ダンジョンでLv.6を目指すのは間違っているだろォか 作:syun zan
「クラネル!!」
「───」
時が止まった。
白く染まったベルの意識に飛び込んできたのは真っ白な少年───一方通行の声。
顔を振り上げる。視界が回復する。瞳に映る光景に、ベルは呆然とする。
助けに来てくれた人たちがいた。今度はあの人じゃない。でも、それは、
とても大切な
*
猪人の忠告通りに地上に上がってみれば、そこは急に降って沸いた
つまり、アイツの忠告は正しかったっつゥことかよ……怪しいな、アイツについても後で調べるか。
しかし、今はクラネルを探すほうが先だな。
どう考えてもこの騒動の発生源と関係のある猪人が『兎』が危ういっつってたんだ。
ワザワザオレに言いに来たことから考えても、クラネルが危険な目にあってンだろ。
オレは、一飛びに屋根に登り、そこから別の屋根へ、さらに他の屋根へと飛び移りながら、クラネルを探すことにする。
微細な空気の振動から、悲鳴や戦闘音と思われるものの発生源を感知し、
その場所へ向けて飛び回るが、いかんせん発生源の数が多い。
幸い、次々と戦闘が終了しているようで、発生源の数も徐々に減ってはいるが。
「チッ……クラネルの野郎、一体どこに居やがンだよ」
仕方ねェ。
近場から見ていくつもりだったから敬遠してたが、発生源が倒されて行ってるから問題ねェだろ。
少し遠くの場所を先に叩いてみるか。
そう思って、小路を軽く1,2本飛び越えて、オレはその戦闘音の発生源、ダイダロス通りへ向けて駆ける。
いくつもの通りを跳び越し、いくつもの家の屋根を渡れば、そこまで対して時間は掛からねェ。
そして、更にダイダロス通りの中心部に向けて移動している音源に向けて移動しようとしたところで、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「ッ!アクセラ君!」
「あン?なンだよ、クソガキじゃねェか。クラネルと一緒じゃなかったのか?」
その声の持ち主、一応のオレの
そして、戦闘音の位置や、あの獣人の言葉からある程度の予想はつく。
「……アイツが奥で戦ってンのか」
「そうなんだ!アクセラ君!頼むから、一緒に助けに……」
今にもクラネルが死ンじまうンじゃねェかと焦るクソガキが言おうとした言葉を、オレは右手で遮る。
……わざわざ地上まで戻ってきたンだ。言われなくてもやることは一つしかねェ。
あン時の恩返しだ。借りを作りっ放しってのは気分が良くねェしな。
そして、オレは助けを断られたのかと顔を青くしているクソガキに向けて右手を伸ばす。
「しっかり掴まってろ。一飛びでクラネルの頃まで行ってやる」
「!ありがとうアクセラ君! やっぱり君は善いィィィィィィ!?」
「言い忘れてたが、喋ると舌を噛むから黙ってろ」
「
*
「どうだい、ベル君。助けを、呼んできてやったぜ?」
「か、神様……」
胸の中に生じるこの気持ちを形にできないまま、ベルの頭の中は温かな想いで満たされる。
「ボクに試してみたいことがあるんだ!ベル君、付き合ってくれるね?アクセラ君、それまで、やれるかい?」
「心配すンならモンスターの方だぜ?あンまり愚図愚図してっと、試す前に終わっちまうかンなァ!!」
『ウグルゥ……ガァァァッ!』
そして、二つの白き怪物は激突する。
*
シルバーバックはその両手の鎖を縦横無尽に振り回す。
確かにその速度は尋常じゃねェし、鞭のようにうねる軌道はどうしても読み辛ェ。ついでに威力もある。
それでもよォ、
「案外、手応えねェじゃねェか!そンなンでオレに勝てるわけねェンだよォ!」
『ガ、ガァアアアア!』
オレにとっちゃァ敵じゃねンだわ。
その鎖は残念ながら鉄製……特に何の特殊な効果もねェ。
“魔法”的なもンが、オレにとって未解析なもンが、その鎖にはねェ。
そうである以上、
どれほどスピードがあろうが、どれほど威力があろうが、エネルギー量がどれだけ高かろうが、
“一方通行”は越えられねェ。
『ガァァァアアアアアアッ!!』
それでも、シルバーバックは鎖を振るう。
「まだ無駄だってわっかンねェンですかァ?」
そしてオレはその全てを弾く。
今後の事を考えるとクラネルには
しかし……
「はァ……退屈にも程があるな。さっさと終わらせちまうか」
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
オレは、一歩一歩鎖を弾きながら近づいていく。
近づくにつれて、攻撃は苛烈さを増す。
しかし、当然ながら一撃たりともオレには届かねェ。
『ガ、ガァァァッ!ガァァァアアッ!!』
シルバーバックは、鎖による攻撃の中を突き進むオレに恐れでも感じ、判断力が鈍ったのか、
鎖ではなく、その足での攻撃をオレに向けるも、
「残念ながら、そいつは悪手なンでしたァ!!」
『ガァッ!?』
その結末は転倒。
オレを蹴たぐろうとした足は即座に解析され、あらぬ方向に滑り、シルバーバックはバランスを崩し、転倒した。
「そいじゃァ、オシマイだ」
『グオォォォッ!!』
そして、ズブズブと解析を完了したシルバーバックの腹にオレの掌が沈みこむ。
グシャリと音を立ててその身体から魔石が抜き取られる。
時をおかずして魔石を失った体は灰へと還り、風に乗ってその姿を跡形もなく消滅させた。
正直、まだオークの方が手強かったなァ。
*
「相変わらずとんでもない力……御陰であの子の活躍は見れなかったわね」
とある人家の屋上。
ベルのいる付近一帯を一望できる高所で、フレイヤは呟いた。
その銀の瞳の先には、遅かったなと煽り、魔石を見せる一方通行と、シルバーバックの魔石を見せられてぽかんとしているベルの姿がある。
青空に囲まれながらどこか拗ねるように言葉を落とす女神は、しかしすぐに笑った。
「残念ながら、今回はここまでみたい。……でも」
日の光を反射する銀の髪を翻し、一つの言葉を残して彼女はその場を後にした。
「また遊びましょう───ベル、アクセラレータ」
*
バタンと、扉が閉まる。
そして、その部屋の中に楽しげに声を交わす三つの人影が入る。
「悪いね、アクセラ君。おぶって貰っちゃって」
「悪ぃと思ってンなら、そンなになるまで土下座なンてすンなっての」
階段を下り、背負っていたクソガキをベットに降ろす。
何やら強い武器を作って貰うために、30時間程土下座していたらしい。
……馬鹿だな、コイツ。
そんなオレの意見に、クラネルもまた賛同して、言う。
「そうですよ神様!確かに、ヘファイストスのナイフは凄いものだとは思いますけど、神様がそんなになってまで」
「何度も言ってるだろ?ボクだって見てるだけは嫌なんだ」
「僕だって神様がそんなになるのは嫌です!」
勿論クソガキも言い返すンだが……このやり取りは道中も含めて4回目だ。
「五月蝿ェ。さっきどっちも納得したで終わっただろォが!」
そう怒鳴れば、はい、っと言って二人共引き下がる。
顔は納得してねェみたいだがな。
そしてしばらくすると、またそのやり取りが始まる。
まったく、静かにならねェところだ。
(でも……こんな生活も悪くねェ)
オレは、心の何処かでそう思っている自分を自覚した。
本当のオレは邪悪で、極悪で、手の付けられないような悪党だって理解していても、
少しの間ぐらい、こんな光の世界にいてもいいだろうと。
そんなことをオレは考えていた。
(本当に、ここが元の世界と全く関係のねェ異世界なら……善人として暮らすのもアリかもしれねェな)
そして、そんな風に、ありえないことを思っていた。