銀輪蓮廻魂≼⓪≽境東夢方界   作:カイバーマン。

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#1 雲時紫銀八

約束するよ、きっとまた逢えるって

だから泣かないで

次に逢う時は私はもう二度と死に別れない

だから生きていて

時の螺旋の中であなたがどの時代で生きようと

その時にあなたが変わっていたとしても

私はあなたを見つけられるよ

 

地獄の業火に身を焼き尽くされようと、閻魔様を出し抜いて

輪廻の輪を潜ってまた逢いに行く

だからもう悲しまなくていいんだよ

生まれ変わればあなたの事を忘れてしまうかもしれないけど

あなたと私ならきっと逢える

だって私とあなたは永遠の鎖で結ばれてるんでしょ

再び巡り合えた時は

もう二度と手を離さないよ

 

願わくば次に生まれ変わる時は

先生の言っていた侍になって

誰にも負けない強い力であなたを護りたい

あなただけでなくあなたの大切な世界も護れる位の強いお侍さんに

 

やっと泣き止んでくれわね

私とあなた一旦ここでお別れだけど

生と死を超えた境界でもう一度逢いに行く

例えあなたが変わっていようと

例え私があなたを忘れていようと

運命の螺旋はきっと巡り合わせる

それまではお互い頑張りましょうか

 

 

夢は現実に変わるもの

夢の世界を現実に変えるのよ

 

メリー

 

 

 

 

 

 

 

「屍を食らう妖怪が出ると聞いて来たんだが、もしかしてオメェの事か?」

 

無数のカラスが飛び交いあちらこちらに無残に捨てられている屍を啄んでいる血生臭い光景が広がる場所で

男は彼女と出会った。

 

「人食いっつうからきっと身の毛のよだつ強面の化け物かと思っていたんだが」

「……」

「こらまた随分と小綺麗な妖怪じゃねぇか」

 

こちらに背を向けてクチャクチャと音を立てて何かを食べている様子のみずぼらしい格好をした女性を見て思わず男はフッと笑ってしまうと、女性はクルリと長い金髪をなびかせてこちらに振り返ってきた。

 

口の周りを赤黒い血でベッタリと汚し、口の端には人の小指らしきモノが挟まっている。

 

「……マジで食ってたの?」

「……」

 

口から出てた人の小指をプッと吐いた後、女性は頷く。

 

「いやてっきり死体の身ぐるみ剥いでそれで生活しているただのガキだと思ってたんだけど……え? 本当に食ってるの? てことはマジで妖怪?」

「……」

 

さっきまでの余裕の態度はどこへ行ったのやら、眉間にしわを寄せながら恐る恐る尋ねてきた男に女性は再度頷くとその場からスクッと立ち上がった。

 

「……」

「ねぇ、いきなり立ったかと思ったら無言で人のツラ見つめるの止めてくれない? 食べようと思ってる? もしかして俺の事食べようと思ってる?」

「……」

「いやいやいや、なんでジリジリ歩み寄って来るの? オメェが食うのは死体だろ? こちとらまだ死んでねぇよ、確かに目が良く死んでるとは言われるけど本当に死んでる訳じゃ……」

 

若干焦りながら男が数歩程後ずさりすると、女性は突如ピタリと止まりその場にしゃがみ込んだ。そして泥にまみれ酷い死臭を放っている性別すら判別できない屍の一つを手で掴み上げる。

 

「……」

「ってなんだ、俺じゃなくて俺の足元にあった死体食いたかっただけか」

「……」

「……美味ぇのか?」

 

原型の留めていない屍の身体を弄りながら手当たり次第に口や手を血で汚しながら一心不乱に口に入れていく女性。

口の中で骨やら肉を必死に噛み千切っている様子の彼女を見下ろしたまま男が尋ねると、女性は死体に伸ばした手をピタリと止めて固まった。

 

「……美味くねぇのか?」

「……」

 

男の再度の問いかけに彼女は何も反応せずただ固まったままだった。それをしばし見つめた後、男は薄汚れた着物の裾から何か取り出そうとする。

その動きに女性は咄嗟にその場からバッと後退して警戒する様に身構えていると、男が取り出したのは藁に包まれた二つの握り飯。

 

「美味くねぇならこれでも食ってみるか」

「……」

「この近くにある村でお前を退治してこいって依頼があってよ。その時に前払いで貰ったもんだ、”この時代”じゃ結構貴重なのに羽振りのいい村だぜ全く」

 

男は彼女に二つの内の一つを手に持って差し出す。

 

警戒しつつ彼女はどれ程屍を食い漁っても満たされない空腹に耐えかねてゆっくりと血に汚れた手を伸ばし、彼の差し出した握り飯を掴むと恐る恐る無言で食べ始めた。

 

「……」

「せめて手と口周り洗ってから食えよ」

 

なんとも奇妙な表情で握り飯を食べる女性。

黙々と食べ続ける女性にため息を突きながら男もまた手に持ったもう一つの握り飯を食べ始める。

 

「それ食ったらもうこの辺に戻ってくんな、ここは身寄りのねぇ死体を捨てる場所だ。オメェみたいな人食い妖怪には絶好のエサ場だが、これ以上ここにいるとマジで退治されちまうぞ」

「……」

「わかったならとっととそれ食い終えてどこか行っちまえ、俺は今から村に戻って妖怪は退治したと依頼完了の分の報酬を貰いに行くんだよ、オメェを退治した事にすりゃあ素性の知れねぇ俺でも村に住ませてくれるんだとよ」

 

中々姑息な手を考えながら、男は自分の分をあっという間に食べ終えると踵を返して村の方へ向かおうとする。

 

だが

 

「あん?」

 

その場を去ろうとする男の身体がガクッと揺れて立ち止まる。けだるそうに振り返るといつの間にか食いかけの握り飯を手に持った彼女が項垂れながら自分の帯を掴んでいる事に気づいた。

 

「なんだよ、言っとくがもう握り飯はねぇぞ」

 

そうじゃないという風に彼女は首を横に振る。

 

「じゃあなんだよ、まさか俺を食う気か? 人に飯食わしてもらった上で今度は俺をデザートとして食す気かコノヤロー」

 

一瞬迷ったが、それではないと彼女は再び首を横に振る。

 

「……それじゃあ」

 

後ろ帯を掴まれたまま男は項垂れている彼女にそっと問いかけた。

 

「……どっか行けと言われても行く場所なんかねぇって事か?」

「……」

「そうか、お前も俺と同じ……」

 

その問いかけで初めて彼女は項垂れた頭を軽く起こしてコクリと頷いた。

行く当てが無い、それを知って男はしばししかめっ面を浮かべた後、「ハァ~」とどっと深いため息を突いて

 

「頑張れ、じゃあ俺はお前と違って行く場所あるんで、うぐ!」

 

薄情な台詞を吐いてその場を後にしようとするが今度は更に力強く帯を握られ男は危うくコケそうになった。

絶対に逃がさないと言った風に離そうとしない彼女に男は軽く舌打ちしながら

 

「んだよ、俺にどうして欲しいんだよ。さっきからずっと黙り込みやがって」

「……」

「言っとくが飯あげたのはテメェが不憫に思って哀れみで渡しただけだかんな、餌付けした覚えはねぇんだって」

「……」

「ダメだこりゃ……」

 

何を言っても手を放そうとしない女性に男は諦めたのか、ボリボリと後頭部を掻きながら

 

「こんなの連れてったら村に住ませてもらえるどころか村八分にされちまうよ。しゃあねぇ……」

 

踏ん切りついたかのようにそう言うと、男は彼女の方へ振り返って

 

「連れてってやるからさっさと飯全部食え。同じ”化け物”のよしみだ、こうなりゃ世界の果てだろうがなんだろうが何処へでも連れてってやるよ」

 

男がそう言うと女性は一瞬だけ目を見開くとすぐに残っていた握り飯を再び食べ始める。

 

「ったくそんな慌てて食わなくてももう逃げやしねぇよ、口元にご飯粒付けやがって……」

 

先程屍を食い漁っていた時とは雰囲気がガラリと変わったような気がした。彼女の目には先程無かった生気が見える。

握り飯を食べ終え、口元にまだご飯粒を付けた状態でこちらに顔を上げてきた女性に、思わず男はフッと笑ってしまった。

 

 

 

 

 

「ま、口元血塗れよりは可愛げのあるツラにはなったな……」

 

これが二人の出逢い。

 

かつて人であった化け物。

 

かつて人を捨てた化け物。

 

別れた二つの線が再び交わりそこから長い長い時間を重ねて

 

 

この物語は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと醤油取ってくんない?」

 

物語の始まりの第一声はなんて事のない日常で用いられる言葉であった。

 

とある人知れぬ秘境の地にひっそりと佇む古い作りの屋敷にて

銀髪天然パーマの男が死んだ魚の様な目で話しかけたのは、ちゃぶ台を挟んで向かいに座る一人の女性だった。

 

八雲紫

妖怪の中では古参中の古参と称されている大妖怪だ。

見た目は若い女性とも大人びた少女とも呼べるぐらいの人間の様な外見をしているが。

その外見とは裏腹に周りにその実力と性格から不気味な印象を持たせ、人間を始め妖怪からも避けられている極めて不可思議な妖怪でもある。

 

そんな相手と同じ部屋で同じ食事を取るこの男は一体何者なのであろうか……。

そして男が醤油取ってくれと言ってから数秒の間を置いて、彼の頭上にある空間から突如裂け目が現れ、そこから醤油がダラダラと男の頭上に降り注がれる。

 

「おい、誰が人の頭に醤油ぶっかけてくれって頼んだ」

 

頭上から突然醤油が降って来ても男は別段驚きもせずに向かいで黙々と食事を取っている彼女に目を細める。

 

いきなり空間に現れた裂け目は別名『スキマ』。八雲紫は境界を操る力のある妖怪、それを知っていた男は降り注がれる醤油を手に持った鮭漬けにかけ、冷静に自分の頭を手拭いで吹いた後。

 

「なにお前、ひょっとして怒ってんの? 今度はなんだよ」

「……」

「厠でデカいの流し忘れてた事はちゃんと謝っただろ」

「……」

「人里のかぶき町って所にある賭博場で、有り金スッた事なら土下座までしたじゃねぇか」

「……」

「ああきっとアレだな、前に博麗神社に来てたゴロツキの魔法使いと喧嘩した事だろ? いやあれはさすがに俺は悪くないよ、だってあの野郎ウチのガキに変なキノコ食わせようと……」

 

一体どれ程心当たりがあるのか手当たり次第に自分がやってきた事を言い始める男に。

紫は手に持ったお箸とお茶碗を置いて呆れたような表情を浮かべていた。

 

「……あなたとは随分と長い付き合いなんだし、なんで私が機嫌悪いのかぐらいピタリと当てて欲しいわね」

「機嫌悪い……もしかして女に毎月やってくるアレ?」

「男女の間以前に女性に対しての接し方を勉強してきたらどうかしら」

 

サラリと失礼な事を言って来る男にイラッと来ながらも、紫は彼の顔にジト目を向けながら

 

「今日は私とあなたが初めて出逢った日でもあり、後に婚儀を執り行った日でもあるのよ」

「……ああ」

 

それを聞いてやっと男はわかったかのか、突然立ち上がって台所の方へ歩き出す。

 

「もう何百回も繰り返してるからもうやんなくていいと思ってたわ」

「自分勝手に決めないで、祝日や記念日を祝いたがるのは人間だけじゃないわ、妖怪だって待ち遠しいと思える日があるのよ」

 

そう言いながら紫はご機嫌斜めと言った感じで台所にいる彼の方へ振り返り

 

「なのにあなただけそれを忘れて……」

「悪いけど俺は妖怪でも人間とも呼べる代物でもねぇ」

 

けだるそうに返事しながら男は彼女の下へ戻ってきた、手に持っているのは少々乱暴に作られた握り飯二つ。

 

「化け物の俺がテメーの結婚記念日祝うなんざお笑い草もいい所だろ、ほれ」

「化け物だろうと関係ないわよ。妻が祝ってほしいと言うならそれに応えるのが夫の役目でしょ」

 

差し出された握り飯を両手で受け取る紫に「ケッ」とひねくれた反応する男。

 

「世にも恐ろしい大妖怪が言うセリフじゃねぇだろそれ、ところで藍の奴どうした?」

「人里に買い物行かせてるわ、誰かさんと違って私の記念日の為に盛大な料理を作るって張り切ってるみたい」

「なんか鼻に付く言い方だなオイ」

「安心しなさい、長い付き合いだからあなたが私の為に盛大に祝ってくれるなんて一かけらも期待してないから。婚儀を執り行って今年でちょうど千年」

 

素直じゃない態度を取りながら握り飯を持ったまま向かいに座る男を見つめながら、紫は手に持った自分の握り飯を一口ほおばる。

 

「千年経っても何も変わらずあなたと、昔食べた握り飯を食べ合える事が出来ればそれでいいのよ」

「安上がりな嫁で助かるよ」

 

どうやらすっかり機嫌が直ったらしい彼女を見て、男は安心したように自分の握り飯を食べ始めながら紫に話しかける。

 

「おい、口元に米粒付いてるぞ。ったくホント昔と変わらねぇな」

 

男の名は『八雲銀時』。

妖怪でもなく人間でもなく

紫と同じく千年以上生き、不老不死の身体を持つ

 

不思議な侍

 

彼の素性や正体を詳しく知る者は誰もいない

 

ただ一人の大妖怪を除いて


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