銀輪蓮廻魂≼⓪≽境東夢方界   作:カイバーマン。

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#23 時々幽子銀

八雲銀時は妻である八雲紫と共に冥界にある白玉楼へと足を運んでいた。

死者が集い、もしくは通る為に設置された場所であるので当然あちらこちらに人魂やらはっきりとした幽霊が通り過ぎていく光景も日常茶飯事だ。

 

そんな中を歩きながら、銀時は屋敷に着くまで延々と「コイツ等はスタンド、コイツ等はスタンド、コイツ等はスタンド……」っと虚ろな目をしながらブツブツ呪文の様に唱え続け、最終的に妻に「いい加減にしなさい」と言われるまで呟いていたのであった。

 

「へぇ~そう、相変わらず旦那さん幽霊とか苦手なのね~」

「そうなのよ、昔からこの人本当にそういうのが苦手みたいで、いい年して怪談話聞くだけでも夜眠れなくなって私の部屋にやってくるのよ」

「あらそうなの、結構銀さんも可愛い所あるじゃない」

「最初はそう思うかもしれないけど、さすがにそれが何百年も続くといい加減にして欲しいのよホント」

 

白玉楼の屋敷にて、滅多に来ないお客を迎える用の和室で紫と親し気に話している者は彼女の古くからの友人だ。

 

西行寺幽々子

冥界にある白玉楼に1000年以上前から住んでいる亡霊の女性、ちなみに亡霊だが足はちゃんとある。

幽霊を統率できる能力を持っており、幻想郷の閻魔大王より冥界に住む幽霊たちの管理を任されている。

 

飄々としておりその真意が掴み辛く、従者である魂魄妖夢は日常茶飯事に翻弄されている。

同時に柔和な雰囲気も醸しており、その一見呑気な外見とは裏腹に、生き物の死すら操る能力を持っているという恐ろしい部分もある。

 

こういう性格もあってか、馬が合うのは同じく掴み所のない所と強力な能力を持つ紫ぐらいなものなのだ。

 

「ところでその銀さんは何処に行ったのかしら? さっきまであなたの隣にいたのに突然と姿を消しちゃたみたいだけど」

「あなたの従者が作っているお菓子が待ちきれなくて厨房まで飛んでちゃったわ、はぁ~いくつになってもオバケは苦手だし甘い物ばっか食べたがるし……まるで子供ね」

「いいんじゃない? 男はいくつになったって少年の心を忘れちゃいけないって聞いた事あるわよ」

「……それを言った張本人がまさしく私の亭主なの」

「あらそうだったかしら?」

 

友人との久しぶりに会ったせいか、今日の紫はやたらと夫に対する不満を幽々子にぶつけていた。

幽々子にとっては彼女のこういった姿はいつも通りなので、彼女の愚痴に優しく付き合ってあげている。

 

「でも千年も夫婦としてやっていけてるんだから羨ましいわよホント、私なんてずっと独り身だからそうやって旦那の愚痴とか言ってみたいものだわ」

「そういうものなのかしらねぇ……確かにあの人とは千年以上顔を合わせた関係だし、多少の不満はあるけれどそれ以上に好きな点があるのは事実だし」

「フフ、愚痴の次は惚気?」

「……別にそういう訳じゃないわよ」

 

手に持った扇子で口元を隠しつつ悪戯っぽく笑って見せる幽々子に対し紫はブスッとした表情浮かべたままジト目で睨み付ける。

紫がこういう表情を銀時以外にするのは本当に珍しい、それ程彼女にとって幽々子とは心許せる相手なのだ。

 

しばらくして彼女達の中で話題にされていた張本人である銀時が廊下を歩いて饅頭と団子が乗せられた皿を両手に持って現れた。

 

「おい銀さんが茶菓子持ってきてやったぞ、ありがたく食えや女共、7割は俺のモンだけどな」

「まあ銀さん丁度良かった、今、紫が夫であるあなたに対して評価してた所よ」

「幽々子、そうやって友人同士でしか出来ない会話を他者にバラすのはいい加減止めてくれないかしら?」

「ああ? コイツが俺に対して評価付けてただぁ?」

 

銀時が紫の隣にある座布団に座るとすぐに幽々子が先程の会話を彼に伝えると、銀時は思いきりしかめっ面を浮かべて恨みがましい目つきで幽々子を睨んでいる紫の方へ振り向く。

 

「どうせいつもみたいにまた愚痴ってただけだろ? 女同士で話す事なんて基本愚痴の言い合いだからな」

 

饅頭をヒョイッと食べながらあっけらかんとした感じで呟く銀時。

それを聞いて紫は少々ムッとした顔を浮かべる。

 

「そういう偏見はどうかと思うわね、別にあなたの事で愚痴ばかり呟いてた訳じゃないわよ」

「愚痴ばかり呟いてた訳じゃないって事はやっぱり愚痴言ってたんじゃねぇか、まあ俺は別に気にしないけど? テメーの奥さんが友人に年中愚痴ろうがどうぞご勝手にって感じ?」

「私の友人の前でへそ曲げないでよ恥ずかしい、別にあなたに対して文句だけを言ってた訳じゃないんだから」

 

何やら雲行きがあらしい気配、しかめっ面を浮かべる銀時とそれに負けじと目を細めて怒っている様子の紫を交互に見つつ、幽々子は苦笑しつつもなんとか流れを変えようと口を開く。

 

「紫の言ってる事は本当よ、彼女ったらあなたに対して不満は一杯あるけれどそれ以上に好きな所が一杯あるんだって」

「ふーん、マジで?」

「幽々子の嘘よ、私がそんな事言うと本気で思ってるのかしら? 少し自惚れが過ぎるんじゃなくて?」

「もう、千年連れ添ってる間柄なんだからさっさと素直に……あ、そうだわ」

 

せっかく助け舟を出してあげたのにそれを自ら沈没させる紫に幽々子は呆れつつも、ふと名案を思いついたかのように手をポンと叩く。

 

「そんな態度取るなら私が銀さん貰っていいかしら? 私もそろそ独り身は寂しいと思ってたのよね~、あ……」

「……」

 

幽々子が笑顔でそんな事を言ったと同時に

紫の顔からは感情が消え、視線だけで人を殺せそうな鋭い目つきでただジッと彼女を睨み付けた。

 

後に幽々子は従者にこの時の事を語った。

 

アレは完全に友人に対して向ける目ではなかったと。

 

「……ごめんなさい失言だったわね、だから今にも殺しにかかろうとしている様な目で私を見ないで頂戴……」

「そういう事は例え友人同士でも冗談で言うものじゃないわねぇ」

「おい紫、お前まだその嫉妬癖治ってなかったのか?」

 

すぐに非礼を詫びる幽々子に対し、いつもよりドスの入った低い声で警告する紫。

そんな彼女に銀時はテーブルに肘を突きながらやれやれと言った感じで口を挟む。

 

「大丈夫だって俺もちゃんとわかってるから、伊達に千年も連れ添ってねぇよお前と、仲が悪かったら普通こんな長く続かねぇだろ? もう変に嫉妬深くなるのは止めようぜホント」

「別にしてないし、あなたなんかの事で嫉妬とか全然してないし」

 

うんざりした様子で窘めて来た銀時に対しツンとした態度で否定する紫。

散々銀時の事を子供みたいだと言っておきながらコレである、

 

「ところで幽々子、あなた大事な話があるから私達をここに呼んだんじゃなくて?」

「え? 甘いモン食わしてくれる為に呼んだんじゃねぇの?」

「違うわよ、ていうかあなたさっきから饅頭食べ過ぎ、医者に言われてるんでしょ、甘い物は控えろって」

 

周りに嫉妬深いという印象を持たれたくないのか、わざとらしく話題を変える紫。

どうやら彼女は幽々子に話があるという理由でここまで足を運びに来ていたらしい。

ただし銀時の方は彼女の話なんかではなく単純に妖夢の作るお菓子目当てだが

 

「あらお医者さんに言われてるの? それなら妖夢に用意するべきじゃなかったわねぇ」

 

そんな事を言いながら実は彼女もまた銀時と同様団子を次々とペロリと平らげている。

いつの間にか自分が食べる分が彼女達によって消失してしまった事にカチンときながら紫は眉間にしわを寄せる。

 

「あなたもさっきから隙あらばお皿に乗ってる団子食べてるわよね? あなたも診てもらったら? 前から思ってたけどあなたって結構食べ過ぎる傾向があるわよ」

「心配ないわ、私亡者だし」

 

彼女の忠告に幽々子はあっけらかんとした感じで返事すると、幽々子は「さてと」と改まって向かいに座る二人と話を始めた。

 

「実はね、私ちょっと気になる人が出来たの」

「あらそう良かった……え?」

「……マジ?」

「マジでーす、フフフ」

 

あまりにも自然に話を始めたので紫は思わず流しそうになってしまったがすぐに目を見開く。

銀時もまたテーブルに頬杖を突きながら目だけを幽々子の方へ向け信じられない様子でいると

その反応を愉しむかのように幽々子はクスクスと笑い声をあげた。

 

すると屋敷の廊下を猛ダッシュで走る音が聞こえたと思いきや、閉じられていた襖が勢いよくバタンと開かれ。

 

「マジですか幽々子様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「こら妖夢、お客様の前ではしたないわよ」

 

どこからともなくやってきた彼女の従者、魂魄妖夢が素っ頓狂な声を上げてやってきたのだ。

いつもの冷静な態度は何処へやら、幽々子に想い人がいると知ってとち狂ったかのように彼女の下へ詰め寄る。

 

「私が気付かぬ間に一体どこの馬の骨と! その男の名を教えてください幽々子様! すぐたたっ斬ってきますから!!」

「気が早いわよあなた、大丈夫よ殺さなくても、その人もう亡者だから」

「亡者なんかいませんスタンドです! ならばすぐに閻魔様に連絡して地獄に連行させてもらいましょう! 冥界の主を誑かした罪で阿鼻地獄行きに!」

「それって辿り着くだけでも2000年かかるとか言われてる地獄? やぁねぇそんな所に連れてかれちゃ困るわ私」

 

妖夢にとって幽々子が素性の知れぬ輩にうつつを抜かすなどあってはならないのだ。

全力で阻止しようとする彼女を尻目に、銀時と紫は軽く驚ている様子では話を再開する。

 

「嘘だろオイ、おたくマジでその亡者……スタンドとやらに惚れちゃったの? 何百年も前からそんな浮いた話一つなかったおたくが?」

「友人としては喜ばしい事なのかもしれないけど……とにかく一体どういう経緯でその亡者と知り合ったの?」

「ウフフ、そうそうこういう話を一度紫としてみたかったのよ、今まではずっと私が聞く側だったし」

 

自分と比べて紫はもうとっくの昔に異性の相手がいて更に結ばれている。

そんな彼女の夫婦話を聞くのも確かに面白いのではあるが、密かに憧れていた所もあったのだ。

 

「ちょうど妖夢を外に出して一人で屋敷にいた時にね、その人は偶然ここに迷い込んで来ちゃったらしいのよ」

「冥界の白玉楼だから亡者がやってくるのは当たり前でしょ」

「それが普通の亡者と違うみたいなのよね、足もあるし姿形もはっきりしてるし、どちらかというと私みたいなタイプ? そういう人がここに来る事って滅多にないのよホント」

 

紫の冷静な指摘に対し幽々子は自分を指差しながら答えつつ話を続ける。

 

「彼、普段は人里にいるらしくて普通の人間の様に振る舞って生活してるらしいんだけど、屋根の上で気持ちよく昼寝してたら成仏しかけてここまで来ちゃったみたいなの」

「どんな成仏の仕方?」

「それで色々と話してる内に結構ウマが合って、あーこの人いいなーって思っちゃったの」

「それだけ? それだけでコロッと落ちちゃったのおたく?」

「ビビッと惹かれ合うモンも感じたわよ」

「なんつうチョロさだよ……」

 

なんとまぁ簡単に恋に落ちたものだ。恋愛など今までしてこなかったおかげで異性同士の駆け引きなど全く知らないまま今まで生きてきたのだろう(もう死んでいるが)

すっかり浮かれてる様子の幽々子に銀時が頭に手を置いてため息を突いていると、彼の隣に座っている紫が怪訝な表情を浮かべる。

 

「あのね幽々子、偶然白玉楼にやって来た素性もよくわからない男なんかに惚れこむのは如何なものだと思うわよ、もうちょっと長い目でその人を見た方が……」

「そうです幽々子様! そんな得体の知れない男など信用できません! さっさと忘れて私と楽しく二人で暮らしましょう!」

 

割とキチンとしたアドバイスを幽々子に送る彼女に続き、妖夢もまたテーブルを両手で叩きながら抗議する。

それに対して幽々子はニコニコしたまま首を傾げると

 

「あら、素性も知れないなんて誰が言ったかしら? あの人の事はあの人自身からたくさん聞かされてるもの」

「え?」

「その人って銀さんと同じ侍でね、人里で日夜人間達を護るべく戦っているらしいの、偉いわよねー」

「俺と同じ侍?」

 

それを聞いて銀時がピクリと反応すると同時に紫も無言で彼の方へ振り向く。

二人共何か嫌な予感を覚えたのであろう。

幽々子は銀時に「ええ」と答えながら更に言葉を付け加えた。

 

「攘夷志士?  だとかなんとか言ってたわね自分の事、幻想郷の新たな夜明けを担う救世主なんだって」

「あなた……」

「ああ……」

「名前はね」

 

銀時と紫は目だけ合わせてその人物が誰なのか察したらしい。

そんな事も知れずに幽々子は嬉しそうにその男の名を言った。

 

「桂小太郎さんって言うのよー」

「やっぱりね……」

「だと思ったよ……」

「なんでも亡くなる前からずっと人間の為に戦ってたんですってー」

 

すっかり上機嫌の様子で彼の名を言うと二人は同時に項垂れる。

よりにもよって好きな相手がそいつかとガックリする様に

 

「桂小太郎!? それが幽々子様を誑かした張本人ですね! わかりました今すぐ人里行って斬ってきます!」

「だからダメだって言ってるでしょ、全く今日のあなたはちょっと変よ」

「おかしいのは幽々子様の方ですって! 早く目を覚ましてください!」

 

主人である幽々子の両肩を掴んでユサユサと揺さぶり始める妖夢。

その必死な形相から察するに相当彼女の事を大事に思っているのだろう。

だからこそ、その桂小太郎とかいう男を抹殺したくてしょうがないのだ。

 

「銀時さんと紫様も一緒に幽々子様を止めて下さい! このままだと白玉楼! いえ冥界そのものの危機です!」

「そうだな、アレは止めておいた方がいいわホント。もっと自分を大切にした方がいいっておたく」

「確かにこの人の言う通りアレだけは止めておいた方がいいと思うわね、だって……」

 

こちらに振り向き助けを求める妖夢に銀時が頷くと、紫もまた言い辛そうにしながらも意を決して

 

 

 

 

 

「あの人、”亡者”じゃなくて”悪霊”よ」

「幽々子様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!! お願いだから考え直してぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

「この想いは何人たりとも止める事は出来ないわー」

「幽々子様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

冥界の主が恋したのは悪霊でした。

 

 


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