してる?」
「当たり前でしょ、けどそれ以上に不満もあるのよ私は。ストレス抱えながら毎日胃薬飲んでるの」
さっきからちょくちょく師匠である永琳に対して毒を吐く鈴仙に、流石にてゐも頬を引きつらせながら尋ねるも
鈴仙は至って真面目な表情でハッキリと返す。
「旦那様が糖尿病になりかけてるで思い出しましたけど、それはお師匠もですよ。あの人前に一人でケーキ1ホールを作って自分一人で食べてたんですよ?」
「ああ、定期的に甘いモン食わないと死ぬとか言ってたな、けどアレじゃあ糖分過多で死ぬことになるぞ」
「その辺は大丈夫よ、お師匠は不死身だから……あれ?」
永琳の話をしながらふと目の前にいる銀時を見て鈴仙は何かに気付く。
そういえば彼もまた永琳と同じく不死身だった、それにこのけだるさ全開の表情と死んだ目
二人共甘党だし銀髪だし……永琳は天パの銀時と違ってストレートだが、早朝は毎回異常に跳ね回っている頭のクセッ毛を長時間かけて矯正しているのを鈴仙はよく知っている。
永琳と銀時、二人があまりにも共通点が多い事に鈴仙は怪しむ様に銀時をまじまじと見つめながら顔を近づける。
「いやまさか……でも確かにそう言い切っても別になんらおかしくは……いやいやでもお師匠は月の民だし……」
「なに? なんなのいきなり顔近付けて、言っとくけど俺ここ最近女に顔近付けられるのトラウマだから勘弁してくんない?」
どんどんこちらに顔を近づけてじっくりと自分の顔を観察してくる鈴仙に
銀時が仏頂面のままほのかに危機感を覚えていると
突如、部屋の襖が勢いよくパン!と開かれて
「え!? わ! お、お師匠!?」
「……」
八意永琳本人が突然三人の前に姿を現したのだ。
彼女がいきなり現れた事に慌てて鈴仙がバッと振り返ると
永琳は銀時の顔に鈴仙が自分の顔を近づけていた事を無言で察すると白衣のポケットからキラリと光るモノを取り出し
「ってぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
慌てて鈴仙は真横に転がって回避する。
つい先ほど彼女がいた場所に、何本ものメスが畳の上に突き刺さっているではないか。
「戻ってこないから変だと思ってたけど、やっぱり万年発情期の兎は油断ならないわね」
「違いますそういうんじゃないんです! 私はただちょっと気になった事があっただけで!」
「なにが気になったの? 子供の作り方? その人で実践してみようと思った訳?」
「だからなんでそうなるんですか! 毎回私の事発情期扱いするの止めて下さい!」
まだ手に持っているメスを指の間に入れてクルクルと回しながら銀時同様死んだ魚の様な目で見下ろしてくる永琳に、すかさず鈴仙は抗議しつつ立ち上がった。
「私別にそういう事に興味無いんで! お願いですからそういう変なキャラ付けしないで下さい!」
「てゐ、あなたも来てたのね? 一体何なの? この狭い空間で三人揃ってどんなパーティーをやろうとしていたのか正直に言いなさい」
「私はただ遊びに来ただけだよお師匠様、けど鈴仙はセンテンススプリングやらかそうとしてたね」
「そう、センテンススプリングをね。やはり鈴仙、あなたはここで死ぬしかないみたいね」
「センテンススプリングってそんな日常的に使う言葉でしたっけ!? ていうか裏切り兎! なに自分の身が危険だと察した瞬間私だけ売ろうとしてるのよ!」
こちらを冷ややかな目で睨んで来た永琳にすかさずヘラヘラと笑いながら自分”だけ”は無罪だと主張するてゐ。
もはやここに自分の味方はいないのか鈴仙は途方に暮れていると、まさかの銀時が「あー」とのんびりと手を上げて
「なんで気になるかは知らねぇけど俺はコイツ等と乱交パーティなんざしてねぇよ、センテンススプリングもな」
「あらそう、じゃあ私の勘違いね。命拾いしたわね鈴仙」
「……はい」
勘違いだとわかったんならせめて謝れや!と本気で叫びたい衝動に駆られつつも、鈴仙はなんとか銀時のフォローのおかげで命の危機は去った事に一安心。
それにしても自分の話は信じないクセに銀時の話はあっさりと信じてしまうとは一体……
「もしかして本当に……? いやでも確かに性格も似てるし……」
「それで? あなた達は本当は何してたの?」
疑問に思って訪ねて来る永琳にてゐがサラッと答える。
「お師匠様についての話ですよ、お師匠様はなんでこの旦那様の事を気に掛けているかについて、実際の所なんでです?」
「直球で本人に聞くの!?」
「は? そんな下らない事で盛り上がってた訳?」
未だ銀時と永琳の謎を解き明かそうとブツブツ呟いている鈴仙をよそにまさかのてゐが本人に直接聞いてみる。
すると永琳は口をへの字にして首を傾げ
「別に変な気がある訳でも気に入ってる訳でもないわ、ただこの人は重要な局面においての最後の一手の一つ、と感じてるから特別扱いしてあげてるだけよ」
「……重要な局面?」
「来るべき時が来たらあなた達に教えるわよ」
どうにも意味不明な答えだなとてゐと鈴仙が怪訝な表情を浮かべると、永琳はそれ以上は言わないと話を勝手に終わらせてしまう。
だが銀時の方へチラリと目を向けて
「ま、そろそろタイムリミットだし、あなたにはそろそろ話す頃合いかもしれないわね……」
「は?」
「意味は分からなくていいわ、いずれわかるわ、いずれね」
首を傾げて先程の自分とそっくりな顔を浮かべる銀時に思わずフッと笑いながら、永琳はずっと指の間で回していたメスをポケットに仕舞う。
「それじゃあ鈴仙、実験を手伝って欲しいと思ってたけどもう時間だから姫様呼んで来て頂戴、私は夕食の支度するから」
「え? 今から夕飯の支度ですか? それにいつもはお師匠が姫様を呼んで、私が夕食の支度するって流れじゃありませんでしたか?」
「今日は私が作るわ、言ったでしょ? その人は特別なのよ」
「……」
夕食は自分で作ると頑なに言い切りながら永琳がチラリと銀時の方へ視線を向けた時、彼女と付き合いの長い鈴仙は何かを感じ取った。
確かにその視線は恋焦がれる相手や仲の良い友人とかなどに使う目ではなかった。
恋人でも友人でもない、そう、あの目はまさに……
「なにボーっとしてんの、早く行きなさい鈴仙」
「あ、はい!」
つい考え事をしていた事をしてしまっていた鈴仙は不機嫌そうに呟く永琳の声に反応してすぐに立ち上がった。
「ただいま呼びに行って来ます!」
「ダダこねてもちゃんと連れてくるのよ、暴れたら麻酔で黙らせなさい」
「姫様はゾウですか!? 永琳さま本当にあの人の事大切にしておられるんですよね!」
「そりゃあ大切に決まってるでしょ」
姫様と呼んでいる人物のいる部屋へと直行しながら言葉を投げて来た鈴仙に永琳はめんどくさそうに返す。
「まあ過去に色々あったのは確かだけど、あの子はあの人の大事な娘だしね……」
誰にも聞こえない様な小さな声でそう呟くと、永琳は改まって銀時の方へ振り返る。
「それじゃああなたもついて来て頂戴、夕食にはまだだけど、ちょっと彼女の話し相手をして欲しいのよ」
「おいおい彼女ってもしかしてアイツか? あの……」
永琳の言う彼女の事にすぐに銀時は誰の事だかわかった様子で顔をしかめていると
突如、長い廊下の向こうから
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 勝手に私のサンクチュアリに踏み込むんじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ここからでもハッキリと聞き取れる叫び声を耳にし、銀時ははぁ~とため息を突いた。
「相変わらず部屋からも出ようとしないのアイツ?」
「仕方ないわ、彼女引きこもりだし」
「そうそう、永遠亭の姫様は永遠の時をひたすら何もせずにダラダラと過ごす事のみを求めてるぐらいの生粋のニートだからな」
永琳が仏頂面で答えると、てゐもまたうんうんと頷く。
「蓬莱山輝夜、永遠亭の真の主にして真の引きこもり。鈴仙なんかじゃ彼女を部屋から引っ張り出すのも無理だろうね」
「私の傍に近寄るな発情兎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
またもや廊下の奥から、彼女の事が木霊する。
こりゃ鈴仙一人ではとても部屋から出す事は出来ないだろうな
そう思った銀時は内心めんどくさいと思いながらもゆっくりと立ち上がった
「しゃーねぇ、しばらく厄介になるんだし家主に顔出しておくか」
そう呟くと銀時は鈴仙の助けに入る為に向かう事にした。
彼自身が知らないが、実は何かと縁のある蓬莱山輝夜の下へ……