※誤字報告がありましたので、訂正しました!
王都で情報収集の活動を行っていたセバスは今、一度も経験したことのないような窮地に立たされていた。ことの発端は、彼が王都での活動中、たまたま無残にもまるでゴミのように捨てられた女性、ツアレを見つけてしまったことから始まった。
セバスの創造者、「たっち・みー」は正義感に溢れた男であった。彼は誰かが困っていたら、助けるのは当たり前と考えている人物であり、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンのメンバーは、〈異形種狩り〉にあっていたところをたっち・みーに救われたという者も多い(アインズ&ゾルディオもその中に入っている)。
そんな彼の性格はセバスにも影響されており、そしてセバスはたっち・みーへの憧れだからか、あろうことかその女性を助け、匿ってしまった。しかも、アインズとゾルディオに報告もせずに。
そのことがいつばれるかわからない恐怖と、至高の御方々に失望されてしまうという不安でいっぱいであった。
そんな生きた心地のしない状態で、セバスは自分たちが滞在している館に戻って来た。
セバスは、館に入る前に深く深呼吸をし呼吸を整え、ゆっくりと扉を開けた。そこには
「お帰りなさいませ、セバス様」
セバスはその姿を見た瞬間、背中がゾワリとした。なぜなら、ソリュシャンは商人の令嬢という演技をしているため、館内にツアレいる状態で普段のメイドの姿をすることは無い。しかし、今目の前にいるソリュシャンの姿はメイド。
その姿に戻ったという事は、その演技をする必要がないからか、それともしなければならない理由があるからのどちらかだ。
「セバス様、アインズ様とゾルディオ様がお部屋でお待ちになっています」
「な!?」
ソリュシャンの無慈悲に言い放った言葉に、セバスは心臓が大きく振動したのを感じた。
それと同時に、普段は決して感情を表に出すことは無いセバスでも今回ばかりは驚愕の表情でいた。
「な、なぜ・・・」
セバスは動揺のあまりソリュシャンに訊いてみるが、
「セバス様。至高の御二方がお待ちです」
それ以上は言うことは無いという意味なのか。ソリュシャンはもう一度言った。
セバスはソリュシャンに付き従い、奥にある部屋へと歩みを進めた。だがその足取りは重く、まるでこれから死刑執行されるかのようであった。
部屋までたどり着くのに1分とかからないが、セバスには1時間にも感じた。
そして、ゆっくりと部屋の扉が開いていく。そこには
「!?」
デミウルゴス、コキュートス、ヴィクティム(デミウルゴスに抱かれている)の三人の守護者。その奥の椅子にはナザリックの支配者であり、至高の41人のまとめ役
そして、その隣には現ナザリックの最高戦力でありナンバー2でもあるゾルディオが立っていた。
また、その他にゾルディオが創造した星人が二体、扉の近くに待機していた。
一方は、まるで泣いているかのような顔をしている「炎魔戦士 キリエロイド」。
もう一方は、黒いマントで体を覆った「宇宙格闘士 グレゴール人」。
両者とも素手による格闘戦が得意の星人であり、この二人が合わさればたとえ守護者と同格の力を持つセバスでも厳しいだろう。
その部屋の光景に、セバスは尋常ではないほどの焦りと恐怖、そして絶望を味わっていた。
だが、もう後悔しても遅い。セバスは力を振りしぼり
「遅くなり申し訳ございません、アインズ様、ゾルディオ様」
そう言い、セバスは深いお辞儀をした。
「いや、構わん。連絡もなしに来た私たちが悪いのだ。それよりも、そこで頭を下げていても仕方がないだろう。早く部屋に入るといい」
「はっ」
重々しい声に、セバスは頭を垂れたまま返事をし、頭を上げた。そして、部屋に一歩踏み出すと
――ゾクリと背筋を震わせた。
明らかな敵意、それも殺気に近いものをセバスは一瞬で感じ取った。その出所は二人の守護者からであった。
セバスはその二人の態度の理由を直感的に理解していた。
「セバス、私たちがなぜここにいるのか説明をしたほうがいいですか?」
「・・・いえ、必要ありません」
「それはよかった。話が早くて助かります。では、セバスに訊きます。私たちは何も報告されていませんが、最近何やら可愛らしいものを拾ったそうじゃありませんか。でしたよね、アインズさん」
「そのはずです。それで、どうなのだ?セバス」
「はっ!拾っております」
「うむ。では、なぜソレを報告しなかった?」
「はっ・・・」
セバスは返事はしたものの、返答はしなかった。どの言葉がこの状況をできるのかを考えていたが、いい答えが出ずセバスはひどく汗をかいていた。
「どうしたセバス。答えが聞こえんぞ?」
「アインズさん、少し待ってください。セバス、これを。ひとまずその汗をこれで拭いなさい」
そう言い、ゾルディオはどこからか黒いハンカチを取り出しセバスの方に投げた。
「使ってください」
「はっ!お見苦しいところをお見せして、申し訳ございませんでした」
セバスはゾルディオのハンカチを拾い、すぐに額から流れ出る冷汗を拭った。
「セバス。私はお前を王都に送り、ありとあらゆる情報を送れと命じた。なぜなら、どの情報がゴミで、どの情報が使えるものかを判断するには、一人では困難だからだ。それで、実際に送られた書類には街の噂レベルの情報も書かれているな?」
「はい。その通りでございます」
「ではゾルディオさん。確認のために訊きますが、セバスから送られてきた書類に今回の件は書かれていたか?」
「いいえ、そのようなことは一切書かれていませんでしたね」
「ではデミウルゴスはどうだ?」
「私もゾルディオ様と同じお答えです。何度も目を通しましたが、一切ございませんでした」
「うむ。ではそれを踏まえて訊こう。セバス、何故報告をしなかった?私はお前が命令を違反した理由を聞きたいのだ。何か不満があったのか?」
「不満など一切ありません。あの程度、アインズ様にご報告するほどではないと勝手に考えただけです」
「つまりこれはあなたの愚かな判断であった、ということですか?」
「はっ、左様でございます。私の愚かな失態を、どうかお許しください!」
「ふむ・・そうか・・・」
しばらくの沈黙の後、アインズは再び口を開けた。
「ではソリュシャン、そのセバスが拾って来たものを連れてこい」
「畏まりました」
ソリュシャンはアインズとゾルディオに一礼をすると、静かに移動した。
ソリュシャンがツアレを連れてくるまでの間、セバスはどうすればいいかを必死で考えた。だが、どんなに考えても浮かんでくる答えは何一つない。このままでは、確実にツアレは殺される。そう思いながらも、セバスはただただ床を眺めることしかできなかった
そしてついに、運命の時が来た。
扉をノックし、扉を開ける。そして、ソリュシャンとツアレが入って来た。
「連れてまいりました」
ツアレは、部屋の中にいる異形種たちを見て息を飲み込んだ。そして、その体は小刻みに震え恐怖した。
すると、守護者たちは部屋に入って来たツアレに敵意を向けた。それもそのはず、ツアレこそがセバスの罪の形のだから。
守護者から敵意を受け、ツアレは足を震わせながらも泣いたり逃げ出したりということは無かった。
「・・・デミウルゴス、コキュートス。そこまでにしなさい。このままでは話が進みませんよ」
ゾルディオのその一言で、室内の空気は一気に変わった。先ほどまでのツアレに向けられていた敵意は一切なくなった。
「さあ、入りたまえ人間・・・いや、セバスが拾った女ツアレよ」
アインズは左手で手招きをしながら言った。
ツアレは逆らうことなく、ゆっくりと歩き部屋に入った。
「・・・ほう。逃げずに来るとは勇敢だな。それともソリュシャンに吹き込まれたか?お前の行動次第でセバスの今後の運命が変わると」
ツアレはただ震えるだけで何も答えはしなかった。
室内に入ったツアレは、自然にセバスの隣に移動しセバスの袖を掴んだ。
デミウルゴスはツアレを冷たく見据え、
『ひざま――』
「いいですよ、デミウルゴス。私達を見て、逃げもせずにここまできた彼女の勇気に讃えて、無礼を許そうではないですか。いいですよね?アインズさん」
「構いませんとも。私も丁度そう思っていましたから」
「出過ぎた真似をお許しください」
そう言うと、デミウルゴスは頭を下げた。
「頭を下げることはありません。あなたは私たちのことを思って、そう判断したのですから」
「ありがとうございます」
「うむ。では・・まずは名乗るとしようか。私の名は、アインズ・ウール・ゴウン。そこにいるセバスの支配者だ」
「そして、私はアインズさんの友人のゾルディオと言います」
「あ・・・わたっ・・・わ、たしっ・・・」
「よい。私たちはお前のことをある程度知っている。だから、お前はただそこに立っているだけでよい」
「は・・・はい」
「さて・・・セバスよ。私はお前に、あまり目立つ行為は控えろと言ったはずだな?」
「はい」
「にも関わらず、お前は自分の持つ正義感が私の命令よりも先に働き、このような事態を招いた・・・違うか?」
「・・・その通りでございます。すべては私の浅はかな考えによるものでございます。今後、このようなことが無いよう厳重に注意を――」
「よい」
「・・・はっ?」
「よいと言ったのだ。失敗は誰にでもある。次、同じ失敗をしなければ良いのだ。よって、私はお前の失敗を許そう。ゾルディオさんはどうですか?」
「私は元よりそのつもりでしたので・・・」
「そういうことだ、セバス」
「アインズ様、ゾルディオ様。感謝いたします」
「だが、失敗は失敗。お前には罰を与える。覚悟はいいな?」
「はっ!何なりととお申し付けください」
「よろしい。では、失敗の根源たるその女を―――
殺せ」
そう言われた瞬間、セバスは唾をのんだ。そして、目を閉じ息を吐いて再び吸った。
ツアレは掴んでいたセバスの袖を放した。
セバスはツアレの顔を見た。その顔は、恐怖に顔を歪ませているわけでもなく、泣いて命乞いをしている顔でもなかった。その顔は優しい微笑みであった。そしてゆっくりと目を閉じ、自分の身を委ねた。
セバスは一切の迷いなく、強く握り締められた拳をツアレの頭部めがけ一直線に走らせた―――
――――しかし、セバスの拳はツアレには届かなかった。いや、止められたのだ。
「は?」
セバスの拳を止めたのは二体の星人、キリエロイドとグレゴール人であった。
二体はまるでツアレを守るように、セバスの拳を受け止めていた。
「な、なにを・・・」
セバスは混乱していた。二体はゾルディオに作られし存在。その二体がゾルディオの友人でもあるアインズの命令によるセバスの一撃を止めることなど、あり得るはずもない。ならば、これは一体どういうことなのだ?そう考えていると、
「セバス、下がりなさい」
もう一度拳を振るおうとしていたセバスは、ゾルディオのその一言で動きを止め下がった。
そして、セバスは理解した。これは最初から仕組まれたいたことだと。
要はこれはセバスの忠誠心の確認が狙いであったのだ。
いつまでも振るわれない拳を不自然に思い、ツアレは目を開ける。そして、死から遠ざかったことによる安堵か、ツアレは涙を流し体を震わせた。
しかし、セバスは支えようとしなかった。いや、できなかった。彼女を見捨てた自分にはそんな資格はないと思ったための行為であった。
そんな二人を無視するように、
「グレゴール、セバスの拳は確実に彼女を絶命するに至るほどのものでしたか?」
「はい。間違いないです」
「では、これを以ってセバスの忠誠心に偽りがないと判断する。ご苦労であった、セバス」
「はっ」
「これで証明されましたね。だから言ったじゃないですか、セバスが私達を裏切るわけがないと」
「私もそう思いますが、不測の事態の備えてこういうことはしておくべきですよ。まあ、なにはともあれこれで一件落着です」
「・・・まあいいでしょう。では、次の話に移るぞ。セバスたちの働きにより、十分に情報が集まった。よって、ここに長居する理由もない。これよりこの館は引き払い、ナザリックへ撤収する・・・のだが、その前にツアレよ。お前の処分についてだが・・・」
アインズが「処分」と言った瞬間、ツアレはビクッと体を大きく振らわせた後、足はまるで生まれたての小鹿のように震わせ恐怖していた。
「アインズさん。彼女は恐怖でとてもじゃないですが正確な判断ができない状態です。ここは一旦、彼女を少しだけ休ませて、その後にもう一度訊くのがいいのでは?」
「・・・それもそうですね。では、セバス。ツアレを一度休ませろ」
「畏まりました」
そう言うと、セバスは震えているツアレを抱えて部屋を出た。